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第三章
集結
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「ケビン殿では無いですと!?」
「ええ。私の息子は北方から襲って来たゴブリンの群れを撃退するため出陣し、残念ながら殉職しましての」
魔法協会支部長室には四人の人物が集まっていた。
支部長のロルフとその右隣に領主の娘シア。
ロルフの左隣には俺が座る。
そして俺達三人の正面に、見慣れぬ恰幅の良い男性が座っていた。
年のころはロルフと同程度。
だがロルフと違いその眼光は鋭く、見る者を威圧する雰囲気を纏っている。
彼こそカークトン周辺を治める領主、ヘイデン・ザウローその人である。
「待ってください! ケビン殿が仮領主代行になって何度も町を訪れていますが、先日襲って来たのは間違いなく本人でした」
「ロルフ殿。そうは申されましても、私はその者を見ておらぬのでな。確かめようがない」
「そういう事でしたら、彼が所持していた冒険者カードがあります。それをご確認いただければと」
ロルフは職員に伝え、保管してあったケビンの冒険者カードを持って来させる。
「こちらです」
「見ただけでは全くわかりませんな。ケビンの署名と照合させてください」
(署名と照合?)
俺はその瞬間、大変な事実に気付いた。
署名で発現する古代文字は、冒険者カードに表示されるものと全く同じだ。
俺も実際に自分のカードで何度も確認しているので、それは間違いない。
だから本人証明をする場合、偽装は絶対に不可能だ。
だがそれは、本人自らが署名を詠唱した場合である。
既に署名してある書類と、本人がその場で詠唱した署名を比較した場合、その信頼性は百パーセントであると言っていい。
「これは……明らかに違いますな。念の為ロルフさんにもご確認いただけますかな」
つまり言い換えると、生きた人間がその場で詠唱する事に意義があるのである。
「ええと……そんな!? この署名は全く違う!?」
「ええ。協会を襲ったのはケビンではありませぬな。全く別の者です」
だが今回の場合は、本人は死んでいるため詠唱は出来ない。
ヘイデンが持ってきた『ケビンの署名』が、本物である確証はどこにも無いのだ。
「そんなはずありません! 私はケビン様とは数年前から顔合わせしています。その私が見間違える事などありません!」
今まで聞いたことの無いような、強い口調で訴えるシア。
「これはこれはシア様。シア様がそう仰られるのでしたら、確かにそうなのかも知れませぬ。しかしそれは今となっては確認のしようがございません」
ヘイデンに全く動じた様子は無い。
「私の耳に入っている報告ですと、シア様はうちのケビンの事をかなり毛嫌いしておられたようで」
「ええ。あのお方は私の事を性の捌け口の対象としか見ておられませんでしたので」
「そうでしたか、それは本当に失礼致しましたな。協会を襲ったケビンは偽物でしたが、本物のケビンも既にこの世におりませぬ。ですから今後ご迷惑をおかけするような事は一切ありませぬ。ご安心くだされ」
実の息子が亡くなったというのにこの非情な物言いは──
(そして重要なのは、あくまでここを襲ったのが偽物であるという主張)
「ロルフさん、お話し中申し訳ございませんが発言宜しいでしょうか」
ヘイデンは俺がこの部屋に来てからずっと、俺の存在を無視している。
ケビンは父の命で俺を探しに来ていた。
そして俺はこの辺りでは珍しい黒眼黒髪の剣士である。
ヘイデンは間違いなく俺が何者なのか、気付いているはずだ。
この世界の貴族は、立場の低い者といきなり会話する事は無いらしい。
そういう者たちと会話をする場合、必ず身分の高い者からの紹介を受けてからでないと自らの立場を貶めてしまう、と考えているそうだ。
つまりシュヘイムやシアなど、今まで出会った貴族達が特殊過ぎたのだ。
