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第一章 異界渡り
040.異文化の恐れ
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「どうしたのー?」
貯蔵庫に入ってもマリウスさんが中々話し出さないので、痺れを切らしたフィーさんが声をかけた。
「いえ。二つ程お願いがありまして……それを言っていいものか今更悩んでしまったのです」
「「お願い?」」
「はい。今日カティアさんが作られたアルグタのムースなんですが……あちらを他の層の料理長達にも食べさせて、満場一致したならばアルグタの活用法の一つとしてメニューに加えたいのです」
「あのムースを?」
そこまで難しくないものなのに、険しい顔をするまでだろうか?
「マリウスが渋ったのは、そっちよりもう一個のお願いでしょ?」
僕も思いかけていたのをフィーさんが指摘した。
すると、マリウスさんは苦笑いしながらため息を吐いた。
「……はい。そちらです。最後に作られていたカッツのクリームですが」
「あれも教えたいの?」
「個人的には、ですが。ただ上層の者としては出来かねます。あれはピッツァ以上に画期的過ぎますから、下に伝われば問い合わせが尋常じゃないでしょう」
「そこまで?」
たしかにない食材としては不思議だなとは思ったが、チーズを焼く以上に凄いことだろうか?
(いや待てよ?)
僕の記憶がどこまで正しいかわからないが、日本最古のチーズはパルメザンのようなものだった。その食法も、興味本位で調べた時はリゾット風にして食べるような感じくらいしかなかったはず。
それが明治にサンドイッチが導入されるまではあまりチーズ文化に変化はなかった。
この世界のチーズ文化が食材に包んで熱を加えるだけだったと言うのも、食文化の革命がなかったからか。
だとしたら、僕はとんでもないことをしてしまったかもと今更気づいてしまった。
「ぼ、ぼぼぼ僕、とんでもないことをしちゃいましたか⁉︎」
「へ?」
「……やはり、カティアさんは聡明ですね。気づかれたかもしれませんが、柔らかいカッツは発酵途中のをあえてつまみとして作る以外使用しないんです。それをほぼクリームに近いものとなると用途はより一層幅広くなるでしょう。私自身もいくつか試してみたくなるほどでした」
マリウスさんがそう思ってしまったら、他の料理長さん達だってきっと試したくなるはずだ。
ただ僕の食べたい欲求から作ってしまっただけのことが、どうもいけなかったことみたい。
それを聞けば、さすがにフィーさんも顔をしかめた。
「そうだね……『僕が』知らない食べ方ばかりだもの。特にカッツのクリームはまずいかもしれない」
「ええ。なので、上層だけの秘密にしようかと。カティアさんが作られるところを全員見てしまってますから」
「代わりにアルグタのムースで補うってわけ?」
「それもありますが、純粋にあれは美味しかったですし各層にもアルグタは邪魔なほどありますからね。良い打開策として取り入れられればと」
「じゃあ、そうしようよ。良いよね、カティア?」
「……そうですね」
あんまり元の世界の料理は披露し過ぎない方がいいかもしれない。マリウスさん達は優しいから深く問い合わせしてこなくても、他の人達がそうとは限らない。
ちょっと羽目を外し過ぎたかも。
「ありがとうございます。詳しい作り方を伺いたいのですが、口頭でお願い出来ますか?」
「あ、はい」
グレープフルーツゼリーは一緒に作ったので、ムースの方だけをお伝えすることになった。
それが終わってからフィーさんとゲストルームに戻り、彼は書き物机のようなところに椅子をもう一つ出現させた。
「カティアはこっち座って?」
元からあった椅子を指したので、少しよじ登るようにして腰掛けた。
「文字や言葉の相違が多いのは想定内だったから、それは時間をかけて勉強していこう。昨日教え損ねてたこの城と国について少し教えるよ」
「お願いします」
「うん。まずこの国は他の国と違う要素はただ一つ。全大陸をまとめ上げている『神王国』って言う、僕がこの国の祖先に許した特権なんだ」
しん、と言うのは神様が認めたから『神』がつくのかな?
