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修道女、自称おじいさまから壮大すぎるお話を聞く
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右後方にルシエラ。左後方にテトラ。
片方は男装の麗人で、もう片方はもしかしたら女装した男性。性別など誰もが一瞬で判断を下すもののはずだが、二人の場合じっと見ていても混乱が増すだけだ。
しかし微妙な顔をしているのはメイラだけで、彼女を挟むように歩いている二人の神官はまったく気にしてもいなかった。
えらい人にとっては、護衛などただの背景にすぎないのかもしれない。
「ああ、本当に見事なエリカの並木だね」
「この街の人々が熱心に手入れをして景観を保っているのです」
「皆に愛されているのがわかるよ」
ゆっくりと歩く男性二人に挟まれて、メイラは強張りそうな顔に必死で笑みを張り付けている。
とてもではないが、懐かしい景色を楽しむ気にはなれなかった。
ものすごく見られている。見られているのだ……半端なく。
幸いにも見知った顔に会うことはなかったが、それでもすれ違う人皆が立ち止まり、二度見どころかガン見でこちらを振り返るのは心に刺さる。
ど、どこかおかしなところがあるのだろうか? たとえばマナー違反の恰好をしているとか、コートの背中に悪戯で張り紙をされているとか?
いや、ユリたちがそんなミスを犯すはずはないし、背後にぴったりと控えている二人が悪戯を容認するわけがない。
ああ、見目良い神官に見惚れているのか? 自称おじいちゃんなんだそうだが、外見は確かに整っている。……いや、美しき教皇と呼ばれるだけの容姿はしていると思うが、第二皇妃さまのように魂が奪われるほどの美貌というわけではない。それに今は、地味な平神官の服装だから、それほど大勢の注意を引く要素はない。
リンゼイ師はこの街にも馴染みの多い老人だが、今こちらに向いているものすごい数の凝視は、知己に向ける類のものではない。
やはりメイラか? どこかおかしなところがあるのか??
「少し寒いね。大丈夫?」
猊下が彼女を気遣って、顔を覗き込むような仕草をした。
ベールをかぶっているので目立たないだろうが、酷い顔色をしているのだろう。
それに気づいたのか、気遣わし気に手を差し伸べようとして、すすっと割り込んできたルシエラに阻まれた。
猊下の視線が、今初めて気づきました、というふうに彼女を捉える。
「……おや、君は」
くっきりとした二重のアーモンド形をした目を驚いた風で見開き、首を傾けた。
「昨夜挨拶してくれた時には女官殿じゃなかった?」
ものすごくわざとらしい。
「あ、あの!」
「……お気になさらず」
下手な言い訳をしようとしたメイラを遮り、ひんやりとした声色でルシエラが言った。
それが吐き捨てるような口調だったのにぎょっとして、フォローした方がいいのかと双方の顔を交互に見上げる。
もともと彼女は憲兵なので、騎士服を着ていたとしてもおかしなことではない。しかしそれを公共の場で口にするわけにもいかず、必然的に口ごもってしまうことになる。不審を抱かせるわけにはいかないのに。
「あ! ポン栗が売っていますよ、枢機卿さま」
「ほう、もうそんな季節ですか」
露骨に話を逸らせてみた。こういうことはもっと自然にこなせなくてはいけないのだが、ただの一介の元下級神職には難しすぎる。
ルシエラからの反応はなく、猊下もたいして気にした様子はなく、リンゼイ師だけがほがらかに笑ってくれた。
「昔はよく食べました」
「はい、こっそり買っていただきました」
背後のルシエラが恐ろしすぎる。
どうかもう余計なことは喋らず、おとなしくしていてくれと声を大にして言いたい。
「ちいさな君は可愛らしかっただろうね?」
「可愛らしいというよりも、しっかり者でしたよ」
「ほう」
「年下の子の面倒をよく見て、いつも左右に弟分をひっつかせておりましたな」
妹分もいましたよ。
燃えるようなエリカ並木を見ていると、かつて彼らと並んで歩いた時のことを思い出す。
なつかしい記憶だ。
肌触りの悪い修道女服を着て、寒さと空腹に悩まされながらも、よく子供たちにポン栗を買ってあげたものだ。
