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獅子雄家へ〖第44話〗──②
しおりを挟む空が自分で用意した薬効のある野草を乾燥させた薬湯の元。それと、蒼が、唯一狛井家に湧く神泉の湯の花を集めて精製したもの。空が微笑むと、暁の父は気が緩んだように、優しく微笑み言った。
「将棋は唯一の趣味です。今度一局。手加減無しで。泣いても知りませぬぞ。いやはや、それにしても美しい。流石、山神さまと華乃様の子。暁に会ってやってください。もう、最期かと。急に昨日から容体が急変して………折角蒼くんと空様が来てくれたのに……。屋敷の奥に寝かせています、こちらです。後は家の者が案内します。私は自室の離れに戻りますね」
暁の父は俯きながら、離れへ向かって行った。
「最期……」
雪を払い、着物に合わせた黒の洋装のブーツを脱ぐ。いつもより薄暗く感じる屋敷を歩く。
悲しみが込み上げる。いつも一緒だった。確か、本当に小さい頃、残り一つの柿を取り合って二人一緒に木から落ちて、擦り傷だらけになった。それが始まり。暁が、
『いいとこ連れてってやるから来いよ』
獅子尾家の神泉に一緒に入った。小さな擦り傷がみるみるうちに綺麗になっていくのが不思議でたまらなかった。話もすぐに打ち解け、
『一族で俺だけなんだ』
と黒い耳と尾を出して話しても、笑うことも、怯えることもせず、
『俺も。金のたてがみは一族で俺だけなんだ。他はみんな、銀に色が混じった色。色がないのは俺だけ。でも構わない。俺だけだからださ。俺は特別』
と言って自慢そうに、金のたてがみと尾を出して小さい暁は笑ってた。それから、悪さも、遊びも沢山した。親友だ。心の底から。
「そうにいちゃん?大丈夫?」
「ああ」
「あきにいちゃん、昔のそうにいちゃんみたいだった。五年前、助けてくれた。神泉にも一緒に入って、髪と身体を洗ってくれた。僕が寝込んだとき手作りの玉子粥を食べさせてくれた。優しさを貰っただけだった。何も返せてない。あきにいちゃん」
しょんぼりしている、空の手を取る。
「こちらになります」
案内人は逃げるように下がり蒼と空が入ると部屋は重苦しい圧力がかかる感じがした。暁はぐったりと横になっている。苦しそうな息づかいが、悲しい。何も出来ない自分が、悔しい。でも、何か変だと肌で感じる。空気の違和感というべきか。
「暁、見舞いに来たぞ。お前の好きな林檎も持ってきた。早く元気になれ。薫さんに剥いてもらえ」
小さな、か細い声で暁は一生懸命笑いながら言った。
「俺、もうダメかもしんねぇ……」
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