おそらく俺が貴族でもなんでもない立場にいると見て、身分の違いを明確に打ち出そうとしているのだろう。
俺もそうではないかと感じて今までは発言を控えていたが、そろそろ二人に助け舟を出さねばなるまい。
「ロルフさん、この方は?」
「トレバーに滞在して色々とお手伝いをしていただいている、ヒースさんという旅の剣士様です」
「おお、あなたがかの有名なヒース殿でしたか。これは失礼した」
「いえ。私は単なる旅の技術者で、大した者ではございません」
身分制度などの無い現代日本で生まれ育った俺には、本当に面倒臭いだけの手続きである。
「それで、話というのは?」
「魔法協会内で精神魔法を使った者がケビン様かどうかわからないのと同様、ヘイデン様がお持ちのその署名もまた、ケビン様の物とは証明出来ないのでは無いかと愚考致します」
ロルフは確かに、と小声で感心していた。
彼は決して頭の悪い人物ではないのだが、如何せん相手の言葉を鵜呑みにし過ぎるきらいがある。
そしてヘイデンはその点も既に考慮に入れて、書類を準備していたようだ。
流石に息子とは違って要領が良い。
「なるほど。実は私もそう思い、調査の為にわざわざトレバーまで赴いたわけです。もし協会を襲ったのがケビンであるなら、ザウロー家の未来がどうなるかは置いておくとしても、まず領主である私自らが謝罪する必要がございましょう」
これは明らかに建前だ。
家が取り潰しになる未来など、ヘイデンが想定しているはずがない。
とすると──
「しかしもしそうでなかったとすると──ザウロー家は謂れのない汚名を被せられた、という事になりますな」
(汚名を被せられた!?)
「根も葉もない噂がカークトン中で流れておりまして、そのせいでザウロー家の立場が不当に貶められています。一刻も早く真実を究明し、間違った噂の出所を糾弾しなければ、事は収まらないでしょう」
まずい。
俺達は襲って来たのが間違いなくケビンだと確信しているし、実際間違いない。
だがそれを証明する具体的な物証が、他に何かあるだろうか?
「ちょっと待ってください! 協会への侵入者が自ら『仮領主代行のケビン』だと名乗っていたのです。そもそも今まで町に来ていた『仮領主代行』が違う人物に変わっていたら、それこそ住民がすぐに気付くはずです!」
「ですからそれらは言葉だけの問題で、何の証拠にもなりませんな。住民全員がそう口裏合わせる事だって出来るわけです。それくらいの事、賢明なヒース殿であればお分かりでしょう」
この世界には監視カメラの映像どころか、写真すらない。
証明するためのものと言えば、文書や手形といった物以外、存在しない。
「結局の所、ここでは何も解決しないのですよ。ですからヒース殿には捜査にご協力いただく為にも、一度カークトンまで同行していただこうと直接お願いに参ったわけでして」
「私ですか? 私の立場では、この件について何の責任も取れないと思いますが」
「ロルフ殿は協会の支部長ですから、本部の指示が無い限りは勝手に町の外には出れないでしょう。またシア様が町を離れてしまっては、住民達が不安を感じると思います。今回は事情聴取の為に同行していただくので、やはり事情にお詳しいヒース殿以外に適任者はいないかと」
「……」
明らかにこれは罠だ。
とりあえず俺の身柄を確保するためだけの方便に過ぎないだろう。
だがこれを断るのも難しい。
断ってしまうと、俺にやましい事がある証拠として利用されてしまう。
「急な事だと思いますので、今すぐにとは申しません。私も一応これでもトレバーの仮領主と言う立場ですので、あと数日は町周辺の状況の査察などを行っています。ですので三日後までに町を発つ準備をしていただければと──」
彼がこの場に来た理由は、それを伝える為だけだったようだ。
話終わるとすぐに席を立つ。
その表情はケビンの父とは思えない程、あくまで淡々としたものだった。
「私は町の近くに陣を設営しております。直接そちらに来てください」
「もし──私がお伺いしなかった場合は?」
