電光のエルフライド 

暗室経路

文字の大きさ
上 下
82 / 87
月光のエルフライド 前編

第十八話 模擬戦準備

しおりを挟む


 「それでは会議の前に、簡易な状況説明と報告に入ります」

 プロジェクターの前にアマンダが立ち、指示棒をスクリーンにタンと当てる。
 スクリーンには後悔解像度で、ボロボロになった首相官邸が映し出されていた。
 
 「現在、黒亜の首脳陣……首相を含む内閣を代表する大臣関係の人間は軒並みミサイル攻撃によって死亡しました。これにより、政権維持に関わる人材が消え、午前四時半から現在時午前五時半までの黒亜は事実上、無政府状態となっています」

 ……現職の首相が死んだら、次は国務大臣が指揮を執る筈なのだが、どうやらその国務大臣も死亡したらしい。
 本来はそうならないよう、首相や国務大臣といった政権運営に欠かせない人材は離れて行動することが鉄則なのだが……まあ、今回は首相官邸での出来事、しかも非公式の会合だったと聞く。
 しかし、現在無政府状態か。
 皇国は予想を遙かに上回る形で、混沌とした状況へと向かっている。 

 「よって、最大野党が臨時政府の必要性をメディアで立て続けに発表し、皇国世論もその方向で進むように望んでいます。憲法や法規上では選挙なしの政権交代は異例なことですが、おそらく本日中に臨時政府は異例な法規解釈で成立するでしょう」

 そこまで言い切ってから、アマンダは俺たちを見た。
 何か質問ありますか? みたいな感じだ。
 俺がキノトイらに視線を寄せると、大半のパイロットは何が何だかというような表情を浮かべていた。
 ま、仕方ないか。
 政権だとか、国家だとかの教育はまだ施していない。

 ニュースでも見ればことの重大性が分かるのだろうが、彼女らは隔絶された孤児院から解放され、文化的生活に触れてから間もない。
 こういったゼロサムゲーム的世界の縮図への理解は、まだ時間がかかるだろう。
 そう思っていると、この中では唯一ゾルクセスから英才教育を受けていたベツガイが手を上げていた。

 「〝革民党〟が……政権運営に携わる可能性はありますか?」
 
 ほう、良い質問だな。
 ベツガイの皇国語の質問は、俺がザックに通訳してやった。
 するとザックは、ベツガイを見ながら何やらメモのようなものをサラサラと記入していた。
 なんだ、評価シートだろうか?
 なら是非、俺には花丸をつけておいてほしいものだ。
 アマンダが答える。
 
 「それはあり得ませんね。意外と世論は冷静です。現状の臨時政府の代表は、最大野党の党首が担うことになるでしょう。他に質問は?」
 
 そこで俺が手を上げた。

 「ミサイル攻撃をナスタディアは事前に関知出来なかったのか?」

 その質問には、アマンダがザックに同意を求めるように視線を寄せた。
 「話して良いか?」と見て取れる動作だ。
 その視線を受けたザックは、涼しい顔でコーヒーを啜っている。
 それを見たアマンダが、無表情で回答を寄越した。

 「世界連合の保有するミサイル発射基地は稼働していませんでした。それに、黒亜海域ではナスタディア海軍のレーダー船が巡回警備を行っております。今回の件は、恐らく皇国内部で発射されたものとみています」
 
 皇国内部での発射……あのミサイルが、外国から持ち込まれたものだというのか?

 「黒亜の公安は何をしているんだ?」

 黒亜の公安は、防諜スパイ対策も担う黒亜の虎の子ともいえる特務機関だ。
 そんな兵器の持ち込みを許すなんて、仕事していないと思われても仕方ないだろう。
 そう思っての発言だったが、アマンダは予想外の返答をもたらせた。

 「黒亜では、現在〝公安狩り〟が実行されています」

 その回答には、思わず言葉を失った。

 「公安……狩り?」

 「はい。警察組織、及び、謎の勢力が暗躍しています。画面をご覧ください」

 プロジェクターに、目深に防止を被り、マスクをしてジャージ姿の外国人の一団が映し出される。
 その一団はどうやら白人で、全員ガタイがよくて高身長だった。
 そして、目つきの鋭さは尋常ではなかった。

 「これは数ヶ月前から〝大使〟と称して入国した、世界連合お抱えの特殊部隊員です。公安職員は当初からこの情報を入手し、主流派の特選隊とぶつけようと画策していました。しかし、警察組織のトップの側近が公安の資料を流出させたことを切っ掛けに、この特殊工作員に家族を人質に取られ、何名も殺害されています。勿論、その家族も一緒にです」

