魔法使いは退屈な商売

小稲荷一照

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木曜日~エイプリルフール~

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 春の空の下、純一は恋人たちと連れ立って市営運動場にいた。
 ピクニックとか花見というのも間違いではない。
 西日を避けるために南北に長く設計された競技場の向こう側は河川との雨水のやりとりをするための小川になっており、人工でもなんでも川には桜が必要とばかりに見事な並木になっていた。
 純一を起しに来たとき、夕食時にからかわれた衝動のままに未だにベッドで盛っていたことに光は呆れ、外出を取りやめるかと尋ねたもののピクニックもどきの外出は楽しみだったらしく、重箱にはすっかりとお昼のお弁当がお赤飯ベースで詰め込まれ、デザートには先週のお彼岸の時に褒めたおハギまで準備されていた。疲れたから行かないなんて言ったら、針の入ったおハギを出されても文句は言えない、そんな感じだ。
 未来の運転で着いた市営運動場は市の運動公園の中にある。元は浄水場だかなんだかだったらしいが、施設が古くなったのと街が大きくなったので、もう少し郊外に移設された跡地が公園になったらしい。そんなわけで水道公園という名前でも呼ばれている。
 家族連れの日向ぼっこやランニング、キャッチボール等、わりあい利用はルーズな管理のようでいて、施設への落書きも目立ったところにはない。
 試合は午前中からおこなわれるということで、試合を見ながらか、終わってからか、つまらなければマァイイヤ的なダレた雰囲気のままスタジアムに向かう。運動場というよりは競技場というべきな施設は最近はやりの多目的施設としての側面があってかなり立派なものだった。観客席に続く階段を登りグラウンドが見えるようになると天幕用のワイヤーが張られていて、その下にはカメラ中継用のトラベルワイヤーがあったりとかなり充実している。ああ、そういえばと思い出すと市にはプロサッカーチームもいた。
 いた、というと響きが悪い。万年二部であることを除けば悪いことでもなく今も立派にいる。そういう風に光は抗議した。
 二部ではそこそこ頑張っているので市民の評判は良く、チームで活躍した選手が年棒を跳ね上げさせ一部チームに出世する、という一種の出世コースのステップとしてサッカーファンは逆に期待していて、万年二部であるチームがまかり間違って一部に上がり結果として経営を破綻させるよりは、市民の支援の範囲でソコソコにチームを維持して将来のスターをコンスタントに輩出してくれることをこそ望んでいる。たまにチーム存続の意義を疑問視する動きもあるが、その度に啓蒙的な活動をおこなう一派が登場してそういった動きに対して異を唱え、スポーツ活動の本来持つ文化的な意義と経済的な価値のバランスについて説かれていた。
 そして、結果としてこの競技場が中期的な啓蒙的スポーツ擁護派のシンボルとなっていた。
 曰く、行政の文化活動のバランスは市民に納得できる将来展望を示すことで、その成果と業績を独占する要はない。
 ということで、この競技場も市の予算ではなく市債によって建設がすすめられ、その口数によって利用権が配分されるという形式になっていた。最大のスポンサーはもちろん市であったが、幾つかの大学と企業が列んで立ち中小の商店企業も出資をおこなったので予定よりも資金が集まり、運営費に余裕ができたために利用料が低めになり、結果として企業や大学がスタジアム施設を利用しやすくなったという好回転も見せているという。
 地下には長水路もあるんだよ。と光は補足した。何度かこの施設にはプール目当てで彼女は足を運んでいた。純一は知らなかったが、年がかわってからも来ていたという。
 練習試合だからか、芝生の周りのトラックなどではかなり多くの選手が入り交じったままウォームアップをしている。そんな光景を昨日、前田が言っていた通り、けっこう多くのカメラが追っていた。さすがにテレビ中継はなさそうだったが、小さめのラジオ機材を持ち込んでいる姿もあり、ただの練習試合というよりは一種のデモンストレーションのような様子だった。
 八レーンもあるトラックを挟んでしまうと真ん中のグラウンドはやや遠く、純一達も観客が少ないならという感じで観客席の前の方におりていく。そこでもグラウンドの反対の方は見えにくいが、カメラの砲列の脇辺りなら角度が極端に悪いこともない。
 ちょっと来るのが早すぎたか、と思っていると選手に触れそうなレイアウトの四百メートルを周回してひとりの選手が近寄ってきた。前田だった。
「おぉー。来てくれたのか」
「いい天気だしな。昼飯はそこらで花見でもしようと思ってさ」
「あー、イイねぇ。俺らは交流会があるから、ちょっといけないけど」
 と、ぞろぞろと女たちが集まってきた。
「お、川上も誘ってきたのか。やっぱ付き合ってるんじゃん?お前ら」
「む、そんな噂になってるんだ?聞き捨てなんねぇな」
 慶子が来るなりツッコミを入れて純一に張り付く。
「おひさ、前田くん。アタシたちが付き合ってるって噂はないの」
 紫が反対側にくっつきながら挨拶したついでに大胆なことを聞く。
「お、滝川と遠藤じゃん。一緒だったのか」
 ちょっとさすがにこの組み合わせは意外だったらしい。
「今アタシら付き合ってるんだ」
 紫と慶子が純一にぶら下がる横で光が少し困った顔をする。
 前田は少し驚いたような顔をしたが、ニヤリと純一に笑いかける。
「お前もけっこう嫌なやつだなぁ。俺がフラれた女ふたりに声かけるなんて、どういうエイプリルフールの仕込みだよ。っていうか川上経由だろ、どうせ。まぁ、イイさ。お客は多いに越したことないし、俺の力をみせるチャンスだしな。たしか二人には俺の試合を見せたことなかったはずだから丁度いいや。よぅし、少ぉし気合入ったぜ。期待して試合応援してくれ。お前らのために勝ってくる」
 勘違いのままの言い逃れにしてはかなり前向きな発言と雰囲気で八番を背負った前田は、紫と慶子に両手で指鉄砲を撃つとアップしているメンバーのところに戻っていく。彼の中では自分がふられたことになっているらしい。
「純一さんの無意識の黒さがあるとイイのにね」
 何気なくひどい発言を紫がした。
 試合は前田がいった通りのシーソーゲームだった。緊迫感は足りなかったが、確かに前田がいったとおりにダイナミックにボールが動く試合展開だった。前半は特にそんな感じのフォーメーションとメンバー構成でボールがノミのようにピョンピョンと跳ねているのが遠くからも良く見えた。
 後半はさすがに試すことも一通り終わったらしく、マトモな試合展開になった。先に見切りをつけたのはこちらのチームで、結局そのタイミングの差が試合の結果になったが、格上リーグのあちらのチームの方がやや地力に優っているらしく、後半最後の十分間は上位リーグの威信にかけたフルメンバー登場の猛烈な追い上げに、我が大学は防戦一方の展開になっていた。
 しかし相手のワンプレイを前田がタックルで潰し、押し込まれていた流れを取り戻すと、ドロップゴールで点差を僅かに押し戻し、再び前田が相手のプレイを止めたところで笛が鳴った。
 両チームで合わせて百点を超える大胆な展開の割りには結局トライとキックの差で競り勝つという、点数的には一トライに満たない僅差で前田が勝利をプレゼントしたことになった。
 試合後、前田はチームとともにトラックを巡り、純一達の前では投げキッスを二回してみせた。