「そうですね……調査に非協力的な人物という事で、あらゆる手段で身柄を拘束させていただくことになるかと」
彼は部屋から出る直前、更に一言残してから帰って行った。
「そうならない事を、心から願っておりますよ」
◆ ◇ ◇
部屋には三人が残されたが、暫く誰も口を開かなかった。
そんな中、沈黙を破ったのはシアだった。
「ヒース様、行ってはなりません。間違いなく罠です!」
「ああ。俺もそうだとは踏んでいるが──ヘイデンがあくまで『捜査協力の為』と言っている以上、それを断るのはまずい。逆に相手に好き放題される口実を作ってしまう事になる」
「それはそうですが……」
シアはあくまで納得が行かない様子だ。
「それにしても自分の息子が亡くなったというのに、あの落ち着きぶりと言ったら……あれでも人の親なのでしょうか!?」
「あんな性格だからこそ、ウェーバー家をここまで陥れる事が出来たんだろうな。もはや人の心なんか持っちゃいないのだろう」
だが今はそれよりも、ケビン本人の証明について解決しなければならない。
「とにかく一番問題なのは、ここで騒動を起こしたケビンが本物かどうか証明する手段がない事です。そう言えば、ヘイデンはこの冒険者カードを渡すようには要求してきませんでしたが──」
「それは魔法協会が罰を受けた者の情報を既に取得しているからです。ですから、もし仮に冒険者カードを誰かに盗まれたとしても、協会側としては全く問題はありません」
協会には排除した魔神信奉者の個人データを各支部に送信するシステムがある。
魔法協会の一職員ではなく、協会全体でそれを記録しているのだ。
その記録を証明出来ないなどという詭弁は通用しない。
「その事はヘイデンも知っていると?」
「協会としては公にしてはいませんが、領主クラスの人間であれば間違いなく知っていると思います」
「なるほど。だからヘイデンは、ここを襲ったのはケビンでは無い、と言い張るしかなかったわけですね。それが自分の本当の息子だったとしても」
自分の立場を守るために息子を切り捨てたという事だろう。
彼にしてみれば、死んでしまった人間にかける情など、無駄以外の何物でもないのかも知れない。
「となると……ケビンが過去に署名した公文書とこちらで持っているデータを照合出来れば、ここを襲ったのがケビンである証明になるわけですね。ロルフさん、もしかしてここにケビンが残した公文書などは……」
「残念ながらありません。自警団の出向命令も、ヘイデン自らの署名が記されていました」
代行とは名ばかりで、結局ケビンは何の仕事をしていなかったという事か。
「ですよね──でなければヘイデンがあんなに落ち着いているわけがない。きっとカークトン内で発行された書類も交換か破棄されてしまっているでしょう」
ここに来て一気に手詰まりになってしまった。
「ロルフさん。参考までにお聞きしたいのですが、ヘイデンが郊外に張っているという陣について何か詳しい情報をご存じですか?」
「うちの職員がヘイデン本人から聞いた話によると、あれはヘイデンの親衛隊だそうです」
「領主の立場で直属の兵士を抱えられるとは、まるで国軍のようですね」
「ヘイデン自ら動く時には親衛隊を動かすようですね。彼は多くの一般兵から恨まれているようですから」
「理不尽な徴兵で集められた者も多いのでしょうね。構成はわかりますか?」
「通常ですと歩兵500名、弓兵500名、そして何人かの魔法使いで程度で構成されているはずですが、職員の報告の内容から考えて、今回も同程度の規模のようですね」
「合計1000名以上か……ゴブリン1000匹ならなんとかなったのだが……」
アラーニではホブゴブリン合わせて800体近くを討伐している。
しかし今回の相手は人間だ。
簡単な策では撃退出来ないだろうし、そもそも戦える人間が少なすぎる。
「ヒースさん。まさかとは思いますが、攻撃を仕掛けるなんてことは……」
「さすがに領軍相手に戦争なんかしませんよ。ただ、どうにかして追い払えないかとは考えているのですが」
