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茶番じゃない断罪──実は無血革命
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「わたくしは王太子に冤罪をかけられ名誉を傷つけられ、侮辱されました。その加害者の家族の婚約者になることが何故褒美になると? わたくしを、ベイレフェルト公爵家を馬鹿にするのも大概になさいませ」
アンネリーンの凍えるような冷たい声に、イフナースは何を言われたのか判らないようだった。呆然とアンネリーンを見る。アンネリーンは嫌悪感を隠さず、未だ取られたままだった手を振り払う。
「なっ……不敬だぞ、アンネリーン」
「貴方に名を呼ぶ許しを与えたことはございませんわよ、第二王子殿下。第二王子とはいえ男爵令嬢を母に持つ貴方はわたくしよりも血筋に劣る。ベイレフェルト公爵家の敬意をお持ちくださいませ」
アンネリーンの母は先王の孫娘だ。王子二人とははとこに当たる。王国では女性に王位継承権がないため、ベイレフェルト公爵家には王位継承権を持つ者はいないが、血筋だけで言えば王位継承権三位を持つクンラートよりも王家に近い。王太子の婚約者にアンネリーンが選ばれたのも、王女の娘である母(公爵令嬢)に持つアンネリーンのほうが現王子たちよりも血筋が良く、血筋の劣る王子たちの後見を強くするためだった。
王国では身分は尊重されるが、それ以上に血筋も重要視されるのだ。貴族社会においては男爵家出身の母を持つ王子よりも王家の姫を祖母に持つアンネリーンや王弟を曾祖父に持つクンラートのほうが尊重される存在だった。
尤も王子たちが軽んじられているのはそれだけが理由ではない。
「アンネ、ラート、そんなところで愚か者の相手をしている時間はないぞ。そろそろ場を移そう」
怒りに震えて暴力に走りそうになるイフナースを止めたのは、穏やかでありながら威をまとった声だった。
「お父様、お待ちしておりましたわ」
現れたのは壮年から中年に差し掛かる年代の、いかにも高位貴族といった典雅さと威を持った二人の男性だった。ベイレフェルト公爵アンブロースとエトホーフト公爵ノルベルトである。王国における実質的な最高権力者二人の登場に、未だ会場に残っていた貴族たちは安堵の息をついた。これで王家の醜聞も収拾がつくと判断したのだ。
「貴族諸兄、今宵は気苦労も多く大変な一夜となったことを遺憾に思う。王家に連なる者として今宵の愚かしい出来事に謝罪申し上げる。此度の騒動の顛末は後日改めて周知されることとなろう。皆は何の憂いもなく己が領地を治め、領民と領地の安寧に努めてほしい」
エトホーフト公爵はそう告げると、未だ残っていた貴族たちへの退出を促す。その言葉には今回の騒動を単なる茶番には終わらせず、王家として貴族としてきちんとした収拾を付けるのだと約束したのだ。それに貴族たちは安堵して、漸く帰途へと付いたのだった。
夜会の会場だった学院のホールからアンネリーンは王宮へと移動した。今後の打ち合わせも兼ねて馬車には父ベイレフェルト公爵とエトホーフト公爵父子も同乗している。
「しかし、第二王子も聞きしに勝る愚か者だな」
あんな場で『褒美として』アンネリーンに求婚した来たイフナースに対してベイレフェルト公爵は呆れも隠さずに吐き捨てた。
「王家の愚かさは今に始まったことじゃない。そろそろアンシンク家には王位から退いてもらう時期だったのだろう」
それに同意するのはエトホーフト公爵だ。
キールストラ王国は約五百年の歴史を持つ王国だ。しかし、始祖はアンシンク家ではない。始祖となったのは現ベイレフェルト公爵家だ。しかし、二百年程前に直系男子が途絶えたことにより王女の婿となったアンシンク家へと王朝が交代した。現ベイレフェルト公爵家はベイレフェルト王家最後の王の二女が起こした家である。因みに王国は女性の王位継承は認めていないが、爵位継承は認めている。
王国としての形は変わらずとも王朝交代は過去にあったため、王国では王家といえども永遠ではないというのは暗黙の了解として認識されている。既に三代に渡って暗君が続いた現王家に愛想を尽かしている貴族は少なくない。
