電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第十六話 子猫と猛獣

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 その後、俺はべろべろになったエンジニア達をなんとかバスに押し込み、映画を見終わった候補生達と合流した。

 その時には十八時を超えていたので、慌ただしくバスで移動し、予約していた店で晩飯をとる。
 その後はまっすぐ廃校まで帰還し、哨所の警備人員に差し入れを渡したりして、到着したのは二十時をゆうに超えていた。

 バスから降りた彼女らは明らかに疲労の色が濃かった。

 「だいぶ疲れている様だな」
 
 整列した少女達に笑いながら言ってやると、彼女達は柔らかな笑みを浮かべる。
 どうやら楽しめた様でなによりである。
 
 「明日もバスは出発するが、自由参加方式にしようと思う」

 「自由参加、ですか?」

 キノトイが暗闇の中、首を傾げる。

 「ああ、行きたければ行ってもいいし、残りたければ残れ、それも自由だ。更に明日以降は外出先での自由行動も許可しようと思う」

 「分かりました……」

 何故かベツガイを見ながら返答するキノトイ。
 まるで彼女が何かお痛をやさかさないか心配しているかのような所作だ。
 候補生達の間で溝が存在するのは今回の外出で知れた。

 映画組だったシノザキからも少し聞いてみよう。

 「疲れたろう? とりあえず今日はシャワーを浴びて休め。点呼は無いので好きにしろ、解散」

 少女達が背を向け、ワラワラと解散していく中、離れた位置でベツガイがユタ・ミアに何か耳打ちをする。

 ハッとした顔を浮かべたユタが俺に対し、嫌悪をはらんだ一瞥いちべつをしてきたのが確認出来た。
 ベツガイの野郎、大人しいユタになーんか吹き込んでやがるな。

 今日の外出を経て、候補生達は時折俺に対して警戒心を浮かべている様な所作をしていたのは理解しているつもりだが。
 まだまだ壁があるのか、はたまた——。

 「ん? どうしたシトネ」
 
 気づけば隣に本を抱いたシトネが立っていた。
 シトネは俯いたまま恥ずかしそうにしている。

 「本か?」

 「……はい」

 「シャワーを浴びてからだな、今日はまだ時間があるから二十ページは読んでやる」

 「ありがとうございます」

 シトネの頭をポンポンと叩いてやり、俺はエンジニア達に向き直る。

 「お前ら明日はどうするんだ?」

 三人は顔を見合わせ、暫く相談した後、

 「明日も飲みたいですね、その前に工具屋か何かに行ってみたいです」

 「なるほど、了解した。モールの近くにデカい店があった筈だ、案内してやる」

 エンジニア達が頷いて解散していく中、再びシトネに向き直る。

 「さっきのエンジニア達と俺の会話は理解できたか?」

 シトネの外国語の本で読み進めたページは二百四十七ページ。
 日常会話的に使用する発音はほぼ全て登場した筈だ。
 普通ならそれで完璧な理解に至ることはない。
 しかし、独学で二カ国語を習得した彼女なら或いは——。

 「いえ……」

 シトネは俺を射抜く様に見据えながら、ゆっくりとした口調で、

 「まだです」

 そう言った。
 人間、嘘をつく時には二種類の挙動をする。
 目を左右させるか、嘘をついてないと主張する為にあえて強固に目を見据えるか。
 恐らく、シトネの場合は後者だろう。
 今回の外出中、彼女はエンジニア達の会話に聞き耳を立てる様な挙動をしていた。

 勉強の為のリスニングというよりかは、盗み聞いている様な感じだ。
 彼女、いや、彼女ら候補生達が一体どういう心象で俺達に接しているかは不明だ。
 しかし、今取るべき方策は——。

 「そうか。まあ、時間はまだある。焦らず励め」

 俺たちに付き従うメリットを与える事、これにつきる。
 今はか弱い子猫でも、一度ひとたびエルフライドに乗れば猛獣だ。 
 接し方を間違え、反逆されれば俺達に対抗手段は無い。

 切れ目の入ったロープで綱渡りを行う様なモノだ。
 ただでさえ、彼女らは普通の子供達で無いという認識を強めなければならない。
 俺は見つめてくるシトネに背を向け、その場を後にした。






ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ


 「報告は以上です」

 シトネが来る前に、さっさとシャワーを浴び、シノザキから候補生達の所見を聴取した。
 概ね予想通り、現在候補生達はキノトイ派とベツガイ派を筆頭に分かれているようだ。
 しかし、ベツガイ派、と言っても名ばかりで構成員は中立派の温厚な瀬乃のみ。
 
 ベツガイはキノトイらかすれば目の上のたんこぶの様な存在だろう。
 まあ、とりあえずは様子見だ。
 問題発生時は対処すれば良いだけの話だからな。
 
 「ご苦労、お前も慣れない外出に疲れただろう。巡回も無いし、しっかり休め」

 俺がそう告げると、シノザキは暫くその場に留まっていた。
 何か言いたげなのがアリアリだな。

 「どうした?」

 「見回りは継続すべきだと思います」

 「何故だ?」

 「問題が発生すれば、目も当てられません」

 そもそも、俺が巡回を禁止にしようと言い出したのはシノザキが一人で巡回していると聞いたからだ。
 普通は区隊長でさえ当直につくそうなので、俺もやろうか?と聞いてみたが。

 「いえ、自分が適任ですので」

 の一点張り。
 それなら全面禁止にしてやろうとの魂胆だった。
 正直、俺も見回りをしないのはどうかと思う。
 だが、寝不足になればそれ相応のパフォーマンスが発揮できない。
 リスクマネジメントよりもパフォーマンスを重視した、あまり褒められはしない采配である。

 とかなんとか言ってるが、ぶっちゃけ面倒くさかったのだ。
 しかしまあ、今回の候補生達の反応を見ても、あまり俺たちを信用していないかの様な素振りは見受けられた。

 シノザキもそれを感じ取っての提言であるならば、邪険にする必要はない。
 寧ろ受け入れなければならない案件だ。
 
 「分かった、なら交代制にしよう」

 「……交代制ですか?」

 「ああ、それならお前の負担も減るだろう? 衛生、糧食、場合によってはエンジニアだって動員する」

 「……流石に他国の軍人を当直に使うのはどうかと思いますが」

 「物の例えだ。とにかく、嫌な顔をされるだろうが他の連中も使おう。俺も見回りには参加させてもらう」

 そう言うと、あからさまにシノザキは呆気にとられた顔を浮かべていた。

 「どうした?」

 「いえ……」

 「構わん言ってくれ」

 「……初めてミシマ准尉と意見が一致したと思いまして」

 その言葉に思わず笑ってしまいそうになったが、何とか堪える事に成功した。
 
 「俺はお前の意見を逆張りして反対しているわけじゃないぞ? 最もだと思えば、有難く採用させてもらう。今みたいに思った事があればどんどん意見を言え、頼りにしているぞ」

 俺の頼りにしている、という言葉にシノザキは虚をつかれたようだったが、直ぐにキリリとした表情を浮かべ、

 「はい、失礼します」

 シノザキは踵を返して執務室から去ろうとした——が、ドアノブを手に取ろうとした態勢で、止まる。
 まだなにやら言いたいことが残っているようだな。

 「……あの」

 「ん、なんだ?」

 「指揮官が見せた映画……」

 映画か。
 確かベントリー・ハウスとかいう心温まるCGアニメーションだったはずだ。 

 「ああ、子供たちの反応はどうだった?」

 「……意図は分かりました。しかし——あれはあまりにも、酷だと思います」

 それだけ言ってシノザキは去っていった。
 俺は机上でしばらく固まる。
 意図は分かった……?
 酷……? 

