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いなくなった少年〖第27話〗

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 深山は思う。この八年は一体、何だったのだろう。苦しみは、何だったのだろうか。今更きれいに傷が治っても失ったものは返ってこない。

 あの惨めな日々は、何だった?顔見知りの画家や、口の悪い知り合いからは「整形でもしたか?」と揶揄されそうだ。会計を済ませ、前の眼鏡は捨ててくれと言い、新しい眼鏡をして待合室へ出てきた。

『眼鏡、お似合いです。ふかやまさん、とても格好いいです』

 深山は、頬を紅潮させ笑う少年を無視した。理由があるとしたらこの少年しかない。真っ黒な怒りとも憎しみともとれる感情が込み上げる。

「お散歩は?しないんですか?」

 タクシーをつかまえ、有無を言わさず少年を押し込み、その後も話しかけようとする少年を家に着くまで深山は無視し続けた。玄関の扉が、閉まる。

『ふかやまさん、ふかやまさん、何を怒ってらっしゃるんですか?ふかやまさん!何か仰って下さい』

「……アレク。君は私を醜いと思っていたか?」

 不思議そうに少年は首をかしげる。

「君だけは違うと思いたかった。君だけはこんな私でも受け入れてくれると思っていた。……そんなに私は醜かったか。穢かったか。だから爛れた痕を消したのか!」

 困惑した表情で少年は答えた。

『ふかやまさんは、ふかやまさんです。最近お元気そうで、嬉しいです。僕には、それだけです……ふかやまさん、怒らないで………』

「……誰が頼んだ。火傷の痕を消してくれと、誰が頼んだと訊いているんだ!」

 少年は怯えながら声を震わせ言った。

『そんな、僕は………ただ……。ふかやまさん、そんな顔しないで下さい………こわい、こわいです』

「泣くな!鬱陶しい!良いと言うまでカップにひっこんでいろ!お前の声なんか聴きたくもないし、見たくもない!消えろ!もう、お前の作る紅茶なんか真っ平だ!一生そのカップに住めばいい!」

『ふかやまさん。ごめんなさい。怒らないで。僕を、嫌わないで………お願い……』

 縋るように少年は深山の左袖を掴んだ。深山はもう火傷の痕はない右手で、汚いものに触れるように少年の手を振り払った。

『ふかやまさん…………』

 静かに涙を流す少年の姿が、少年の気配が、消えた。

    深山は、ベッドに音をたてて倒れこんだ。今日のことを思い出す。ついカッとなって、挙げ句には怒鳴って罵って、本気で怯えさせて、泣かせて。

    街を楽しんで、蝉の声を聞いて、ロシアンティーを飲みながら、二人で行く海を考えた、あの幸せな楽しい時間が消えてしまった。

「アレク………」

いつもならパタパタと『ふかやまさん!』と笑って駆け寄る明るい声。

やさしい、まるい少年の声は、静寂に包まれている。  
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