先々王はエトホーフト公爵の祖父の兄にあたるが、この王がアンシンク王家衰退のきっかけともいえる。否、きっかけはその父王だ。この王の王妃は類稀な魔力を持つ伯爵令嬢だった。魔法の才はあるが王妃としての執務能力はなかった。所謂研究バカともいえる人物で、この王妃によって王国の魔術は飛躍的な進化を遂げ発展した。しかし、王妃としての公務は一切できなかった。そのため、侯爵家の才女が第二妃となり執務を代行した。第二妃の生んだ王子が臣下に下りエトホーフト公爵家を興した。
身分の低い王妃所生であることに劣等感をもった王子は、その劣等感を満たす存在として太鼓持ちの側近を重用した。結果、政治の中枢は私利私欲に走る俗物で占められた。その中で何とか国の舵取りをしたのが元王家であるベイレフェルト公爵と臣下に下った王弟エトホーフト公爵だった。
そして怠惰な王は美貌だけが取り柄の侯爵令嬢を王妃に据え、王妃の父が外戚として力を持った。外戚となった侯爵は更に己の権力を盤石にするため、王子たちを傀儡に相応しく教育した。それが先王であり、先王は同盟国の姫を王妃に据えたうえで多くの側室を持った。王妃には王女(アンネリーンの祖母)しか生まれず、側室が生んだ王子が王位に就き現王となった。なお、この側室は権力はないが財力はある子爵家の出身で、これによって現王の治世で外戚が力を振るうことはなくなり、ベイレフェルト公爵家とエトホーフト公爵家が影に日向に王家を支えるという形で政治を行うようになった。
現王にはそれなりに力のある高位貴族から婚約者を選ぶ予定であったが、学院時代に現王妃である男爵令嬢と出会い、既成事実を以て二人は婚姻を強行した。先代の両公爵が反対しても頑として譲らず、結局は男爵令嬢をとある侯爵家の養女とすることで体裁を整えた。
愚王が三代続けば、王家に忠誠を誓う貴族たちも王家を見放すには十分だった。そもそもかつての王朝交代の歴史から、他国に比べキールストラ王国の貴族は王家への絶対の忠誠が薄い傾向にある。王家が王家たり得ないのであれば王朝交代してもいいのではという土壌があるのだ。
「じい様の代で見放しても良かったんじゃないかと思うんですけどね」
現王が現王妃との結婚を強行したときに王朝交代していても良かったのではないかとクンラートは言う。ただ、当時は漸く外戚の力を排除し、両公爵家による政治により国内が安定したことでそこまでは踏み切れなかったらしい。
「今の国内情勢を考えれば、無理に王朝交代しなくともよいかとも思いましたけれど……フェルがねぇ……」
何処か呆れたような溜息を吐きながらアンネリーンが応じる。フェリクスが王位に就くのであれば愚王の時代は漸く終えられると思われていた。両公爵も漸く王家に政治を任せることが出来そうだと安心していたのだ。しかし、それを当の本人のフェリクスが拒否した。彼は能力的には王に相応しい人物だった。しかし、その性格が王になることを拒んだのだ。
「漸く良き王に仕えることが出来ると思ったんだがな。彼は王者の資質を十分に持っているというのに」
「此度のことで余計にそう感じたんだがな。あれの後は大変だぞ、クンラート」
アンネリーンに応じるように両公爵は溜息を吐く。
「まぁ、彼に仕えることが出来なくなるのは残念ですがね。彼の性格からして仕方ないですよ、父上。嫌々王になられても王妃になるアンネと宰相になる私の苦労が増えるだけだ」
彼は良き王になるだろう。けれど、それは彼の精神を削り疲弊させる。それを支えるアンネリーンとクンラートは彼の苦悩に巻き込まれ、互いに疲弊し傷つけあう未来が見えた。だから、茶番を決行したのだ。
「さて、証拠は全て揃っているからな。アンシンク王家には退場してもらおう」
いつの間にか馬車は王宮へと到着していた。気を引き締めるようにベイレフェルト公爵は言うと、同乗者たちに覚悟を促した。
その日、王宮内で静かに政変が起きた。翌日には貴族総議会が召集され、一ヶ月の審議により現王家の廃止と新王朝への交代が決定した。国王と王妃、第一王子と第二王子による財政破綻寸前の国費乱用、また三代に渡り国政を蔑ろにした罪によりアンシンク王家は王位を退くこととなった。新たな王家は最も王家に血の近いエトホーフト公爵家となり、その嫡男クンラートが即位することが決まった。
