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一章
元老院・2
しおりを挟むコツコツ、と磨き上げられた床に響くのはルカの足音だけで、魔王は無音のまま進んでいた。
魔王の足元は、踵のあるブーツではない。
闇が凝ったような黒い布に覆われていた。
魔王が今コートの下、全身に纏っているのは、部屋着のかわりの『闇』そのものだった。
包帯のように闇を身体に巻き付け覆い尽くすと、突然剣で刺されたり魔法で攻撃されたりしても、無傷でいられる。
死に戻り50回以降はほとんどこれで暗殺を弾いてきたので、魔王は今世もずっとこれを着ているつもりだった。しかしそれに難色を示したのはルカだった。
なんとこの『闇』は、ぴったりと身体に沿って巻き付くため裸も同然の見た目になってしまう。
魔王の張り出した胸筋も、しっかりと太い両腕の筋も、綺麗に割れた腹筋までもがくっきりと晒されていた。これはもう、全裸に近いというか全裸だ。
そこに目を向ければ乳首のぷっくりした小さな突起から股間の膨らみまでしっかり見えた。これは絶対にダメだ。
そうルカが何度も訴えたが、魔王は何がいけないのかよく判らずに首を傾げていた。
なんせ魅了の効果が出たのは今世が初めてだ。
前世までは、魔族には命を狙われ邪魔者扱いされていたので、こんな格好をしていようとも誰も咎めてこなかった。
前のルカも気にしていなかったのに、何故?という魔王の疑問も判らないでもない。
ただ、今回は事情が違っていた。魔王の魅了の威力はどんどん磨きがかかっている。継承の儀の後よりも格段に威力が上がっているとルカは感じていた。
そうしてルカが説得に説得を重ねた結果、部屋着としてこれを使い、外に出る時は上着を羽織るということで妥協した。
今はコートを着ているからセーフと思っているのだろう。……いや全くアウトだとルカは思っていた。
「ねえルカ、このコート……裾を短くできないかな」
「はあ、おそらくは可能ですが……」
「そう?じゃあ外した毛皮でカーティスにケープでも作ってあげてよ。白銀狼の毛皮といえば、防御力も高かったよね」
ため息混じりに『判りました手配します』と言うルカに、満足げに頷いた魔王は謁見室へ入って行った。
扉を開ける役目の騎士二人が既に真っ赤な顔で俯いているが、さて今回は何人無事にいられるだろうか。
ルカは内心で頭を抱えながら、仮面の侍従を裏に呼んでおいた。
‡
魔族の国でいう『元老院』とは、古参の高位魔族の集まりだった。
魔王は狸じじい共、と呼んでいるが実際はじじいの容姿をしている者はいない。
彼ら高位魔族は最盛期で見た目の老化を止めているので、若そうに見える者が多い。ただその思考は保守的で非常にかたく、何千年と生きた化石のような者達である。
そもそも彼らは魔王をなめていた。
新しい魔王が生まれると値踏みし、自陣に誘い込めるかコソコソと協議し、これはダメだなとなったらさっさと暗殺してしまう。
実質、魔族を率いているのは元老院であって、魔王はお飾りに過ぎないと思っていた。
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