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修道女、自称おじいさまから壮大すぎるお話を聞く
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青ざめた顔でホテルに戻ると、迎え入れる側も騒然としていた。
メイラも護衛たちもとっさに身構えるが、何という事はない、丁度父が戻ってきたタイミングだったようだ。
エントランスでかち合い、テトラに抱きかかえられているメイラを見た瞬間に、父はただでさえ気難しそうな顔をぎゅっと顰め、舌打ちをした。
「……部屋で大人しくしていないからだ」
ひとをまるでお転婆な子供のように言わないで欲しい。散歩はあくまでも猊下の御意向であり、メイラの望んだ事ではないのだ。
「急ぎ部屋へ」
テトラたち護衛のほうには視線を向けもしなかったが、父の命令は即座に実行された。
父の傍付きたちもまとめて速足になって広いホールを突き進み、目を一瞬閉じてもう一度開いた瞬間には部屋に戻っていた感覚だった。
「御方さま!」
メイラの留守中に部屋を整えていたらしいユリたちが、大慌てで出迎えてくれた。
「いったい何が……」
「温かい飲み物を」
「っ、はい」
使用人に気など使わないだろう生まれついての大貴族は、ユリたちの心配だとか不安だとか完全に無視して、端的に必要なことだけを命じる。
若干ぐったりしたメイラを心配そうに見ながらも、ユリたちメイドは一斉に動き始めた。
そっとソファーに置かれたメイラは、フランの手によりベールつきの帽子を外されながらため息をついた。
できれば外履きの靴やコートも脱ぎたいし、何なら部屋着に着替えたい。
しかし目前には腕組みをしてイライラと身体を揺らしている父と、その護衛たち(もちろん男性)がいるのですぐには無理そうだ。
「何があった」
「生卵を投げつけられました」
「……なんだと」
「たぶん小石も」
父の険しい視線が、メイラの全身をざっと検分する。
「怪我はないようだな」
「ルシエラが守ってくれました」
そうだ、あの後どうなったのだろう。彼女がまた、何かとんでもないことを仕出かしてはいないだろうか。
「テトラ、ここはもう大丈夫だから、ルシエラの方へ」
「馬鹿か」
侍従にコートを脱がされながら、父が吐き捨てた。
「護衛が主から離れるわけがなかろう」
いや、メイラの精神的安定を思えば、ルシエラの行動を把握しておきたい。
「あの方々もご一緒だったのか?」
猊下の事だ。
「はい。エリカ並木を見に出ておりました」
「……観光とは暢気なことだ」
「お父さま。昨日から思っていたことですが、少しお言葉が過ぎるのでは?」
父のコートを恭しく畳みなおし腕にかけていた侍従が、危うくそれを取り落としそうになった。
そのいかにもぎょっとした表情を見るに、やはりメイラのように父に苦言を呈する者はそういないのだろう。
「坊主どもは嫌いだ」
「一応はお父さまも教徒でしょうに」
「生まれてすぐに聖別は受けた、葬式も中央神殿に頼むだろう。だからといって、あいつらが好きなわけではない」
「……怒られますよ」
十二神を祭る中央神殿は、世界の主要国家で最も信者の多い宗教だが、この国の国教というわけではない。
異教徒を迫害するような過激さはなく、比較的穏やかで寛容な教義なのだが、施政者であれば敵に回すのは得策ではないだろう。
何しろ信者数がやたらと多く、その教えはほぼアイデンティティに近いものになっているのだ。例えば、食事のたびに祈る仕草は豊穣の神に感謝をささげる聖印であり、信心深くなくともマナーとして捉えられ、きちんと祈らなければ不作法と白い目で見られるだろう。
「失礼いたします」
丁度ユリが温かい紅茶を運んできたので、不遜すぎる父の言葉を聞かずに済んだ。
彼女と視線が合って、心配されていることに気づく。大丈夫だと頷いて見せると、ほんの少しその表情が緩んだ。
「今夜のことは聞いているな?」
「夜会のことですか?」
「そうだ。昼前にはザガンを出なければ準備が間に合わん」
「やはりわたくしも夜会に出席しなければなりませんか? ご不快に思われる方が多そうですが」
「……お前が気にすることではない」
むしろ、父が気にするべきことだ。何しろ父の奥方様がたと、その子らの事なのだから。
