世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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35 ユグの血縁

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 守り人一族は、世界樹の実を食べた方の男が母体となり、子を産む。

 ユグが語る内容は、可能性すら考えてなかったものだった。

 僕に腕枕をしたまま、ユグは自分の言葉を確認するかのようにゆっくりとした速度で続ける。

「昔は、世界樹の実、沢山生ってた。でも段々数が減った……て、父さまが言ってた」
「お父さん……」

 お母さんはユグを産んで亡くなった。だとすると、このお父さんがユグの唯一の親で――ユグを贄にすることを許してしまった人だ。

 考えただけで苛ついてしまう。僕が会った人たちの中にいるのなら、できることならここまで引っ張って連れてきてユグに謝罪させたいくらいだった。

 ユグの命を危険に晒すようなことは勿論できないから、今すぐには無理なのは分かってはいたけど。

「父さまが、言ってた。母さまは、オレを産む筈じゃなかったって」
「は?」

 どういうことだろう? それにしたって、贄になることを定めて名前すらつけなかったり、産む筈じゃなかったと本人に言うなんて、随分と酷い扱いだ。

「一体どうしてそんなことを?」

 思わず眉間に皺を寄せながら聞き返すと、ユグは困ったような小さな笑みを浮かべた。

「子供多くいる人、次の族長になる」
「あ、そういう決まりなんだ?」

 言われてみれば、ワドナンさんには僕が知っているだけで子供が二人もいる。しかももっと若い子供もいるのは、彼の発言からも推測することができた。……ん? あれ、族長?

 ユグはこくりと頷く。

「父さま、二人目の子供ができて、三人目産んだら次の族長って言われた」
「うん」

 次の族長ってあれ? え、まさか? とさっきの言葉にまだ思考を持っていかれていたけど、今はユグの話を聞く時間だ。できるだけ邪魔にならないよう、極力短く相槌を打つに留めておく。

「だから母さま、三人目の子供でオレの一番下の兄さまを産んだ」

 なるほど、つまりユグは四人兄弟の末っ子ってことか。ふむふむと頷いた。

「母さま、一番下の兄さまを産んだ後、弱くなった。兄さまも、弱かった」
「え」
「父さまが言ってた。無理をしたからだって」
「そう……なんだ」

 考えてみれば、母親とはいえ元はただの男。世界樹の実の効果によって子供が作れる身体に変わるんだとしても、産んだ後も効果が続くとは限らない。

 つまり、三人子供を産んだということは、三度も身体を作り替えたということになるんじゃないか。だとしたら、身体にガタがきていたとしてもおかしくはない。

 ――ワドナンさんが語っていた、「十八年前、最後の子を生み、死んだ」という言葉。ユグは十八歳だ。でも、お母さんがすでに弱っていたとしたら違う? ……混乱してきた。落ち着け、ちゃんとユグの話に集中するんだ、僕。

「……一番下の兄さまが、『贄』になる予定だった」
「うん?」

 え、『贄』? ユグじゃなくて、ユグのお兄さんがなる予定だったのか?

「でも、地上に伝令に行って帰ってきた守り人が熱病を持って帰ってきて、『守り人の村』にデンセン? したって」
「熱病……」
「うん。みんな熱出して、治った。でも弱かった兄さま、死んじゃった」
「……!」

 もしかしたら、村に広がった病は、地上に住む種族にとってはよくある伝染病のひとつに過ぎなかったのかもしれない。他の守り人が回復したことからも、そのことは窺える。

 だけど、弱かった子供は助からなかった。『贄』となる予定だった子供が『贄』になる前に死んだら、どうなるか。

 ――次の『贄』を選ばないといけなくなる。

 ユグが、淡々と続ける。

「二番目の兄さま、『贄』になるには大きくなりすぎてた。だから、父さまと母さま、オレを作った」
「ユグ……」

 ユグの表情があまりにも穏やか過ぎて、どんな慰めの言葉も出てこなかった。

「父さま、反対したって。族長にならなくていいって」
「うん……」

 ユグのお父さんは、伴侶であるユグのお母さんを大切に思っていただろうことが、ユグの言葉から分かった。

 僕の頭には、いつもしかめっ面だけど実は行動が優しいあの人の顔が思い浮かんでいる。

「でも母さん、大丈夫だって言って、自分で世界樹の実を採りに行って食べたって」
「……」
「それで、オレが生まれた。オレを産んで、母さんはすぐに死んじゃった」

 言葉が詰まってしまって、本当に何も出てこない。揺らがないユグの黄金色の瞳が悲しくて切なくて、手を伸ばしてユグの頬を撫でるのが精一杯だった。

「父さま、母さまを奪ったオレ、嫌ってた。でも一番上の兄さまは優しかった」
「ユグに色々と教えてくれたお兄さん?」

 もしも僕の予想が正しいのなら、色々と教えてくれた年の離れたお兄さんとは、大きな三つ編みをしたあの人のことだろう。

 ここでようやく、ユグの顔に笑みが戻る。

「うん。触りたい相手、大好きな人って教えてくれた。父さまがオレだけ触らないの、大好きじゃないからだって」
「ちょっと待て」
「えっ?」

 お兄さんの優しい話な筈が、全然違うじゃないか。

「それを言ったの、お兄さんなの?」
「アーウィン? どうした? 怒ってる?」

 ユグが不安そうな顔になったけど、僕の中に沸々とわき始めた怒りを止めることはできなかった。

「あんにゃろー……っ」
「え、アーウィン? ど、どうしたの?」

 オロオロとするユグに尋ねる。声が思ったよりも低くなってしまったのは、勘弁してほしい。

「ユグ。お兄さんの名前は、もしかしてファトマさん?」
「え!? アーウィン、知ってる!?」
「やっぱりアイツか……!」
「アーウィン?」

 偉そうな圧を感じたと思ったけど、やっぱり性格が捻じ曲がってたか、と何だか腑に落ちてしまった。こういう直感は、結構当たるものなんだ。

 もうひとつの疑問は、白い頭蓋骨をふたつ見た時からずっとつきまとっていたものだ。

「ちなみにユグ。ユグのお腹を刺したのは誰?」
「え……っ」

 今度こそ、ユグの顔が困惑に染まる。

「ごめん、思い出したくないくらい辛いことだったのは分かってるけど、教えてほしい。大事なことなんだ」
「うん……」

 ユグは、手で右脇腹から鼠径部に走る傷跡をそっと撫でた。

「……父さま、だった」
「やっぱり」
「え? どうして?」

 怯えた目をして、ユグが尋ねる。僕は真っ直ぐにユグの目を見つめた。ユグが不安にならないようにと願いながら。

「いい、ユグ」
「うん……?」

 僕が知っているワドナンさんだったらと考えたら、答えは自ずと出たんだ。

 そしてそれを、ユグだって知る権利がある。

「考えてみて。『贄』は上の祭壇から頭蓋骨があった場所に落とされる。これは明日台座の受け皿に書いてある古代語を読まないと確定はしないけど、『命の水』は恐らくは『贄』の血だ」
「うん?」

 僕が突然何の話を始めたのか分からないのか、ユグは眉間に皺を寄せながら首を傾げた。

「思い出して。頭蓋骨は、ふたつとも台座のすぐ近くに落ちていたんだよ」
「そうだけど……」
「つまりどういうことかというと、二人の『贄』は落とされた段階で多分もう死んでいたか、ほぼ死にかけだったんだよ。だから台座から離れられなかったんだ」

 分からない、とばかりにユグが不安そうな表情になる。

「これまでの『贄』は、大量に出血してその場で死ぬほどの傷をつけられていたんだと思う。勿論、君の傷が深かったことは僕だって分かってる。でもね、君は祭壇の上で死んでなかったんだ」
「……?」

 ユグの視線が、揺れた。僕はユグの頬を両手で押さえると、目を逸らさずに伝えることにする。

「ワドナンさんは、君に致命傷を与えなかった。恐らくは、君が生き延びる可能性を残したかったんだと思う」
「は……」

 ユグが、黄金色の瞳を大きく見開いた。
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