修道院からこの街まで半日ほどかかるが、大都市なので、お布施を貰いに行ったり、子供の就職口を探しに行ったりと、最寄りの小さな街よりもお世話になった気がする。
「メイラねぇちゃん!!」
そうそう、こんなふうにいつも呼ばれて……
さっと視界を塞がれた。それはルシエラとテトラの背中で、更にその向こうには白い神殿騎士たちが抜身の剣を構えている。
「……っ!!」
何かが投げつけられた。
反射的に悲鳴を上げそうになったが、気づくとルシエラの細い腕に抱き込まれていた。いや細いのか? 見た目はものすごく華奢な作りだが、腕の力は強い。
パシャリ、と何かがつぶれるような音がした。
メイラは足元でつぶれて落ちたその残骸を呆然と見降ろした。……生卵だ。
「……ルシエラ!」
「失礼します」
背後からひょいと脇に手を入れられ、ひい、と悲鳴を上げる間もなく抱き上げられた。テトラだ。
こうやって抱えられてみると、ルシエラとの差異に気づかざるを得ない。
「急ぎ戻れ」
「はい。隊長は?」
「大事ない」
少し離れた位置にいたキンバリーが駆け寄ってくる。
「キンバリー、御方さまを宿のほうに」
「了解です!」
平然と指示を出すルシエラを、メイラは呆然として見ていた。
護衛隊長のはずのキンバリーを顎で使うとは、もしかしなくとも指揮系統で一番上なのは彼女なのだろうか。
ざわざわと、街の人々がこちらを見て何やら騒めいている。
生卵を投げられて、ざまみろとでも言っているのか。嘲笑されるのがメイラだけなら構わないが、一緒にいた皆が割を食うのはつらい。。
「少し走ります」
テトラは、とてもメイラひとりを抱えているとは思えない速度で滑るようにもと来た道を戻り始めた。
メイラはその肩越しに、仁王立ちになって周囲を睥睨しているルシエラの後姿を見ていた。
視力はいいので、彼女の美しい髪が汚されているのが見てとれる。気のせいか、額から血が出ているようだった。卵だけではなく、もっと硬い物も投げつけられたのかもしれない。
「テトラ! 待って、ルシエラが」
「あの方なら大丈夫です。すぐ片をつけて戻られますよ」
メイラが時間をかけて歩いた距離を、おそらくはその半分ほどの時間で飛ぶように走る。
何をもって大丈夫というのか。
メイラはものすごく不安に感じながら、遠ざかるルシエラを見続けた。
お願いだから、穏便に事を収めて欲しい。彼女のまわりには神殿騎士が大勢いたので、その身に被害が及ぶ心配はまったくしていないが、それよりも何かを仕出かしはしないかと不安なのだ。
天災ルシエラは間違いなく有能だ。
ただし……取扱注意の。
片方は男装の麗人で、もう片方はもしかしたら女装した男性。性別など誰もが一瞬で判断を下すもののはずだが、二人の場合じっと見ていても混乱が増すだけだ。
しかし微妙な顔をしているのはメイラだけで、彼女を挟むように歩いている二人の神官はまったく気にしてもいなかった。
えらい人にとっては、護衛などただの背景にすぎないのかもしれない。
「ああ、本当に見事なエリカの並木だね」
「この街の人々が熱心に手入れをして景観を保っているのです」
「皆に愛されているのがわかるよ」
ゆっくりと歩く男性二人に挟まれて、メイラは強張りそうな顔に必死で笑みを張り付けている。
とてもではないが、懐かしい景色を楽しむ気にはなれなかった。
ものすごく見られている。見られているのだ……半端なく。
幸いにも見知った顔に会うことはなかったが、それでもすれ違う人皆が立ち止まり、二度見どころかガン見でこちらを振り返るのは心に刺さる。
ど、どこかおかしなところがあるのだろうか? たとえばマナー違反の恰好をしているとか、コートの背中に悪戯で張り紙をされているとか?
いや、ユリたちがそんなミスを犯すはずはないし、背後にぴったりと控えている二人が悪戯を容認するわけがない。
ああ、見目良い神官に見惚れているのか? 自称おじいちゃんなんだそうだが、外見は確かに整っている。……いや、美しき教皇と呼ばれるだけの容姿はしていると思うが、第二皇妃さまのように魂が奪われるほどの美貌というわけではない。それに今は、地味な平神官の服装だから、それほど大勢の注意を引く要素はない。
リンゼイ師はこの街にも馴染みの多い老人だが、今こちらに向いているものすごい数の凝視は、知己に向ける類のものではない。
やはりメイラか? どこかおかしなところがあるのか??