「わたくしが陛下の妃としての立場で出席するのでしたら、いつものようでは困ります」
生卵事件は、おそらくそちら方面からの横やりではないかと思う。
御神の骨関連であれば、そんな生ぬるい攻撃ではないだろうからだ。
しかし、直接命に関わり合いがないのを良しとするべきではない。陛下の妃を名乗る限りは、メイラへの攻撃は陛下への不敬だ。メイラが許容しようとも、陛下がそれを知り赦さなければ、最悪ハーデス公爵家の力を削ぐ口実にしてしまえる。
「……わかっている」
本当だろうか。
最近思うのだが、この悪人顔の父は存外口下手なのだ。奥方様がたと夫婦らしく意思疎通がはかれているのかそもそも疑問だ。
「やはり祭事だけに出るようにしてはいけませんか?」
「お前が夜会に出席して、あれらが出ぬ方にしたほうがまだ角がたたん」
それでは不満が増す一方だろう。
「お前は夜会の間中ずっとあの方か儂の傍におればよい」
思わず、ため息が零れた。
この老人はやはり女性への理解が浅い。たとえパートナーであろうとも、四六時中一緒にいられるわけではないのだ。定期的に化粧直しや手洗いに行くのは女性のマナーの一部であり、そこで女性同士の社交があるわけだが……嫌な予感しかしない。
「努力はしてみますが、期待はしないでください。無理だと思えば、すぐに引き上げます」
「参加したという恰好が付けばまあ良い」
最初の挨拶だけしてさっさと下がろう。ややこしい事になる前に退却するのも立派な戦略だ。
「それより……コレはなんだ?」
父が思い出したように鼻頭に皺を寄せていった。
メイラは小首を傾げて聞き返そうとして、できるだけ見ないようにしていた室内の様子に再びため息をつく。
「わたくしのせいではありません」
「……陛下か」
出かける前より花数が増えて見えるのは、きっと気のせいだろう。
コンコンコンとノックの音がして、入室してきたシェリーメイの腕には巨大なバラの花束。
それだけでも立派でゴージャスなものなのだが、部屋の中に持ち込まれた瞬間に、大量の花に紛れたほんの一部にすぎなくなる。
「高貴な方に限度とか節度とかを理解して頂くためには、どうすればいいのでしょう」
美しい花々で圧死しそうな気分になりつつ、メイラは頭痛を堪えてこめかみを揉んだ。
メイラも護衛たちもとっさに身構えるが、何という事はない、丁度父が戻ってきたタイミングだったようだ。
エントランスでかち合い、テトラに抱きかかえられているメイラを見た瞬間に、父はただでさえ気難しそうな顔をぎゅっと顰め、舌打ちをした。
「……部屋で大人しくしていないからだ」
ひとをまるでお転婆な子供のように言わないで欲しい。散歩はあくまでも猊下の御意向であり、メイラの望んだ事ではないのだ。
「急ぎ部屋へ」
テトラたち護衛のほうには視線を向けもしなかったが、父の命令は即座に実行された。
父の傍付きたちもまとめて速足になって広いホールを突き進み、目を一瞬閉じてもう一度開いた瞬間には部屋に戻っていた感覚だった。
「御方さま!」
メイラの留守中に部屋を整えていたらしいユリたちが、大慌てで出迎えてくれた。
「いったい何が……」
「温かい飲み物を」
「っ、はい」
使用人に気など使わないだろう生まれついての大貴族は、ユリたちの心配だとか不安だとか完全に無視して、端的に必要なことだけを命じる。
若干ぐったりしたメイラを心配そうに見ながらも、ユリたちメイドは一斉に動き始めた。
そっとソファーに置かれたメイラは、フランの手によりベールつきの帽子を外されながらため息をついた。
できれば外履きの靴やコートも脱ぎたいし、何なら部屋着に着替えたい。
しかし目前には腕組みをしてイライラと身体を揺らしている父と、その護衛たち(もちろん男性)がいるのですぐには無理そうだ。
「何があった」
「生卵を投げつけられました」
「……なんだと」
「たぶん小石も」
父の険しい視線が、メイラの全身をざっと検分する。
「怪我はないようだな」
「ルシエラが守ってくれました」
そうだ、あの後どうなったのだろう。彼女がまた、何かとんでもないことを仕出かしてはいないだろうか。
「テトラ、ここはもう大丈夫だから、ルシエラの方へ」
「馬鹿か」
侍従にコートを脱がされながら、父が吐き捨てた。
「護衛が主から離れるわけがなかろう」
