世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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36 アーウィンの考察

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 ユグのお父さんである、ワドナンさん。

 彼は次期族長という立場にあるにも関わらず、世界樹が枯れ始めている原因の調査協力を地上の三種族に要請するのには否定的だった。

 僕はずっと勘違いしていた。彼の極端に非協力的な態度は、地上の生き物を下に見ているからだとばかり思い込んでいた。すっかり騙されていたんだ。

 勿論、実際にそういった意見を持つ守り人もいるだろう。だからこそ、ワドナンさんはそこにんだと思う。

 だとしても、うまく偽装したものだ、と感心せざるを得なかった。

 僕の言いたいことを、まだ理解できていないんだろう。ユグの表情は不安そうだ。褐色の滑らかな頬を、励ますように撫でる。

「ユグ、ワドナンさんは僕たち地上の代表に協力したがっていなかったんだ」
「うん……?」

 隠されていた思いを解読していくにつれ、じわりと嬉しさが込み上げてきた。ちゃんと守り人の中にもいたんだ。そう思うと、涙が滲みそうなほど嬉しい。

 この思いを、ユグにも早く伝えてあげたい。

 僕は齟齬が起きないようにひとつひとつ、ユグが理解しているかを黄金色の瞳で確認しながら続けた。

「僕はずっと、僕たち地上の代表なんて役に立たない劣等種だと思われているんだとばかり思っていたんだ」
「レットーシュ?」

 可愛らしく小首を傾げるユグ。そりゃ分からないか。どう伝えるべきかと一瞬立ち止まってから、説明をする。

「ええと、守り人が一番偉いって思ってるのかと思ってたってことかな」
「ふうん?」
「でも多分それは、そう思わされてたんだ」
「……?」

 実際に、ワドナンさんが世界樹の仕組みをどこまで知っているのかは分からない。だけどきっと、彼は気付いている筈だ。気付いてない筈がなかったんだ。

 相変わらず、世界樹の声はワドナンさんには届いていないのだから。

「ワドナンさん――君のお父さんは、君がどこかで生きていることを知ってるよ」
「えっ!?」

 僕の言葉に、ユグが大きな驚きの声を上げた。瞳が落ち着きなく動き始める。

「だ、だって、どうして? 父さま、オレ死んでない、探す、もう一度『贄』にした筈……っ」

 ユグの身体に傷を付けて、祭壇の穴に落としたのは間違いなくワドナンさんだ。だからユグにとっては、ワドナンさんは恐怖の対象なんだろう。

 もしかしたら、それすらもワドナンさんが仕向けたことなのかもと考えたら、考え過ぎだろうか。でも、僕にはそう思えて仕方なかった。

 ユグが二度と『守り人の村』に戻ろうという気を起こさないように、自分を畏怖の対象にしたんじゃないかって。

 ユグの頬をぐっと両手で挟み、顔を近付けて笑いかけた。大丈夫だよって思ってもらう為に。

「ユグは言っていたね。世界樹の声を聞く為に『贄』を捧げるんだって」
「うん……」
「だとすると、次期族長であるワドナンさんは、ユグを『贄』に捧げた後は世界樹の声を聞こえるようになっていないといけないでしょ?」
「……うん?」

 一所懸命考えているのか、顔の中心にぐっと力が入っているユグ。眉間の皺を伸ばしてあげたい。

「でもワドナンさんは、僕に言ったんだ。次期族長に任命されているけど、聞ける筈のものが聞けないままだから族長になれないって」
「――ッ」

 ユグも気付いたのか、弱々しかった瞳に力が戻り始める。

「守り人は、ユグを『贄』として祭壇に捧げた。だけど世界樹の声は相変わらず聞こえない。つまり『贄』を捧げるのには失敗していると長老やワドナンさんが考えるのが普通だと思う」
「うん」

 ここまではよし。僕はできるだけゆっくりと噛み締めるように続けた。

「世界樹の声が聞こえないという話は、ここに来てから初めて聞いたんだ。地上の僕らには内緒にされていたし、もしかしたらワドナンさんが聞こえないってことを伝えたのも、なんだかんだ理由をつけて引き伸ばしてたんじゃないかな」
「ヒキノバス?」

