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第9章 ターニングポイント
15 領主会議
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「お嬢様…おはようございます。朝になりましたよ」
リーナに起こされた私は、重い身体をひきずるようにしてベッドから降りる。今日は領主会議が開催される日。5の鐘と同時に会議が始まる予定になっていた。
「おはようリーナ」
「体調はいかがですか?」
「痛みはなくなったけれど万全の状態には程遠いかな」
私はため息を吐いて自身の容態に悪態をつく。というのも体内を刺すような痛みは消えたが熱が高く鼻や喉には何もない重い風邪をひいているようなものだ。
壊れた魔力回路は辛うじて繋がり普通に生活する程度の魔力であれば問題なく流れるようになっていた。それこそ走るような激しい運動をしなければ痛みに襲われることはないだろう。
けれど生命力については少ししか回復していないため体内の魔力制御が上手くいかずに自身を傷つけることがあった。それでも数日の間に慣れたおかげで、不安定な魔力を強制的に安定させることができている。
今の私の不調は、どちらかと言うと消耗した生命力に影響して体が弱っているからだ。
「そうですか…」
「仕方のないことよ。さ、お風呂に行きましょうか」
熱のせいでかいた汗を流すために私室に備え付けられている浴室へ向かう。いつものようにリーナにお湯を流してもらって体を清めるとドレスへ着替えた。最後に髪を整えて化粧を施せば支度は終了だ。
「朝食はこちらにお持ちする形でよろしいですか?」
「ええ…お願いするわ」
王宮といえど食堂で食べるときは王族らしく振舞っている。けれど自室であればリーナにか見ていないため不調なときにはありがたい。
運ばれてきた朝食をすませると解熱作用のある薬を飲む。少しだけ休んでから執務室へと向かった。
しばらくの間、執務室で仕事をしているとノックと共にアドリアスが呼びにくる。
「ラティアーナ時間だ…行けそうか?」
「問題ないわ。行きましょう」
アドリアスが心配そうな眼差しを向けてくるが大丈夫だと頷く。そしてアドリアスを伴って会議が行われる部屋へと向かう。
会議室の扉が開かれると、円卓に座っている全領主の視線が一斉に向けられた。領主会議は護国会議と違い参加する人数がかなり多く、無言のプレッシャーが桁違いに感じた。
護国会議と同じでこの場も戦場のようなもの。舐められないためにも笑みを浮かべて部屋に入る。すると席についていた領主たちが一斉に立ち上がった。私が席につきアドリアスが合図をして全員が再度席に着く。
「では、領主会議を始めるわ。まずは先日起きた内容と領主たちへの伝達事項をアドリアス、お願いね」
「事の発端はおよそ10日ほど前。王都と学園都市の間にある管理区域の森林に太古に生存していたとされるゴルゴーンが出現したことです」
アドリアスは円卓の中央にゴルゴーンの情報を映し出す。歴史書に記載されていた内容に加えて先日の戦いで得た情報も追記したものだ。
「危険性は高くその脅威は龍の最上位種に匹敵する。災害並みの脅威である特級クラスの敵性存在とみなせます」
エスペルト王国では人や魔物の強さを下級、中級、上級、最上級、特級に分けている。その中でも特級は、魔術と同様に評価規格外…分類不可ということになる。
「特級など最低でも街が消滅する……最悪の場合、国が滅亡するレベルの災厄ですぞ!」
「森だったからマシですが……人里の近くに出現した場合、犠牲者が出たでしょうな…」
アドリアスの説明にざわめきの声が広がる。
普通の生きていれば特級の敵と相対することはない。そんな存在が王都の近くに出現したのだから驚きや恐怖は当然かも知れない。
「2000年以上前の太古の時代に確認された特級クラスの存在は他にもいます。歴史書によれば討伐を明言されている者もいますが、大半は不明な状態……ゴルゴーンのように人知れず封印、あるいは眠っている可能性も否定できません」