「少し寒いね。大丈夫?」
猊下が彼女を気遣って、顔を覗き込むような仕草をした。
ベールをかぶっているので目立たないだろうが、酷い顔色をしているのだろう。
それに気づいたのか、気遣わし気に手を差し伸べようとして、すすっと割り込んできたルシエラに阻まれた。
猊下の視線が、今初めて気づきました、というふうに彼女を捉える。
「……おや、君は」
くっきりとした二重のアーモンド形をした目を驚いた風で見開き、首を傾けた。
「昨夜挨拶してくれた時には女官殿じゃなかった?」
ものすごくわざとらしい。
「あ、あの!」
「……お気になさらず」
下手な言い訳をしようとしたメイラを遮り、ひんやりとした声色でルシエラが言った。
それが吐き捨てるような口調だったのにぎょっとして、フォローした方がいいのかと双方の顔を交互に見上げる。
もともと彼女は憲兵なので、騎士服を着ていたとしてもおかしなことではない。しかしそれを公共の場で口にするわけにもいかず、必然的に口ごもってしまうことになる。不審を抱かせるわけにはいかないのに。
「あ! ポン栗が売っていますよ、枢機卿さま」
「ほう、もうそんな季節ですか」
露骨に話を逸らせてみた。こういうことはもっと自然にこなせなくてはいけないのだが、ただの一介の元下級神職には難しすぎる。
ルシエラからの反応はなく、猊下もたいして気にした様子はなく、リンゼイ師だけがほがらかに笑ってくれた。
「昔はよく食べました」
「はい、こっそり買っていただきました」
背後のルシエラが恐ろしすぎる。
どうかもう余計なことは喋らず、おとなしくしていてくれと声を大にして言いたい。
「ちいさな君は可愛らしかっただろうね?」
「可愛らしいというよりも、しっかり者でしたよ」
「ほう」
「年下の子の面倒をよく見て、いつも左右に弟分をひっつかせておりましたな」
妹分もいましたよ。
燃えるようなエリカ並木を見ていると、かつて彼らと並んで歩いた時のことを思い出す。
なつかしい記憶だ。
肌触りの悪い修道女服を着て、寒さと空腹に悩まされながらも、よく子供たちにポン栗を買ってあげたものだ。
修道院からこの街まで半日ほどかかるが、大都市なので、お布施を貰いに行ったり、子供の就職口を探しに行ったりと、最寄りの小さな街よりもお世話になった気がする。
「メイラねぇちゃん!!」
そうそう、こんなふうにいつも呼ばれて……
さっと視界を塞がれた。それはルシエラとテトラの背中で、更にその向こうには白い神殿騎士たちが抜身の剣を構えている。
「……っ!!」
何かが投げつけられた。
反射的に悲鳴を上げそうになったが、気づくとルシエラの細い腕に抱き込まれていた。いや細いのか? 見た目はものすごく華奢な作りだが、腕の力は強い。
パシャリ、と何かがつぶれるような音がした。
メイラは足元でつぶれて落ちたその残骸を呆然と見降ろした。……生卵だ。
「……ルシエラ!」
「失礼します」
背後からひょいと脇に手を入れられ、ひい、と悲鳴を上げる間もなく抱き上げられた。テトラだ。
こうやって抱えられてみると、ルシエラとの差異に気づかざるを得ない。
「急ぎ戻れ」
「はい。隊長は?」
「大事ない」
少し離れた位置にいたキンバリーが駆け寄ってくる。
「キンバリー、御方さまを宿のほうに」
「了解です!」
平然と指示を出すルシエラを、メイラは呆然として見ていた。
護衛隊長のはずのキンバリーを顎で使うとは、もしかしなくとも指揮系統で一番上なのは彼女なのだろうか。
ざわざわと、街の人々がこちらを見て何やら騒めいている。
生卵を投げられて、ざまみろとでも言っているのか。嘲笑されるのがメイラだけなら構わないが、一緒にいた皆が割を食うのはつらい。。
「少し走ります」
テトラは、とてもメイラひとりを抱えているとは思えない速度で滑るようにもと来た道を戻り始めた。
メイラはその肩越しに、仁王立ちになって周囲を睥睨しているルシエラの後姿を見ていた。
視力はいいので、彼女の美しい髪が汚されているのが見てとれる。気のせいか、額から血が出ているようだった。卵だけではなく、もっと硬い物も投げつけられたのかもしれない。
「テトラ! 待って、ルシエラが」
「あの方なら大丈夫です。すぐ片をつけて戻られますよ」
メイラが時間をかけて歩いた距離を、おそらくはその半分ほどの時間で飛ぶように走る。
何をもって大丈夫というのか。
メイラはものすごく不安に感じながら、遠ざかるルシエラを見続けた。
お願いだから、穏便に事を収めて欲しい。彼女のまわりには神殿騎士が大勢いたので、その身に被害が及ぶ心配はまったくしていないが、それよりも何かを仕出かしはしないかと不安なのだ。
天災ルシエラは間違いなく有能だ。
ただし……取扱注意の。
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