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山神さまの愛した人〖第36話〗──①
しおりを挟む──廃墟になっていると思われたそこは、色とりどりの菊花で埋め尽くされていた。暫く周りを歩いた。
「きれい。お母さんも喜んでる」
「山神さまの力だろう。愛して、おられたんだな」
沢山の白い小菊や紫や深い赤の見事な菊花。霜にあたったはずなのに、色褪せることなく咲き乱れ、別世界のようだった。家は新しくなっていて、中も埃など一切なく清潔に片づけられていた。茶の間に誰かがいるような気配があった。静かに足を進めると、話し声がする。
「空は、まだお前の息子が忘れられなくて、五年前から変わらずウジウジしている。宝珠に幼い頃から少しづつ力を集めておいたゆえ神社に納め、少しの間ここで暮らしたいのだが、どうにか出来ないか。ここは華乃の息づかいが聴こえる。だが、空が落ち着かないことには心配で傍を離れるのができんし、少し怖いのだ。若いせいか『神降り』すると中々収拾がつかんしな」
「『神降り』とは?」
「簡単に言えば激しい感情で力が抑えきれず、暴走した力で己自身を見失うことよ。力に支配され、まるで別人のようになる。神が降りたようだから『神降り』そんなことも知らぬのか」
「面目ございませぬ」
蒼の父は山上さまに頭を下げ、そっと湯飲みに手を伸ばした。
「空の『神降り』は派手だからな。宝珠に力を効率良く蓄めることを覚えんと。本気で荒れたら洒落にならぬわ。わしも予想がつかぬ。早くあの二人に上手くいってもわらないと困る。心の安定は力の安定だ」
「そうですなぁ。私の不肖の息子もぼんやりしながら刺繍をする毎日です。お互いがお互いを想っているのに、何故こうもうまくいかないのでしょう。上手に結びつけられたら一番楽ですが、想いだけは……これも宿命」
「きっかけがあればよい。お前の息子の部屋に雷を落とすか?」
「我が家を壊さないでください、山神さま。………誰ぞおるのか!」
蒼の父が見たのは黒色の尾と、麗しい長い黒髪の残像。
「誰だったのだ?」
「存外。親の知らないところで子は育ちますな。雷は、無しでお願い致します」
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