 あまりにひどい話に、思わずえづきそうになったのをこらえた。

 そのとき、俺の脳裏に浮かんだのはヤマシタという、しがない壮年刑事の姿だった。

 彼はある日を境に、一切連絡が途絶えている。
 もし彼も、その特殊工作員とやらに家族を人質にとられていたのだとしたら——。
 アマンダは無情にも続ける。

 「家族と共に、主流派基地に命からがら亡命した公安職員も何名かいます。ですがそれを切っ掛けに、公安は事実上、国家反逆者として警察組織に認定されました。まあ、この件は世間には公表されてはいませんがね。そして、この一連の騒動はすべてつながっています。事態を重く見た政府の重鎮たちが、臨時会合を行っている時にミサイルが撃ち込まれたのですからね」

 それなら、あまりにも闇の深い話だ。
 今の話がすべて事実なのだとしたら、黒亜では最早、完全にゾルクセス、もしくは世界連合容認派が蔓延っていることになる。

 「さて、では次の議題に移りたいと思います」

 まだあるのか……。
 無情にもプロジェクターは次なる画面を映し出した。
 今度は映像のようだった。
 高望遠カメラが、密林の隠れた位置からエルフライドと思しき物体が飛翔しているのを撮影していた。

 「これは、世界連合の勢力圏で、ナスタディアの特殊部隊員によって、撮影された映像です」

 俺は衝撃を覚えていた。

 いや、分かっていた、分かっていた筈なのだが……。

 アマンダが指し示す言葉の意味、それは、世界連合が軍という暴力機構の批判を行い、世界に対して「エルフライドなる兵器は存在しない」と謳いながら、自分たちはエルフライドをこっそり運用していることを指している。 

 「元々、大陸では相当数のエルフライドが墜落していました。その数は、合衆国をも凌駕する勢いです」

 まあ、そうだろうな。
 そのアマンダの言葉には、パイロットたちも危機感を抱いたのか、顔を見合わせていた。
 
 「心配するな」

 俺が言うと、パイロットたちは視線を向けてくる。
 次なる言葉を吐こうとすると、アマンダに先を越された。

 「大尉殿の言うとおりです。世界連合は一ヶ月前から実用化を目指しているにもかかわらず、未だ部隊の運用に四苦八苦しています。現在、やっと形にはなっていますが、合衆国や電光、月光に比べると、練度と運用能力に決定的差があります」
 
 一ヶ月前って……無茶苦茶前じゃん。
 俺たちが理不尽シリーズの訓練に明け暮れていた頃から頑張っているのに、未だ四苦八苦しているとは。
 アマンダの言葉には、パイロットたちも訝しげな表情を送っていた。
 キノトイが、こらえきれないように質問する。
 
 「それは何故ですか?」

 「国家の特色と、訓練の方針の差、ですかね」

 「……具体的には?」

 「エルフライドに乗ると、大人を遙かに凌駕する知能を得ます。よって、パイロットたちが自分たちの教育者に対し、訓練方針に異議を唱えたりして、不和が生じたりしたのですよ。世界連合系列の国家は、独裁国家が多く、思想に反する言動や行動は粛正対象として捉えられます。そのため、ナスタディアの調べでは相当数のパイロットたちが監獄に投獄されたものと見ています」

 「……サキ」

 それを聞いたキノトイが、ベツガイに視線を寄せた。
 
 「なに?」 

 「月光はどうだったの?」
 
 キノトイが聞くと、ベツガイが悩むように腕を組んでいた。

 「クロダは……最初の頃は直ぐにタネコを副官に据えて、タネコからもらった意見を即座に採用していたわ」

 え?
 それじゃあ俺とあんまり変わらないじゃん。

 俺もシトネに意見を求めたりしているし、今やキノトイは副官的な立ち位置だ。

 そう思っていると、同じように思っていたのかキノトイが再度質問した。

 「……ミシマ大尉と、同じ感じだったということ?」

 「いえ……タネコがあんな風になってからは、ほとんどが恐怖政治よ。気に入らないと殴られたし、意味の無い訓練が増えたわ。それをこなすと、褒められて自由を与えられたり、特典をくれたり……私が月光を去る頃には、皆が競うようにクロダに褒めてもらおうと媚びを売っていた。今思えば、ゾルクセスとはちょっと異なるけど、洗脳に近い形だったと思うわ」
 
 それを聞いたアマンダが、口を挟んだ。

 「そう、現在では世界連合のエルフライド部隊もそのような洗脳方式を採用しています。あとは薬物を投与して、依存状態にさせたり……なんてのも散見されますね。これとは違う方式でエルフライド部隊の実用化に至ったのは、合衆国部隊と電光部隊だけなんです」

 パイロットたちがそれを聞くなり、一斉に俺を見てきた。

 ……なんだ、何か言いたいことがあるなら言ってくれよ。
 そう思っていると、暫く静観していたザックが口を開いた。

 「とはいっても、合衆国でさえ、電光とは方針が異なる」
 
 不意を突かれたのか、シトネの翻訳が遅れたので俺が代わりに通訳してやった。
 
 「合衆国では、基礎教育を行ったパイロットたち自身に、作戦立案と訓練を行わせている。未だ指揮官がすべてを決めて、執り行う古い軍の方針を維持しているのは、君ら電光部隊だけなのだ。つまり、君らの部隊の指揮官は、〝深層領域〟の知能向上をも上回る、この世界で最も有能な指揮官といっても過言ではないと合衆国は見ているのだよ」

 通訳していると、まるで自画自賛をしている気分になった。
 再びパイロットたちから視線を浴びて、むずがゆい気持ちになる。
 それと同時に、疑念が沸いた。
 俺は自分のことを微塵も天才だとは思ってはいない。

 そりゃ、留学中に飛び級して大学進学まで果たしたが、結果実は卒業していないし……。
 世界の奴らが何故軒並みパイロット育成に失敗しているのかが不思議でならない。

 ……もしかしたら美少女育成ゲームが功を労したのだろうか?

 そんな思いを浮かべていると、ザックが続けた。 

 「一つ、聞かせてくれないか? 君たちパイロットは、〝深層領域〟に潜って以降、揮官にどういう印象を抱いた? 一人一人聞かせてはくれないか?」

 俺の目の前で聞くのかよ。
 通訳した後に思わずザックに視線を寄せると、彼は苦笑に近い笑みを浮かべていた。

 ……まあ、俺のいないところで聞くよりかは誠実な対応か。 

 合衆国も気になるのだろう、奇跡的に運用を可能にした電光中隊指揮官の流儀(メソッド)を。
 すると、パイロットたちが俺とザックを見ながらどうしていいか顔を見合わせはじめた。
 俺はため息を吐いた後、口を開く。
 
 「正直に話してやれ、まずはミアからだ」

 俺の隣に座っていたミアがビクリとした後、キョロキョロと周囲を伺い、やがて諦めたように机を凝視しながらポツリと語り出した。
  
 「……最初は、ベツガイさんから聞いて、軍の人は怖くて嫌な……孤児院長みたいな人という印象を持っていました」
 
 ミアは唯一、仲間たちを思って、脱走した経験を持つパイロットだ。
 やはり、最初は俺に対する嫌悪をはらんでいたのは疑いようのない事実だろう。

 「でも、そうじゃないと気づいてからは……わたしたちを大事にしてくれる、優しいひとなんだと気づきました。そして、信頼してくれていると感じてからは、それに応えようと必死で……そんな感じです」

 思わず聞いていて、涙が出そうになった。
 ミアは恥ずかしそうに「こ、これでいいですか?」みたいな視線を寄せてくる。
 俺は抱きしめたくなるのをこらえつつ、その隣に座るキノトイに視線を寄せる。
 キノトイはミアとは打って変わって、淡々と口を開いた。

 「当時は一見、意味の無いような訓練を行っていると感じていました」

 ……ごめんなあ、理不尽シリーズとか意味の分からない訓練をたくさんやらせて。
 だけどな、それも俺なりに思惑があったんだよ。
 分かりやすい名称の訓練だったりすると、シノザキや他の連中にも正解例というか、こうすべきではないか? というビジョンが浮かんでしまう。
 ならば、最早正解の分からない、一体何をやってるのかすら分からない訓練にすれば、シノザキたちも口を挟みにくい。
 そんな思惑からだったのだが、今思えば……パイロットたちからすればたまったもんでは無いよな。
 内心反省していると、キノトイは言葉を続けた。 

 「ですが……今となっては、それらが全て生かされていると気づきました。知識も豊富で機転が利き、有能な指揮官だと思いましたので、方針に反するような部分は現段階ではありません。それと同時に、理解しようと努めています」

