僕の宿命の人は黒耳のもふもふ尻尾の狛犬でした!【完結】

カシューナッツ

文字の大きさ
上 下
73 / 115

山神さまが愛した人〖第36話〗──②

しおりを挟む

   
******
あなたがいなくなったら私は死んでしまう。悲しくて悲しくて………死んでしまう。僕にはあなたが必要なんだよ?好きだから?そう。あなたが好きだから。どうしようもないの。僕にも解らないよ。 
******


    辰の刻を過ぎたころ、家についた。爺と翠が出迎えてくれた。
「鈴香が、桃を寝かしつけてる途中で。僕だけなんだ。すまない。今度家の棟に遊びに来て。兄さんも空も。空、久しぶりだね。相変わらず可愛いな。少し大人びたかな?」

    恥ずかしそうに、嬉しそうに空は、はにかむ。

「若様!空様をよくぞお連れになりました。旦那様がお呼びです。話があるから当分、部屋に人を近づけるなと」

    歩きながら『戻るのが早すぎる』と蒼と空は同じことを考えた。さっきまで山神さまと談笑していたはずだ、と。

「空、俺の傍を離れるな」

「うん」

    ガラリと襖を開ける。やはり父ではない。まずあれだけ咲いていた菊の花の匂いがない。『叔父だ』と空に耳打ちした。

「お初にお目にかかります、空です」

「そなたか?山神さまの子など嘘をつき、蒼をたぶらかした者は。穢れた巫女の子め!そんなものと、この、由緒正しい狛井の珠が混じるとは言語道断だ。兄上は縁談に乗り気らしいな。伝書鳥が来た。婚礼の準備を、とな。兄上は騙されてもわしは騙されん」

    空は悲しい顔をした。違うと言っても、信じてもらえないことは明らかだった。

「失礼『叔父上』。そこは父の席です」

「黙れ!兄上が居ないときは狛井家はわしのものだ。ああ、空と言ったか。山神さまの子と名乗っているらしいな。なら、この花瓶の梅のつぼみを咲かせることなど容易なはずだ。咲かせてみよ」

    ポイッと、一枝、空の前に枝が放られた。蒼は、小声で、

『出来るか?』

    と訊いた。空は、

『自信がない』

    と目を伏せた。

『生きるものは死ぬの。悲しいけど父さんに教わった。だから枯れた花も生きた証だ、美しいものだって。普通の術師なら花が咲くだけだけど、僕は力が強すぎてきっと枯れちゃう』

「何をコソコソしている!さっさとしないか」

    怒鳴り声に、空は怯えて、花にかざす手が震えている。

「は、花よ育て、美しい姿を見せよ」

    梅の花は、花開く。けれどすぐに枯れ果てた。大声で笑い、叔父はそれ見たことかというように言った。

「イカサマ術師め!育てた親の顔が見てみたいわ!流石はろくでもない不貞を働いた、穢れた巫女の子だ」

「お母さんを悪く言わないでよ!お母さんは、厳しかったけどいいお母さんだった!穢れた巫女なんかじゃない!お母さんに謝ってよ!」

 悲しみ・怒り・悔しさ。涙声の空が切なかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...