貴族総議会の決議から半年後、クンラートは大聖堂にて即位式を行なった。ここにキールストラ王国エトホーフト朝が始まったのである。
なお、旧王家であるアンシンク家は国境に接していない辺境の地を領地として与えられアンシンク子爵家となった。そして、事の発端となった元王太子フェリクスは平民となり、王都の商会で働き始めたものの新王が即位するころには姿を消した。
フェリクスの恋人であったドリカは実家のホル男爵家から除籍され、アンシンク子爵領とは別の辺境地にある修道院(宗教施設ではなく、貴族令嬢の矯正教育施設)へと送られたのであった。
ドリカの罪は公爵令嬢に冤罪を吹っ掛けたことである。これは市井の流行小説に悪影響を受けた下位貴族の一部が高位貴族に対して身分を弁えず振舞うことへの見せしめの意味もあった。新王朝の綱紀引き締め政策の一環としてドリカの処罰は利用されたともいえる。
そんな、修道院へと送られるドリカと最後の対面をしたフェリクスは、かつての夜会やそれまでの学院での恋に狂った男とは違う顔で彼女に対した。
「ドリカ、確かに私は君に恋をしたよ。君と結ばれて一生ともに生きたいと願ってた。でも、それは若さゆえの過ちでもあったんだ。君は私の身分に恋しただけだよね。王妃になって贅沢したい、下位貴族だと馬鹿にしていた皆を見返したいと思ってただけだよね。君のその上昇志向が悪いとは言わない。でも、手段が間違ってるよ。本当に見返したいのなら、アンネが負けを認める淑女になるべきだった。王妃に相応しいと実力をもって示すべきだったんだ。でも君がやったのは私の権力を利用することだけだった」
フェリクスは確かにドリカに恋をした。身分を無視した傍若無人さと無謀さが面白かった。己の欲を満たすためとはいえ、自分にまっすぐに向かってくる瞳に愛しさを感じた。王太子としてある自分には許されない己の欲に忠実な彼女に惹かれた。
けれど、生まれ持った王族としての冷徹な為政者の頭脳はそんな彼女でさえも利用した。王太子という重責から逃れ、王族から逃げ出すために。そして、王家さえも罰するために。
だから、本来ならば王族と公爵家への不敬並びに国家運営に関わる婚約を妨害したことによる準国家反逆罪が適用されるところを修道院送りで済ませたのだ。
アンネリーンの凍えるような冷たい声に、イフナースは何を言われたのか判らないようだった。呆然とアンネリーンを見る。アンネリーンは嫌悪感を隠さず、未だ取られたままだった手を振り払う。
「なっ……不敬だぞ、アンネリーン」
「貴方に名を呼ぶ許しを与えたことはございませんわよ、第二王子殿下。第二王子とはいえ男爵令嬢を母に持つ貴方はわたくしよりも血筋に劣る。ベイレフェルト公爵家の敬意をお持ちくださいませ」
アンネリーンの母は先王の孫娘だ。王子二人とははとこに当たる。王国では女性に王位継承権がないため、ベイレフェルト公爵家には王位継承権を持つ者はいないが、血筋だけで言えば王位継承権三位を持つクンラートよりも王家に近い。王太子の婚約者にアンネリーンが選ばれたのも、王女の娘である母(公爵令嬢)に持つアンネリーンのほうが現王子たちよりも血筋が良く、血筋の劣る王子たちの後見を強くするためだった。
王国では身分は尊重されるが、それ以上に血筋も重要視されるのだ。貴族社会においては男爵家出身の母を持つ王子よりも王家の姫を祖母に持つアンネリーンや王弟を曾祖父に持つクンラートのほうが尊重される存在だった。
尤も王子たちが軽んじられているのはそれだけが理由ではない。
「アンネ、ラート、そんなところで愚か者の相手をしている時間はないぞ。そろそろ場を移そう」
怒りに震えて暴力に走りそうになるイフナースを止めたのは、穏やかでありながら威をまとった声だった。
「お父様、お待ちしておりましたわ」
現れたのは壮年から中年に差し掛かる年代の、いかにも高位貴族といった典雅さと威を持った二人の男性だった。ベイレフェルト公爵アンブロースとエトホーフト公爵ノルベルトである。王国における実質的な最高権力者二人の登場に、未だ会場に残っていた貴族たちは安堵の息をついた。これで王家の醜聞も収拾がつくと判断したのだ。