 再び抱きしめてやりたくなった。
 しかし、時間は有限だ。
 照れ隠しに口を一文字にしながら頷きつつ、ヒノを見やる。

 「最初私たちは、独学で文字を習得したシトネを天才やと思ってましたが、〝深層領域〟を潜ってからは考え方が変わって、指揮官は分かりにくい、別の種類の天才なんやと思いました。何でも出来るし、ついて行けば間違いないかなあと……そんな感じです」
 
 ……そんな風に思っていてくれたのか。
 結構、ヒノには嫌われているもんだと思ったが、意外と信頼が高いようで、安心した。
 続けてリタを見ると、ハッと我に返ったようにわたわたと手を振っていた。
 
 「あ、わ、わたしは……慈愛に満ちた方だと感じました。それに……」

 「それに?」

 「その……こんな言い方失礼かもしれないですけど……なんだか、指揮官がお父さんだったら良いなあって。あ、え、違いましたか? すみません」

 顔を赤くして机を凝視するリタ。
 思わずとある言葉を口にしたくなった。「お父さんだよ」と。
 これが父性か……実感しながら今度はシトネを見る。

 「非常に合理的な思考を持っているために、当初は現実主義者リアリストと思われましたが、感情論を織り交ぜた論法を展開し、人心を掌握する能力に長けています。これは軍人としての素養を満たしていると共に、電光中隊、引いては穏健派に必要不可欠な人材だと、判断しました」

 ……変わってシトネはなんだかAIのレビューみたいなことを口にした。
 人心掌握って……言い方悪いなあ。
 もっとなんか……とは思ったが、非常に俺のことを理解しているのが伝わったため、よしとするか。
 次は……ハブか。
 シノザキ大好きマンであると共に、ミリタリーオタク的な側面を持つ彼女は一体、どんな印象レビューを俺に抱いているのだろうか?
 若干、好奇心を抱きつつ聞くと。
 
 「尊敬すべき人です!」

 元気に。それだけ口にした。
 
 「えっと……他には無いか?」

 「言葉では形容できない、素晴らしい指揮官だと思います!」

 キラキラとした目でそんなことを言われ、これ以上の追求は辞めておいた。
 そういえば……酔ったシノザキにハブはこんなことを言われていたな。

 『軍人に言葉など不要! 大事なのは忠誠と奉公心だ!』と。
 それをキラキラした目で聞いていた彼女だったが、恐らくそれに影響されているのだろう。
 ともかく、これ以上求めたら「俺のどこが好き?」みたいに聞く、面倒くさい彼氏みたいで気持ち悪いので次に行くことにする。
 
 「……月光の指揮官と違い、奇抜な訓練や作戦ばかり発案される方だと思いましたが、時が経つと、自分でも気づかないほどにすんなりと受け入れていました。自分なりにその理由を考えたところ、不思議な命運とカリスマを備えている方なんだと実感しました」

 ……シンプルな褒め言葉に、素直にうれしくなった。
 廃校訓練時代の刃物のようなベツガイからは想像もつかない言葉だな。
 しかし、命運とか口に出す辺り、ちょっとゾルクセス時代のスピリチュアルな感性が抜けていないんじゃないかと心配になった。
 ……さて、次は我が家の核弾頭、センザキ・トキヨ様だ。

 視線を向けると、まだかなあ、まだかなあ、みたいな顔で話を振られるのを待っていた。 
 若干嫌な予感を浮かべつつ、俺は意を決してトキヨの名前を呼んだ。

 「指揮官はあんまり、人を信用していないんだな、と思いました」

 全パイロットの中でもかなり衝撃的な発言に、全員が思わずトキヨを見る。
 それもそのはず、パイロットたちの大半は、指揮官の信頼に応えたい、もしくは信頼されていると感じたみたいな発言をしていたからだ。
 
 「一人でこそこそやっているし、あんまり自分のことを話さないし……とにかく、なんだか寂しそうな人だと思いました。だから、できるだけそばにいてあげようかな、と」

 その言葉には思わず笑ってしまった。
 トキヨの感想を聞いて、浮かんだ像が喫煙所でタバコを吸う、ハゲた皇国大佐の姿だったからだ。
 ……しかし、最も脳天気そうなトキヨが俺を最も理解していたとはな。
 俺は笑みを浮かべながら、ザックを見た。