暗に近くに居るかも知れないとアドリアスが告げる。領主たちのざわめきは更に大きくなり「馬鹿な…ありえない」といった現実逃避する声が聞こえた。
「本来は領地で解決できない問題が発生した場合は、国に連絡し王国軍を派遣する仕組みになっているわ。けれど特級クラスの相手となると単純に派遣するのではなく、最低でも部隊長以上を派遣するしかない…でもこれは現実的ではないのよね。そこで各領地にある最上級以上の戦力を王国内で共有し、特級クラスの相手が出現した場合は派遣を義務付ける形にしたいと考えているわ」
王国軍の部隊長で戦闘能力が高い者となると人数は一握りだ。国境の守りを薄くできない今、王国軍の戦力を集中させることはしたくない。
「領地の戦力は領地を守るものであって他領を守る物ではありませんぞ!それを無償で、しかも義務を課すなど、いくら陛下でも横暴が過ぎます」
「そんなことをすれば陛下を支持する声が揺らぐのではありませんか?特に王国の北部には貴方に不満を持つ者も多いかも知れません。私は陛下を支持していますが……王国がばらけますぞ」
見渡した限りでは4割が沈黙し賛成は2割、残りは反対のようだ。特に元々レティシアを筆頭にガイアスやギルベルトを支持していた領主たちは、私への支持を餌にするつもりらしい。
「オルタナ侯爵…それは脅しかしら?」
「いえいえ、善意による忠言ですとも。私は陛下を支持しておりますので」
オルタナ侯爵はニコリと口元に笑みを浮かべているが目が笑っていない。保身したまま他の貴族を理由するとは、何とも腹黒いことだろうか。
私が無言のまま考えていると、他の反対派の領主も後に続く。しばらくの間、領主達の意見を聞き続けていると「分かっていただけますかな?」と問いかけてくる。
「ええ、貴方たちの考えは良く分かったわ。であれば反対派の領主は取り組みに入らなくて結構…たとえ領地内に特級クラスの敵が出現しても各々の領地だけで片をつけるってことよね?」
領地の戦力が領地だけを守ると言うならそうすれば良い。暗に領地のことは領地でやってね、と告げると反対していた領主たちは、急に青褪めて反論してきた。
「領地で対処できない事態には王国軍の派遣を依頼できるはずです!それを領地だけで対処するなど…」
「カーリー伯爵…もちろん王国軍に救援依頼をすることは可能よ。けれど依頼を出すことはできても王国軍の派遣の可否を判断するのは、わたくしや元帥にあるわ。状況によっては救援を送ることができないかも知れないわね」
「ですが拒否できるからと言って国が領地を守らないなど許されるはずがない!」
オルタナ侯爵が静観している中でカーリー伯爵に続いてストラーダ子爵が声を荒げる。他の反対派の領主達も「その通りだ!」と賛同していた。
「勘違いしているようだけど…領地を守るのは領主の仕事よ。そもそもの前提として救援を依頼する場合でも事態の発生から解決まで当事者として第一線で関わるのだから。全て他人任せにするなら領地の意味がないでしょう?」
エスペルト王国は絶対王政に近いが領地内については領主に一任している。そのため領地の危機を解決できるように保有する兵力の上限を定めていない。国への救援は緊急時の最終手段となっているからだ。だというのに領地として何もせず、国だけが兵力を出すのは最早救援とは呼べないだろう。
「ですが特級クラスの敵など緊急と見なせるはず…救援対象になるでしょう!?」
「対象になったとしても、すぐに派遣できるかは不明よ。王国軍が国境の各地に分散している今の状況で、どれくらいの時間がかかると思っているの?城にある転移陣は王族や領主一族の許可がなければ使用できないし、飛空船だってエスペルト王国を横断するのに半日かかるのよ」
「しかし…」
「そもそも領地内で被害が収まらないときに危険になるのは、隣接する領地…人ごとではないと思うけれど?」
「…」
相手の一方的な要求を却下するには、相手の意見を聞いた上で矛盾する部分を洗い出して崩していけば良い。
反対派が沈黙したことで沈黙していた領主たちも徐々に賛成に靡いていく。
「では領地間で戦力を共有し、敵が特級クラスの敵が出現した場合は近くにある戦力を当てると言うことで良いわね?後日?全領地に対し正式な王命とするわ」
