電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第十四話 ショッピング・ピンク

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 イケメン理容師による髪のお手入れ講座が終了し、俺たちは美容室を後にして、徒歩で数分。
 町で一番に幅を利かしているショッピングモールにたどり着いた。
 入り口を抜け、広大な吹き抜けのエリアへと足を進める。 

 振り返ると、少女達は行き交う人の量に圧倒され、身を寄せ合っていた。
 まるで平原で肉食獣に囲まれた草食動物だ。
 エンジニア達も観光気分か、キョロキョロと物珍し気に周囲を見渡していた。

 外国人三名に小学生九名その他三名の大所帯。
 結構目立つ一団だ。
 チラチラとこちらを伺う一般人が数名見受けられた。

 「さて、これから楽しいショッピングだ。まずは色々と館内を見て回ろう。気になった場所があれば覚えておけ。館内を一通り見終わったら次は食事だ。食べ終わってからお前らの行きたい所を回ろう」

 エンジニア達にも同様に合衆国語で伝えると、陽気にOKサインを出した。
 今のご時世、外国人はかなり目立つが、堂々としているので怪しまれないだろう。
 パスポートも持って無いらしいが、職質されたら俺を呼ぶように電話番号も交換した。
 皇国の警官くらいなら法律やらなんやら屁理屈持ち出して言い負かしてやる自信がある。
 口喧嘩の強さならワールドクラスと合衆国留学中にも同級生に言われたもんだ。

 まあ、思い出話は置いといて、とりあえず一階から回るか。
 俺は先頭でフロアの特徴を説明しつつ、誘導する。
 一階は生鮮品や惣菜、その他日曜雑貨や時計店等、混在したエリアだ。
 少女達はおっかなびっくりといった風に並んだ品々を遠巻きに見つめていた。
 過酷な孤児院組とは別の環境で育ったベツガイやセノを除き、一番物怖じしてないのはセンザキ・トキヨだった。

 いつも無感情で堂々としたシトネですら少しナーバスな様で、通り過ぎる人々に一々びくりと反応している。
 それに対し、トキヨは天然気質というか、欲に忠実な所がある。
 人差し指を口元に当てながら涎を垂らし、惣菜を眺める様は流石といった所だ。
 保護者的役回りのリタ・ヒルに引っ張られ、やむなく後にしていた。

 色々見てまわり、エスカレーターへとさしかかる。
 階段が動く様を見て、キノトイグループは稲妻に当てられたような表情を浮かべていた。
 まるで過去からタイスリップした人間を見ているような気分になる。
 実演するため、先に乗ってみせると、彼女達は生まれたての子羊のような足取りでエスカレーターに飛び乗った。







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 それから色々と見て回り、三階の洋服店を訪れた時のことだ。
 リタ・ヒルが理容院で整えた肩先の上品なストレートの三つ編みロング髪を揺らしながら、洋服店の前でピタリと足を止める。
 暫く放心するようにショウケースに並ぶピンク色の女児服をジーッと眺めていた。

 「気になるか?」

 声をかけると、彼女は我に返り、慌てた様に手を振った。

 「いえ、お気に留めて申し訳ありません、私のことはお気になさらないでください……」

 小学生のくせに随分礼儀正しい。
 佇まいは劣悪な人間が支配していた孤児院育ちとは到底思えない、お嬢様然とした気品がある。

 そんな彼女はキノトイグループの中では、積極性は乏しい。
 しかし、進んで前には出ないが視野が広く、世話焼きでよく全員の面倒を見る裏方気質だ。
 服装の乱れや髪の乱れを指摘し、実際に手伝って直してやる。
 全員も当たり前の様にリタの世話焼きを受け入れ、享受している。
 半ば、集団内の母親の様なポジションだ。
 
 「時間はたっぷりある、食事のあとに来てみよう。洋服店もまだたくさんある、他にも気になった所があれば寄るから覚えておけ」 

 「は、はい」

 少し嬉しそうな表情を浮かべるリタ。
 そんな和やかな雰囲気の中、

 「しきかんー」

 言いながらトキヨが袖を引っ張ってきた。
 コイツは過酷な環境下で育った割にはフレンドリーな性格をしている。
 というのも、相手に対する警戒度を解くスピードが異常に速いのだ。

