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秘蜜の計画

#16

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 翌日、アダムは体調が悪いとビビアンに訴えて、祭壇に行くのを止めた。

「大丈夫でしょうか? 何処か痛みますか?」
「う、うん。大丈夫、ちょっと頭が痛い気がする」
「それはいけません! 早速、よく効くお薬を用意しますね」

 ビビアンが部屋から出て行くのを見て、アダムは懺悔を繰り返した。

 ――ごめんなさい。

 シドと顔を会わせたくない、それだけの理由でアダムは仮病を使った。
 時間をずらして祭壇に行こうかと考えたが、逆に何か言われそうだし、その場合の言い訳を考えるのが面倒だった。
 アダムがベッドの上であっちを向いたり、こっちを向いたり、天井を眺めたり挙動不審な行動を取っていると、突然、外が騒がしくなった。
 何だろう? と起き上がり様子をみようとした瞬間、勢いよく扉が開かれ、ビビアンが怯えながら入って来る。
 そして背後に大きな影を確認すると、よく知った声色が聞えて来る。

「病気だと聞いたが?」
「あ……」

 シドが宮殿までやってきたのだ。
 アダムは自分の考えが浅はかだったことに気が付き、どうしよう、と視線を泳がせた。
 自分は何処に行くのも許可がいるが、王族にそんな物は必要ないことを今更のように痛感していると、薬を持ってきたビビアンが、白湯と一緒に薬をサイドチェストに置く。彼女はそのまま深く腰を折ると、頭を下げ出て行った。
 シドが顔を傾けながら近付いてくると、アダムの頬に手が添えられた。

「何処が悪い?」
「あ、あの、少し頭が痛くて……」
「どれ、熱でも出たか?」
 
 ふわっと抱き上げられると、額に手が伸びて来るが、アダムは気まずくて仕方ない、だって仮病なのだから、熱などあるわけがなかった。
 トスっとベッドへ降ろされると、彼もベッドの横に座り、不思議な顔をしてアダムを見つめて来る。

「熱は無さそうだが」
「はい、頭だけ痛くて」
「今も、痛むのか? どんな痛みだ?」
「どんな? えーと……ズキっとします」

 アダムはウソを付いていることに耐えられなくて、思わず視線を逸らした。
 そしてその罪悪感からか、自分でも頬がピクピクと引き攣るのが分かる。仮病だってバレてない? と彼の顔を覗き込めば「ふむ」とシドが何かを考えた後、ビビアンが持ってきた薬へ視線を移動させ、それを手に取った。

「この薬は、頭痛に良いが、あり得ないほど苦い……、飲むか?」
「そんなにですか?」 
「ああ、一日中、口の中が苦くて食事も不味くなるほどだ」

 薬の包みを摘まみ上げると、シドはプルプルと包みを振った。

「じゃあ、飲まないです……」
「頭が痛いのだろう?」
「うぅ、我慢します」
「どれ、飲ませてやろう」
「やだ! 直りました!」

 シドの肩がククっと揺れる。

 ――ああ…、仮病だってバレている。

 どうしたら良いのか分からず、居た堪れないアダムはシーツに潜り込んだ。
 まさか、自分が祭壇へ行かなかったくらいで、わざわざ彼がこの宮殿へ来るとは思っても見なかった。
 掛け布に身を隠しながら、本当にどうしたらいいのかと考えていると、ギシっとベッドが軋み、真横に体温を感じた。

「それで? どうして仮病を?」
「うー……、気分じゃないんです」
「お祈りに気分が必要だとは初耳だな……、ロイドに言って文献に追加しておこうか」
「うぅ……」

 布に包まったアダムをシドが横から突いて来る。

「仮病の本当の理由は?」
「……」
「俺は毎日、お前の為に仕事をしているのに、な?」
「シドさんのお仕事って何ですか?」

 仕事と聞いてアダムはシーツから顔を出した。
 直ぐ傍にシドの顔があり一瞬呼吸が止まる、改めて何と端整な顔なのだろうと見惚れた。
 彼はアダムの頭を撫でると笑顔を見せながら、シドの仕事は、この国の政治に関する全てだと言う。

