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ティーカップのつくろい〖第36話〗
しおりを挟む季節が変わり、秋が来た。蝉の声はもう聞こえない。あれだけ仰々しく鳴いていたのに、いつ、みんな居なくなったのだろう。何処へいったのだろう。
最後の一匹は、淋しくなかったのだろうか。
風も変わった。まだ少し夏の名残を残すが、開きかけた芒を揺らす風は紛れもない秋のものだった。
────────────
『このままじゃ、ご主人様はだめになるわ』
『アレクが居なければ絵も描けない、ご飯も食べない。水と牛乳だけじゃ死んじゃうわよ』
『ねえ、どうにかならないのかなあ』
『………「つくろい」!そうじゃ「つくろい」じゃよ!』
『なあに、それ』
『簡単に言えば壊れたところを繋ぎ合わせて直すんじゃよ。アレクが直れば元気になる』
『どうやって知らせるのよ』
『夢枕にたてばよろしい。萩姫が適任では?『力』もある。夢に入るのは相当『力』が必要だが、夢枕くらいなら』
『萩姫、皆のお願い。ご主人様を助けてあげて』
『でも、ご主人様を騙すようで悪いわ』
『悠長に言ってられないわ。あまり言いたくないけど、ご主人様、アレクの後を追って消えてしまいそうなんだもの………』
『わ、わかったわよ!でも、期待はしないで頂戴よ!』
………朝方、浅い夢を見た。優しい少年の声だった。
『ふかやまさん、目を瞑って聞いて下さい。お願い。会いたかった。でも、今、怪我をしている姿はふかやまさんには見せたくないんです』
聞き慣れない衣擦れの重い音。お香の香り。もしかしたら『あの子達』か?深山は弱った身体で考えを巡らせた。
「そうか」
『僕のつくろいを頼みます。もしかしたら、もう一度ふかやまさんに会えるかもしれません』
やはり香りが違う。深山は『あの子達』にも、心配をかけていると思うと胸が痛くなった。そして深山は、はっとする『つくろい』
馴染みの陶芸家の友人と仲の良い人物で、『つくろい』の専門家がいると訊いたことがあった。確か海外のアンティークも勉強したことがあるらしいとも聞いた。深山は目を瞑ったまま言った。
「ありがとう。すまない、お前達にまで心配をかけた。ゆっくりおやすみ。すまないね」
────────────
その日からの深山の行動は早かった。あらかじめ連絡を取っていた陶芸家の友人に『つくろい』をしている専門家を紹介してもらった。狭川という、思っていたよりもずっと若い男性だった。
後日、深山は新幹線で狭川が住む街に向かった。狭川は車で降車駅まで迎えに来てくれ、二人、狭川の自宅を目指した。静かな山合で、空気が綺麗だった。鳩が鳴いていて、
「降りますかね」
「雨が、ですか?」
狭川は、
「鳩が鳴くと雨が降るって、ここらではいうんですよ」
と笑った。白い歯が覗くと、爽やかな笑顔が若々しい。
「失礼ですが、お年は?」
「四十三です。深山さんは?」
「三十九、今年四十です。狭川さんはもっとお若いかと。失礼ですが私より年下かと思いました」
「それは、嬉しいです」
狭川は楽しそうに笑った。穏やかな自然な笑顔が好ましく思えた。目尻の笑い皺が人の良さを物語っているように見える。道中、最近の電化製品の扱いについて話した。狭川はスマートフォンはよく解らないと言い、笑う。
深山もつられて少し笑った。笑うのは久しぶりだった。だが実際、深山もスマートフォンは持っているが、あまり使い方がよく解らない。
窓に映る景色が、綺麗だ。少し標高が高いせいか針葉樹が多い。淡く紅葉したカラマツ林が山を覆って綺麗だ。深山は少年に見せてあげたい。
もう少ししたら美味しいキノコも出るはずだ。手を繋ぎ歩きたい。あのふわふわした金色の巻き毛にはカラマツの落ち葉はつぐんでしまうだろうから帽子を買ってあげないといけないと、と思った。
会いたい。どうしようもなく会いたい。あの声や笑顔が風化するのが怖い。今、少年がいないという事実と、未来を考えるときに臆病になりながらも必ず少年がいたことに、改めて風穴が空いたような胸の痛みが込み上げた。
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