 朝に食堂で初絡みをしたが、その時はまだビクビクとしていた。
 しかし、飯をやった事で彼女の中で「良い人、味方だ!」という判定が下されたのだろう。
 彷彿とさせるのは妙年のゴールデンレトリバーだ。

 対する、いまだ俺に壁を作っているキノトイら(シトネやベツガイ、セノを除く)が、血の気の引いた顔で俺の表情を伺っていた。
 俺は気にせず、笑顔で応える。
 
 「どうした?」

 「ご飯は一階ですか?」

 恐らく、この発言は惣菜コーナーを目撃したことが起因しているのだろう。
 俺は上を指しながら、
 
 「四階にフードコートがある、そこで食べよう」

 「コート?」

 「お前にとっては楽園だよ」

 言いながら頭をポンポンと叩いてやると、彼女は見事なニヤケ顔を披露した。
 よく意味は分かっていない様だが、自分に利益になることだというのは理解したようだ。
 愛嬌があって可愛い奴だ、九人の中では癒し要員だな。

 そんな事を思いながら少女達を引率し、無事ショッピングモールを一通り回ったのだった。








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 フードコートにたどり着き、俺たちは一旦全員で食事を囲める席を確保した。
 全員に金を渡して好きな食事をとってこいと指示を出す。

 しかし、ベツガイやセノを除いて、候補生達でその場から動こうとする者はいなかった。
 彼女達はフードコートに限らず、金を払って物を買うという経験が皆無だ。

 システムを説明しても、一向に動こうとしない彼女らをニシモト伍長とシノザキに引率をお願いし、俺は遠巻きにその様子を見ていた。
 要は席取りだ、一人大勢が座れる席を陣取っている。

 俺はエンジニアと居酒屋で飲みの約束があるので今は食うつもりは無い。
 腹は減ってるが、軍の嘘みたいに不味いレーションでうんざりしていたのだ。
 これでも合衆国留学中はバイトで稼いで(当時十三歳の為、不法所得)世界各国の美食に手を出していた。

 自他ともに認めるグルメリストなのである。
 居酒屋では何処ぞのギャンブル漫画みたく、豪遊してやるつもりだ。
 と、そんな思いにふけっていると。
 シノザキは彼女らを誘導し、席に帰ってきたが食事を手に持っていなかった。

 「お前は何も食わないのか?」

 「……はい、私は大丈夫です」

 何が大丈夫なんだか。
 華奢な体に物理的に入るのか、二つのトレーを持ち我先に帰ってきたセンザキと、居酒屋に行くのに嬉しそうに爆盛り定食を持っているエンジニア達に席の守護を命じ、俺はシノザキを連れだって席を立つ。

 なんだかいつもと雰囲気が違う。
 軍服時の姿は修羅そのものだが、私服の今となっては薄幸の美女といったところか?

 「シノザキ、何が食いたい? 奢ってやろう」
 
 ここは上司らしく、おせっかいを焼いてやろう。
 そう思い、店を指したが、

 「いえ、あの、私は……」

 言い淀むシノザキ。

 「あまり好きじゃ無いか? こういう所の食事は」

 彼女は普段から食事を口にする時、無表情だ。
 というか、美味そうに何かを食っている姿は見た事がない。
 もしかしたら俺と同じで相当なグルメで、外食に相応なこだわりがあったりするのだろうか?
 そんな意図からの質問だったが、彼女は予想を斜めにいく解答をみせた。

 「いえ、その……苦手なんです」

 「苦手? 味か?」

 「いえ、雰囲気が、です」

 雰囲気ときたもんだ。
 オシャレで静かなレストランじゃなきゃいや~とかそういうのでも無さそうだ。

 「そうか、少し興味がある。どういう事か教えてくれるか?」

 「……家族連れを見ながら食事をすると、少し、嫌な思い出が蘇るんです」

 軍人だから婚期を逃しちゃう~。
 家族連れとか目の毒ぅ~とかでは無さそうだ。
 結婚願望があるのなら、滅びゆく軍に身を置く様な真似はしない。

 しかし、それにしても、死を覚悟してまで彼女が軍に残り続ける理由は一体なんなのだろうか?
 候補生達と同じく、過酷な体験をしたのだろうか?