「あ、もしかしてレミオンのことも?」
「お前は不満だったようだが、手っ取り早く塔から出すには仕方ない事だ」
「はい、ありがとうございました」

 ふと、何かを思い出したのか彼の表情が曇る。

「昨日ジークが来ただろう? 何かあったか?」
「ジークさんが僕を家に帰してくれると言ってました」
「アイツが?」
「寵愛を受けるなら、帰してあげると言われました……」

 それで? とアダムが包まっていた布をシドが剥いだ。
 話を続けようとしたが、彼の手つきに戸惑う、自分が着ている寝着は、紐を解くと直ぐに裸になってしまうし、その帯をくるくるとシドが手で弄んでいるを見て、紐が解けてしまうのではないかと、気が気ではない。
 紐をツイっと引っ張りながら、シドから大きな溜息が聞え、険しい顔をしてこちらを見ている。その彼の表情を見ているとアダムは何故か切なくなって、胸がざわついた。
 嘘を付いた罪悪感もあり、嫌われてしまったのかも知れないと不安な気持ちになる。この国で自分の味方は、彼だけのような気がして、その彼に嫌われたら僅かに見えている希望が絶たれてしまうし、単純に嫌われるのは嫌だった。
 シドの眉間の皺が強く刻まれると、形の良い唇が開かれ……。

「で、ジークの寵愛を受けるのか?」 

 そう言葉を発した彼は何故か怒っているような気がした。
 シドの手がアダムの腰紐をシュルっと抜き取ると、ハラリと前が開ける。

「あ、やだ、取らないで!」

 何故、紐を取ってしまうのか分からないが、アダムは解けた衣類をサっと持ち、前を隠したが、それは無駄なことだった。簡単に腕を取られ身動きが出来なくなる。

「意地悪しないで下さい」
「俺が? いつ?」

 唇が触れると荒々しく口を割られ舌が入る。
 纏わりつく彼の舌に翻弄され息苦しい、シドが納得がいくまで弄ぶと唇が解放された。彼が額をコツっと合わせると。

「いい匂いだ」

 その言葉にゾワっと全身の産毛が浮き立った。

「まったく、仮病にジークの寵愛……、勘に触る話ばかりだな」
「……だって」
「仮病の理由は、ジークの寵愛を受けるからか?」
「違います」
 
 シドは微笑むとアダムの身体をなぞる。
 彼の眼差しが羞恥を誘い、出したくもない芳香が出ている、自分では制御出来ないし、どのような香りかも分からない。

「じゃあ、理由は何だ?」
「……恥ずかしいからです」
「何が、恥ずかしい?」
「芳香が……、出るのが嫌なんです」

 体を起こしたシドがアダムに跨ると、見下ろし見つめてくる、いつもそうだが彼を見ていると鼓動が激しくなる。

「なるほど?」

 薄っすら笑みを浮かべる彼を見ていると、更に頬が熱くなる。

「芳香の理由が分かったんだろう?」
「……そうです」
「だったら、どうして此処から出れないか理由も分かるだろう?」
「はい……」

 きっと、身体に何らかの刺激が加わると芳香が出てしまうからだ。
 この国に王族の血縁がどれだけいるのかは知らないが、愛玩動物と言うよりは、この薔薇の宮殿で聖天達は守られていることが理解出来た。

「あの、家に帰ったら刻印はどうなるのでしょうか?」
「王族が近くにいないなら特に問題は無い、まあ、満月時はどうしようもなく飢えに苦しむだろうが、この国にいるよりは楽だろう」

 話の途中で、ふとシドの視線が扉に向かうと不機嫌な顔を見せた。

「そのまま待っていろ」

 彼がツっと指で乱れた髪を整え、ベッドから降り大振りな歩みで扉へと向かうと、誰かと話をしている。
 何か揉めているような気配がするが、話している内容は聞こえない、今のうちに開けた衣類を元に戻そうとアダムが上半身を起こした瞬間、ガシャンと鍵のかかる重い金属音が聞えた。
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