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《第2話》奏の学校生活
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最初は嘘で固められた愛情だった。
上の命令と、ドクターの責任と義務。
今は違う。
奏を愛しいと思う。
憐れなほどに。
悲しい──悲しいほどに。
人の道を踏み外したのは私だ、と。
愛し方が違ったら奏自身何か違っただろうかとドクターは思う。
初めての仕事の後、記憶を消すと言った後、奏は暴れて、泣きながら縋るように抱きついて、奏はずっと『ドクター』と繰り返し、さらに大声で泣き続けた。
『ドクターだけ、僕にはドクターしかいないんだ』
ドクターは、その時、奏に初めて頬ではなく口唇に口づけた。
それまでも、ドクターは奏にキスやハグはした。奏の『養育係』の役目を超えず、ただ、無感情に。
しかし、この時からだ。ドクターが奏に悲しいほどの『愛情』が生まれたのは。
あの時、ただひたすらドクターを求める奏は、あまりにもドクターに憐れに、そして悲しく映った。
口唇を離すと、奏は乾いた声で言った。
泣き叫びすぎて掠れていた。
『ドクター、一緒に堕ちて。僕と一緒に』
まだ幼さを残す奏がその意味を解って言っているのか解らなかった。ただドクターは奏を抱き締めていった。
『何処まででも、私は奏と一緒だよ』
ドクターだけを見つめる虹彩の薄い瞳。
踏み入れてはいけない、湖沼。
ただひたすらに、自らが引き起こした惨状を目にした苦しみの中、涙で顔を濡らした奏はドクターだけを求めた。
愛しいと思うのに、何故だろう、 ドクターの胸に込み上げる気持ちは、あまりにも切なかった。
間違いではない。 そうドクターは言い聞かせる。 この世界で奏を愛せるのも、許せるのも、自分だけだ。けれど、堕ちるのは自分だけでいい。奏は悪くない。
そうドクターは思い、奏をぎゅっと力を込め抱きしめた。 涙が出た。
こんな千切れるような涙は、もう流さないと決めたはずなのに。ドクターは何故か小さく笑った。
──────────────
幼い頃から、研究所にいる頃からずっと奏に全ての教育を施したのはドクターだった。
もっとも精神教育は研究所による方針によるものの指針だった。 ドクターも激しいαとΩへの嫌悪感はある。
しかし所長の毎回の奏の『仕事』にただ満足するだけの様子は、ドクターをただ不快にさせた。
沸き上がる怒りも言いたいことも言えず頭を下げるしか許されない自分自身が、ドクターは嫌になる。
ドクターの誤算はいだいてしまった奏への想いだ。愛着ではなく、愛情。
慈愛にも時に姿を変える不確かなこの感情。
けれど、恋とは違う。
奏が求めるから抱く。
ドクターは奏の全てを許す。
そして奏を守るためなら何でもする。
そう、奏を抱いた日に誓った。
奏がドクターに寄せる想いは純粋な愛情だ。
ドクターは思わずにはいられない。
ドクターが、奏にとってただのこの研究所にいる、遊びの相手の研究員の一人なら。
愛情などなく、ただの遊びの相手なら、ドクターは悩まずにすんだ。
けれど、奏は本気だ。
許されない、そう何かにドクターは怯える。 これも、罰の一つか──。
奏には自分のことは言えない。
知られたくない。
知られてはいけない。
全ての根本が揺らぐ。
あまりにもグロテスクで、残酷だ。
人として、許されない。
奏も自分を許さないだろう。
あの『ドクター』と満面の笑みを浮かべ自分を呼ぶ奏には会えなくなるだろう。
「奏──すまない……」
息をきらせた奏が、ドクターを見つめる。茶色の大きな瞳を潤ませ、回されたドクターの背中に奏の爪が食い込む。
「んっあぁ……っドクター、すき…。僕には、ドクターだけ──」
「私にも、奏だけだ──」
