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第三章 素直な幼馴染は、Sなお姉ちゃん

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 ミミナはソモロンの店を出て、山のふもとの寺院へと、てくてく歩いている。もう夜も更けているが、今日は出かける前、ばーちゃんに「ソモロンを鍛えてくる」と告げておいたので、心配されることはないだろう。
 というわけで今、ミミナの頭の中を占めているのは、シルファーマのことである。ソモロンを鞭打っていた間は、そのことに夢中になっていたので、シルファーマのことは意識から消えていた。今、やっと落ち着いたので、改めて考えてみることにしたのだ。
 街の噂で、ソモロンの店に可愛い女の子が住み込みで働きだした、と聞いた。実際に見て、その可愛さが予想以上だったので驚いた。
 しかもそのシルファーマが、魔界の王女様だと聞いて更に驚いた。だが同時に、納得もできた。
 異世界から召喚、そして契約。そういう事情があってのこと。ソモロンが街でナンパしたとか、そういうわけではないのだ。それならまあ納得できる。ナンパよりは許せる。
 が、しかし、それにしても。
「魔王女様、か。魔界人の女の子って、みんなあんなに可愛いのかな。あんなに可愛かったら、そりゃソモロンだって……」
 ミミナの足が止まった。
 ミミナの頭の中にいろいろな想像が湧き、そしてミミナの頭の中が沸いた。
「ふ、ふしだらよ、ふしだらっ! ここは、シルファーマちゃんをウチで引き取れるよう、おばあちゃんに相談しないと!」
 ミミナは走り出した。流石に速い。
「ソモロンはまだ、お父さんになるのは早すぎる! それに、シルファーマちゃんは王家の人なんだから、勝手にそんなことしたら、家の後継者問題とかあるはず! だから……」
 あっという間に、ミミナの想像は結構な領域まで高まってしまったようだ。
 そしてこの時、焦って走るミミナは、気づかなかった。大きく膨らみ鮮やかに高まった想像と、ソモロンやシルファーマに対する強い感情の為、気づかなかった。
 その感情に引き寄せられ、頭上に白いサイコロが飛来したことに、気づかなかったのだ。

 ソモロンの店。
「注意して見ないと気づかないぐらい、ほんの少しだったけど、耳が尖ってたわよね。斜め上に。普通の人間の耳とは明らかに違うわ。あの耳が何なのか、あんたは知ってるの?」
 シルファーマの問いかけに、ソモロンはいつも通り涼しい顔で答えた。
「ああ。こんな田舎では、まずお目にかかれないものだけどね。古くからの住人はもちろん、旅の途中で通りかかるだけの冒険者の中にすら、全くと言っていいほどいない。だからねーちゃんを例外とすれば、僕も含めて誰も見慣れてない。普通の人は存在自体を知らない」
「田舎では、って。都会でなら見かけるの? ああいう尖った耳の人を?」
「らしいね。つまり少数民族……希少な人種……違うな。僕も、じーちゃんの資料でしか知らないんだけど、そもそも人間とは違う生物、【エルフ】って種族の特徴なんだってさ。あの耳は」
 ソモロンが口にした、エルフという言葉。エルフという、人間とは別の生物。
 シルファーマには未知のものだ。全く聞いたことがない。魔界にもいるのだろうか?
