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月光のエルフライド 前編
第十七話 明朝のベル
しおりを挟む目を覚ました切っ掛けは、アラームとも異なるシトネから渡されていた携帯の呼び鈴だった。
寝ぼけ目で外を見やると、窓を叩く猛烈な雨を感じた。
……予報では曇りだったのだが、これじゃあ今日のキャンプの予定は変更だな。
民宿でやれるお料理大会に変更しよう。
そんなことを思いながら携帯を見る。
これはシトネ曰く「タガキ大佐から渡された、どの国家にも傍受されない」というアニパチに通ずる代物らしい。
改めて疑わしい気持ちで、クソガキに摘ままれた夏蝉の如く断末魔に近い呼び鈴を鳴らす携帯の画面を開いた。
受信欄には〝ウサギさん〟と記載されていた。
察した俺は、盛大なため息を吐きながら電話に出る。
「……はい、ミシマですけど」
『おう、元気か』
再び盛大なため息を吐くと、叔父さんは苦笑していた。
『とりあえず、テレビをつけて見ろ』
「テレビ?」
『政変だ』
俺はベッドから降りて、壁際に備え付けられているテレビのリモコンを探す。
ソファ前の丸テーブルに乗っかっているのを見つけ、徐に電源ボタンをつけた。
するとテレビに映し出されていたのは——。
『緊急ニュースです! 首相官邸に高性能ミサイルと思しき飛翔体が着弾し、現在、ラグラ消防庁が被害状況の確認を行っており——』
『尚、その時刻、非公式で大臣クラスが集まり、会議を行っていたとのことで——』
『警察組織はこの攻撃を、軍の主流派が行った可能性を示唆しており——』
首相および、その側近が死亡したと思しき内容だった。
俺は途端にめまいを覚えて、そのままベッドに腰を下ろした。
「……冗談、だよな?」
『そうなら、どれだけ良かったか。主流派寄りの内閣のキーパーソンたちはこれで軒並み死亡した。これで恐らく国会で残ったのは……軍排斥派と世界連合容認派閥だけだ』
黒亜憲法では内閣総理大臣が欠けたとき、内閣は総辞職しなければならないことになっている。
そして新たな政権が発足されることになるのだが……。
「次はどこの政党が政権を奪取する?」
『さあな……まあ、議席数の少なすぎる〝革民党〟ではないことは確かだ。といっても、最大野党はゾルクセスや世界連合の息がかかった奴らが多い。次の政党が軍に風当たりが強い政策を行うのは一目瞭然だろうな』
「ミサイルを撃ったのはどこだ?」
俺が聞くと、叔父はふーっと息を吐いた。
恐らく、感傷的な息を吐いたのでは無く、タバコを吸っているだけだろう。
『恐らく、世界連合の可能性が高い。つっても確証は無いがな。ウチにいた対〝バイレン〟機関は宇宙人騒ぎで民間に天下りしている始末だ。空と海の守りはボロボロ、頼りになるのは最早陸だけだが、その陸軍も今や分裂状態。〝皇国憂い悲しき些末〟ってやつだな』
若干間違った引用を引き合いに出しながら、叔父はふーっと再び息を吐いた。
電話口のノイズに嫌気が指しつつ、次の言葉を待つ。
『まあ、なるようにしかならんだろうがな。『我々軍人の本懐は戦闘にアリ』ってのは教科書一ページ目の言葉だ。お前はパイロットたちを鍛えておけ。近いうちに、罪をなすりつけられた主流派が何やら動きそうだ』
最近、穏健派を黒亜から追い出したとして株を上げていた主流派だったが……これで軍への風当たりも逆戻りだろうな。
やれやれ、クロダは一体どんな手を打つのだろうか?