正直な話、今回ばかりは何の策も浮かんで来なかった。
◇ ◆ ◇
期限まであと三日。
俺は何か考え事があると、見晴らしの良い場所に来るクセがあるようだ。
昨日と同様、溜め池近くの眺めの良い高台にいた。
そして考えうる様々な策を練ってみたが──全く思い浮かばない。
というのも、今まで様々な策を打って来たのは、そもそもこんな事態に陥らないようにするためのものだったからだ。
アーネストやシュヘイムへの打診、元領主マティアスへの親書、連邦本部への各種報告や嘆願など。
思いつく限りの行動は全て取って来たし、妨害対策も行っていた。
そしてそれらの策は、間違いなく大きな効果を上げているはずだった。
だが一点だけ、俺の想定ミスがあったのだ。
それは──
時間。
この世界は情報の伝達速度も人や物の移動速度も、想像していた以上に遅い。
文書も人間もその移動速度は、馬の移動速度に完全に依存している。
想定が甘すぎた。
それに比べ、ヘイデンの動きはびっくりする位に迅速だった。
きっと俺とは違い、この世界の物事の流れをしっかりと把握した上で行動を起こしているのだろう。
どの世界でも、時間を上手く使える人間が強いという事だ。
しかし俺の感覚によると事態の打開まではあと一歩、という印象がある。
きっと、ちょっとしたパワーバランスの問題なのだ。
現状では立場のあるヘイデンのほうが有利な状況ではあるが、彼だって薄氷の上を歩んでいるのは確かだ。
悪事が一つ公になっただけで、砂上の楼閣の如く崩れ去るだろう。
だがその為に必要なピースが足りない。
そう思っていると──
左後方に気配を感じた。
「誰だ?」
ゆっくりとそちらを振り返ると、そこには中肉中背の男が立っていた。
身のこなしや雰囲気から、単なる町民ではない事だけはわかる。
「ヒースさん、お初に──いや実は二度目ではありますが、このような形でお伺いするご無礼をお許しください」
「俺の事を知っているようだが、俺はあなたに会った覚えは無いな」
ここ最近、町の住民以外で会った事があるとすれば、ケビンの部下しかいないのだが、彼の身なりはしっかりしていて、とても盗賊のようには見えない。
「以前はみすぼらしい姿で目立たなかったと思います。一応ケビン様の配下という設定になっていたので、その時はそれ相応の格好をしておりました」
「その言い方だと、本当は違うのだな?」
「はい。わたくし、本来はヘイデン様のお近くで文官をしているものです」
「そのヘイデンと一緒でないという事は、彼に聞かれたくない話をしにきた、という解釈で宜しいか?」
「そうですね。なるべく簡潔にお話差し上げたいのですが、失礼ながら自己紹介がまだでしたので、させていただいても宜しいでしょうか?」
俺が軽く頷くと、彼も軽く会釈をする。
「わたくしカークトン領・事務方筆頭、アレクシスと申す者です」
「ええ。私の息子は北方から襲って来たゴブリンの群れを撃退するため出陣し、残念ながら殉職しましての」
魔法協会支部長室には四人の人物が集まっていた。
支部長のロルフとその右隣に領主の娘シア。
ロルフの左隣には俺が座る。
そして俺達三人の正面に、見慣れぬ恰幅の良い男性が座っていた。
年のころはロルフと同程度。
だがロルフと違いその眼光は鋭く、見る者を威圧する雰囲気を纏っている。
彼こそカークトン周辺を治める領主、ヘイデン・ザウローその人である。
「待ってください! ケビン殿が仮領主代行になって何度も町を訪れていますが、先日襲って来たのは間違いなく本人でした」
「ロルフ殿。そうは申されましても、私はその者を見ておらぬのでな。確かめようがない」
「そういう事でしたら、彼が所持していた冒険者カードがあります。それをご確認いただければと」
ロルフは職員に伝え、保管してあったケビンの冒険者カードを持って来させる。
「こちらです」
「見ただけでは全くわかりませんな。ケビンの署名と照合させてください」
(署名と照合?)