闇に奏の甘い嬌声が、溶けていく──。
─────────────────
転校初日、奏は朝早く、面倒だが理事長室に挨拶に行く。
ドクターが『挨拶は大事だからね』と言っていたからだ。
クラシカルな木造の校舎。
深紅の絨毯。窓から見えるイングリッシュガーデンを模したような中庭。見事だと思い、奏は微笑み、ため息をついた。
玄関の天使の像を見る。悪趣味だと思えた。
理事長室は校舎の外れにある。
「転入生の『九条 奏』です。宜しくお願いします」
腰まであるストレートの艶めく長い髪を耳にかけ、奏は会釈する。
袖を通したばかりのシャツが気持ち悪い。
いつもシルクのものばかり着ていたから変な感じだ。奏は不快感を隠しながら、ぼんやりと理事長を見つめた。
「編入試験で、全科目満点だったようだね。感心だ」
──この学校は三校舎に離れている。良家で家柄も良い、勉学に長けたαβΩがそれぞれの校舎で勉学に励む。
Ωは世界的に見て蔑視されてるが特異な才能をもつものも最近増えているということ。
それに学校内の秩序の為に特別な強力な抑制の薬が常用薬として配られ昼に飲む。
飲み忘れのないよう、
教師の監督下で薬を飲む。
なので絶対に発情しない。安全に学校生活を送れる。
αも下手な争い防止の保険のためフェロモン抑制の薬を飲む。
完全管理だ。
万が一ヒートを起こしたΩがいても理性が保てる。
寮もαβΩの三つの棟に別れている。普通は二人部屋だが自分は『九条』の人間としてαの特別寮の一人部屋を用意した── つまらないことを長々説明され、面倒臭いと思いながら奏はちらりと窓の外を見る。
『九条財閥の御曹司』
の看板は、役に立つ。そんなことを考えていた。 窓の外の景観は中々良い。菖蒲がしどけない。
「聴いているかね?」
厳しそうな理事長は、奏を咎めるように見る。苛々する。 自分を特別だと思い、のさばるしかできない無能な権力の権化と化したα。 穢い──。 奏は片頬を持ち上げる。転入の、いつもの欠かさず行う『恒例行事』
「──ねぇ、僕と遊ぼうよ。理事長先生」
『力』をほんの少しだけ解放する。
人間は本能には逆らえない。αの理事長は簡単に奏の『力』に屈した。
『あんなに偉ぶって、威厳を保とうとしていたある意味、聖職と呼ばれる教育者がこうも簡単に欲望に屈するものか』
と奏は内心、嘲笑する。
『ただの盛りのついた獣の雄みたいだ』
と馬鹿にしながら、瞳の色を変えて奏の口唇を求める理事長と、くすくすと忍び笑いを交わしながら口づけ合った。
「九条、くん……。ああっ……九条、くん……」
そう理事長は奏を理事長の椅子に座らせ、自分自身に跨がらせ、揺さぶりながら奏を呼ぶ。
初めて見たとき手と目の印象が何処かドクターに似ていると思った。
それだけで耐える。
ただの『暇潰し』だと割りきる。
自分を切り売りしている、自分が生き餌になった気分だった。
プライドが潰されるようだった。
「理事長先生、僕のこと、すき?」
理事長と向かい合い、奏は理事長の首に両腕を回し、息を切らせながら奏は訊いた。
束ねていた長い髪が、ほどけた。理事長は理性の欠片も残っていない。
獣のような瞳でまるで喰らい尽くすように奏を激しく腰を掴み揺さぶりながら、息を乱れさせ、譫言のように奏の名前を繰り返し、言う。
「好きだよ。君は綺麗だね。本当に、綺麗だ。九条、くん──ああ……はぁ……噛みたい。噛みたい……」
「それは、駄目──我慢して。僕はΩじゃない」
理事長と抱き合いながら、奏はただ、ドクターを想う。 早く家に帰りたい。
何もない部屋に押し込められるだけだけれど、そこには、ドクターがいる。
優しく髪を撫でて、笑いかけてくれる。
『仕事』が終わるとドクターは、いつも、泣きそうな顔をして、ぎゅっと疲れきった奏を胸に顔を埋めさせてくれる。