 純一にはラグビーの試合は展開がやや複雑すぎて十分に理解できていないことを実感していたが、それでも前田が思った以上に動きが早く、両チームの中でもかなりの存在感であることは分かった。簡単にいえば、攻守ともに前田がいないサイドが極端に弱い印象にみえる試合展開だったのだ。半ばお遊びのような前半戦では前田の存在感は掴みにくかったが、後半はとくに際立っていた。
 ラグビーは他のスポーツに比べて、チームの穴は目立つが長所が目立ちにくいスポーツであることを考えると前田の存在感はかなりのものであったといえる。
 そんな感じで意外と気分良く午前中を過ごし、お昼は楽しく花見ができた。
「前田ってけっこう凄いプレイヤーみたいだな」
「そうなの?なんか遠くで男の人が走ったり飛んだりして、ボール追っかけてるのしか分かんなかった」
「試合には勝ってたみたいだけどぉ、ちょっと良く分かんなかったなぁ。テレビ中継とかだと分かったのかなぁ」
 前田と付き合ってみたことのあるという二人は実に涼しい反応だった。純一にはなんとなく流れは分かったが、彼女らにはサッパリだったようだ。
「でも、昼間のスポーツ観戦なんて日向ぼっこできれば気持ちいいんだし、それでいいと思う。ウチのお父さんは夕涼みにビールのんで周りのお祭り見に行くのがいいって人だから、ナイター行くと勝っても負けてもご機嫌で帰ってくるよ」
「ウチのお父さんも競泳分かんない人で、私と全然関係ないレース見て応援してたりするし、そんなんでいいと思う」
 紫のお父さんエピソードに光も応じて、純一もなんとなくそういえばという気分になってきた。
 そんなところに夜月が自転車で通りがかった。
「おや、皆さん、お花見ですか」
 そんなことをついと口にして、御座の脇に自転車を停めて場に上がりこむ。
「イヤイヤ、すみません。ありがとうございます」
 割り箸と皿にお重の中身を幾らか載せ、未来が夜月に差し出す。
「若い女の子にご相伴預かるなんてここしばらくなかったですからねぇ、あっはっは」
 普段から微妙なテンションの夜月だが今日はやや機嫌がいい。
 この時期の日本はドコにいってもイイ。弘前の桜みて北海道に渡ると桜と一緒にラベンダーが見れますから、桜と一緒に北にいってみたこともありますよ、とかそんな桜話で盛り上がっている。
「おっと、そう言えば、忘れていました。――」
 重箱のおハギが一周りした頃、夜月が思い出したように言った。
「あー、うーんと、はい。これ。前に話が出たものです。とりあえず一枚だけですが、差し上げます」
 夜月が持っていたブリーフケースから市役所の封筒に入ったナニかを差し出す。
「それじゃぁ。私、まだお使いの途中なんで、お先に失礼します。みなさんごちそうさまでした」
 純一に中身も告げずに夜月は自転車で去っていってしまう。
 はて、と中身を改めると印刷の入った薄い公用箋でシャチハタっぽい滲みがある。
 開いてみると、婚姻届だった。なんと男のところには純一の名前、婚姻の保証人のところに夜月と水本先生の名前が埋まっている。
「なに、見せて」
 ヒョイと紫が取り上げたソレはあっという間に場を駆け巡り歓声を引き起こす。
「いや、たぶん四月馬鹿のネタ、だと思うよ」
 純一は弁解するように言った。
 それはそうかもしれないが、実に見事な紙爆弾によるテロだったのは間違いない。
 花見の場は気色騒然となった。
 
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