38 / 75
38
しおりを挟む
パルティアが思いついた足湯は、女性の宿泊棟のみに設えたが、広大な施設の敷地の外側にも、小さな囲いをつけ行き交う誰でもが疲れを癒やすことができるようにした。
施設のようにリクライニングチェアなどはない、固い浴槽の縁にそのまま座るだけだが、平民がよく使う銅貨一枚で利用できるため、大変な繁盛ぶりである。
地元の民だけではなく、旅の者も入れ代わり立ち代わりやって来ては足を温め、気分良さげに帰って行くのだ。
ただ、施設の中には外のその喧騒は聞こえない。
外と内を別世界に保つことに細心の注意を払う施設の職員たちは、心や体を休め、癒やしに来た様々な貴族たちのために心を配り、手を尽くす。
その気配りや所作はテーミア仕込みの完璧なもので、言われなければメニアたちが平民だとはわからないだろう。
料理長はセリアズ公爵の料理長に紹介された経験豊かな者をチームごと雇ったが、その下働きや仕入先はすべてエルシドの地場に限定した。
そのもてなしぶりは、セリアズ公爵やエンダライン侯爵たちの力のこもったというか圧のある・・・宣伝で、どんどんと社交界に広まり、外の足湯と同じようにこちらも予約が取れないほど繁盛し始めている。
静けさを保つため、施設の宿泊は一日に受けられる人数を限定していることもあり、泊まってみたいという申し出が尽きることがない。当初の目的だった、静かに静養してもらうには少し人の出入りが多くなってしまったが。
「はあ、すごいなこれは」
デリスからの定期報告をともに受けているアレクシオスが呆れたように呟いた。
「想定外の混雑ですわ。本当に泊まってほしい方に順番が回らなくて、困ってしまいますわね」
「うん、そこで一つパルティア様に提案があるのだが」
珍しくアレクシオスから働きかけてきたこととは。
「エルシドから少し離れるが、二つ先のメンシアに同じような施設を作ってみてはどうだろう?」
「え?でも資金が」
「あー、それが・・・あまりの繁盛ぶりに、父が出資したいから次を作れとうるさくて」
「まあ!」
アレクシオスはぽりぽりと頭を掻いてから、謝った。
「父が勝手を言ってすまない」
「しかしパルティア様もおっしゃるとおり、本来泊まってほしい方が泊まれない状況はよろしくございません。ランバルディ様が出資くださるのであれば、新しい施設を作るのはアリと思います」
「そう、デリスも賛成なのね。では少し考えさせて頂いてもよろしくて?」
アレクシオスが頷くのを確認すると、パルティアは自分の部屋へと戻っていった。
「次の施設・・・」
唸っているパルティアを見て、ニーナが肩を揺する。
「パルティア様、お加減でも悪いのですか?」
「違うわ。仕事の悩みよ」
茶を飲む仕草をして見せ、ニーナに欲しいものを伝える。
「セリアズ公爵様が次の施設をっておっしゃっているそうなの。出資する気で」
「まあ、それは大変な後ろ盾でございますわね」
「本当にね」
「それで次はどこに?」
「メンシアはどうかと言われたわ」
ニーナの顔がぱあっと明るくなる。
「まあまあ!メンシアなんて懐かしい」
「ニーナ行ったことでもあるの?」
「私、メンシアの一つ先の町で生まれましたのよ」
パルティアがニーナを見た。
「ねえ、じゃあともだちとか、たくさんいるかしら?」
施設のようにリクライニングチェアなどはない、固い浴槽の縁にそのまま座るだけだが、平民がよく使う銅貨一枚で利用できるため、大変な繁盛ぶりである。
地元の民だけではなく、旅の者も入れ代わり立ち代わりやって来ては足を温め、気分良さげに帰って行くのだ。
ただ、施設の中には外のその喧騒は聞こえない。
外と内を別世界に保つことに細心の注意を払う施設の職員たちは、心や体を休め、癒やしに来た様々な貴族たちのために心を配り、手を尽くす。
その気配りや所作はテーミア仕込みの完璧なもので、言われなければメニアたちが平民だとはわからないだろう。
料理長はセリアズ公爵の料理長に紹介された経験豊かな者をチームごと雇ったが、その下働きや仕入先はすべてエルシドの地場に限定した。
そのもてなしぶりは、セリアズ公爵やエンダライン侯爵たちの力のこもったというか圧のある・・・宣伝で、どんどんと社交界に広まり、外の足湯と同じようにこちらも予約が取れないほど繁盛し始めている。
静けさを保つため、施設の宿泊は一日に受けられる人数を限定していることもあり、泊まってみたいという申し出が尽きることがない。当初の目的だった、静かに静養してもらうには少し人の出入りが多くなってしまったが。
「はあ、すごいなこれは」
デリスからの定期報告をともに受けているアレクシオスが呆れたように呟いた。
「想定外の混雑ですわ。本当に泊まってほしい方に順番が回らなくて、困ってしまいますわね」
「うん、そこで一つパルティア様に提案があるのだが」
珍しくアレクシオスから働きかけてきたこととは。
「エルシドから少し離れるが、二つ先のメンシアに同じような施設を作ってみてはどうだろう?」
「え?でも資金が」
「あー、それが・・・あまりの繁盛ぶりに、父が出資したいから次を作れとうるさくて」
「まあ!」
アレクシオスはぽりぽりと頭を掻いてから、謝った。
「父が勝手を言ってすまない」
「しかしパルティア様もおっしゃるとおり、本来泊まってほしい方が泊まれない状況はよろしくございません。ランバルディ様が出資くださるのであれば、新しい施設を作るのはアリと思います」
「そう、デリスも賛成なのね。では少し考えさせて頂いてもよろしくて?」
アレクシオスが頷くのを確認すると、パルティアは自分の部屋へと戻っていった。
「次の施設・・・」
唸っているパルティアを見て、ニーナが肩を揺する。
「パルティア様、お加減でも悪いのですか?」
「違うわ。仕事の悩みよ」
茶を飲む仕草をして見せ、ニーナに欲しいものを伝える。
「セリアズ公爵様が次の施設をっておっしゃっているそうなの。出資する気で」
「まあ、それは大変な後ろ盾でございますわね」
「本当にね」
「それで次はどこに?」
「メンシアはどうかと言われたわ」
ニーナの顔がぱあっと明るくなる。
「まあまあ!メンシアなんて懐かしい」
「ニーナ行ったことでもあるの?」
「私、メンシアの一つ先の町で生まれましたのよ」
パルティアがニーナを見た。
「ねえ、じゃあともだちとか、たくさんいるかしら?」
65
お気に入りに追加
999
あなたにおすすめの小説

聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集
にがりの少なかった豆腐
恋愛
こちらは過去に投稿し、完結している作品をまとめたものになります
章毎に一作品となります
これから投稿される『恋愛』カテゴリの作品は投稿完結後一定時間経過後、この短編集へ移動することになります
※こちらの作品へ移動する際、多少の修正を行うことがあります。
※タグに関してはおよそすべての作品に該当するものを選択しています。

前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
結婚式の日に婚約者を勇者に奪われた間抜けな王太子です。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月10日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング2位
2020年11月13日「カクヨム」週間異世界ファンタジーランキング3位
2020年11月20日「カクヨム」月間異世界ファンタジーランキング5位
2021年1月6日「カクヨム」年間異世界ファンタジーランキング87位

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜
本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。
アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。
ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから───
「殿下。婚約解消いたしましょう!」
アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。
『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。
途中、前作ヒロインのミランダも登場します。
『完結保証』『ハッピーエンド』です!


【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました
八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」
子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。
失意のどん底に突き落とされたソフィ。
しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに!
一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。
エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。
なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。
焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

王子からの縁談の話が来たのですが、双子の妹が私に成りすまして王子に会いに行きました。しかしその結果……
水上
恋愛
侯爵令嬢である私、エマ・ローリンズは、縁談の話を聞いて喜んでいた。
相手はなんと、この国の第三王子であるウィリアム・ガーヴィー様である。
思わぬ縁談だったけれど、本当に嬉しかった。
しかし、その喜びは、すぐに消え失せた。
それは、私の双子の妹であるヘレン・ローリンズのせいだ。
彼女と、彼女を溺愛している両親は、ヘレンこそが、ウィリアム王子にふさわしいと言い出し、とんでもない手段に出るのだった。
それは、妹のヘレンが私に成りすまして、王子に近づくというものだった。
私たちはそっくりの双子だから、確かに見た目で判断するのは難しい。
でも、そんなバカなこと、成功するはずがないがないと思っていた。
しかし、ヘレンは王宮に招かれ、幸せな生活を送り始めた。
一方、私は王子を騙そうとした罪で捕らえられてしまう。
すべて、ヘレンと両親の思惑通りに事が進んでいた。
しかし、そんなヘレンの幸せは、いつまでも続くことはなかった。
彼女は幸せの始まりだと思っていたようだけれど、それは地獄の始まりなのだった……。
※この作品は、旧作を加筆、修正して再掲載したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる