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ジキタリスの花
〖第12話〗
しおりを挟む十二時、僕は『水性色鉛筆の上手な使い方』という本まで買って練習してきたけれど、何回やってもうまくいかなかった。
部員に混じるのは悪い気がしたので大きな石の裏で体育座りをし、ニッコウキスゲを書いていた。悪戦苦闘する。どうしても上手に描けない。
「相模は絵は苦手?練習したのにうまくいかないって顔してるけど」
僕といるとき、先輩はいつも笑っている。僕は上手く笑えない。どうして優しくしてくれるんだろう。欲しいものをくれるんだろう。──さっきのキスも。今は下手くそな絵を見られて小さくなることしか出来ない。
「……僕、何も取り柄がないんです。り、陸上も。膝が少し悪くて。ロッキングしやすいみたいで。多分来年は百に転向かもしれません…あんなにフォーム練習したのに…」
「もうハードル、飛べないの?」
「先輩に僕、ハードルのこと、言いました?」
佐伯先輩は柔らかな、でも切ない表情で、僕を見つめ微笑む。
「春からグラウンドをずっと見ていたよ。君をー見ていたよ。絵を描きながら、ずっと。いつも最後まで残って練習していただろう?でも、ずっと君は独りで泣いてた。力になりたかった。君の泣き場所になりたかった」
この人は僕なんかを見る人じゃないのに。今、隣にいるのも綺麗なひとが似合うのに。
「相模に必要なのは、自信だな」
先輩の言葉に僕はうなだれ、静かに笑う。
「自信なんて無理です。小中高って惨めな思いをしてきました。背が小さいだけ、母さんが水商売をやってただけ、住んでるアパートが古いってだけで、それに、この珍しいこの髪──そんな事だけで制服が目の前で切り刻まれたりするんです。もう、いいんです。慣れました」
僕は一生懸命に笑う。
「慣れるものじゃない!相模、駄目だ。慣れるなんて駄目だ……親御さんには?」
心なしか潤んで聞こえる先輩の声。
「言えません。こんな惨めな目にあってる…そんなこと……」
僕は俯き、沈黙が流れる。そして絞り出すように、言った。
「恥ずかしいですよ」
先輩は何も言わなかった。多分言えなかったんだろうと思った。僕は右手で両目を隠した。涙が出そうになるのを必死で堪えた。
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