俺はその瞬間、大変な事実に気付いた。
署名で発現する古代文字は、冒険者カードに表示されるものと全く同じだ。
俺も実際に自分のカードで何度も確認しているので、それは間違いない。
だから本人証明をする場合、偽装は絶対に不可能だ。
だがそれは、本人自らが署名を詠唱した場合である。
既に署名してある書類と、本人がその場で詠唱した署名を比較した場合、その信頼性は百パーセントであると言っていい。
「これは……明らかに違いますな。念の為ロルフさんにもご確認いただけますかな」
つまり言い換えると、生きた人間がその場で詠唱する事に意義があるのである。
「ええと……そんな!? この署名は全く違う!?」
「ええ。協会を襲ったのはケビンではありませぬな。全く別の者です」
だが今回の場合は、本人は死んでいるため詠唱は出来ない。
ヘイデンが持ってきた『ケビンの署名』が、本物である確証はどこにも無いのだ。
「そんなはずありません! 私はケビン様とは数年前から顔合わせしています。その私が見間違える事などありません!」
今まで聞いたことの無いような、強い口調で訴えるシア。
「これはこれはシア様。シア様がそう仰られるのでしたら、確かにそうなのかも知れませぬ。しかしそれは今となっては確認のしようがございません」
ヘイデンに全く動じた様子は無い。
「私の耳に入っている報告ですと、シア様はうちのケビンの事をかなり毛嫌いしておられたようで」
「ええ。あのお方は私の事を性の捌け口の対象としか見ておられませんでしたので」
「そうでしたか、それは本当に失礼致しましたな。協会を襲ったケビンは偽物でしたが、本物のケビンも既にこの世におりませぬ。ですから今後ご迷惑をおかけするような事は一切ありませぬ。ご安心くだされ」
実の息子が亡くなったというのにこの非情な物言いは──
(そして重要なのは、あくまでここを襲ったのが偽物であるという主張)
「ロルフさん、お話し中申し訳ございませんが発言宜しいでしょうか」
ヘイデンは俺がこの部屋に来てからずっと、俺の存在を無視している。
ケビンは父の命で俺を探しに来ていた。
そして俺はこの辺りでは珍しい黒眼黒髪の剣士である。
ヘイデンは間違いなく俺が何者なのか、気付いているはずだ。
この世界の貴族は、立場の低い者といきなり会話する事は無いらしい。
そういう者たちと会話をする場合、必ず身分の高い者からの紹介を受けてからでないと自らの立場を貶めてしまう、と考えているそうだ。
つまりシュヘイムやシアなど、今まで出会った貴族達が特殊過ぎたのだ。
おそらく俺が貴族でもなんでもない立場にいると見て、身分の違いを明確に打ち出そうとしているのだろう。
俺もそうではないかと感じて今までは発言を控えていたが、そろそろ二人に助け舟を出さねばなるまい。
「ロルフさん、この方は?」
「トレバーに滞在して色々とお手伝いをしていただいている、ヒースさんという旅の剣士様です」
「おお、あなたがかの有名なヒース殿でしたか。これは失礼した」
「いえ。私は単なる旅の技術者で、大した者ではございません」
身分制度などの無い現代日本で生まれ育った俺には、本当に面倒臭いだけの手続きである。
「それで、話というのは?」
「魔法協会内で精神魔法を使った者がケビン様かどうかわからないのと同様、ヘイデン様がお持ちのその署名もまた、ケビン様の物とは証明出来ないのでは無いかと愚考致します」
ロルフは確かに、と小声で感心していた。
彼は決して頭の悪い人物ではないのだが、如何せん相手の言葉を鵜呑みにし過ぎるきらいがある。
そしてヘイデンはその点も既に考慮に入れて、書類を準備していたようだ。
流石に息子とは違って要領が良い。
「なるほど。実は私もそう思い、調査の為にわざわざトレバーまで赴いたわけです。もし協会を襲ったのがケビンであるなら、ザウロー家の未来がどうなるかは置いておくとしても、まず領主である私自らが謝罪する必要がございましょう」
これは明らかに建前だ。
家が取り潰しになる未来など、ヘイデンが想定しているはずがない。
とすると──
「しかしもしそうでなかったとすると──ザウロー家は謂れのない汚名を被せられた、という事になりますな」
(汚名を被せられた!?)
「根も葉もない噂がカークトン中で流れておりまして、そのせいでザウロー家の立場が不当に貶められています。一刻も早く真実を究明し、間違った噂の出所を糾弾しなければ、事は収まらないでしょう」
まずい。
俺達は襲って来たのが間違いなくケビンだと確信しているし、実際間違いない。
だがそれを証明する具体的な物証が、他に何かあるだろうか?