 面談時に尋ねた時に、彼女はどこぞの中佐おじと同じく親御さんとは絶縁していると聞いた。
 理由は深く追及しなかったが……この際、少し踏み込んでみることにした。

 「お前は両親とは疎遠だったな。その関係か?」

 「いえ、両親が悪いわけではありません。悪いのは……自分なんです」
   
 悪いのは自分、か。
 まあ、今の時代、軍に残れば絶縁なんてのは腐るほど聞いているが。
 そんな単純そうな話でも無さそうだ。
 こういう場合、直接的に本人に尋ねるよりも少し回り道しながら引き出す方が精神衛生上好ましい。

 「俺の知り合いに親戚一同に蛇蝎の如く嫌われている奴がいてな」 

 「タガキさんですか?」
 
 知ってるのかよ。  
 まあ同中隊だとは聞いていたが、少し意外だ。
 叔父がそんなことまで話しているとは。

 「お前はタガキさんとは長かったな」

 「はい、入隊してから四年来お世話になっております」

 「タガキさんはお前の目から見てどうだ?」

 「タガキ、さんは……私の憧れです」

 俺が目を丸くしていると、シノザキは直ぐに訂正した。

 「いえ、その、異性としてではなくなのですが」

 「ああ、そうか」

 「はい、あの方は、私たちを最後まで見捨てませんでした。それに……」

 「それに?」

 尋ねると、シノザキは暫く間を空けてから
 
 「話は変わるのですがミシマさん、一つ質問がございます」
 
 どうやら、上手くはぐらかされたようだ。
 気にはなるが追及は辞めておいた。

 「なんだ?」

 「ミシマさんは……今大戦を生き残れるとお思いですか?」

 何をもって、彼女の口からそんな言葉が出たのだろう。
 ただ、分かった事がある。
 生き残れると思うか?その質問にはらんでいるのは対となる彼女自身の結論。
 彼女は死をも覚悟している。
 死ぬ気で、軍に残留している。
 そんな彼女に何と言えようか。

 「俺はな、シノザキ」

 彼女の目はとても澄んでいた。
 その瞳に映る俺は、一体どんな顔をしているのだろう。
 その虹彩に映るものすら忌避して俺は顔を伏せた。

 「クソ野郎だ、恐らく地獄行きだろう」

 本心だった。
 誰も彼も騙くらかして、時が来たら自分の正義の為にトンズラしようと考えている。
 宇宙から侵略者が来る世界に神様なんていない、裁かれる筈ない——なんて子供じみた打算まであったりもする。
 しかし——。
 しかし、俺は——。

 「正しい事はするつもりだ、自分にとってはな」

 いい終わった後も、暫く彼女の顔は見れなかった。
 バレないように呼吸を整え、顔を上げる。
 
 「この答えじゃ不服か?」

 「いえ——タガキさんよりも、分かりやすかったです」

 彼女は言いながら初めて俺に笑みを見せた。
 ふわり、と。フードコートに一輪の花が咲いた気がした。
 そうか、彼女は叔父にも尋ねたのか。
 叔父はなんて答えたのだろうか?
 彼女の口ぶりからして、どうせいつものように煙に巻くような比喩表現で誤魔化したに違いない。

 「この定食がうまそうだな」

 俺の唐突な言葉に、シノザキは目を丸くしていた。
 構わず芝居じみた様に続ける。

 「こっちもうまそうだ。だが、一人では食い切れんな。付き合ってくれるか?シノザキ」

 言いながら見ると、彼女はまたもや笑みを浮かべてくれた。
 
 「そういう事でしたら」

 俺は……彼女を裏切りたく無い。
 彼女達だけでなく、関わった人間たちには誠意を持って接したい。
 俺が計画する彼女達、引いては軍においての最悪の未来を避けたい。
 何か、何か別の方法が無いだろうか
 そんな甘えた事を浮かべながらも、俺はとりあえず今は目の前の部下の腹を満たす事を優先する事に決めた。