自分が唯一失えないもの。 消毒のアルコールの残るドクターのシャツが好きだ。
物心ついたときからずっと一緒にいた。
だからこれからも一緒にいる。
ずっと、一緒にいる。
早くドクターと海に行きたい。
昨日みたいに、抱いて欲しい。
あの声が聞きたい。 誰がこの学校で何人死のうが、どう死のうが関係ない。
もう、痴態と狂乱の末の汚い死体も飽きるほど見てきた。
ドクターが恋しい。
傍にいて欲しい。
抱きしめて欲しい。
今自分を抱いているのがドクターならいいのに。そう奏は強く思った。
ドクターがいれば。
秩序も、モラルも善悪も羞恥もない。
ただ、ドクターがいてくれれば。
奏にとってドクターが世界のすべてだ。
「予鈴が鳴ったね。先生」
『力』を消すと最初見た理事長の顔が、偉そうなαの教育者の顔とはすっかり変わっていた。 行為を終えた後の恋人を見る目というより、溺れるような信奉者の瞳になった。
「また、遊ぼうね」
クスクスと笑いながら奏は理事長に身支度を『させる』 理事長は奏の肌の熱を惜しむかのようにシャツのボタンをとめていく。
全て元通りになった奏は長い髪を縛り直し
「これからも、宜しくね。理事長先生」
ニコリと笑い奏は理事長を見た。
何か言いたげな理事長を置き去りにし、振り返るでもなく、奏は部屋をあとにする。 ────────────
厚い扉を閉め奏は俯く。
いつまでこんなことを続けなければならないのだろう。
「ドクター……ちゃんといつも通り『挨拶』はしたよ……所長に言われた通りにしたよ。家に、帰りたいよ………あんな家でも、帰りたい……会いたいよ、ドクター……」
奏はポケットのドクターがくれた白いシルクのハンカチを握りしめた。
僕は、真っ黒だ。 僕は、穢い──。
そう奏は思う。 廊下の壁に寄りかかる。
惨めさに涙が出てくる。
ドクター、今、あなたに会いたい。
こんな僕でも『奏は綺麗だ』と言ってくれる? 中庭のガラス越しの宙に向かい奏は、ぼんやり描いたドクターに問いかけた。
──────────《3》へ続く──
上の命令と、ドクターの責任と義務。
今は違う。
奏を愛しいと思う。
憐れなほどに。
悲しい──悲しいほどに。
人の道を踏み外したのは私だ、と。
愛し方が違ったら奏自身何か違っただろうかとドクターは思う。
初めての仕事の後、記憶を消すと言った後、奏は暴れて、泣きながら縋るように抱きついて、奏はずっと『ドクター』と繰り返し、さらに大声で泣き続けた。
『ドクターだけ、僕にはドクターしかいないんだ』
ドクターは、その時、奏に初めて頬ではなく口唇に口づけた。
それまでも、ドクターは奏にキスやハグはした。奏の『養育係』の役目を超えず、ただ、無感情に。
しかし、この時からだ。ドクターが奏に悲しいほどの『愛情』が生まれたのは。
あの時、ただひたすらドクターを求める奏は、あまりにもドクターに憐れに、そして悲しく映った。
口唇を離すと、奏は乾いた声で言った。
泣き叫びすぎて掠れていた。
『ドクター、一緒に堕ちて。僕と一緒に』
まだ幼さを残す奏がその意味を解って言っているのか解らなかった。ただドクターは奏を抱き締めていった。
『何処まででも、私は奏と一緒だよ』
ドクターだけを見つめる虹彩の薄い瞳。
踏み入れてはいけない、湖沼。
ただひたすらに、自らが引き起こした惨状を目にした苦しみの中、涙で顔を濡らした奏はドクターだけを求めた。
愛しいと思うのに、何故だろう、 ドクターの胸に込み上げる気持ちは、あまりにも切なかった。
間違いではない。 そうドクターは言い聞かせる。 この世界で奏を愛せるのも、許せるのも、自分だけだ。けれど、堕ちるのは自分だけでいい。奏は悪くない。
そうドクターは思い、奏をぎゅっと力を込め抱きしめた。 涙が出た。
こんな千切れるような涙は、もう流さないと決めたはずなのに。ドクターは何故か小さく笑った。
