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金色の回向〖第33話〗
しおりを挟む「今日──聞いていた、よね。でも、限界だったの。否定しないで。お願い………。地獄から、出る唯一の方法だったの。そのせいだろうね。代償みたいに私には『独り』がついて回った。一人ぼっちはもう嫌。独りは嫌だよ。みんな私を置いていっちゃった。初めて好きになったひとまで。深山先生も、いなくなっちゃった。思い出のかけらを拾うのは、懐かしいけど、悲しい」
目の前にいるのは少女のような顔をした一人の女のひとだった。
「あんなに愛していたのに。私は何も出来なかった。もう一度だけでも、一緒に夏を迎えたかった。ずっと、仕事をしていても、かりそめに作った恋人と一緒にいても、夏は虚しくて、哀しくて、あの突き刺すような蝉時雨が聞きたくないのに、浴びるように欲しくなるの。夏は思い出が多すぎる。失ったものが多すぎる。母も、愛したひとも、故郷は──自分で捨てたけど」
──毎年この季節は辛かった。でも今年は領ちゃんがいた。幸せだった。救われた。こんなに満ち足りた夏を過ごせたのは領ちゃんがいたから。こんなおばさんだけど領ちゃんに夢中だったみたい。
虹子さんは笑う。泣きながら、過去の闇に捕らわれる小さな女の子のような虹子さんが悲しくて、俺は虹子さんの背に手を回す。
「ずっと、一緒にいるから。居なくなったりしないから。大丈夫。俺には虹子さんしか居ないんだ。馬鹿みたいにいつも虹子さんのこと考えて、一緒にいないと不安になって、肩落とすガキ。身体から虹子さんが消えない。いつでも欲しい。それでもいい?」
「うん………うん………」
「楽になるまで。泣いていいから。誰にも甘えられなかったでしょ? 虹子さんはつよがりで、ひとに弱いところを見せなさそうだから。もっと甘えて欲しい。俺だったら嬉しい」
虹子さんはぎゅっと俺を抱きしめる力を強めた。胸の辺りに虹子さんの目があるのだろうか。ひんやり冷たい。虹子さんを懐に抱いて髪を撫でた。
「夏は鮎を取って一緒に食べよう?」
「うん」
「秋は近くの山に紅葉狩りに行こう」
「うん。お弁当、作る」
「冬は、こたつで蜜柑。大晦日はお蕎麦をゆでて欲しいな。俺が天ぷらを揚げるから。桜海老と玉葱。美味しいんだよ。一緒にたくさん思い出を作ろう? その時には傍にいてよ」
身体を離し、視線を合わせると虹子さんは笑った。スッと立ちあがって、
「麦茶、おかわり持ってくるね」
俺に背を向けながら頬に残った涙を長袖の薄いカーディガンで拭いた。そして、
「ありがとう、領ちゃん」
と虹子さんは掠れた声で言った。
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