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⑱ 「エピローグ 自立型AI」

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⑱ 「エピローグ 自立型AI」

 12月16日の月曜日午前9時、門真総合病院の個室ベッドに点滴ラインや排尿ドレーンが繋がれ、人差し指に血圧・脈拍モニターをつけられた如志の元に舞久利がやってきた。
「如志ちゃん、まだ目を覚まさへんのか?事故からもう3日やで。ぼちぼち目を覚まして元気な笑顔を見せてや…。」
 ハンカチにペットボトルの水を含ませると、ゆっくりと如志の顔を拭きながら話しかけるが如志からの返事はない。枕もとの心拍の波形モニターは綺麗な波型を示し、その横には「血圧 105/60」、「脈拍 75」の数字がブルーで表示されている。

 「キンコーン」と舞久利のスマホが鳴った。「里景さんの様子はいかがですか?何か変化があれば教えてください。」との弾嗣からのラインのメッセージだった。
 「今日も良く寝てます。今までの分を寝溜めで取り返してるのかな。さすがに女の子の寝顔を写メするのは無しな(笑)」と返事を送った。
 朝の担当医の巡回診療が来た。担当医は、寝ている如志の腕で脈を取り、聴診器を胸にあて、右目の瞼を左手の人差し指と親指で開くとペンライトをあてた。
「まだ目が覚めませんか?生体反応は正常なんですけどねぇ…。まあ、もうしばらく様子を見ましょうか。」
と付き添っている舞久利に呟くと隣のベッドへと移動していった。

 如志は「夢」の中で「AI快撥」、弾嗣、ふなっしー似のアバターの「JPB」、そしてリアルの「快撥」に囲まれハーレム状態だった。皆に優しくされ、褒めたたえられ、愛を囁かれていた。4人からワインやビールを注がれ楽しく飲んでいる夢の中で「あぁ、ここは「天国」なのかしら…。」と如志は笑顔で呟いた。
 リアル世界では、舞久利のスマホの着信音が鳴った。着信は所長からだった。(しもた、今日、病院寄っていくこと連絡すんの忘れてた!)と思った瞬間、巡回診察中の医師が舞久利を睨んだ。舞久利は廊下に出る際、慌てていたため如志の排尿ドレーンをひっかけてしまったがそれに気がつかなかった。

 再び夢の中の如志は、3人のイケメンと1人の「ふなっしーもどき」に囲まれて飲み続けていく。ふと「尿意」をもよおした如志はトイレに立とうと思うが、皆に次々と飲み物を勧められるので断れないのとイケメンたちの前で「ちょっとお花摘みに…」と言うのは恥ずかしいと思い我慢し続けていたが、ついに満水になったダムが崩壊した。3人のイケメンと1人の「ふなっしー似」のアバターの前で失禁してしまった如志は真っ赤になった。もじもじする如志に気づいた「JPB」が叫んだ。
「あっ、里景先生が「梨汁ぷしゃー!」してるなっしー!」
 「AI快撥」、「弾嗣」、「リアル快撥」が一斉に如志から離れた。取り繕おうとするが如志の「梨汁・・」は止まらない。
 無言でどんどんと如志から距離をとる4人に「行かないでー!捨てないでー!「ただの梨汁」で「お漏らし」じゃないのよー!」との夢の中の叫びが大きな声に出て病室に響いた。

 医師と舞久利が駆け寄ったベッドの布団の中央に大きな黄色い染みを作った如志がいた。我に返った如志は両手で掛け布団をめくると湯気が立ち上ると同時に、股間から抜けた尿管カテーテルの先が視界に入った。
「がおっ!「梨汁」と違う!私、お漏らししちゃったー!」
の叫びに医師は如志の脈を再確認すると優しく言った
「目が覚めて良かったですね!「3日3晩」寝続けてたんですよ。まずはおめでとうございます!」
 その様子を楽しそうに舞久利がスマホで動画撮影しながら、泣いている。
「良かった…。良かったなぁ!如志ちゃんが目を覚ましてくれたよ…。うわーん!」