「貴族諸兄、今宵は気苦労も多く大変な一夜となったことを遺憾に思う。王家に連なる者として今宵の愚かしい出来事に謝罪申し上げる。此度の騒動の顛末は後日改めて周知されることとなろう。皆は何の憂いもなく己が領地を治め、領民と領地の安寧に努めてほしい」
エトホーフト公爵はそう告げると、未だ残っていた貴族たちへの退出を促す。その言葉には今回の騒動を単なる茶番には終わらせず、王家として貴族としてきちんとした収拾を付けるのだと約束したのだ。それに貴族たちは安堵して、漸く帰途へと付いたのだった。
夜会の会場だった学院のホールからアンネリーンは王宮へと移動した。今後の打ち合わせも兼ねて馬車には父ベイレフェルト公爵とエトホーフト公爵父子も同乗している。
「しかし、第二王子も聞きしに勝る愚か者だな」
あんな場で『褒美として』アンネリーンに求婚した来たイフナースに対してベイレフェルト公爵は呆れも隠さずに吐き捨てた。
「王家の愚かさは今に始まったことじゃない。そろそろアンシンク家には王位から退いてもらう時期だったのだろう」
それに同意するのはエトホーフト公爵だ。
キールストラ王国は約五百年の歴史を持つ王国だ。しかし、始祖はアンシンク家ではない。始祖となったのは現ベイレフェルト公爵家だ。しかし、二百年程前に直系男子が途絶えたことにより王女の婿となったアンシンク家へと王朝が交代した。現ベイレフェルト公爵家はベイレフェルト王家最後の王の二女が起こした家である。因みに王国は女性の王位継承は認めていないが、爵位継承は認めている。
王国としての形は変わらずとも王朝交代は過去にあったため、王国では王家といえども永遠ではないというのは暗黙の了解として認識されている。既に三代に渡って暗君が続いた現王家に愛想を尽かしている貴族は少なくない。
先々王はエトホーフト公爵の祖父の兄にあたるが、この王がアンシンク王家衰退のきっかけともいえる。否、きっかけはその父王だ。この王の王妃は類稀な魔力を持つ伯爵令嬢だった。魔法の才はあるが王妃としての執務能力はなかった。所謂研究バカともいえる人物で、この王妃によって王国の魔術は飛躍的な進化を遂げ発展した。しかし、王妃としての公務は一切できなかった。そのため、侯爵家の才女が第二妃となり執務を代行した。第二妃の生んだ王子が臣下に下りエトホーフト公爵家を興した。
身分の低い王妃所生であることに劣等感をもった王子は、その劣等感を満たす存在として太鼓持ちの側近を重用した。結果、政治の中枢は私利私欲に走る俗物で占められた。その中で何とか国の舵取りをしたのが元王家であるベイレフェルト公爵と臣下に下った王弟エトホーフト公爵だった。
そして怠惰な王は美貌だけが取り柄の侯爵令嬢を王妃に据え、王妃の父が外戚として力を持った。外戚となった侯爵は更に己の権力を盤石にするため、王子たちを傀儡に相応しく教育した。それが先王であり、先王は同盟国の姫を王妃に据えたうえで多くの側室を持った。王妃には王女(アンネリーンの祖母)しか生まれず、側室が生んだ王子が王位に就き現王となった。なお、この側室は権力はないが財力はある子爵家の出身で、これによって現王の治世で外戚が力を振るうことはなくなり、ベイレフェルト公爵家とエトホーフト公爵家が影に日向に王家を支えるという形で政治を行うようになった。
現王にはそれなりに力のある高位貴族から婚約者を選ぶ予定であったが、学院時代に現王妃である男爵令嬢と出会い、既成事実を以て二人は婚姻を強行した。先代の両公爵が反対しても頑として譲らず、結局は男爵令嬢をとある侯爵家の養女とすることで体裁を整えた。
愚王が三代続けば、王家に忠誠を誓う貴族たちも王家を見放すには十分だった。そもそもかつての王朝交代の歴史から、他国に比べキールストラ王国の貴族は王家への絶対の忠誠が薄い傾向にある。王家が王家たり得ないのであれば王朝交代してもいいのではという土壌があるのだ。
「じい様の代で見放しても良かったんじゃないかと思うんですけどね」
現王が現王妃との結婚を強行したときに王朝交代していても良かったのではないかとクンラートは言う。ただ、当時は漸く外戚の力を排除し、両公爵家による政治により国内が安定したことでそこまでは踏み切れなかったらしい。