「ちょっと待ってください! 協会への侵入者が自ら『仮領主代行のケビン』だと名乗っていたのです。そもそも今まで町に来ていた『仮領主代行』が違う人物に変わっていたら、それこそ住民がすぐに気付くはずです!」
「ですからそれらは言葉だけの問題で、何の証拠にもなりませんな。住民全員がそう口裏合わせる事だって出来るわけです。それくらいの事、賢明なヒース殿であればお分かりでしょう」
この世界には監視カメラの映像どころか、写真すらない。
証明するためのものと言えば、文書や手形といった物以外、存在しない。
「結局の所、ここでは何も解決しないのですよ。ですからヒース殿には捜査にご協力いただく為にも、一度カークトンまで同行していただこうと直接お願いに参ったわけでして」
「私ですか? 私の立場では、この件について何の責任も取れないと思いますが」
「ロルフ殿は協会の支部長ですから、本部の指示が無い限りは勝手に町の外には出れないでしょう。またシア様が町を離れてしまっては、住民達が不安を感じると思います。今回は事情聴取の為に同行していただくので、やはり事情にお詳しいヒース殿以外に適任者はいないかと」
「……」
明らかにこれは罠だ。
とりあえず俺の身柄を確保するためだけの方便に過ぎないだろう。
だがこれを断るのも難しい。
断ってしまうと、俺にやましい事がある証拠として利用されてしまう。
「急な事だと思いますので、今すぐにとは申しません。私も一応これでもトレバーの仮領主と言う立場ですので、あと数日は町周辺の状況の査察などを行っています。ですので三日後までに町を発つ準備をしていただければと──」
彼がこの場に来た理由は、それを伝える為だけだったようだ。
話終わるとすぐに席を立つ。
その表情はケビンの父とは思えない程、あくまで淡々としたものだった。
「私は町の近くに陣を設営しております。直接そちらに来てください」
「もし──私がお伺いしなかった場合は?」
「そうですね……調査に非協力的な人物という事で、あらゆる手段で身柄を拘束させていただくことになるかと」
彼は部屋から出る直前、更に一言残してから帰って行った。
「そうならない事を、心から願っておりますよ」
◆ ◇ ◇
部屋には三人が残されたが、暫く誰も口を開かなかった。
そんな中、沈黙を破ったのはシアだった。
「ヒース様、行ってはなりません。間違いなく罠です!」
「ああ。俺もそうだとは踏んでいるが──ヘイデンがあくまで『捜査協力の為』と言っている以上、それを断るのはまずい。逆に相手に好き放題される口実を作ってしまう事になる」
「それはそうですが……」
シアはあくまで納得が行かない様子だ。
「それにしても自分の息子が亡くなったというのに、あの落ち着きぶりと言ったら……あれでも人の親なのでしょうか!?」
「あんな性格だからこそ、ウェーバー家をここまで陥れる事が出来たんだろうな。もはや人の心なんか持っちゃいないのだろう」
だが今はそれよりも、ケビン本人の証明について解決しなければならない。
「とにかく一番問題なのは、ここで騒動を起こしたケビンが本物かどうか証明する手段がない事です。そう言えば、ヘイデンはこの冒険者カードを渡すようには要求してきませんでしたが──」
「それは魔法協会が罰を受けた者の情報を既に取得しているからです。ですから、もし仮に冒険者カードを誰かに盗まれたとしても、協会側としては全く問題はありません」
協会には排除した魔神信奉者の個人データを各支部に送信するシステムがある。
魔法協会の一職員ではなく、協会全体でそれを記録しているのだ。
その記録を証明出来ないなどという詭弁は通用しない。
「その事はヘイデンも知っていると?」
「協会としては公にしてはいませんが、領主クラスの人間であれば間違いなく知っていると思います」
「なるほど。だからヘイデンは、ここを襲ったのはケビンでは無い、と言い張るしかなかったわけですね。それが自分の本当の息子だったとしても」
自分の立場を守るために息子を切り捨てたという事だろう。
彼にしてみれば、死んでしまった人間にかける情など、無駄以外の何物でもないのかも知れない。
「となると……ケビンが過去に署名した公文書とこちらで持っているデータを照合出来れば、ここを襲ったのがケビンである証明になるわけですね。ロルフさん、もしかしてここにケビンが残した公文書などは……」
「残念ながらありません。自警団の出向命令も、ヘイデン自らの署名が記されていました」
代行とは名ばかりで、結局ケビンは何の仕事をしていなかったという事か。
「ですよね──でなければヘイデンがあんなに落ち着いているわけがない。きっとカークトン内で発行された書類も交換か破棄されてしまっているでしょう」
ここに来て一気に手詰まりになってしまった。
「ロルフさん。参考までにお聞きしたいのですが、ヘイデンが郊外に張っているという陣について何か詳しい情報をご存じですか?」
「うちの職員がヘイデン本人から聞いた話によると、あれはヘイデンの親衛隊だそうです」
「領主の立場で直属の兵士を抱えられるとは、まるで国軍のようですね」
「ヘイデン自ら動く時には親衛隊を動かすようですね。彼は多くの一般兵から恨まれているようですから」
「理不尽な徴兵で集められた者も多いのでしょうね。構成はわかりますか?」
「通常ですと歩兵500名、弓兵500名、そして何人かの魔法使いで程度で構成されているはずですが、職員の報告の内容から考えて、今回も同程度の規模のようですね」
「合計1000名以上か……ゴブリン1000匹ならなんとかなったのだが……」
アラーニではホブゴブリン合わせて800体近くを討伐している。
しかし今回の相手は人間だ。
簡単な策では撃退出来ないだろうし、そもそも戦える人間が少なすぎる。
「ヒースさん。まさかとは思いますが、攻撃を仕掛けるなんてことは……」
「さすがに領軍相手に戦争なんかしませんよ。ただ、どうにかして追い払えないかとは考えているのですが」
正直な話、今回ばかりは何の策も浮かんで来なかった。
◇ ◆ ◇
期限まであと三日。
俺は何か考え事があると、見晴らしの良い場所に来るクセがあるようだ。
昨日と同様、溜め池近くの眺めの良い高台にいた。
そして考えうる様々な策を練ってみたが──全く思い浮かばない。
というのも、今まで様々な策を打って来たのは、そもそもこんな事態に陥らないようにするためのものだったからだ。
アーネストやシュヘイムへの打診、元領主マティアスへの親書、連邦本部への各種報告や嘆願など。
思いつく限りの行動は全て取って来たし、妨害対策も行っていた。
そしてそれらの策は、間違いなく大きな効果を上げているはずだった。
だが一点だけ、俺の想定ミスがあったのだ。
それは──
時間。
この世界は情報の伝達速度も人や物の移動速度も、想像していた以上に遅い。
文書も人間もその移動速度は、馬の移動速度に完全に依存している。
想定が甘すぎた。
それに比べ、ヘイデンの動きはびっくりする位に迅速だった。
きっと俺とは違い、この世界の物事の流れをしっかりと把握した上で行動を起こしているのだろう。
どの世界でも、時間を上手く使える人間が強いという事だ。
しかし俺の感覚によると事態の打開まではあと一歩、という印象がある。
きっと、ちょっとしたパワーバランスの問題なのだ。
現状では立場のあるヘイデンのほうが有利な状況ではあるが、彼だって薄氷の上を歩んでいるのは確かだ。
悪事が一つ公になっただけで、砂上の楼閣の如く崩れ去るだろう。
だがその為に必要なピースが足りない。
そう思っていると──
左後方に気配を感じた。
「誰だ?」
ゆっくりとそちらを振り返ると、そこには中肉中背の男が立っていた。
身のこなしや雰囲気から、単なる町民ではない事だけはわかる。
「ヒースさん、お初に──いや実は二度目ではありますが、このような形でお伺いするご無礼をお許しください」
「俺の事を知っているようだが、俺はあなたに会った覚えは無いな」
ここ最近、町の住民以外で会った事があるとすれば、ケビンの部下しかいないのだが、彼の身なりはしっかりしていて、とても盗賊のようには見えない。
「以前はみすぼらしい姿で目立たなかったと思います。一応ケビン様の配下という設定になっていたので、その時はそれ相応の格好をしておりました」
「その言い方だと、本当は違うのだな?」
「はい。わたくし、本来はヘイデン様のお近くで文官をしているものです」
「そのヘイデンと一緒でないという事は、彼に聞かれたくない話をしにきた、という解釈で宜しいか?」
「そうですね。なるべく簡潔にお話差し上げたいのですが、失礼ながら自己紹介がまだでしたので、させていただいても宜しいでしょうか?」
俺が軽く頷くと、彼も軽く会釈をする。
「わたくしカークトン領・事務方筆頭、アレクシスと申す者です」
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