何故そんな特権があるのかは説明をよく聞こう。
「バラバラな国達をまとめるにはどこかが代表になる必要があるんじゃないかと思ってね。当時一番統率力が高かったエディの祖先を選んだんだ。だから神の僕が宣旨を下した意味として神の字を与えたんだよ」
「それでこのお城の王様が神王様って言うんですか?」
「そうそう」
国はあっても、ほとんどが県とか州とかと考えればいいのかも。各国の王様は県知事とかで、エディオスさんは総理大臣か大統領……言い過ぎだと天皇様と同じだろうけど、神様のフィーさんがいるからそこは違うかもね。
「まだ即位して50年くらいだからエディは神王としちゃだいぶ若いよ。彼の父親や祖父は健在でも、もっともっと在位してたから」
「……いったい寿命どれだけあるんですか」
たった50年だけでも結構な年月なのに、それをはるかに上回るどころか退位しても健在って、この世界の寿命がますます怖い。
「んー? 最長で1万年くらい?」
「仙人通り越してませんか⁉︎」
「蒼の世界じゃどうかわからないけど、この世界の人族は神霊との混血が最初だからね。契った最初の子は神域の奥で今も生きてるけど」
「オルファって、アナさんが言っていた?」
「そう。僕の次に神秘的な存在って言われてるの。分かりやすく言えば精霊のようなものかな?」
とにかく普通の存在じゃないのは納得しました。
「ファンタジー過ぎて頭いっぱいになりそうです……」
「ファンタジー?」
「魔法とか精霊とか、僕らからしたら不可思議なことが盛りだくさんなことです」
「逆に僕らからしたらカティアのいた蒼の世界の方が不可思議かな?」
「……まあ、そうですね」
科学分野が発達して、文化も発展して基本的に裕福だった。
もちろん紛争や戦争が完璧に終わってるわけじゃない。
この世界ではどうかと聞けば、『ここ1000年はないよ』と答えてくれた。
「かと言って犯罪の類はまだまだ多いよ。エディが即位してから目立ったものはないけど」
「人ですから難しいですもんね」
「そうだね。で、神は神霊を除けば僕だけかな? 彼らは自然発生だったり例外的要素で発生することもあるんだ」
「なんで他に神様がいないんですか?」
「普通は管理者だけだね。君の世界で言われてる神は、僕らからしたら神霊と変わりないよ。唯一絶対神って考え方じゃなくて、そもそもの在り方が違うからね」
余計に難しくて頭に入りにくい。
フィーさんの講座はまだまだ続き、途中彼が出してくれた紅茶を飲みながら説明を受けて質問を繰り返しながら納得するを繰り返した。
「今日はこれくらいにしておこうか」
「あ、ありがとうございます……」
メモもノートも抜きに聞き取りだけで勉強するのはイタリア語の聞き流し以来で大変だった。魂が半分くらい抜けたように思う。
「明日からは文字の勉強だね。僕が用事ない時はついててあげるから」
「は、はい」
「けどずっとは身体に悪いから八つ時前にはお菓子作ったりしようよ」
「え、でも」
「ん?」
マリウスさんにあれだけ不安感を抱かせてしまったし、これから作り続けていいのか自分でも不安に思ってた。
「あ、今日みたいにマリウス達を驚かせ過ぎたから?」
「……はい」
「まあ、それはしょうがないかもね? けど、あそこはかなり口の固い子達しか集めてないから大丈夫だよ。それに」
「それに?」
にまーっと口端を緩めるのに嫌な予感しかしない。
「君の美味しい料理知っちゃったからにはもっと食べたいもん!」
「そっちが本音ですか!」
そんなんでいいの神様が!