 駆けつけた看護師が「気にしなくていいですよ。」と如志のお尻の下に2枚のバスタオルを敷き、股間に1枚のバスタオルをかけてくれた。そして医師から金曜日の未明に運び込まれてから、57時間寝続けていたことを知らされた。幸い、レントゲン、CTでの「他覚症状」は見られず、おそらく長期にわたる過労で溜まった睡眠不足を補うために眠り続けていたのだろうと説明を受けた。
 舞久利は「私が尿管カテーテルをひっかけてなかったらまだ眠り続けとったんかも知れへんねんで。感謝してや!」とどや顔で言われた。
 
 着替えを済ませ、はたと我に返った如志は舞久利に「今日何日?私、3日間寝てたってことはもう月曜日ってこと?土日の作業まるまる飛ばしちゃってるわ!もう「納期」に間に合わない!すぐに学校に行かなきゃ!」と慌てた。
 退院手続きを取ると、タクシーを呼び大急ぎで大阪CPTSに急いだ。
 真っ先に所長室に詫びを入れに向かうと応接室に二人の男の背中が見えた。来客中にもかかわらず、半ばパニックを起こした如志は
「すみません!すみません!これからの4日間徹夜してでもシステムは完成させますから!」
と応接室中に響き渡る大きな声で謝ると、所長は予想外の言葉をかけてきた。
「何を言ってるんですか?先ほど試運転も終わり納品前のラストチェックに入ってもらってるところですよ。長い間、お疲れさまでしたね!」

 状況がつかめないまま直立不動の体勢で黙り込んでいると、所長から再度「システムは完成してますよ。本当にお疲れ様でした。」と言われた。
 何を言われているのか理解できないまま立っていると、背中向けに座っていたソファーの男の一人が立ち上がって振り向いて言った。
「如志ちゃんの「あわてんぼう」と「思い込み」の強さは変わってないんだね。所長さんが言ったように、システムは今朝、完成したよ。」
 声の主はマサチューセッツにいるはずの快撥だった。もう一人の男は弾嗣だった。
「えっ、何でここに快撥先生が?それに梨継さんまで…。」
如志は言葉に詰まった。

 如志は所長に招かれるままに所長の横の一人掛けのソファーに座らされると、快撥が如志に対して事の顛末の説明に入った。
 如志がリサイクルショップニコニコで手に入れたスパコンのTSUBASAは、元々CGTTの生みの親である2年半前に自死した祖父斗健利そふと・たけとしのラボで使用されていたものとのことだった。アメリカでの裁判に敗訴し、莫大な裁判費用を負債として残した健利が自死するとラボも破産した。
 その結果、ラボの備品は債権者により差し押さえられて、汎用性の無い200ボルト電源のスパコンはリサイクルショップに「一山なんぼ」で払い下げられたのだろうとのことだった。

 快撥は健利の長男でありCGTTの開発にも関わっていたとのことだった。父の自死を知ると相続を放棄し、そのままMITでの研究活動を続けることにした快撥は元の「CGTT」の基礎と自分の愛弟子でかつ一番弟子の如志のプログラムの「くせ・・の両方を把握していた。
 弾嗣が外部操作ソフトをTSUBASAにダウンロードした時点から、如志の組み直すプログラムの内容を常時確認していたため、土曜日に弾嗣から如志の事故の報を聞き、代わりにプログラム修正と仕上げを行うことができたのだと説明した。
 それを聞いて如志はその過程を思い切り否定した。
「えっ、快撥先生がなんでそんな前から私がお父さんのTSUBASAを所有してCGTTプログラムの改造をしてたって知ってるんですか?外部操作のソフト入れてもらったのは、私が「リアル男断ち」した時ですから、今のプロジェクトが始まる前ですよ。」