「今の国内情勢を考えれば、無理に王朝交代しなくともよいかとも思いましたけれど……フェルがねぇ……」
何処か呆れたような溜息を吐きながらアンネリーンが応じる。フェリクスが王位に就くのであれば愚王の時代は漸く終えられると思われていた。両公爵も漸く王家に政治を任せることが出来そうだと安心していたのだ。しかし、それを当の本人のフェリクスが拒否した。彼は能力的には王に相応しい人物だった。しかし、その性格が王になることを拒んだのだ。
「漸く良き王に仕えることが出来ると思ったんだがな。彼は王者の資質を十分に持っているというのに」
「此度のことで余計にそう感じたんだがな。あれの後は大変だぞ、クンラート」
アンネリーンに応じるように両公爵は溜息を吐く。
「まぁ、彼に仕えることが出来なくなるのは残念ですがね。彼の性格からして仕方ないですよ、父上。嫌々王になられても王妃になるアンネと宰相になる私の苦労が増えるだけだ」
彼は良き王になるだろう。けれど、それは彼の精神を削り疲弊させる。それを支えるアンネリーンとクンラートは彼の苦悩に巻き込まれ、互いに疲弊し傷つけあう未来が見えた。だから、茶番を決行したのだ。
「さて、証拠は全て揃っているからな。アンシンク王家には退場してもらおう」
いつの間にか馬車は王宮へと到着していた。気を引き締めるようにベイレフェルト公爵は言うと、同乗者たちに覚悟を促した。
その日、王宮内で静かに政変が起きた。翌日には貴族総議会が召集され、一ヶ月の審議により現王家の廃止と新王朝への交代が決定した。国王と王妃、第一王子と第二王子による財政破綻寸前の国費乱用、また三代に渡り国政を蔑ろにした罪によりアンシンク王家は王位を退くこととなった。新たな王家は最も王家に血の近いエトホーフト公爵家となり、その嫡男クンラートが即位することが決まった。
貴族総議会の決議から半年後、クンラートは大聖堂にて即位式を行なった。ここにキールストラ王国エトホーフト朝が始まったのである。
なお、旧王家であるアンシンク家は国境に接していない辺境の地を領地として与えられアンシンク子爵家となった。そして、事の発端となった元王太子フェリクスは平民となり、王都の商会で働き始めたものの新王が即位するころには姿を消した。
フェリクスの恋人であったドリカは実家のホル男爵家から除籍され、アンシンク子爵領とは別の辺境地にある修道院(宗教施設ではなく、貴族令嬢の矯正教育施設)へと送られたのであった。
ドリカの罪は公爵令嬢に冤罪を吹っ掛けたことである。これは市井の流行小説に悪影響を受けた下位貴族の一部が高位貴族に対して身分を弁えず振舞うことへの見せしめの意味もあった。新王朝の綱紀引き締め政策の一環としてドリカの処罰は利用されたともいえる。
そんな、修道院へと送られるドリカと最後の対面をしたフェリクスは、かつての夜会やそれまでの学院での恋に狂った男とは違う顔で彼女に対した。
「ドリカ、確かに私は君に恋をしたよ。君と結ばれて一生ともに生きたいと願ってた。でも、それは若さゆえの過ちでもあったんだ。君は私の身分に恋しただけだよね。王妃になって贅沢したい、下位貴族だと馬鹿にしていた皆を見返したいと思ってただけだよね。君のその上昇志向が悪いとは言わない。でも、手段が間違ってるよ。本当に見返したいのなら、アンネが負けを認める淑女になるべきだった。王妃に相応しいと実力をもって示すべきだったんだ。でも君がやったのは私の権力を利用することだけだった」
フェリクスは確かにドリカに恋をした。身分を無視した傍若無人さと無謀さが面白かった。己の欲を満たすためとはいえ、自分にまっすぐに向かってくる瞳に愛しさを感じた。王太子としてある自分には許されない己の欲に忠実な彼女に惹かれた。
けれど、生まれ持った王族としての冷徹な為政者の頭脳はそんな彼女でさえも利用した。王太子という重責から逃れ、王族から逃げ出すために。そして、王家さえも罰するために。
だから、本来ならば王族と公爵家への不敬並びに国家運営に関わる婚約を妨害したことによる準国家反逆罪が適用されるところを修道院送りで済ませたのだ。
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