──────────────
幼い頃から、研究所にいる頃からずっと奏に全ての教育を施したのはドクターだった。
もっとも精神教育は研究所による方針によるものの指針だった。 ドクターも激しいαとΩへの嫌悪感はある。
しかし所長の毎回の奏の『仕事』にただ満足するだけの様子は、ドクターをただ不快にさせた。
沸き上がる怒りも言いたいことも言えず頭を下げるしか許されない自分自身が、ドクターは嫌になる。
ドクターの誤算はいだいてしまった奏への想いだ。愛着ではなく、愛情。
慈愛にも時に姿を変える不確かなこの感情。
けれど、恋とは違う。
奏が求めるから抱く。
ドクターは奏の全てを許す。
そして奏を守るためなら何でもする。
そう、奏を抱いた日に誓った。
奏がドクターに寄せる想いは純粋な愛情だ。
ドクターは思わずにはいられない。
ドクターが、奏にとってただのこの研究所にいる、遊びの相手の研究員の一人なら。
愛情などなく、ただの遊びの相手なら、ドクターは悩まずにすんだ。
けれど、奏は本気だ。
許されない、そう何かにドクターは怯える。 これも、罰の一つか──。
奏には自分のことは言えない。
知られたくない。
知られてはいけない。
全ての根本が揺らぐ。
あまりにもグロテスクで、残酷だ。
人として、許されない。
奏も自分を許さないだろう。
あの『ドクター』と満面の笑みを浮かべ自分を呼ぶ奏には会えなくなるだろう。
「奏──すまない……」
息をきらせた奏が、ドクターを見つめる。茶色の大きな瞳を潤ませ、回されたドクターの背中に奏の爪が食い込む。
「んっあぁ……っドクター、すき…。僕には、ドクターだけ──」
「私にも、奏だけだ──」
闇に奏の甘い嬌声が、溶けていく──。
─────────────────
転校初日、奏は朝早く、面倒だが理事長室に挨拶に行く。
ドクターが『挨拶は大事だからね』と言っていたからだ。
クラシカルな木造の校舎。
深紅の絨毯。窓から見えるイングリッシュガーデンを模したような中庭。見事だと思い、奏は微笑み、ため息をついた。
玄関の天使の像を見る。悪趣味だと思えた。
理事長室は校舎の外れにある。
「転入生の『九条 奏』です。宜しくお願いします」
腰まであるストレートの艶めく長い髪を耳にかけ、奏は会釈する。
袖を通したばかりのシャツが気持ち悪い。
いつもシルクのものばかり着ていたから変な感じだ。奏は不快感を隠しながら、ぼんやりと理事長を見つめた。
「編入試験で、全科目満点だったようだね。感心だ」
──この学校は三校舎に離れている。良家で家柄も良い、勉学に長けたαβΩがそれぞれの校舎で勉学に励む。
Ωは世界的に見て蔑視されてるが特異な才能をもつものも最近増えているということ。
それに学校内の秩序の為に特別な強力な抑制の薬が常用薬として配られ昼に飲む。
飲み忘れのないよう、
教師の監督下で薬を飲む。
なので絶対に発情しない。安全に学校生活を送れる。
αも下手な争い防止の保険のためフェロモン抑制の薬を飲む。
完全管理だ。
万が一ヒートを起こしたΩがいても理性が保てる。
寮もαβΩの三つの棟に別れている。普通は二人部屋だが自分は『九条』の人間としてαの特別寮の一人部屋を用意した── つまらないことを長々説明され、面倒臭いと思いながら奏はちらりと窓の外を見る。
『九条財閥の御曹司』
の看板は、役に立つ。そんなことを考えていた。 窓の外の景観は中々良い。菖蒲がしどけない。
「聴いているかね?」
厳しそうな理事長は、奏を咎めるように見る。苛々する。 自分を特別だと思い、のさばるしかできない無能な権力の権化と化したα。 穢い──。 奏は片頬を持ち上げる。転入の、いつもの欠かさず行う『恒例行事』
「──ねぇ、僕と遊ぼうよ。理事長先生」
『力』をほんの少しだけ解放する。
