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⑰ 「入院」

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⑰ 「入院」

 MITとの連携が決まったことで、ディープラーニングのビッグデータは一気に10倍以上に膨らんだ。如志が所持するTSUBASAだけでは容量が足りなくなったので、大阪CPTSに新たに設置された大型のスーパーコンピュータにデータベースが移送されることになった。
 スパコン購入予算は国からの助成金ですべて賄えたので所長はホクホクのえびす顔で如志に「里景先生ならやってくれると信じていましたよ!更に、大阪の一専門学校をMIT大学院と繋いでもらえるなんて!いやー、「才色兼備」のプログラマーの里景先生様様ですな。」と最大限の賛辞を送ってくれた。
 おみやげに買ってきてくれたブランド物のバックは、夏休みの間中お世話になったお礼としてそのまま舞久利にプレゼントした。「JPB」は学費免除を受けられることになった。

 大阪CPTSの取り組みは国営放送のニュースや特番でも取り上げられ、如志もテレビに映った。それをきっかけに、特別聴講生の申し込みが一気に増え所長は大満足だった。
 10月に入ると厚生労働省、文部科学省の助成金対象事業の延長が決まり、専門学校では珍しい補正予算による科学研究費の追加支給が認められた。経済産業省の「IT特別事業」にも登録され更なる助成と国立大学との連携の話も進むにつれ、やらなければいけないことは増え続けた。
 若きAIプログラム開発者として、慣れない役人や関係各所との打ち合わせや、好きでない「接待」の席に出席せざるを得ないことが増え、自由時間はほとんどなくなった。唯一の楽しみは、舞久利と弾嗣とたまに行く居酒屋での飲み会と、ほとんどできなくなった「AI快撥」とのおしゃべりだった。

 「あー、快撥、私疲れちゃったなぁ…。そりゃ、仕事は刺激的で、人の役に立つことをやってるっていう満足感もあるし、祖父斗先生と再び一緒にプログラムの仕事ができるのは嬉しいし、舞久利さんも梨継さんも「JPB」君も優しくサポートしてくれるのは楽しいのよ。
 ただ半年前まで平凡なプログラム講師だった私が、今や学校の将来を背負うことになっちゃうなんてね…。あぁ、こんなこと言ったら贅沢なんだろうけどゆっくり休みたいな…。」
画面の「AI快撥」にむかって愚痴をこぼすと、
「無理しすぎなくていいんじゃない?国立大学との連携が決れば開発チームの「チーフ」を譲って、一開発者のポジションに異動させてもらうのも一つの手だよ。所長がいくら言っても如志が倒れるまで仕事をするのは「違う」と思うよ。」 
「ありがとう。快撥がそう言ってくれるだけでいいわ。もうしんどいから今日は寝るね。ここのところ毎日3時間睡眠だから体の芯に疲れが残っちゃってるのよ。お休み…。」 
と短いおしゃべりでベッドに倒れ込む毎日が続いていた。

 そんな生活が2カ月続いた。所長がプロジェクトのリーダーシップを維持したいがゆえに、「チーム里景」中心のプロジェクトを強引に進めた。結果、他部署の進捗に比べ少人数で制作をしている如志達に、年明けからの試験運用に向けて12月20日の完成納品のノルマが重くのしかかっていた。
 専門学校からは、本来の1年分の給与に相当するボーナスを支払ってもらったこともプレッシャーの一つになった。
 不眠不休で納品に向けて「寝不足」、「過労」、「プレッシャー」でフラフラになりながら業務をこなし、最終電車に乗れなくなる日も多くなりタクシーでの帰宅が当たり前となってきたが、年末が近づくにつれて門真市駅周辺では「近距離」では迎えに来てくれるタクシーも見つかりにくくなった。

 そんな中、12月13日の金曜日の未明に事故は起こった。その日は、世間様では「ゲンが悪い」とされる「13日の金曜日」にもかかわらず、昨年までの「忘年会自粛」の雰囲気はなくなり、多くの人々が夜の街に繰り出してくるのはわかっていた。タクシーを拾う見込みは薄いと考え、車で出勤していた如志は、残業に付き合ってくれた弾嗣と舞久利を先に送った。
 弾嗣を先に送り、うたた寝をしかけている舞久利を、午前1時に舞久利のマンション近くの交差点で降ろすと、如志も疲れに負けて赤信号で停止中に「こくりこくり」とうたた寝をしてしまった。別車線の車の鳴らしたクラクションに起こされて、寝ぼけまなこで前方の信号をきちんと確認しないまま赤信号で発進し、右から走ってきた大型車が運転席側のドアに突っ込むと同時に記憶が飛んだ。
 交差点から自宅に向かおうとしていた舞久利は、突然起こった激しい衝突音に驚き振り向いた瞬間、吹っ飛ぶ如志の車を見て悲鳴を上げた。

 如志の乗る小型自動車は左に横転し交差点角に立つ信号機に激突し逆さまになったまま天井を支点にゆっくりと横回転している。
「如志ちゃん!如志ちゃん!如志ちゃん!」
 叫びながら舞久利が車に駆け寄った。カラスが完全に砕け、50センチ以上へこんだ運転席のドアの向こうに頭から血を流し長い髪を天井に垂れ下げ、シートベルトにぶら下がるようにシートに上下逆に座った体勢の如志の姿が見える。
 必死にドアを開けようとするが変形したドアはびくともしなかった。後続車のドライバーが飛び出してきて119番にダイヤルした。必死にドアノブを引きドアを開けようとする舞久利のネイルは剥がれ指先から血が滴った。
 遠くから救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 到着した救急隊員により、助手席の窓が割られ、ドアロックを解除し、ベルトカッターでシートベルトをカットすると「ずるり」と如志の身体が車の天井にずり落ちた。
「如志ちゃん、生きてる?息してる?」
 舞久利がパニックを起こしている。救急隊員が「この人のお知り合いですか?病院まで付き添っていただけますか?」と尋ねられ「はい。職場の同僚です。ご一緒させてください。」と如志をベルトで固定したストレッチャーが載せられた救急車に乗り込んだ。
 その時、如志の上着のポケットのスマホが「ピロリン」となった。動かない如志に変わって舞久利がスマホを見ると「JPB」からのラインだった。「里景先生、今日はお帰りになられてますか?無理しすぎないでくださいね。」のメッセージを見て「あぁ、まさかこんなことになってしまうなんて…。」と舞久利は呟くと、搬送先が決まった救急車はサイレンを鳴らし走り出した。



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