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第十六話
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犬ゾリに乗っているテルラ達は、深い雪を掻き分けながら現場に向かう。
瓶と酸を乗せた貨物用ソリは、毛皮のコートを羽織った鍜治場の男達が人力で引いているので少し遅れている。
「あれが……魔物?」
駆け足程度の速度で進む犬ぞりの上で、宙を舞う巨大なヘビの様な生物を見上げるテルラ。本当に羽根も無いのに浮いている。魔法で浮いているのだろうが、それにしても不自然だ。突然この世界に発生した魔物なのだから不自然で当たり前だと分かっているのに、言葉にならない引っ掛かりがモヤモヤとした気持ちを湧き上がらせる。
「そうです。アレを倒せば、この吹雪は止みます」
コクリが空を指差して言う。
地上に陣を敷いている魔法使い部隊が激しい炎魔法を打ち上げていて、吹雪の魔物は苦しみ悶えている。
「アレが落ちたら首を切り落とせば良いのですね? レインボー姫がその役目を負うと言う話でしたが、ぜひ私にやらせてください。獣の解体なら慣れています。容易く処理して見せましょう」
移動中に不死の魔物の倒し方を教わったククラ王子が勇ましく愛用のナイフを掲げた。木製の鞘に収まっていて、旅用のナイフより太くて長い。
「自信がお有りですのなら、お願い致しますわ」
レイが応えてから空に顔を戻すと、とうとう魔物が落下した。川に落ち、氷と雪と水飛沫が上がる。
指の輪を覗いてその様子を観察していたテルラが残念そうに白い溜息を吐いた。
「潜在能力が見えません。アレは不死の魔物ではありません」
「不死の魔物じゃない……。だったら、もしかするとだけど、アレって神様かも?」
ポツリが小声で言う。
同じソリに乗っているカレンが「神様って?」と聞くと、ポツリは記憶を探る様に視線を彷徨わせた。
「魔物について色々と調べていた時、ハープネット国の神様や精霊の本も読んだの。何かのヒントが有るかもと思ってね。こうして見てみたら、そう言や川の神様について書いてあったなって思い出したの」
「川の神様」
川に落ちた魔物を見るカレン。現場はまだ遠いので良く分からないが、落下の衝撃で起こった波が川を伝ってこちらに向かって来ている様子は分かった。
「今見て、それに似てると思っちゃったって事は、そうなのかなって。そもそも、生き物としては大き過ぎる時点でおかしいし。蛇のくせに飛んでるし。一匹しか居ないアレが不死の魔物じゃないなら、別の物かなって。それなら川の神様かなって」
「バカを言うな。川の神は、あの様な邪悪な姿ではない!」
王子お付きの爺が吹雪に負けないくらいの大きな声で怒鳴った。年寄りのくせに耳が良い、と舌打ちするポツリ。
「落ち着け、爺。幼い巫女よ。神職であり、書物で調べたのなら、川の神の御姿はご存じのはずだ。伝説では、風に舞う絹糸の様に華麗だとある」
王子の冷静な声に頷きを返すポツリ。
「はい。だから私も違うかなって思ってたんですけど、落ちたのが川ってのも引っ掛かってるんです。だって、わざと川を目指して落ちた様に見えたから」
「あぶない!」
現場までもう少しと言うところで、カレンが走っている犬ゾリから飛び降りた。速度が遅いとは言え危険で無茶な行動だったので、着地に失敗して転がった。
分厚いコートが雪塗れになっている様子を見て思わず笑ってしまうポツリ。
「どうしたの? カレン、何してるの――ぶわっ!」
川に落ちた魔物が起こした波が川中の岩に跳ね返り、ポツリだけにそこそこな量の飛沫が掛かった。
犬ゾリは急に止まれないので、カレンはその場に取り残されて行った。
「ギャー、顔が冷たい―! こうなるって分かったんなら言ってくれれば良かったのにー! ギャー! 雫が首筋に垂れたー! 冷たい―!」
北の巫女が着る黒いコートは、多少の水なら弾いてしまう。
手足も手袋とブーツで守られている。
しかし顔だけは無防備だった。
後輩巫女が一人で騒いていると、現場に着いた。
ポツリ以外の全員がソリを降り、川に近付いて魔物の姿を確かめる。
川岸は溢れた水で危ないので遠目でしか確認出来ないが、ただの巨大蛇にしか見えない。
どうひねっても絹糸には見えない。
華麗でもない。
「この魔物が、自らの意志で川に落ちたと? 言われてみれば、そう見えなくもなかったが……偶然では?」
瓶の到着を待っていた魔法使い部隊の隊長が駆け寄って来て一礼した。午前中なのになぜかたいまつを持っていたので、ポツリはソリを飛び降りてその火に顔を近付けた。
「確かにあの魔物は必ず川に落ちます。出現する時は川沿いですし、火で倒すので、熱いから川に落ちるのかと気にしていませんでした。しかし、そう言われればどこで倒しても川を目指して落ちます。必ずとなると不自然かと」
全員が黙ってしまい、微妙な空気になった。
それを破ったのはククラ王子。
「しかし、川の神はこんな平野には出ないはずだぞ。神話では、主に山奥の水源上空に出る」
ククラは、爺を見ながら確認する様な口調で言う。
その通りと頷く爺がポツリを睨む。
「そもそも、水を産む神が山を降りる訳がない。巫女よ、そこはどう考えておるんだ?」
年寄りに詰め寄られて面倒臭くなったポツリは、大きな鎌の柄を地面に刺し、態度悪く凭れ掛かる。
「鍜治場は川の水を汚します。ここは鍜治場の下流ですから、川を汚しているのを怒ってるんじゃないですかね。まぁ、川の神様ならそうなんじゃないかなと私が考えてるだけですから、そんなに否定されるのでしたら気にせず退治してください」
「待ってください。退治するのは先延ばしにしましょう。僕も嫌な予感がします」
テルラが両手を広げて川を背にする。
「ポツリさんの潜在能力は『絶対の勝利。味方を必ず勝利に導く』と言う物です。彼女の発想を無下にするのは良くない結果になりそうです。第一、アレは不死の魔物ではありませんでした。首を酸に漬けてもきっと復活します」
ククラ王子が戸惑いながら「そうなのですか?」と聞き、テルラは神妙な顔で頷く。
「エルカノートの地方に伝わる神話には、怒りで姿を変える神も存在します。そちらにその様な神話はありませんか?」
「俺は聞いた事が無いが……どうだ? 爺。聞いた事は無いか?」
「私も詳しくは……。どこぞの村の長老か奥地の語り部なら知っているかも知れませんが……」
再び全員が黙ったので、テルラは川の方を見た。魔物が落ちた衝撃で波打っていた水面は落ち着きを取り戻している。
「神か魔物かは横に置いておいて、完全に死んだ事を確認した後、一旦引き上げましょう。そして情報収集をしつつ、様子を見ましょう」
「もしもアレが川の神なら、北の民として退治を止めさせなければならないだろう。その上で、怒りを鎮めて頂かねばならない。ですので、北の王子としても、退治の先延ばしに賛成します」
全身雪塗れのカレンが、雪を搔き分け搔き分け、やっと追い付いた。
「私だけ飛び降りちゃったけど、大丈夫だった? ポツリ」
「……大丈夫じゃなかったよ」
瓶と酸を乗せた貨物用ソリは、毛皮のコートを羽織った鍜治場の男達が人力で引いているので少し遅れている。
「あれが……魔物?」
駆け足程度の速度で進む犬ぞりの上で、宙を舞う巨大なヘビの様な生物を見上げるテルラ。本当に羽根も無いのに浮いている。魔法で浮いているのだろうが、それにしても不自然だ。突然この世界に発生した魔物なのだから不自然で当たり前だと分かっているのに、言葉にならない引っ掛かりがモヤモヤとした気持ちを湧き上がらせる。
「そうです。アレを倒せば、この吹雪は止みます」
コクリが空を指差して言う。
地上に陣を敷いている魔法使い部隊が激しい炎魔法を打ち上げていて、吹雪の魔物は苦しみ悶えている。
「アレが落ちたら首を切り落とせば良いのですね? レインボー姫がその役目を負うと言う話でしたが、ぜひ私にやらせてください。獣の解体なら慣れています。容易く処理して見せましょう」
移動中に不死の魔物の倒し方を教わったククラ王子が勇ましく愛用のナイフを掲げた。木製の鞘に収まっていて、旅用のナイフより太くて長い。
「自信がお有りですのなら、お願い致しますわ」
レイが応えてから空に顔を戻すと、とうとう魔物が落下した。川に落ち、氷と雪と水飛沫が上がる。
指の輪を覗いてその様子を観察していたテルラが残念そうに白い溜息を吐いた。
「潜在能力が見えません。アレは不死の魔物ではありません」
「不死の魔物じゃない……。だったら、もしかするとだけど、アレって神様かも?」
ポツリが小声で言う。
同じソリに乗っているカレンが「神様って?」と聞くと、ポツリは記憶を探る様に視線を彷徨わせた。
「魔物について色々と調べていた時、ハープネット国の神様や精霊の本も読んだの。何かのヒントが有るかもと思ってね。こうして見てみたら、そう言や川の神様について書いてあったなって思い出したの」
「川の神様」
川に落ちた魔物を見るカレン。現場はまだ遠いので良く分からないが、落下の衝撃で起こった波が川を伝ってこちらに向かって来ている様子は分かった。