そんなことを考えている最中、俺はふとあることを思い出していた。
「……なあ、叔父さんはカミモリ島にいるんだよな? シノザキやシマダらは元気か?」
『ああ、最初はお前らが心配だとピーピー喚いていたが、目的を与えると直ぐに大人しくなった』
「目的?」
『まあ、また今度教えてやる』
最近、よく聞くワードだ。
また、今度教えてやるという言葉は。
俺は本日最大、いや、今月に入って最大のため息を吐いていた。
「……なあ、その秘密主義をやめてくれないか? もううんざりなんだけど」
『ほう、例えば?』
「例えばって……」
叔父さんとヤマシタの逢い引きや謎調査に加え、シトネの渡してきた空砲のことやら問題は夏休みの宿題くらい山積みだ。
それを素直に伝えると、叔父さんはあろうことか、大きなため息を吐きやがった。
「お前が勝手に動かないように穏健派で取り決めしていたんだ」
「はあ?」
『お前は自分の信じた道を突っ走る癖があるからな。そっちに行かせたのも、こっちで勝手に兵を動かされると困るからだ』
何だろう、それじゃあアマンダから聞いてた話と違うんだが?
アマンダは、穏健派が信用ならないから俺と穏健派を切り離したって言ってたじゃないか。
「……いや、ちょっと待て」
俺は特選隊に拉致される前日、穏健派のトップに「南の島は好きかね?」と聞かれたことを思い出していた。
「もしかして、俺がここに来るのは最初から決まってたのか!?」
『ああ、そうだぞ。予定では、あの尋問から一週間は先の筈だったんだが、主流派のクロダが予想外にも罠を仕掛けてきたからな。仕方なくナスタディアに泣きついて、お前を救出してもらい、穏健派のカミモリ島へのお引っ越しの予定を早めさせたんだ。本来はバレないように、こっそりカミモリに移動するだけだったんだが……主流派の攻撃のお陰で、自然な流れで移動出来た。ま、結果オーライというやつだ」
何が結果オーライだよこの野郎!
……まあ、確かに、妙にナスタディアの連中も、用意が良いなと思っていた。
あの民宿に至っては、何ヶ月も前から用意してあったみたいなクオリティだったから、おかしいなとは思っていたが……。
流石ナスタディア、略して〝さすナス〟で簡単に俺の中で片付けてしまったのが間違いだったか。
もしかして、アマンダと叔父さんで話が食い違っているのは、解釈違い的なやつだろうか?
穏健派は俺が目障りでナスタディアに預けようとしていて、ナスタディア側は俺が穏健派にいるのは危険だと判断してこの島に……ん?
いくらなんでもそれは無いか?
考えすぎかな?
まあ、ともかく。
あまりの衝撃の事実に、口をパクパクさせて何と言おうか迷っていると、叔父が続けた。
「そっちにはナスタディアのエルフライド部隊の連中も潜伏している。合同訓練だとかで、連携訓練も出来るだろう』
おれは 病室で会ったミアというエマの姪っ子エルフライドパイロットを思い出す。
彼女が病院に現れたのは、この島のナスタディアの基地に潜伏しているからか。
勝手に納得していると、叔父さんが、
『まあ、今回は任せろ。お前は前回、頑張っていたからな』
いつになく、自信満々な叔父の言葉に、後頭部に一抹の不安が残った。
「……うーん、そっちは前回、全然頑張れていなかったけどな」
そうチクリとさしてやると、叔父はふっと笑った。
『まあ、そう言うな。ともかく、パイロットたちの育成に注力してくれ。近いうちに色々動き出すからな』
「なあ、あとさ」
『あ、来客だ。切るぞ』
一方的に電話を切られ、俺は理不尽な怒りを布団にぶつけた。
ほぼ新品のベッドのマットを壁に立て、ボスボス殴っていると。
ドアをノックする音が聞こえた。
「アマンダです。すみません大尉、今お時間よろしいですか?」
「ああ、入ってくれ」
ガチャリとドアが開き、アマンダが神妙な表情で入ってくる。
そして、俺が見ていたテレビのニュースに視線をやると、関心したようにこちらを見た。
「もう、ニュースをご覧になっていたのですか? それならば話は早いです。大尉とパイロットたちには悪いですが、早急にナスタディアの基地まで来ていただけますか?」
「会議か?」
「その通りです」
やれやれ、束の間の休暇も終わりか。
俺は黙って上着を羽織った。
「歯磨きするから、十分待ってくれ」
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
俺たちを乗せた車両は島の北東部へと向かっていた。
途中、工事中の札が立った現場を何度もくぐり抜け、車両はズンズンと山道を駆け上っていく。
暫く行くと、何も無い林道に作業服を着た男が複数人立っていた。
車両がその男たちに近づくと、男たちは紅白色の旗を振りながら誘導してくる。
路肩に止めてアマンダがパワーウィンドウを下げると、男の一人がズイッと顔を近づけてきた。
「IDを」
「はい」
アマンダがカードを出すと、男がそれに何やらカードリーダーの機械のようなものをかざし、スキャンする。
異常ないと判断するなり、小声で。
「これから一名が前に出て先導します。」
歩きの作業員に、車両は徐行でついて行く。
暫くすると、アマンダがニコリと笑みを向けてきた。
「つきましたよ」
どうやら山の中腹に、ナスタディア軍の隠れ家はある様だった。
森の拓けた、ちょっとした平地に車は止まる。
一見、何も無いように見える場所だったが、ただの雑木林だと思っていた場所がバカッとオーブンの扉みたく開いた。
そこから出てきたのは、私服にチェストリグを着け、ライフルをスリングで背負った民間軍事会社チックな合衆国軍人だった。
フェイスマスクをしていて表情は伺えないが、筋骨隆々な様は歴戦の兵士である事が伺える。
アマンダがバンカーを指しながら、解説を始めた。
「これは第三次大戦時、旧皇国軍の壕司令部となっていた場所です。今は穏健派の勧めで、合衆国の基地にさせて頂いております」
「ほう」
皆で車両から降りて、先導するアマンダと兵士の後をついて行く。
バンカー内に入ると、中はひんやりとしており、コンクリートで固められた壁は意外としっかりとした作りをしていた。
それに、天井にある電灯からして電気は通っているようだ。
「ここ何週間かで工事して、対エルフライド用としても改修済みです。司令部としても十分使えますよ」
ほう、司令部としても——か。
まあいい……合衆国の連中が用意してくれるというお茶でも飲みながら話は聞くとするか。
「ここです」
案内されたのは、金庫みたく厳重な扉だった。
その扉の両隣には兵士が二人立っており、俺たちを見るなり扉のハンドルを回す。
暫くすると、部屋の中が露わになった。
最初に視界に入ったのは、コンクリートの無骨な廊下だった。
その先を行くと、一気に広い部屋に出た。
中は様々な機械やモニターが設置されている、映画とかで見る作戦本部みたいな部屋になっていた。
仕事熱心なオペレーターたちが、こちらには一瞥もくれずにカタカタとパソコンを叩いていた。
そんなオペレーターを見ながら、顎をさすっていた四十代くらいの白人の男が目に入る。
その白人はこちらに気付くと、にこやかに手を上げて近づいてきた。
「お待ちしておりましたよ、英雄殿。私の事はザックとお呼びください」
ザックという事はアイザックだろうか?