 そんなひどい映画なはずではないんだが……先行上映した合衆国のネタバレサイトも見たし。
 また再度調べてみたが、彼女が酷というような部分は見つけられなかった。

 うーん……なんだろう、わからん。
 まあ、今日シトネが来るし彼女に聞いてみるか。 

 さてと、と。
 気を取り直してシトネが来る前に日課を始めることにした。
 俺は引き出しから取り出したノートをパラパラと広げ、シャーペンを取り出す。
 そこには色々なアイディアを書きこんである。
 もちろん、エルフライドの運用についてだ。

 ミシマ准尉の手記はすでに開いた時間を利用して半分以上は読み終えてある。
 読み進めた当初はただの海外視察をした軍人の日記帳かと思ったが、なんのことは無い。

 エルフライドに関する情報が憶測から事実に基づいた検証まで、事細かに記載されてあり、現段階ではエンジニアよりも十倍の有益な情報は得ている。

 ふらっと立ち寄って買った書店の参考書が意外と当たりだったような感動を覚えた程だ。
 しかも興味深い事に、ミシマ准尉は——。

 「失礼します」

 ノックと共に、本を抱きしめたシトネが部屋へと入ってきた。
 俺はノートをしまい、ソファへと誘導する。
 いつも通り、彼女は俺の隣へと腰を下ろした。

 「おや、いつものと違うな」

 「……はぃ」

 見てみると、シトネが手にした本は小難しいボロボロの科学本では無かった。
 今日買ったのだろう、外国文字で書かれた童話の本だった。

 外国の童話が纏まった合本みたいなヤツか。
 子供の英語習得に使われるような簡単なワードが多い。
 しかしまた、今になって何でこれを?

 「あとコレ……」
 
 シトネは机にボイスレコーダーをコトリと置く。
 ほう、録音した発音をリピートして習得するためか、と納得しながら聞くと。
 何故か彼女は、消えいりそうな声で、

 「はぃ……」

 とだけ答えた。
 俯いて物凄く恥ずかしそうにする。
 まあ……羞恥を感じる幅は人それぞれである。
 俺は気を取り直して本を開く。

 「あの、指揮官」

 「なんだ?」

 「私も見たいので……もっと近くによって良いですか?」

 なるほど、そりゃそうだ。
 最初に買った本だからな、中身も見える様にしてやるか。
 俺は肩を回して、彼女を引き寄せ、本を開く。

 「これならどうだ?」

 シトネは一瞬目を見開いたが、直ぐにこちらに身を委ねる様に脱力した。

 「よく……見えます」

 うーむ、俺にも子供が出来たらこんな感じなんだろうか?
 凄く愛情というか、尽くしてやりたくなる父性が溢れ出てくる。
 何より、子供達は可愛い。
 反抗されたり、何かを画策していたりする様も愛らしく感じるザマだ。
 この子達は俺が必ず守る。
 もしそれが自身の生命を脅かす結果になろうとも、俺は——。
 神様なんて正直信じてないが、これが俺の与えられた役割——使命なんだと実感していた。
 
 ——そこで、俺はシノザキから聞かされた、見せた映画が彼女らにとって酷だったという内容を思いだした。

 「そうだシトネ」
 「はぃ」

 彼女はこちらを見ずに返事をする。
 
 「映画はどうだった」
 「……みんな、それぞれ感じ取ったものがあるようでした」

 含みのある言い方だ。
 少し不安になった。

 「それは悪い影響かな?」
 「いえ、いい影響です」
 「どうしてそう思う?」 

 彼女はほんのり微笑んだように見えた。

 「帰り道……みんなで、夢についてはなしていました」

 夢……そうか、夢か。
 なんだろう、凄くうれしい気持ちになった。
 明日の事さえ恐怖していた彼女らが、自分の将来の夢についいて語ってくれたのだ。
 それも、彼女らが映画を見てからだという。
 なるほど、それは良い影響に違いない。
 映画を見せて本当に良かった、そう心から感じた。 

 「シトネ、君の夢は?」
 
 尋ねると、今度は彼女が顔をあげた。
 今までに無気力感とは違い、決意に満ち溢れた目を浮かべていた。
 そして——、

 「世界平和です」

 








ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 
 次の日、外出先での自由行動時間に俺は再びエンジニアと行動を共にしていた。
 今回は車をレンタルして移動中だ。
 もちろん、エンジニア達は飲ましてやろうと考えているので、俺が運転手を務めている。
 合衆国ではタイヤがパンクする程現場のバイトで乗り回していたし、叔父にもらった三嶋の免許があるので法律上は問題はない。
 エンジニア達からも上手いですねと絶賛される程だ。