 「里景先生、すみません。この続きは僕から説明させてもらいますね。」
快撥に代わり、弾嗣が続いて如志に説明を続けた。(ん、先生?)と一瞬、弾嗣の言い回しに疑問を持ったがそこは黙って弾嗣の説明を待った。
 弾嗣は、快撥の弟であることが語られた。父親の自死の後、債務問題に巻き込まれないように、未成年だった弾嗣は母親が相続放棄の手続き後、その後の面倒を避けるために母親姓の「梨継」を名乗ることにしたと話した。如志は更なる疑問が湧いて、質問を繰り返した。
「えっ、快撥先生と梨継さんが兄弟なの?それじゃ「他人の空似」なんかじゃなかったんだ。でも、なんで梨継さんがここ「大阪CPTS」にいるの?大学生なんでしょ?」
 
 すると所長が「里景先生、あなたの生徒に何てこと言うんですか。梨継君は先生がチームに入れたいと推薦したんじゃないですか…。」と言葉を挟んだ。
「ん?私がチームに招き入れた生徒は「JPB」君であって梨継さんじゃないですよ?」
と首を捻る如志に弾嗣は丁寧に説明した。
「「JPB」が僕なんですよ。嘘はついてないですよ。大学生でここの特別聴講生ですから。ちなみに「JPB」っていうのは「梨」を意味する「Japanese Pear」で「JP」ですね。「Pear」だけだと「洋梨」になっちゃいますから。あと「B」は「弾」を意味する「Bullet」の「B」で合わせて「JPB」です。ふなっしーもどきのアバターは「梨」からつけてたんですよ。」

 如志は今朝の「梨汁ぷしゃー!」を思い出して真っ赤になった。震える声で「でも梨継さんとは偶然、日本橋で出会って…。」とまで言うと
「すみません。あの日、講義の後の質問の時間に、先生が日本橋に買い出しに行かれるって聞いてたんで、直接会えたらいいなって僕も日本橋に行ったんですよ。
 先生の荷物を積んだキャリアのゴムが切れてお手伝いすることになったのは全くの偶然なんですけどね。まさか、先生のマンションまでご一緒することになるとは思わなかったですし、生徒とのプライベートでの接触はダメだってことだったんで僕が「JPB」であることは言う機会が無かったんです。それに、直接顔を合わせる「梨継弾嗣」では言えないことも「JPB」ならパソコン越しなんで言えましたんでね…。」
と言われて、(そういえば、「JPB」君にはそんな話もしたような…。それに梨継さんからは言われたことの無い「かわいい」とか「眼鏡っ娘推し」とか言ってくれてたのは「JPB」君だったもんね…。)と過去を思い出した。

 「ところで、みんなはどうして私がお父さんのTSUBASAを持ってることに気づいたの?私ごときが持つにはだいそれたものだけど、うちにあるTSUBASAは静音ケースに入ってるしわからないでしょ?」
如志が尋ねると、弾嗣が
「ケースに「キズナアイ」のステッカーが貼ってあったでしょ?あれ、僕が高校生の頃に貼ったんですよ。それにケースに貼られた8桁の「パスワード」。あれ、僕の「生年月日」ですから、初めて先生のマンションに寄らせてもらった時にすぐに気がつきました。
 そこで快撥兄ちゃんに連絡したら、プログラムの中のブラックボックスにMITの研究室からでも父のCGTTの開発状況がわかるように外部からプログラムを閲覧・修正できるように細工が施されていたんです。あと「稼働状況モニター」と「音声認識チャット」のプログラムも入ってました。だから、里景先生が「AI快撥」を立ち上げると、僕のスマホに連絡が来て、後はアプリで電話通話が「AI再生」されるようになってたんですね。
 まあ、2年ぶりにCGTTの電源が入った信号が入ったときは兄ちゃんも焦ったみたいで僕にすぐ連絡がありました。
 それが里景先生のものになっていたっていうのはまさに「奇跡」ですね。すぐにフォーマットされてたり、キズナアイのステッカーが?がされてたら今の「縁」は無かったかもしれなかったですね。」
と説明した。