 「ご納得頂けました?」
 
 ザックは猛烈な勢いでメモを終了させ、ペンを机上に置き、肩をすくめてみせた。
 
 「合衆国では、あまり参考になりそうではありませんね」
 
 
  

 





ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 

 その後の議題は宇宙船でのことに移った。
 これは主に、ザックからパイロットたちへの質問だ。 
 どうやら現在、ナスタディアでは宇宙船内部の探査を大々的に行ってるらしく、その進捗はあまり芳しくないそうだ。
 そこで十一階層まで潜ったシトネに意見を求めていたが、俺が作った報告書以上の発言は出てこず、ザックは感情の見えない表情で瞼を揉んでいた。

 「少し、休憩しましょうか」

 ザックがアマンダに視線をやると、アマンダが会議室の電気をつけた。
 部屋が明転し、アマンダが別室へと去って行く。
 どうやらお茶タイムにしてくれるようだ。
 暫くのんびりくつろいでいると——。

 「失礼します」

 手ぶらで戻ってきたアマンダが、慌てた様子でザックに耳打ちしていた。
 ザックは面倒そうな表情を浮かべた後、俺を見やる。 

 「ふむ、大尉どの」

 「はい?」  

 「カミモリの穏健派経由で、月光のクロダから電話が入電したようです。宛先は——」

 「俺ですね」
  
 答えを強奪すると、ザックははにかんだ。

 「出られますか?」
 
 ふむ……この時期に電話をかけてくるのは、例の首相暗殺事件関連とみて間違いないだろう。
 それなら、奴が何を思い、何を話すのかが気になるところではある。

 「勿論」
 
 俺が答えると、ザックが立ち上がった。

 「オペレータールームで電話できます。全員、来てもらえますか?」








ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 俺たち電光はオペレーターたちがパソコンを叩いている部屋に戻ってきた。
 今度は入ってきた時と違い、全員の視線を浴びている状態だった。 
 正面のデカイモニターには通話画面と思しき『サウンド・オンリー』の黒い画面が表示されている。

 ご丁寧なことに、一人のオペレーターが立ち上がって席を空けてくれていた。
 当然のように座ると、机上には一組のマイクが置いてあった。
 どうやらこれで通話できるらしいので、口を寄せる。
 ヘッドフォンは用意されていないので、スピーカーフォンだろう。
 
 「よろしいですか?」

 「ああ」 

 「ではお繋ぎします。五、四、三、二、一……」
 
 オペレーターが手を振り上げると、作戦本部みたいな部屋の中で、クロダの低い声が響き渡った。
 
 『こんにちはミシマ大尉殿、怪我の経過はいかがですか?』
 
 驚くべきことに、奴が話したのは合衆国語だった。
 なんだ、クロダも喋れたのか。
 感心したような気持ちで返答する。
 
 「なんだ、合衆国語だと丁寧な口調になるんだな。ずっと、合衆国語を喋った方が、友達が出来るぞ」
 
 言ってやると、へっといつもの小馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。
 
 『お前は合衆国のお友達に囲まれて満足か?』

 おう、良い返しだな。
 俺も頑張らなければ、センスを疑われてしまうか?

 「ああ、大満足だ。毎日、豊満なヒップを眺めているよ」

 そう言うと、クロダは豪快に笑った。
 
 『まあ、何とか命をつないだようだな。悪運だけは強いようだ』

 「何言ってる、一番必要な要素は。そこだろ?」

 『ふっ……ギャンブラーの真似事か? 〝我々の本懐は戦闘にアリ〟これが軍人の唯一の答えであり、正解だ』 

 叔父さんもそういえばそんなことを言ってたな……。
 
 「そうか、答えを教えてくれてありがとう。ところで、解答用紙はどこにあるかな?」

 俺が冗談で返すと、クロダは途端にため息を吐いた。

 『ミシマ……お前なら分かってるハズだ』
 
 何を? とは聞かなかった。
 以心伝心出来るほど、俺はクロダと仲良くは無いからな。

 『俺たちの派閥闘争……世界連合、果てはゾルクセス。結局は全て無駄な小競り合い・・・・・・・・・・だ。そうだろ?』
 
 今直面している一番面倒な事象を小競り合いと形容したクロダに、アマンダが顔をしかめていた。
 ……ほう、そういうことか。
 まあ、それなら俺も同意見だ。

 「ああ、分かるよ。多分、お前が思ってる以上に、俺は理解している」 

 『ふん……さすがクソッタレな宇宙船を落としただけはあるな。なら、教えてやれよ。そこにいるナスタディアのお友達に、月光と電光の指揮官の一致した意見を』

 恐らく、試しているわけではないだろう。

 このクロダの発言は、言葉では形容しがたい……俺とクロダの間だけの、儀式めいたものに近い、そんな気持ち悪い感想が浮かんでいた。
 俺は息を吐いて、ゆっくりとその言葉を口にする。 