けど、そう言われてしまうと考え込み過ぎてたのがバカバカしくなってきた。なら、このお城にいる間は出来る範囲で地球料理を振る舞おうじゃないか。
貯蔵庫に入ってもマリウスさんが中々話し出さないので、痺れを切らしたフィーさんが声をかけた。
「いえ。二つ程お願いがありまして……それを言っていいものか今更悩んでしまったのです」
「「お願い?」」
「はい。今日カティアさんが作られたアルグタのムースなんですが……あちらを他の層の料理長達にも食べさせて、満場一致したならばアルグタの活用法の一つとしてメニューに加えたいのです」
「あのムースを?」
そこまで難しくないものなのに、険しい顔をするまでだろうか?
「マリウスが渋ったのは、そっちよりもう一個のお願いでしょ?」
僕も思いかけていたのをフィーさんが指摘した。
すると、マリウスさんは苦笑いしながらため息を吐いた。
「……はい。そちらです。最後に作られていたカッツのクリームですが」
「あれも教えたいの?」
「個人的には、ですが。ただ上層の者としては出来かねます。あれはピッツァ以上に画期的過ぎますから、下に伝われば問い合わせが尋常じゃないでしょう」
「そこまで?」
たしかにない食材としては不思議だなとは思ったが、チーズを焼く以上に凄いことだろうか?
(いや待てよ?)
僕の記憶がどこまで正しいかわからないが、日本最古のチーズはパルメザンのようなものだった。その食法も、興味本位で調べた時はリゾット風にして食べるような感じくらいしかなかったはず。
それが明治にサンドイッチが導入されるまではあまりチーズ文化に変化はなかった。
この世界のチーズ文化が食材に包んで熱を加えるだけだったと言うのも、食文化の革命がなかったからか。
だとしたら、僕はとんでもないことをしてしまったかもと今更気づいてしまった。
「ぼ、ぼぼぼ僕、とんでもないことをしちゃいましたか⁉︎」
「へ?」
「……やはり、カティアさんは聡明ですね。気づかれたかもしれませんが、柔らかいカッツは発酵途中のをあえてつまみとして作る以外使用しないんです。それをほぼクリームに近いものとなると用途はより一層幅広くなるでしょう。私自身もいくつか試してみたくなるほどでした」
マリウスさんがそう思ってしまったら、他の料理長さん達だってきっと試したくなるはずだ。
ただ僕の食べたい欲求から作ってしまっただけのことが、どうもいけなかったことみたい。
それを聞けば、さすがにフィーさんも顔をしかめた。
「そうだね……『僕が』知らない食べ方ばかりだもの。特にカッツのクリームはまずいかもしれない」
「ええ。なので、上層だけの秘密にしようかと。カティアさんが作られるところを全員見てしまってますから」
「代わりにアルグタのムースで補うってわけ?」
「それもありますが、純粋にあれは美味しかったですし各層にもアルグタは邪魔なほどありますからね。良い打開策として取り入れられればと」
「じゃあ、そうしようよ。良いよね、カティア?」
「……そうですね」
あんまり元の世界の料理は披露し過ぎない方がいいかもしれない。マリウスさん達は優しいから深く問い合わせしてこなくても、他の人達がそうとは限らない。
ちょっと羽目を外し過ぎたかも。
「ありがとうございます。詳しい作り方を伺いたいのですが、口頭でお願い出来ますか?」
「あ、はい」
グレープフルーツゼリーは一緒に作ったので、ムースの方だけをお伝えすることになった。
それが終わってからフィーさんとゲストルームに戻り、彼は書き物机のようなところに椅子をもう一つ出現させた。
「カティアはこっち座って?」
元からあった椅子を指したので、少しよじ登るようにして腰掛けた。
「文字や言葉の相違が多いのは想定内だったから、それは時間をかけて勉強していこう。昨日教え損ねてたこの城と国について少し教えるよ」
「お願いします」
「うん。まずこの国は他の国と違う要素はただ一つ。全大陸をまとめ上げている『神王国』って言う、僕がこの国の祖先に許した特権なんだ」
しん、と言うのは神様が認めたから『神』がつくのかな?