 首を傾げるユグ。こんな時も、いやこんな時だからこそ余計に「可愛いな」と庇護欲がそそられる。

「ずっと後になって言ったんじゃないかってことだよ。その内聞こえると思ってたとか、言い訳はいくらでもできる」

 うーん? とユグが唸った。

「ワドナンさんや長老が台座の存在を知っているかは分からない。でも多分、知らないんじゃないかな。知っていたら、祭壇から落とす必要はないからね」
「うん、それは分かる」

 ユグが小さくだけどようやく笑顔を見せた。

「ワドナンさんは、地上の三種族を軽蔑する態度を徹底することで、原因調査を先延ばしにしたかったんじゃないかと思うんだ」
「……よく分からない」

 ユグが首を横に振る。しまった、先を急ぎすぎたか。

 僕自身も考えながら話しているから、言ってることがぐちゃぐちゃな自覚はあった。

「ええとね……どう説明しようか」

 分かりやすく説明するっていうのが難しい。うーんと考えながら、ユグに説明していった。

「長老は、早くどうにかしたがっていた。だけどワドナンさんは真っ向から反対していた。他の奴らに言うなんて! みたいな態度を取ってね」
「うん」
「僕はそんなワドナンさんを見て、守り人が一番偉いんだ! てワドナンさんが信じていると思った。だから守り人よりも偉くない僕らに頼りたくないって言ってたんじゃないかって」

 ユグの瞳が、理解した、とパッと輝く。

「うん、何となく分かった!」

 よしよし。僕は先を続けることにする。

「だけどね、ワドナンさんは次期族長じゃないか。本来だったら、彼が一番原因を早く知りたいって思う筈なんだよ。なのに動かなかった。そう考えると、守り人たちでした調査も、もしかしたら森の奥まで深入りさせないように誘導したんじゃないかとも思ってる」
「……なんで?」

 本当に分からないんだろう。心から不思議そうな顔をしている。

 何故なら、多分ユグはそんな可能性があることすら考えたことがなかったからだ。自分のことを思ってくれる人がいるなんて思いもしなかった。

 だって、ユグは『贄』だから。

「ユグが生きているのを悟られない為にだよ」
「えっ」

 ユグの瞳が大きく見開かれた。

「ワドナンさんは原因究明に否定的な態度を見せることで、生きているだろうユグが大きく育つのを待ってたんじゃないかな」
「ゲンインキューメー?」
「あ、ごめん。聞こえない理由を調べるのを嫌がったってことだよ」
「……どうして、オレが大きく育つのを待つ?」

 ユグは本当に不思議そうに問う。ワドナンさんは、ユグに冷たく接していた。ファトマさんがユグに告げた内容からも、そのことが分かる。

 理由は、ユグに里心を抱かせない為だったんじゃないか。

 ……一体いつからワドナンさんは計画を練っていたことか。

「声が聞こえない限り、ユグはどこかで生きている。だからワドナンさんは、もし将来ユグが見つかってしまったとしても、もう祭壇の穴に入らない大きさになるまで反対し続けたんだと思うな」

 ユグの目が、訝しげに細められる。

「アーウィン。それ、父さまがオレに生きててほしいって言ってるみたいに聞こえるよ」
「そう言ってるんだよ、ユグ」
「えっ」

 だって、ワドナンさんは言っていた。「謝罪をすべき者は他にいる」と。ワドナンさん自身を「欠陥だらけ」だと評したのも、堂々と自分の伴侶と子供を守ることができなかった自分に対する卑下の言葉だったんじゃないか。

 考えてみたら、守り人を頂点と考える人だったら、あの言葉は矛盾だらけだったんだ。僕は馬鹿なことに、今の今までそのことに気付きもしなかった。

「十年、ワドナンさんは粘ったんだ。きっと」

 彼は、世界よりも我が子の命を選んだんだ。もう二度と大切な家族を失いたくなくて。

 ――ユグを大切に思っている人は、ちゃんと守り人の中にもいたんだな。

 ユグは驚いたように力なく口を開き、無言で僕を見つめていた。
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