せっかく全領主が集まっているため他にも話をする。
こうして私にとって初めての領主会議が無事終了した。
リーナに起こされた私は、重い身体をひきずるようにしてベッドから降りる。今日は領主会議が開催される日。5の鐘と同時に会議が始まる予定になっていた。
「おはようリーナ」
「体調はいかがですか?」
「痛みはなくなったけれど万全の状態には程遠いかな」
私はため息を吐いて自身の容態に悪態をつく。というのも体内を刺すような痛みは消えたが熱が高く鼻や喉には何もない重い風邪をひいているようなものだ。
壊れた魔力回路は辛うじて繋がり普通に生活する程度の魔力であれば問題なく流れるようになっていた。それこそ走るような激しい運動をしなければ痛みに襲われることはないだろう。
けれど生命力については少ししか回復していないため体内の魔力制御が上手くいかずに自身を傷つけることがあった。それでも数日の間に慣れたおかげで、不安定な魔力を強制的に安定させることができている。
今の私の不調は、どちらかと言うと消耗した生命力に影響して体が弱っているからだ。
「そうですか…」
「仕方のないことよ。さ、お風呂に行きましょうか」
熱のせいでかいた汗を流すために私室に備え付けられている浴室へ向かう。いつものようにリーナにお湯を流してもらって体を清めるとドレスへ着替えた。最後に髪を整えて化粧を施せば支度は終了だ。
「朝食はこちらにお持ちする形でよろしいですか?」
「ええ…お願いするわ」
王宮といえど食堂で食べるときは王族らしく振舞っている。けれど自室であればリーナにか見ていないため不調なときにはありがたい。
運ばれてきた朝食をすませると解熱作用のある薬を飲む。少しだけ休んでから執務室へと向かった。
しばらくの間、執務室で仕事をしているとノックと共にアドリアスが呼びにくる。
「ラティアーナ時間だ…行けそうか?」
「問題ないわ。行きましょう」
アドリアスが心配そうな眼差しを向けてくるが大丈夫だと頷く。そしてアドリアスを伴って会議が行われる部屋へと向かう。
会議室の扉が開かれると、円卓に座っている全領主の視線が一斉に向けられた。領主会議は護国会議と違い参加する人数がかなり多く、無言のプレッシャーが桁違いに感じた。
護国会議と同じでこの場も戦場のようなもの。舐められないためにも笑みを浮かべて部屋に入る。すると席についていた領主たちが一斉に立ち上がった。私が席につきアドリアスが合図をして全員が再度席に着く。
「では、領主会議を始めるわ。まずは先日起きた内容と領主たちへの伝達事項をアドリアス、お願いね」
「事の発端はおよそ10日ほど前。王都と学園都市の間にある管理区域の森林に太古に生存していたとされるゴルゴーンが出現したことです」
アドリアスは円卓の中央にゴルゴーンの情報を映し出す。歴史書に記載されていた内容に加えて先日の戦いで得た情報も追記したものだ。
「危険性は高くその脅威は龍の最上位種に匹敵する。災害並みの脅威である特級クラスの敵性存在とみなせます」
エスペルト王国では人や魔物の強さを下級、中級、上級、最上級、特級に分けている。その中でも特級は、魔術と同様に評価規格外…分類不可ということになる。
「特級など最低でも街が消滅する……最悪の場合、国が滅亡するレベルの災厄ですぞ!」
「森だったからマシですが……人里の近くに出現した場合、犠牲者が出たでしょうな…」
アドリアスの説明にざわめきの声が広がる。
普通の生きていれば特級の敵と相対することはない。そんな存在が王都の近くに出現したのだから驚きや恐怖は当然かも知れない。
「2000年以上前の太古の時代に確認された特級クラスの存在は他にもいます。歴史書によれば討伐を明言されている者もいますが、大半は不明な状態……ゴルゴーンのように人知れず封印、あるいは眠っている可能性も否定できません」
暗に近くに居るかも知れないとアドリアスが告げる。領主たちのざわめきは更に大きくなり「馬鹿な…ありえない」といった現実逃避する声が聞こえた。