何故そんな特権があるのかは説明をよく聞こう。
「バラバラな国達をまとめるにはどこかが代表になる必要があるんじゃないかと思ってね。当時一番統率力が高かったエディの祖先を選んだんだ。だから神の僕が宣旨を下した意味として神の字を与えたんだよ」
「それでこのお城の王様が神王様って言うんですか?」
「そうそう」
国はあっても、ほとんどが県とか州とかと考えればいいのかも。各国の王様は県知事とかで、エディオスさんは総理大臣か大統領……言い過ぎだと天皇様と同じだろうけど、神様のフィーさんがいるからそこは違うかもね。
「まだ即位して50年くらいだからエディは神王としちゃだいぶ若いよ。彼の父親や祖父は健在でも、もっともっと在位してたから」
「……いったい寿命どれだけあるんですか」
たった50年だけでも結構な年月なのに、それをはるかに上回るどころか退位しても健在って、この世界の寿命がますます怖い。
「んー? 最長で1万年くらい?」
「仙人通り越してませんか⁉︎」
「蒼の世界じゃどうかわからないけど、この世界の人族は神霊との混血が最初だからね。契った最初の子は神域の奥で今も生きてるけど」
「オルファって、アナさんが言っていた?」
「そう。僕の次に神秘的な存在って言われてるの。分かりやすく言えば精霊のようなものかな?」
とにかく普通の存在じゃないのは納得しました。
「ファンタジー過ぎて頭いっぱいになりそうです……」
「ファンタジー?」
「魔法とか精霊とか、僕らからしたら不可思議なことが盛りだくさんなことです」
「逆に僕らからしたらカティアのいた蒼の世界の方が不可思議かな?」
「……まあ、そうですね」
科学分野が発達して、文化も発展して基本的に裕福だった。
もちろん紛争や戦争が完璧に終わってるわけじゃない。
この世界ではどうかと聞けば、『ここ1000年はないよ』と答えてくれた。
「かと言って犯罪の類はまだまだ多いよ。エディが即位してから目立ったものはないけど」
「人ですから難しいですもんね」
「そうだね。で、神は神霊を除けば僕だけかな? 彼らは自然発生だったり例外的要素で発生することもあるんだ」
「なんで他に神様がいないんですか?」
「普通は管理者だけだね。君の世界で言われてる神は、僕らからしたら神霊と変わりないよ。唯一絶対神って考え方じゃなくて、そもそもの在り方が違うからね」
余計に難しくて頭に入りにくい。
フィーさんの講座はまだまだ続き、途中彼が出してくれた紅茶を飲みながら説明を受けて質問を繰り返しながら納得するを繰り返した。
「今日はこれくらいにしておこうか」
「あ、ありがとうございます……」
メモもノートも抜きに聞き取りだけで勉強するのはイタリア語の聞き流し以来で大変だった。魂が半分くらい抜けたように思う。
「明日からは文字の勉強だね。僕が用事ない時はついててあげるから」
「は、はい」
「けどずっとは身体に悪いから八つ時前にはお菓子作ったりしようよ」
「え、でも」
「ん?」
マリウスさんにあれだけ不安感を抱かせてしまったし、これから作り続けていいのか自分でも不安に思ってた。
「あ、今日みたいにマリウス達を驚かせ過ぎたから?」
「……はい」
「まあ、それはしょうがないかもね? けど、あそこはかなり口の固い子達しか集めてないから大丈夫だよ。それに」
「それに?」
にまーっと口端を緩めるのに嫌な予感しかしない。
「君の美味しい料理知っちゃったからにはもっと食べたいもん!」
「そっちが本音ですか!」
そんなんでいいの神様が!
けど、そう言われてしまうと考え込み過ぎてたのがバカバカしくなってきた。なら、このお城にいる間は出来る範囲で地球料理を振る舞おうじゃないか。
応援ありがとうございます!
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