 「この戦争で全ての勝敗を決めるのは……エルフライドだ」
  
 俺の発言に、サウンド・オンリーの黒い画面上の先で——クロダが笑っているような気がした。
 そう——今回の陸軍の小競り合い、派閥の小競り合い、ゾルクセスやら、第三勢力との小競り合い。
 そんなものは、現代の戦争において、最早何の意味も成さないのは明白だ。

 『その通り、今の時代、結局は兵士マンパワーなんざ数字上の誤差でしか無い。重要なのはエルフライドの勝敗。これで、全てが決定することになる』

 「馬鹿げている……」

 ザックが呟くように言ったのを、俺は聞き逃さなかった。

 『何はともあれ、面倒なのは変わりない。世界連合のハエ共は、黒亜内をちょこまかと飛び回ってやがる』

 「何かやるのか?」

 俺が聞くと、クロダはへっと笑った。

 『虫けら共には殺虫剤を撒くだけだ。それよりも、もっと楽しいことやろうぜ』

 「楽しいこと?」

 『模擬戦だよ』

 クロダの言葉に、ザックは盛大に肩をすくめていた。

 「どこで?」

 俺が聞くと、ザックやアマンダ、オペレーターたちにじろっと見られる。

 『お前らのお馴染みの場所はどうだ?』

 俺たちのお馴染みの場所……心当たりが一つだけあるな。
 あの陰気な寂れた廃校……まあ、模擬戦というにはおあつらえむきだ。

 「お前ら場所知ってたのか?」

 『知ったのは最近だ。まあ、偶然だな』

 「良いよ、何時だ?」

 俺が話を進めようとすると、ザックが俺の座る席の机上に両手をついた。
 顔を見れば、「正気か?」といった風な表情を浮かべていた。

 「大尉、罠だ。行かせませんよ」

 「合衆国は電光の実力を生で見たことがないだろ? 良い機会だ、あんたらも観戦に来てくれたらいい」

 「何を言ってるのか分かってるのか?」

 「正気だ、この上なくな」

 俺の言葉に、ザックは意味が分からんと言う風に肩をすくめてみせる
 その一連のやりとりを聞いていたのか、クロダが楽しそうに話を続けた。

 『へっ、話はまとまったかぁ? 一週間後、午後十二時、例の廃校上空で待機しておく。お前らは最高の状態でやってこい』

 「まて、ルールは?」

 俺が尋ねると、クロダは小馬鹿にしたように笑った。

 『眠たいこと言うなよ。じゃあ、待ってるぜ』
  
 ほう、ようするに何でもありバーリトゥードゥってわけか。
 サウンド・オンリーの黒い画面が消え去る。
 俺が伸びをしながら席から立ち上がると、アマンダに腕を捕まれた。
 
 「行かせませんよ、何を考えておられるのですか?」
 
 非難するような目つきだった。
 俺が何と口にしようか言葉を選んでいると……。

 「無駄ですよ」

 キノトイが口を開いていた。
 アマンダが視線を寄せると、諦めたような表情のキノトイの姿がそこにはあった。

 「昔から、こうなんです。一度決めたら、どんな障害物があろうと、絶対に突っ走るんですよ」

 「よく知ってるな、キノトイ」

 俺が頭を撫でようとすると、ぺしっとそれを叩かれた。
 ……ちょっと傷ついた。
 
 「指揮官……」

 「なんだ?」 

 「指示を」

 他の連中に目を向ければ、決意を固めたように俺へと視線を送っていた。

 「模擬戦準備だ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

坊主女子:不倫の代償短編集【短編集】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:328

200の❤️がついた面白さ!わらしべ招き猫∼お金に愛される道しるべ(完結)

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:15

死ねのうらっかわ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】伯爵令嬢はハンサム公爵の騎士団長に恋をする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:40

月噴水(ムーン・ファンテン)

SF / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

千思万考~あれこれと思いをめぐらす日々~

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

どうしようもない幼馴染が可愛いお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:62

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

二人の妻に愛されていたはずだった

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:5,371

処理中です...