まあいい、どうせ偽名だろうしな。
ともかく、髭面の白人男と俺は握手を交わした。
「どうも、貴方が責任者?」
「ええ、そうです。この奥に会議室があるのでお話しませんか?」
「ええ、子供たちにジュースと、自分においしいコーヒーもつけてくれるなら」
ザックはそれを聞いてはにかんでアマンダに目くばせした。
アマンダはそれでは、と何処かへ消えていく。
俺とパイロットたちは、彼に促されて奥の部屋と赴いた。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
奥の部屋には、二十人以上座れそうな会議用の長テーブルが置かれていた。
上座に座ったザックの横に俺が腰を降ろすと、アマンダが器用に両手に持ったお盆に乗せた、コーヒーと人数分のジュースを持って入ってくる。
順番にそれを受け取り、パイロットたちも各々が席についた。
俺が足を組んで、いきなりコーヒーを啜ると。他のパイロットたちが顔を見合わせ、ジュースに口をつけた。
ザックは俺たちが一息ついたのを確認してから、話を始めた。
「大尉どのは……本当に見た目がお若いですね。何か秘訣でも?」
まずは世間話か。
いや、牽制と見るべきか?
合衆国は、俺が昔留学していた国だ。
世界最強の情報機関のメーチェフなら、その情報を掴んでいてもおかしくは無い。
つまり、「お前が過去に留学していたことは知っているぞ? お前は三十五歳のミシマでは無いだろう」という意味合いとしても、とれなくはない。
まあ、別に知られたところでどうこうという話でも無い。
俺は留学中、有名大学を飛び級で卒業している。
才能を見込まれてスカウトされたとか適当ぶっこめば、納得するだろう。
それに、俺の見た目が若いのも事実だ。
あまり考えすぎるのも嫌なので、ここは当たり障り無い返答を寄越すことにした。
「周囲が若いですからね、その影響で若返ったのかもしれません」
「ほう、なるほど。なら私も見習って、嫌がる娘にハグでもしましょうか。といっても、二十歳をもう超えていますが」
ニコリと感情の伺えない嫌な笑みを見せるザック。
その返答には答えず、俺は緊張した様子のパイロットたちの方向を見た。
「シトネ、通訳してやれ。ミアはサポートだ」
合衆国語で言うと、シトネとミアがコクリと頷いた。
関心したようにザックが顎をさする。
「その若さで通訳を請け負えるとは……いやはや、合衆国のエルフライド部隊の子供たちでも中々出来ませんよ」
「〝深層領域〟で知能は向上しますが、個人差によって得手不得手があるのは明白でしょう。まあ、彼女ら二人が合衆国語を習得したのは彼女ら自身の努力の賜物です」
「なるほど、黒亜人が勤勉なのは、話通りですね」
「いえ、彼女らが、勤勉なのです」
そう自信満々に言いながらコーヒーを啜ると、ザックはにやりと笑った。
「これは失礼を」
結構早口の会話をしながらシトネの翻訳を聞いてみたが、ほぼ寸分、間違いないほどの精度の翻訳だった。
これなら国連会議でも通訳として請け負えるレベルだろう。
通訳というのは、その場で聞いた話を覚えておかなければならないので、地頭の良さと記憶力が要求される。
シトネがスタンダードだと思っているミアも、負けじと猛勉強して着実にスキルアップしている。
「それにしても、大尉は合衆国語が堪能ですね」
「おや、そうですか?」
「ええ、発音はネイティブかと疑うレベルですよ。本当に黒亜生まれで?」
これは別にお世辞で言っている訳ではない。
合衆国語が上手い他国の人間に対する、テンプレートな会話内容のようなものだ。
それもそのはず、合衆国語は世界で三番目に難しい言語だと言われている。
母音と子音の音素だけ見ても、黒亜の言語との開きは明らかだ。
文字や単語の数も桁違いに多く、他民族国家ながら結構ごり押しで普及させている。
「天才なんですよ」
冗談で言うと、
「なるほど」
と、関心するように顎をさすっていた。
おい……いじってくれよ。
恥ずかしいじゃねえか。
「その天才な大尉どのと、優秀なパイロットたちに是非、お耳に入れていただきたい情報があります」
唐突に部屋が暗転し、ザックの背後のプロジェクターが起動して資料映像を映し出した。
演出として評価するなら狙いすぎててダサいが、手際としては一流だ。
俺はそんな感想を浮かべた後、手に持ったコーヒーカップを机に置いた。
応援ありがとうございます!
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