「今見て、それに似てると思っちゃったって事は、そうなのかなって。そもそも、生き物としては大き過ぎる時点でおかしいし。蛇のくせに飛んでるし。一匹しか居ないアレが不死の魔物じゃないなら、別の物かなって。それなら川の神様かなって」
「バカを言うな。川の神は、あの様な邪悪な姿ではない!」
王子お付きの爺が吹雪に負けないくらいの大きな声で怒鳴った。年寄りのくせに耳が良い、と舌打ちするポツリ。
「落ち着け、爺。幼い巫女よ。神職であり、書物で調べたのなら、川の神の御姿はご存じのはずだ。伝説では、風に舞う絹糸の様に華麗だとある」
王子の冷静な声に頷きを返すポツリ。
「はい。だから私も違うかなって思ってたんですけど、落ちたのが川ってのも引っ掛かってるんです。だって、わざと川を目指して落ちた様に見えたから」
「あぶない!」
現場までもう少しと言うところで、カレンが走っている犬ゾリから飛び降りた。速度が遅いとは言え危険で無茶な行動だったので、着地に失敗して転がった。
分厚いコートが雪塗れになっている様子を見て思わず笑ってしまうポツリ。
「どうしたの? カレン、何してるの――ぶわっ!」
川に落ちた魔物が起こした波が川中の岩に跳ね返り、ポツリだけにそこそこな量の飛沫が掛かった。
犬ゾリは急に止まれないので、カレンはその場に取り残されて行った。
「ギャー、顔が冷たい―! こうなるって分かったんなら言ってくれれば良かったのにー! ギャー! 雫が首筋に垂れたー! 冷たい―!」
北の巫女が着る黒いコートは、多少の水なら弾いてしまう。
手足も手袋とブーツで守られている。
しかし顔だけは無防備だった。
後輩巫女が一人で騒いていると、現場に着いた。
ポツリ以外の全員がソリを降り、川に近付いて魔物の姿を確かめる。
川岸は溢れた水で危ないので遠目でしか確認出来ないが、ただの巨大蛇にしか見えない。
どうひねっても絹糸には見えない。
華麗でもない。
「この魔物が、自らの意志で川に落ちたと? 言われてみれば、そう見えなくもなかったが……偶然では?」
瓶の到着を待っていた魔法使い部隊の隊長が駆け寄って来て一礼した。午前中なのになぜかたいまつを持っていたので、ポツリはソリを飛び降りてその火に顔を近付けた。
「確かにあの魔物は必ず川に落ちます。出現する時は川沿いですし、火で倒すので、熱いから川に落ちるのかと気にしていませんでした。しかし、そう言われればどこで倒しても川を目指して落ちます。必ずとなると不自然かと」
全員が黙ってしまい、微妙な空気になった。
それを破ったのはククラ王子。
「しかし、川の神はこんな平野には出ないはずだぞ。神話では、主に山奥の水源上空に出る」
ククラは、爺を見ながら確認する様な口調で言う。
その通りと頷く爺がポツリを睨む。
「そもそも、水を産む神が山を降りる訳がない。巫女よ、そこはどう考えておるんだ?」
年寄りに詰め寄られて面倒臭くなったポツリは、大きな鎌の柄を地面に刺し、態度悪く凭れ掛かる。
「鍜治場は川の水を汚します。ここは鍜治場の下流ですから、川を汚しているのを怒ってるんじゃないですかね。まぁ、川の神様ならそうなんじゃないかなと私が考えてるだけですから、そんなに否定されるのでしたら気にせず退治してください」
「待ってください。退治するのは先延ばしにしましょう。僕も嫌な予感がします」
テルラが両手を広げて川を背にする。
「ポツリさんの潜在能力は『絶対の勝利。味方を必ず勝利に導く』と言う物です。彼女の発想を無下にするのは良くない結果になりそうです。第一、アレは不死の魔物ではありませんでした。首を酸に漬けてもきっと復活します」
ククラ王子が戸惑いながら「そうなのですか?」と聞き、テルラは神妙な顔で頷く。
「エルカノートの地方に伝わる神話には、怒りで姿を変える神も存在します。そちらにその様な神話はありませんか?」
「俺は聞いた事が無いが……どうだ? 爺。聞いた事は無いか?」
「私も詳しくは……。どこぞの村の長老か奥地の語り部なら知っているかも知れませんが……」
再び全員が黙ったので、テルラは川の方を見た。魔物が落ちた衝撃で波打っていた水面は落ち着きを取り戻している。
「神か魔物かは横に置いておいて、完全に死んだ事を確認した後、一旦引き上げましょう。そして情報収集をしつつ、様子を見ましょう」
「もしもアレが川の神なら、北の民として退治を止めさせなければならないだろう。その上で、怒りを鎮めて頂かねばならない。ですので、北の王子としても、退治の先延ばしに賛成します」
全身雪塗れのカレンが、雪を搔き分け搔き分け、やっと追い付いた。
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