 「ちょっと飲み屋の前に寄りたい場所があるんだ」

 「構いませんよ、因みに何処ですか?」

 「ちょうど着いた」

 車を駐車場に止め、外に出ると。
 エンジニア達は合点が言ったように口にした。

 「時計店ですか」

 「ああ、搭乗者達に腕時計を買ってやろうと思ってな」

 でかい時計のオブジェが看板に張り付いた分かりやすい外観の時計店だ。
 俺はエンジニア達を連れて、駐車場の割にこじんまりした店内に入る。

 金曜日に電話した者だと受付嬢に伝えると、裏に誰かを呼びにパタパタと消えていった。
 その機を見計らってか、エマがショーケースの腕時計を見つめながら言った。

 「しかし、エルフライドに乗れば腕時計はぶっ壊れますよ?」

 「今は電池時計が主流だが、本来はどんなモノが主流だったと思う?」

 俺が問うと、ライアンが納得した様に顎を撫でた。

 「なるほど、ゼンマイ式ですか。渋いですね」

 「ああ、懐中腕時計だよ。電磁波の影響は受けない唯一の機器が骨董品とは情けないがな」

 そこまで話した所で、奥からメガネからチェーンを垂らしたご老人が出てきた。
 店主か、いかにも職人って感じだ。
 ネットでも、その腕の評判は高い。

 「こちらへどうぞ」

 店の奥にパーテーションが設置された応接室へと案内される。
 すでに人数分の席が用意されてあり、俺達はそこに腰を下ろした。
 受付嬢がコーヒーを持ってきて一息ついた所で、店主が口を開く。

 「あの、失礼ですがお連れの方は外国の方、ですかな? この時期に珍しいですね」

 いきなりぶっ込んできたな。
 まあ、今のご時世、外国人観光客なんてのは滅多にお目にかかれない。
 国が存亡の時に遊び歩く様なヤツは人でなしだ。

 「ああ、彼女らは国際人道支援団体のメンバーなんです。比較的安定している皇国で支援物資を送る活動をしています」

 「ほう、そうですか。しかし、今の時代に懐中時計を?」

 「ええ、巷では神出鬼没のエイリアンの影響か、電磁波で電子製品は壊れてしまうリスクがある事が分かり、壊れない時計として懐中時計が世界中で需要が高まっているんですよ」

 「はあーそうだったんですか、それはそれは。因みにおいくつ程ご入用でしょうか?」

 「五十個です」

 「ほう、それはまた大量ですね」

 「あと、耐久性に優れた仕様にして欲しいのですが——」

 エンジニアからも意見をもらいつつ、色々と要望を出すと、店主は鉛筆を頻繁に舐めながらサラサラとメモ帳に記入をした。

 「なるほど、いつまでで?」

 「二週間以内は厳しいですか?」

 「可能ですよ。しかし、少々値が張りますが?」
 「構いません、見積もりをくれますか?」

 「その前に、刻印なんかはどうします? 入れるならその分の料金もかかりますが」  

 刻印か、入れたいな。
 俺たちの名前が電光部隊だから外国語にすると……。
 ライトニング・エルフライド・ユニット。
 LEUと刻印して部隊マークも彫りたいな。
 そうなると、部隊デザインなんかも凝って作りたい。

 留学中に合衆国で知り合った良いデザイナーがいるんだ。
 ソイツに作らせてみよう——なんてな。
 それをやってしまうと、人道支援団体じゃないとバレてしまう。
 そんなマヌケな真似は当然しない。

 「入れません、まっさらな状態での納品を希望します」

 数十分後、見積書を携えて店主が帰ってきた。
 見て、驚いた。
 安いな、五十個で四十万もしない。
 相場は調べているから、如何に安くしてくれているかが分かる。

 国際人道支援団体と名乗ったからか?
 罪悪感が俺を襲う。

 「また注文させて頂く際は是非よろしくお願いします」

 「ええ、こちらこそ」

 俺と店主は固い握手を交わし、その場を後にした。
 一応、飲み屋は時計店とは離れた場所にしておいた。
 一杯引っかけにきた店主と鉢合わせたら気まずいどころじゃないからな。
 
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