いや、メイラの精神的安定を思えば、ルシエラの行動を把握しておきたい。
「あの方々もご一緒だったのか?」
猊下の事だ。
「はい。エリカ並木を見に出ておりました」
「……観光とは暢気なことだ」
「お父さま。昨日から思っていたことですが、少しお言葉が過ぎるのでは?」
父のコートを恭しく畳みなおし腕にかけていた侍従が、危うくそれを取り落としそうになった。
そのいかにもぎょっとした表情を見るに、やはりメイラのように父に苦言を呈する者はそういないのだろう。
「坊主どもは嫌いだ」
「一応はお父さまも教徒でしょうに」
「生まれてすぐに聖別は受けた、葬式も中央神殿に頼むだろう。だからといって、あいつらが好きなわけではない」
「……怒られますよ」
十二神を祭る中央神殿は、世界の主要国家で最も信者の多い宗教だが、この国の国教というわけではない。
異教徒を迫害するような過激さはなく、比較的穏やかで寛容な教義なのだが、施政者であれば敵に回すのは得策ではないだろう。
何しろ信者数がやたらと多く、その教えはほぼアイデンティティに近いものになっているのだ。例えば、食事のたびに祈る仕草は豊穣の神に感謝をささげる聖印であり、信心深くなくともマナーとして捉えられ、きちんと祈らなければ不作法と白い目で見られるだろう。
「失礼いたします」
丁度ユリが温かい紅茶を運んできたので、不遜すぎる父の言葉を聞かずに済んだ。
彼女と視線が合って、心配されていることに気づく。大丈夫だと頷いて見せると、ほんの少しその表情が緩んだ。
「今夜のことは聞いているな?」
「夜会のことですか?」
「そうだ。昼前にはザガンを出なければ準備が間に合わん」
「やはりわたくしも夜会に出席しなければなりませんか? ご不快に思われる方が多そうですが」
「……お前が気にすることではない」
むしろ、父が気にするべきことだ。何しろ父の奥方様がたと、その子らの事なのだから。
「わたくしが陛下の妃としての立場で出席するのでしたら、いつものようでは困ります」
生卵事件は、おそらくそちら方面からの横やりではないかと思う。
御神の骨関連であれば、そんな生ぬるい攻撃ではないだろうからだ。
しかし、直接命に関わり合いがないのを良しとするべきではない。陛下の妃を名乗る限りは、メイラへの攻撃は陛下への不敬だ。メイラが許容しようとも、陛下がそれを知り赦さなければ、最悪ハーデス公爵家の力を削ぐ口実にしてしまえる。
「……わかっている」
本当だろうか。
最近思うのだが、この悪人顔の父は存外口下手なのだ。奥方様がたと夫婦らしく意思疎通がはかれているのかそもそも疑問だ。
「やはり祭事だけに出るようにしてはいけませんか?」
「お前が夜会に出席して、あれらが出ぬ方にしたほうがまだ角がたたん」
それでは不満が増す一方だろう。
「お前は夜会の間中ずっとあの方か儂の傍におればよい」
思わず、ため息が零れた。
この老人はやはり女性への理解が浅い。たとえパートナーであろうとも、四六時中一緒にいられるわけではないのだ。定期的に化粧直しや手洗いに行くのは女性のマナーの一部であり、そこで女性同士の社交があるわけだが……嫌な予感しかしない。
「努力はしてみますが、期待はしないでください。無理だと思えば、すぐに引き上げます」
「参加したという恰好が付けばまあ良い」
最初の挨拶だけしてさっさと下がろう。ややこしい事になる前に退却するのも立派な戦略だ。
「それより……コレはなんだ?」
父が思い出したように鼻頭に皺を寄せていった。
メイラは小首を傾げて聞き返そうとして、できるだけ見ないようにしていた室内の様子に再びため息をつく。
「わたくしのせいではありません」
「……陛下か」
出かける前より花数が増えて見えるのは、きっと気のせいだろう。
コンコンコンとノックの音がして、入室してきたシェリーメイの腕には巨大なバラの花束。
それだけでも立派でゴージャスなものなのだが、部屋の中に持ち込まれた瞬間に、大量の花に紛れたほんの一部にすぎなくなる。
「高貴な方に限度とか節度とかを理解して頂くためには、どうすればいいのでしょう」
美しい花々で圧死しそうな気分になりつつ、メイラは頭痛を堪えてこめかみを揉んだ。
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