「本来は領地で解決できない問題が発生した場合は、国に連絡し王国軍を派遣する仕組みになっているわ。けれど特級クラスの相手となると単純に派遣するのではなく、最低でも部隊長以上を派遣するしかない…でもこれは現実的ではないのよね。そこで各領地にある最上級以上の戦力を王国内で共有し、特級クラスの相手が出現した場合は派遣を義務付ける形にしたいと考えているわ」
王国軍の部隊長で戦闘能力が高い者となると人数は一握りだ。国境の守りを薄くできない今、王国軍の戦力を集中させることはしたくない。
「領地の戦力は領地を守るものであって他領を守る物ではありませんぞ!それを無償で、しかも義務を課すなど、いくら陛下でも横暴が過ぎます」
「そんなことをすれば陛下を支持する声が揺らぐのではありませんか?特に王国の北部には貴方に不満を持つ者も多いかも知れません。私は陛下を支持していますが……王国がばらけますぞ」
見渡した限りでは4割が沈黙し賛成は2割、残りは反対のようだ。特に元々レティシアを筆頭にガイアスやギルベルトを支持していた領主たちは、私への支持を餌にするつもりらしい。
「オルタナ侯爵…それは脅しかしら?」
「いえいえ、善意による忠言ですとも。私は陛下を支持しておりますので」
オルタナ侯爵はニコリと口元に笑みを浮かべているが目が笑っていない。保身したまま他の貴族を理由するとは、何とも腹黒いことだろうか。
私が無言のまま考えていると、他の反対派の領主も後に続く。しばらくの間、領主達の意見を聞き続けていると「分かっていただけますかな?」と問いかけてくる。
「ええ、貴方たちの考えは良く分かったわ。であれば反対派の領主は取り組みに入らなくて結構…たとえ領地内に特級クラスの敵が出現しても各々の領地だけで片をつけるってことよね?」
領地の戦力が領地だけを守ると言うならそうすれば良い。暗に領地のことは領地でやってね、と告げると反対していた領主たちは、急に青褪めて反論してきた。
「領地で対処できない事態には王国軍の派遣を依頼できるはずです!それを領地だけで対処するなど…」
「カーリー伯爵…もちろん王国軍に救援依頼をすることは可能よ。けれど依頼を出すことはできても王国軍の派遣の可否を判断するのは、わたくしや元帥にあるわ。状況によっては救援を送ることができないかも知れないわね」
「ですが拒否できるからと言って国が領地を守らないなど許されるはずがない!」
オルタナ侯爵が静観している中でカーリー伯爵に続いてストラーダ子爵が声を荒げる。他の反対派の領主達も「その通りだ!」と賛同していた。
「勘違いしているようだけど…領地を守るのは領主の仕事よ。そもそもの前提として救援を依頼する場合でも事態の発生から解決まで当事者として第一線で関わるのだから。全て他人任せにするなら領地の意味がないでしょう?」
エスペルト王国は絶対王政に近いが領地内については領主に一任している。そのため領地の危機を解決できるように保有する兵力の上限を定めていない。国への救援は緊急時の最終手段となっているからだ。だというのに領地として何もせず、国だけが兵力を出すのは最早救援とは呼べないだろう。
「ですが特級クラスの敵など緊急と見なせるはず…救援対象になるでしょう!?」
「対象になったとしても、すぐに派遣できるかは不明よ。王国軍が国境の各地に分散している今の状況で、どれくらいの時間がかかると思っているの?城にある転移陣は王族や領主一族の許可がなければ使用できないし、飛空船だってエスペルト王国を横断するのに半日かかるのよ」
「しかし…」
「そもそも領地内で被害が収まらないときに危険になるのは、隣接する領地…人ごとではないと思うけれど?」
「…」
相手の一方的な要求を却下するには、相手の意見を聞いた上で矛盾する部分を洗い出して崩していけば良い。
反対派が沈黙したことで沈黙していた領主たちも徐々に賛成に靡いていく。
「では領地間で戦力を共有し、敵が特級クラスの敵が出現した場合は近くにある戦力を当てると言うことで良いわね?後日?全領地に対し正式な王命とするわ」
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