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#16
しおりを挟む何度目かの溜息が出ると、シアトは今朝のことを思い出した。
アダムの長い睫毛が震え瞼が開き、可愛らしい顔が苦痛に歪み、明らかに痛みを感じていた。
シアトはかなり丁寧に扱ったつもりでいたが、自分が思っていた以上に人間は、か弱いようだった。
――あとで様子を見に行くか。
仕事が一向に進まず、気を抜くとアダムの様子が気になり、シアトは落ち着かなかった。ふと早歩きで近付く足音が聞える。
バタン! と室内に大きな音が鳴り響く、普段、執務室は静寂に包まれているのだが、時には例外もある。見知った顔がしかめっ面で入って来るなり、ピンと立てた耳が苛立ちを表現していた。
「何だ?」
「それは、こっちのセリフだよ!」
昨日の事で文句を言いたいのだろうが、こちらにも言いたいことがあった。聖天に寵愛を与えるなど勝手な発言に始まり、黄金の髪飾りを渡すなど、シアトには許しがたい行為だった。
「犯った?」
「下品な言い方するな」
「あの子に興味ない感じだったじゃん!」
元々、聖天は国王が好む造形と性格が、神より選ばれるようになっている。ジークが言うように興味がある、ない、などと簡単なことでは無かった。ふと、今朝の照れた表情を思い出し思わず笑みが零れた。
「思い出し笑いとか気持ち悪い」
「だったら見るな」
「なんか腹立つ」
不貞腐れたジークが腕を組み替えると、そっぽを向いた。
「それで? お前が聖天に求婚した理由は?」
「あれは助ける為だよ」
「助ける? 求婚が?」
この国で、自分の瞳色の髪飾りを相手に渡すのは求婚行為だった。苛立ちの収まらないジークは、耳を激しく動かしたまま口を尖らせる。
「今のままじゃ、薔薇の宮殿から出れないじゃん」
「それは仕方のないことだ」
「俺、言ったのに頂戴って……」
「俺は承諾した覚えはないが? 元々、聖天は国王に与えられる血脈、あの子は俺の物だ。手を出すな」
むっ、とした顔をジークが見せると、目の前までやってくる。
「わざわざ、幼少時代の愛称まで使って近付いて、兄上は何がしたいわけ?」
ジークの言葉に体が一瞬だけ強張った。
アダムに本当のことを言ってもいいとは思うが、今以上に距離を取られそうだと感じた。
シアトは普通に接して欲しいと思っただけで、それ以外の意図はない。自分の身分が国王だと言えば、全ての言動が命令として受け取られるだろう。
偽ったのは単純にそれが嫌だった。それだけの事だった。
呆れた顔のジークが耳を整える仕草を見せると、机の上の書類の一枚を摘まみ上げた。
「俺が欲しい物は、昔から絶対に手に入らないんだよな……」
「分かってるなら諦めろ」
最初は早くこの国から逃げられるように、手配をしようと考えた。成人した男だと言うのに、世間をまるで知らず簡単に騙されそうだと感じた。案の定、馬鹿な弟に騙されかけていた。
寵愛など受けた途端、ただの性奴隷だ。さらに求婚を受ければ、この国から出る事など不可能になる。特にジークの手元に置かれれば、朝から晩まで手放すことなく弄ばれ、自我が崩壊するだろう。
「ねぇ、譲って!」
身を乗り出し、書類を掴むジークの胸を押し返した。
「俺のだと言っただろう? それに、あの子は家に帰す」
「うそでしょ……」
「本人が望んでいる。本来なら、ちゃんと手続きをして家に帰してやりたいが、老政達が納得しない限り難しいだろう」
「まだ処刑しろとか言ってるの?」
「処刑とは言っては無いが、あまり良い待遇は与えられそうもない」
手元に置いておきたいと思うのは、シアトも同じだが、本人が望んでいないことは十分承知している。それに聖天としての資格が維持出来ないなら。傍に置いておくことも難しかった。
頻繁に会いには行けないが、この国にいるより幸せな日々が送れるなら、それでいいとシアトは思った。
書類から目を離し、溜息を溢しながらジークを見た。今まで弟を羨ましいと思った事は無いが、自由な時間と気ままに暮らしているのを見て、今は羨ましいと思えた。
「あの子は俺が家まで送り届ける」
「はあ!? 国を放り出して付いてくつもり!?」
「留守の間、国のことはお前に任せる」
「うそでしょ!? 兄上が一緒にいなくなったら、聖天を逃がしたって責任を問われるんじゃないの?」
「それでもいい」
シアトは国王になりたくて、なったわけではない。
さっさと誰かに座を受け渡したいと考えていた。少しでも責任のある地位に立てば、ジークも国の事を考えるようになるかも知れない。
それに、しっかり者の従弟もいる。実際、老政達が居るのだから、多少の事はどうにかなりそうだと考えた。
「えー…、いつ連れ出すの?」
「誰が教えるか」
えー? とジークは非難の声を上げたが、直ぐに何かを思いついたのか、「旅先っていいよね」とニヤ付く。
「何がだ?」
「こう……、なんか開放的な気分になるじゃない?」
「お前が閉鎖的だったことがあるのか?」
「いや、俺じゃなくて! 相手の話だよ」
この国から出たことが無いシアトには分からないが、開放的な気分になると言うのなら、この国にいるよりも、あの子も少しは懐いてくれる気がした。
「国王様? 疚しい心が顔に表れてます」
「お前じゃあるまいし、そんなわけあるか」
「いやいや、兄上も所詮は雄と言うことですよ」
――……。
ふと、扉の前で息を潜める気配を感じ、ジークに目配せをした。
「誰?」
「たぶん侍従長だろう」
シアトは扉の前まで行くと声を掛けた。
「入って来い」
静かに扉を開け入って来たのは、シアトが予想した通り侍従長だった。
「何だ?」
「聖天様が薔薇の宮殿へお帰りになりました」
「そうか、それで様子はどうだった?」
「身体の方は痛み止めで回復されたようです」
「分かった」
帰ったと聞き、少しだけ残念だった。顔を見に行けば、きっと驚いた顔をしただろう。触れれば恥ずかしがって、顔を隠そうとする姿が安易に想像できた。
しばらく扉の前で、どうするか考えたが、頭を振りシアトは仕方なく仕事に戻った。
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