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〖第56話〗朱鷺side②
しおりを挟む「それ、ただの嫉妬だけではないですよ」
心の中の澱みが舞い上がる。僕は真っ正面の白い壁をみながら嘲笑って話す。
「あの時、僕に言った言葉、覚えてますか?
『俺だけを愛してくれるって言ったじゃないか』
『ずっと好きでいてくれるっていったじゃないか』
そう言っていました。
あれは瀬川さんのお母さんの言葉じゃないですか。あなたが心の底から許せないのはお父さんではなくて、お母さんですね?
『あなたがいないと生きていけない』
『あなたが必要なの』
みたいな言葉を刷り込まれるように言われてきたんだろうなということが目に浮かびます」
「………やめてくれないか」
先輩は、呟くように小さな声で言った。
「まだ途中ですよ。──それから月日がたって手のひらを返すように嫌悪されて、
自分達が憎んできた父親を選んで愛して、自分には憎しみを着せて生きているんですから。
しかも、あの時自分がお母さんを呼んだせいで瀬川さんのお母さんは──」
「もう、やめてくれ!──そうだよ、俺が呼んだせいで、正気に戻ってほしくて呼んだせいで母は壊れたよ。
もうあの家に俺はいない!
でも、それは君に関係ないだろう!」
ポタポタと、テーブルに先輩の涙が落ちた。
僕は、静かに先輩を見つめる。なにも言わず、ただじっと見つめていた。
僕は何がしたいんだろう。今ここで頭を抱え、全身を震わせて泣く人を慰められるのは僕だけなのに。
傷を抉って、さらに抉って。
ただ涙を落とすこの人の、背中を撫でて、一言いえば済むことだ。
『言いすぎました。すみません。泣かないで下さい』
と。でも僕の口は止まらなかった。
「あなたの心に住んでいるのはお母さんです。
正確に言えば瀬川さんだけを頼りに生きてきた頃のお母さんです。
お母さんが先輩のお父さんを選んだように、僕が兄さんを選んで瀬川さんを捨てると思ったからどうしようもない怒りがわいたんじゃないですか?
怒りっていうより憎しみですよね?
悲しかった?冗談言わないでくださいよ。じゃなきゃボロボロの僕をおいて悠長に着替えなんてできませんよね。
全ての始まりは──瀬川さんが僕に執着するのはあの日の言葉ですよね。
『僕には先輩だけです。悲しい顔をしないで下さい。ずっとずっと好きでいますから』
って言ったからですよね?それで歯車がおかしくなったんじゃないんですか?
兄さんと僕との関係を嫉妬して、更に瀬川さんのお母さんと僕を重ねていたんじゃないんですか?
あなたは『ただ一人』と『一番』をくれる人なら僕じゃなくても誰でも良かったんですよ。それだけです」
「違う。──違う!君だから、俺は君以外いらなかった!」
先輩の声は震えていた。
潤んだ瞳で、先輩は僕を見つめた。
ずっと僕も影に向かって咽びながら語りかけていた。
『僕にはあなただけだったのに』と。
「あんなに約束したのに、また自分を忘れられてしまう。
瀬川さんが僕に抱いている感情は恋じゃない。ただの執着ですよ」
「朱鷺くん!」
先輩は、無理やり僕の両手首を掴んでソファに僕を押し倒し、真っ正面から僕を見つめた。
僕も目を逸らさなかった。先輩の黒く、つやのある前髪が揺れる。
「言葉で敵わないなら実力行使、ですか。全然変わってないですね」
「………これが君の俺に対する復讐なの?それとも俺が君を変えてしまったの?」
涙声で先輩は、か細く言った。
「もともとこんなものですよ。芦崎朱鷺になった時点であなたの好きだった人は消えてしまったと思って結構です」
「──俺は、どんな君でも、君のことが好きだよ。ずっと君だけ……君が、好きだよ」
先輩は切なそうに眉間に皺を寄せてそう言った。ポタリと僕の頬に先輩の涙が落ちた。
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