 「ふーん、そうだったんだ。音声認識チャットプログラムが入ってたってことはもしかして…。きゃっ、もういやっ!」
思い出したように如志が真っ赤な顔を両手で隠した。
「も、もしかして、途中で「AI快撥」が急に進化したときって、AIとしゃべってたんじゃなくて、オンライン会話に画像がついてただけだったりしたの…?そう思えば、「AI快撥」が私に急に「如志」じゃなく「里景さん」って呼んだのは梨継さんがネットの向こうで話してたってこと?あー、もういやーっ、死んでしまいたい…。」
震える声を絞り出すと、不思議そうな顔をして快撥が尋ねた。
「せっかく事故から意識を取り戻したって言うのに、「死んでしまいたい」とは穏やかじゃないね?いったい何があったの?」

 何も言えず固まっている如志の前で弾嗣が鼻血を出した。
「いやーっ!梨継さんのH!私そんなこと知らないから「AI快撥」に「おっぱい」や「おしり」見せちゃってるじゃない!まさかモニターの向こうで見られてるなんて思わなかったから…。「淫乱女」や「痴女」って絶対に思われたわよね…。うわーん。」
と大粒の涙を浮かべた如志に
「全然そんなこと思いませんでしたよ。まさに「ビーナス」か「女神アフロディーテ」か「アマノウズメ」って感じで神々しかったですよ。」
と弾嗣は取り繕ったが
「あーん、やっぱり「すっぽんぽん」のイメージしか残ってないんじゃない…。もうお嫁にいけないよー!わーん。」
しばらく如志は泣き続けた。

 数分、会話が成り立たず時間が過ぎた。ふと泣き止んだ如志が改めて尋ねた。
「「AI快撥」に一度、「ちゃんづけ」で呼ばれたんだけど、あれってもしかして「快撥先生」だったの?」
頷く快撥に土下座をして、「ヴァーチャルキャラとはいえ無茶苦茶な初期設定の上、先生の名前をつけて呼び捨てした無礼を許してください。」と謝った。快撥は「まあ、離婚したって設定は参ったね。カラカラカラ。まあ、僕は「不倫」になっちゃうんで良かったら「弾嗣」と付き合ってくれたらいいんだけどね。」
と言われ、更に真っ赤になり何もしゃべられなくなった。

 「まあ、いろいろと事情はおありのようですが、当校としてはお三方のおかげで評判はうなぎ上り。里景先生の事故も、軽く済んだようですし、一つお昼ご飯でもいかがですか?特上のうな重でも頼みましょうかねぇ!」
所長が昼食の奮発を約束すると、如志が「富良礼先生も呼んであげて欲しいんですけど…。」と上申して受け入れられた。
 舞久利が応接に到着するとすぐに5人前の「特上うな重」が届き、「本来なら学内の飲酒はいけないのですが…。」と言いながら所長がビールと秘蔵の「純米吟醸酒」を出してくれた。
 食事の終わりに所長は「来年も皆さんのご活躍に期待してますからね。」と中締めに入った。「ごちそうさま」のあと
「如志ちゃん、父の研究を完成させてくれてありがとう。今度はきちんとアメリカでも知的財産権も届けるよ。もちろん、開発者は如志ちゃんの名前だからね。」
と快撥に握手を求められた。
「これからも一緒に頑張りましょうね。できたら「リアル男子」としてのお付き合いも考えてくれると嬉しいんですけど…。」
弾嗣は照れながら如志と握手をした。
「如志ちゃんもこれからはフィクトセクシャルを卒業して2.5次元リア充生活のスタートやね。リアルとヴァーチャルの橋渡しによって生まれてきた大発明で世界を救うんだから頑張らなあかんで!「ソフト開発」も「私生活」も全力で応援するで!」
舞久利が「ぎゅっ」と如志をハグした。
「うん、もう私は「ぼっち」じゃないってわかったから、頑張っていけると思う。これからもみんなよろしくね!」
如志は満面の笑顔を皆に返した。

おしまい





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