人間は本能には逆らえない。αの理事長は簡単に奏の『力』に屈した。
『あんなに偉ぶって、威厳を保とうとしていたある意味、聖職と呼ばれる教育者がこうも簡単に欲望に屈するものか』
と奏は内心、嘲笑する。
『ただの盛りのついた獣の雄みたいだ』
と馬鹿にしながら、瞳の色を変えて奏の口唇を求める理事長と、くすくすと忍び笑いを交わしながら口づけ合った。
「九条、くん……。ああっ……九条、くん……」
そう理事長は奏を理事長の椅子に座らせ、自分自身に跨がらせ、揺さぶりながら奏を呼ぶ。
初めて見たとき手と目の印象が何処かドクターに似ていると思った。
それだけで耐える。
ただの『暇潰し』だと割りきる。
自分を切り売りしている、自分が生き餌になった気分だった。
プライドが潰されるようだった。
「理事長先生、僕のこと、すき?」
理事長と向かい合い、奏は理事長の首に両腕を回し、息を切らせながら奏は訊いた。
束ねていた長い髪が、ほどけた。理事長は理性の欠片も残っていない。
獣のような瞳でまるで喰らい尽くすように奏を激しく腰を掴み揺さぶりながら、息を乱れさせ、譫言のように奏の名前を繰り返し、言う。
「好きだよ。君は綺麗だね。本当に、綺麗だ。九条、くん──ああ……はぁ……噛みたい。噛みたい……」
「それは、駄目──我慢して。僕はΩじゃない」
理事長と抱き合いながら、奏はただ、ドクターを想う。 早く家に帰りたい。
何もない部屋に押し込められるだけだけれど、そこには、ドクターがいる。
優しく髪を撫でて、笑いかけてくれる。
『仕事』が終わるとドクターは、いつも、泣きそうな顔をして、ぎゅっと疲れきった奏を胸に顔を埋めさせてくれる。
自分が唯一失えないもの。 消毒のアルコールの残るドクターのシャツが好きだ。
物心ついたときからずっと一緒にいた。
だからこれからも一緒にいる。
ずっと、一緒にいる。
早くドクターと海に行きたい。
昨日みたいに、抱いて欲しい。
あの声が聞きたい。 誰がこの学校で何人死のうが、どう死のうが関係ない。
もう、痴態と狂乱の末の汚い死体も飽きるほど見てきた。
ドクターが恋しい。
傍にいて欲しい。
抱きしめて欲しい。
今自分を抱いているのがドクターならいいのに。そう奏は強く思った。
ドクターがいれば。
秩序も、モラルも善悪も羞恥もない。
ただ、ドクターがいてくれれば。
奏にとってドクターが世界のすべてだ。
「予鈴が鳴ったね。先生」
『力』を消すと最初見た理事長の顔が、偉そうなαの教育者の顔とはすっかり変わっていた。 行為を終えた後の恋人を見る目というより、溺れるような信奉者の瞳になった。
「また、遊ぼうね」
クスクスと笑いながら奏は理事長に身支度を『させる』 理事長は奏の肌の熱を惜しむかのようにシャツのボタンをとめていく。
全て元通りになった奏は長い髪を縛り直し
「これからも、宜しくね。理事長先生」
ニコリと笑い奏は理事長を見た。
何か言いたげな理事長を置き去りにし、振り返るでもなく、奏は部屋をあとにする。 ────────────
厚い扉を閉め奏は俯く。
いつまでこんなことを続けなければならないのだろう。
「ドクター……ちゃんといつも通り『挨拶』はしたよ……所長に言われた通りにしたよ。家に、帰りたいよ………あんな家でも、帰りたい……会いたいよ、ドクター……」
奏はポケットのドクターがくれた白いシルクのハンカチを握りしめた。
僕は、真っ黒だ。 僕は、穢い──。
そう奏は思う。 廊下の壁に寄りかかる。
惨めさに涙が出てくる。
ドクター、今、あなたに会いたい。
こんな僕でも『奏は綺麗だ』と言ってくれる? 中庭のガラス越しの宙に向かい奏は、ぼんやり描いたドクターに問いかけた。
──────────《3》へ続く──
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