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《第32話》奏の子供

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『海に行こう、涼』 少し下腹部をふっくらさせた奏は言った。
こんなに穏やかな奏の柔らかく笑った顔を涼は、初めて見た気がした。

 ───────────────

ドクターが行う検診。 涼と流が照明を落とした部屋、固唾を飲んでカーテンの外側から見守る──奏は決してドクターの前で『楓』とか、父さんなどとは呼ばない。 


「堕ろすとしたら、延ばしても再来週だ。奏が嫌がっても、奏の身体に負荷がかかりすぎる。再び妊娠できる可能性がそれでなくても低いのに、それすらなくなる」 

「産めないなら、妊娠なんてしなくていいのに」 

診察台の奏はフンッと鼻で笑い、
ポツリと言った。 

「奏っ!涼くんがどれだけ………っ!」 

楓は、つい手が先に出たが、
奏の手に阻まれ宙を力なく舞った。

 「じゃあ、どうすればいいのさ!涼の子供を授かる度に泣くの? 
『君を産めない。腕に抱けない』
って。 これからずっとそうなんだろ!
僕の身体が異常だから! 
ざまあないね。罰だよ。 幸せなんて、
夢を見ちゃいけないんだよ!
罪があれば罰がある!! 
たく、さん……沢山、悪いとも思わないで、こ、殺して、何とも、お、思わなかったから!! 涼、涼、助けて。僕を許して。助けて!涼!」



 涼は、カーテンを開け、暗い、腹部エコーを取り終えた、部屋に入る。 

少しふっくらとした腹部を晒した奏の肩を抱いた。 嗚咽をあげながら奏は苦しそうに、親鳥を見つけた雛のように涼にしがみついて声をあげて泣く。

 「奏、奏、落ち着いて。大丈夫だから」 

楓はエコーの後処理やデータを運び、遮光カーテンの中から二人を残して出た。

 「流兄さん、ちょっと」

 楓は流と部屋を出る。小声で、楓は言った。 

「方法がないわけではないんだ」 

「何の?」 

「奏の出産。安全なわけではないけれど。……確率は、かなり低い。
だから言わなかった。奏の生存率が良く十%いくかどうかと言ったところ」

 楓は続けた。
 
「胎児を保育器ギリギリの早産レベルまで成長するのを待って、
奏は帝王切開の出産になる。 

奏の血液は特殊だから、自分の血を少しずつ貯めて輸血に使う。

 新生児、奏と涼の子供と、
奏自身のいのちを助けるにはこれしかない。
けれど、専門家が欲しい。

私だけでは無理だよ。
 そうすると、二人の仲がばれる。

最近の法改正でαとΩの両親を持つ場合、二人の完全な身元が必要になるんだ……合意の上での子供だって……」

 「九条の仕返しにしか見えないな。すまない、楓。……俺が話したプランじゃダメなのか?」

 「いや。そのプランで行きたい。 多分、九条は黙っていてくれると思うんだ。

 私の死亡届けを勝手に出したのは九条だし、散々実験に使って戸籍も抹消した負い目もある。
相手も死んだことになってるし。
まあ、九条なら本当に消しかねないけど。

とにかく、全ては九条がやったこと。
口は出させない。
非があるとしたら九条の方だ。でも、医療関係まで手をかけるとなると鷹司の古参がね。

ドクターヘリも涼のケガで通した。 
けれど今回は産科だ。
薫子さんが病に倒れ
たのも私のせいと思われているから。 
それに、産まれる子の、二人の親を
──あの子達を変に勘ぐられたら、うまくいかなかったら、 あの子達が双子で番だと露呈する。あまりにも、可哀想だ。 知らずに出会って惹かれただけなのに……。下手をしたら兄さんに迷惑がかかる……」 
「秘密が多いと大変だな」そう言い、流は笑った。


────────────続
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