 
 



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 席で食いながら意見を聞いたが、どうやらまだ何をしたらいいか少女達はよく分かっていない。
 買い物をしろと言われても何を買ったらいいかは分からない。
 まあ、でも最初は仕方ないだろう。
 働いていて、纏まった金のある小学生なんざこの世に存在はしない。

 彼女達に限らず、本来、子供の欲というのは限定的だ。
 俺も彼女らの歳の頃は欲しい物は好きなアニメのカードしか無かった。
 衣食住は揃っている。
 望めばある程度食いたいものが出てくる。
 そんな環境下から、大人になるにつれ、ようやく自身に必要な、欲しいものが見えてくるのだ。

 しかし、彼女らは過酷な環境下で育ち、自分の世話は自分で、もしくは仲間と助け合いながら上手くやってきた。
 その分、この状況を受け入れるのは早いだろう。

 「まずは服にしよう」

 そう俺が提案し、モノは急げだとばかりに、リタが気にしていた洋服屋までやってきた。
 最初は戸惑っていた彼女らだが、店内に踏み込んで暫くすると、一番にリタが動いた。
  
 「これ、アネに似合うと思うよ」

 「ッ!——そ、そう?」

 服を手に取り、キノトイの体にあてがいながら微笑むリタ。
 よくみると、その服はショーウィンドウのマネキンが羽織り、ポーズを決めていた服だ。
 ——通りがかった時に眺めていた理由はこれか。
 自分ではなく、仲間に似合うと思って足を止めていたようだ。
 なるほど、良いヤツだ。
 自身より、他者を優先する。人類の社会構造におけるお手本の様なヤツだ。
 他にも服を手に取り、仲間のためにコーデを立案するリタを眺めながらそんな感想が浮かんだ。

 「これはシトネ向きやな」
 
 負けじとヒノ・セレカも服を手に取り、シトネにあてがう。
 それにより、瞬く間に集団の興味は衣服に移った。
 普段は一歩引いた立ち位置のリタが動いた事により、より大きな積極性が生まれる。
 実に、良い傾向だ。
 これぞ望んだ展開、自主性及び創造性の確立に役立つ。
 値札の読み方が分からない子供達にシノザキが近づき、色々と教えてやっていた。

 背後を伺うと、微笑ましそうにそれを眺めるエンジニア達がいた。
 軍の立場的には、エンジニアはエルフライドの手綱を握るVIPみたいなもんだ。
 ショッピングが開始した今、子供達の買い物をコイツらに付き合わせるのも悪いし、こんな大所帯である必要もない。
 エンジニア達にお前らはここから自由行動でいいぞ、と伝えると。

 「え、いいんですか? 子守りを手伝いますよ?」

 殊勝にもそんなことを言い出した。

 「今のうちに好きなものを買っておけ。我が国はぼったくられる事は無いから安心して札(ジャック)を出せばいい。俺たちは十五時にバスに荷物を置きに行く、その時合流しよう。そこから飲み屋に連れてってやる」

 そう言ってやると、了解です!
 と、エマがおしゃれにウィンクをして、三人は去っていった。
 子供達に視線を向けると、緊張がほぐれたのか、服を手に持ち、ワイワイと盛り上がっていた。
 良い傾向だ、実に。

 「ミシマさん」

 振り返ると、半ば蚊帳の外と成り果てていたニシモト伍長が紙袋を手に立っていた。
 怪訝な顔でなんのつもりか見ていると、彼はそれを俺に手渡しながら、

 「とある人物からの差し入れです。ナマモノなのでお早めに、と」

 ナマモノ、だと?
 袋を触った感触からして——恐らく入っているのは何かの電子機器だろう。
 やれやれ、粋な真似をしてくれる輩がいる。
 ため息を吐きたくなるのを堪えながら、俺はニシモトを見やった。

 「そうか、トイレに行ってくるので少し外す。店を出るまでに戻らなければ待たなくて良いと伝えてくれ」
 「承知しました」

 俺は初めてはしゃぐ姿を見せる少女達を尻目に、服屋を急いで後にした。
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