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金色の回向〖第21話〗
しおりを挟む「高校を卒業して、体調を崩して夏に、もうここには二度と戻らないつもりで東京に行った。けれど、どうしてもこの場所が足枷なの。戻って来てしまう。何度もね、『これで最後』とも思ってはいるんだけど。………もう、今回で最後。死んだ母の法要なの。領ちゃんのお家が手伝ってくれるって、理恵から手紙が来たのよ。だから帰ってきたの。情けないわね。自分の家のことなのに。でも、もうやっとお別れ。もう、帰ってこない。仏事では最後の三十三回忌法要をしようって理恵が言ってくれて。数え年より少し早いけどいいかって。住職さんも年だしね」
虹子さんは清々しくそう言った。それから少しして、低く呟くように、
「やっと………終わりね」
と言った。
「この村、嫌い?」
「嫌い………っていうより苦手かな──綺麗な思い出だけ拾うには、いいかもしれないね」
虹子さんは、こんなに明るい世界、夏の光の中に黒いインクを一滴こぼした。憎しみを集めたような暗い視線だった。北西の風が冷えた。
授業が終わったら、駆け足だ。虹子さんは、いつも甘くて美味しいお菓子を作って待っていてくれる。
「いらっしゃい。領ちゃん」
いつか、『いらっしゃい』が『おかえりなさい』になったらいいのに。なんて一人浮かれて夢みたいな馬鹿なことを考える。
「虹子さん! 今日は何して遊ぶ? テストで授業ないから、川遊びして、鮎取って食べて、キスゲの群落見に行く? もう見頃だと思うよ」
「キスゲはいいかな。見慣れてるし」
「群落はね、凄いよ!一面キスゲなんだから!」
「………解った。行こうか。おやつと、小さなおべんとう作ったんだけど、一緒に食べたいな。それに鮎だけじゃ領ちゃんのお腹足らないでしょ?」
「うわあ、愛されてる? 俺!」
嬉しくて。作った虹子さんを笑顔にさせたくて、俺は少し大げさに喜んで見せた。お弁当箱が入るバスケットには、虹子さんは冷たい烏龍茶を淹れた水筒も入れてくれた。
俺は、途中川で自慢の攩網捌きで鮎を二匹捕った。濡れた制服は河原の熱をもった大きな石で乾かした。ボクサーパンツ一枚でいるのは、虹子さんの部屋だと当たり前なのに、今、凄く恥ずかしい。虹子さんは上手に枯れた杉の葉火をおこし鮎を焼く。
「鮎、焼けたみたい。味薄いかな? もう少しお塩振るね」
「あ、うん」
二人で鮎にかぶりつく。ワタの部分を美味しいと思うのは上級者だ。虹子さんは俺が捕まえた鮎を焼いてくれた。俺が皿代わりに持ってきた熊笹の葉を上手に使って、出来上がった鮎の塩焼きを美味しそうに食べてくれている。
「美味しいね。ふっくらして。全然生臭くない」
という虹子さんに俺は自慢そうに笑った。
「いくらでも取ってあげるよ。こんなことぐらいしか出来ないけど。感謝のしるし」
「感謝だなんて。私が好きでしてるんだから、いいんだよ」
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