「もっとも、本物のエルフの耳は、もっとあからさまに長く尖ってるらしいから。多分ねーちゃんは、混血なんだろうな。人間とエルフの」
「多分? お婆さんと一緒に暮らしてるんでしょ? だったら」
 ソモロンは首を振った。
「墓守のばーちゃんとは、血が繋がってないんだ。ねーちゃんは、赤ん坊の頃に捨てられて、ばーちゃんに拾われたらしい」
「……え」
 やってくるなり、いきなり鞭を振るってソモロンを走らせて自分はSではないと主張した、あのミミナに。何だか、意外と重い過去があるらしい。
 ソモロンの説明が続く。もちろんミミナが拾われた当時には、ソモロンだって赤ん坊だったのだから、その頃のことは祖父や両親から聞いた話だ。
「拾われた子だというのは、すぐに噂が広まった。君が気づいたように外見で判るから、隠しても仕方ないしね。ウチのじーちゃんはエルフのことを知ってたけど、街の人は知らない。もちろん子供たちも。で、小さい頃のねーちゃんは、よくいじめられてた」
「へえぇ。あのミミナが、ねえ」
「ねーちゃんだって、最初から強かったわけじゃないさ。今のねーちゃんの強さは、何年もに渡る、長い修行の成果だよ」
 それはシルファーマにも解る。王女なので、いじめられたことなどはないし、最初から才能や環境に恵まれていたことも、きちんと自覚している。だがそれでも、今ほど強くなれたのは、やはり長い年月をかけて努力したからだ。
 ミミナも同じ。努力を積み重ねたから強くなれたのだ。そう考えるとシルファーマには、ミミナに対する共感が、親しみが、少し湧いてきた。
「だからねーちゃんも、小さい頃は弱かった。いじめられれば泣きもした。で、」
「あっ! ちょ、ちょっと待って!」
 あることに思い至ったシルファーマは、少し青ざめて、ガタガタ震える指で、へにょへにょと音がしそうな力の無さで、とソモロンを指さした。
「ま、まさか! まさか、同年代の子たちからいじめられていた幼いミミナちゃんにとって、大勢に逆らってまで優しく接してくれた、唯一の、心を許せる子が、幼いソモロン君だった、なんて言うんじゃないでしょうね!」 
「……言うよ。その通りだよ。なんでそこまで力強く、まさかまさかと連呼するかな」
 珍しく、ソモロンがシルファーマをジト目で睨む。
「だ、だって! あんたのキャラに合わない! ゲスMのくせに!」 
「失敬な。ただ僕は、じーちゃんの教えを受けてエルフのことを最初から知ってたから、他の子たちみたいに不気味がらなかった、ってだけだよ。もちろんじーちゃん自身も、僕の両親も。それで、家族ぐるみで仲良くしてきたんだ」
 そういうことなら少しは納得できるけど、とシルファーマはちょっと落ち着く。
「それに、ねーちゃんは小さい頃から可愛かったしね。この街の、同年代の女の子の中では、間違いなく一番可愛い。そんな子を独占できるなら、他の子たちから白い目で見られるぐらい、なんてことはない……と、幼いソモロン君は思ったんだよ」
 そういうことならかなり納得できる、とシルファーマはだいぶ落ち着いた。
 どうあれ、孤立していた時にソモロンが親しく接してくれたというのは、ミミナにとっては充分に嬉しかったであろう。ソモロンだけでなく、祖父や両親も込みで。そういうことがあった上で、ソモロンの両親からソモロンのことを頼まれて、現在に至る、と。
 シルファーマの中の、「ミミナのアレはS趣味なのではなく、真面目にソモロンのことを思ってのことかも?」という考え。当初は冗談寄りの考えだったのだが、ソモロンの話を聞いた今は、だいぶ変わってきた。
 確かに普通ではないが、ミミナはミミナなりに、ちゃんと真面目なのかも。
「とすると……わたしの存在は、面白くはないわよね。ミミナにとって」
「? どーして」
「当然でしょ。ご覧の通りにちびっこくはなってるけど、それでも、こんなに可愛い女の子とあんたが二人で暮らしてるってのは。ミミナにとっては、心穏やかではいられないわよ。しかもミミナは、ちゃんと制限解除のことも知ってて、この姿が正体ではないと解ってるんだから」
「あ、そういうことか。言われてみれば確かに。そこには考えが至らなかったな」
 ソモロンは、割と真面目に困った顔で、頭を掻いた。
「なにしろ僕の頭の中では、君もねーちゃんも平等に、ハーレムの構成員だから。当然仲良く、僕の左右に寄り添う存在であって、その二人の間に確執とか全く想像もできなかっ」
 跳躍したシルファーマの、斜め下から突き上げるような肘打ちが、ソモロンのノドに突き刺さった。腕や手刀ではなく肘が、十歳児の細く小さく鋭い肘がノドにグサリ、である。
 これはかなりエグい。
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