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山神さまが愛した人〖第36話〗──②
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あなたがいなくなったら私は死んでしまう。悲しくて悲しくて………死んでしまう。僕にはあなたが必要なんだよ?好きだから?そう。あなたが好きだから。どうしようもないの。僕にも解らないよ。
******
辰の刻を過ぎたころ、家についた。爺と翠が出迎えてくれた。
「鈴香が、桃を寝かしつけてる途中で。僕だけなんだ。すまない。今度家の棟に遊びに来て。兄さんも空も。空、久しぶりだね。相変わらず可愛いな。少し大人びたかな?」
恥ずかしそうに、嬉しそうに空は、はにかむ。
「若様!空様をよくぞお連れになりました。旦那様がお呼びです。話があるから当分、部屋に人を近づけるなと」
歩きながら『戻るのが早すぎる』と蒼と空は同じことを考えた。さっきまで山神さまと談笑していたはずだ、と。
「空、俺の傍を離れるな」
「うん」
ガラリと襖を開ける。やはり父ではない。まずあれだけ咲いていた菊の花の匂いがない。『叔父だ』と空に耳打ちした。
「お初にお目にかかります、空です」
「そなたか?山神さまの子など嘘をつき、蒼をたぶらかした者は。穢れた巫女の子め!そんなものと、この、由緒正しい狛井の珠が混じるとは言語道断だ。兄上は縁談に乗り気らしいな。伝書鳥が来た。婚礼の準備を、とな。兄上は騙されてもわしは騙されん」
空は悲しい顔をした。違うと言っても、信じてもらえないことは明らかだった。
「失礼『叔父上』。そこは父の席です」
「黙れ!兄上が居ないときは狛井家はわしのものだ。ああ、空と言ったか。山神さまの子と名乗っているらしいな。なら、この花瓶の梅のつぼみを咲かせることなど容易なはずだ。咲かせてみよ」
ポイッと、一枝、空の前に枝が放られた。蒼は、小声で、
『出来るか?』
と訊いた。空は、
『自信がない』
と目を伏せた。
『生きるものは死ぬの。悲しいけど父さんに教わった。だから枯れた花も生きた証だ、美しいものだって。普通の術師なら花が咲くだけだけど、僕は力が強すぎてきっと枯れちゃう』
「何をコソコソしている!さっさとしないか」
怒鳴り声に、空は怯えて、花にかざす手が震えている。
「は、花よ育て、美しい姿を見せよ」
梅の花は、花開く。けれどすぐに枯れ果てた。大声で笑い、叔父はそれ見たことかというように言った。
「イカサマ術師め!育てた親の顔が見てみたいわ!流石はろくでもない不貞を働いた、穢れた巫女の子だ」
「お母さんを悪く言わないでよ!お母さんは、厳しかったけどいいお母さんだった!穢れた巫女なんかじゃない!お母さんに謝ってよ!」
悲しみ・怒り・悔しさ。涙声の空が切なかった。
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