狂愛サイリューム

須藤慎弥

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12♡緊急任務・生放送本番

12♡3

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 ミナミさんの姿が見えなくなるまで、何だか重たい心持ちでその場に佇んでしまっていた。

 三階建てのSHDの事務所は都会の住宅街の中にあって、二十一時を過ぎると人なんてほとんど行き来してない。

 ここには完全防備な俺に気付く人は居ないだろうから、思いっきりぐるぐる出来た。


「嫉妬、かぁ……」


 そんな風に見られてるなんて、ちっとも気が付かなかった。

 どれだけ必死でその道の末端から頑張っても、デビューして、売れっ子アイドルになれるのは限られたほんの一握りの人達だけ。

 グループに選抜される事さえ奇跡で、デビューしたところではじめから爆発的に売れるというのは確率的に見てもゼロに近いと思う。

 素人同然だった俺、そして養成所でレッスンを受けてきた恭也は、大手事務所のバックアップがあったから仕事を貰えてる。

 数多くの男性トップアイドルグループの中で、抜きん出て人気を誇る『CROWN』の弟分である事も理由の一つだ。

 俺は運が良かった。 ほんとに、つくづく恵まれてる。

 デビューして二年くらい日の目を見なかったmemoryが間近に居たから、女性グループが売れっ子になるまでの険しい道のりは理解してるつもりだ。

 何かに突出してない限り、生き残れるか以前にファンが付いてくれるか、事務所が満足いくほど売れるかどうかが重要視される。

 Lilyは、確実にそうなれていた。

 彼女達がどういう経緯で集まったメンバーなのかは分からないけど、Lilyとしてデビューし少しずつ認知され、世間に受け入れられて夢を掴んだ矢先の事実上の活動制限。

 SHDの事務所とLilyの体面を保つために、別事務所から俺を借り出すほど状況は逼迫してる。

 アイさんの軽率な行動で、表には絶対に出せないスキャンダルを抱えてしまった彼女達は、行き場のないストレスと怒りを溜めまくっていて毎日が鬱屈としてるんだ。

 聖南に物申されて、ちょうどいい捌け口だった俺へも吐き出せなくなった。

 気持ちは分かる。 だからって、俺はどうしたらいいか分からない。

 夢が潰えてしまいそうな現状を前に、それを止める事が出来ない、リーダーであるミナミさんの背中が悲しそうだった。


「崩壊寸前……そんなのダメだよ……」


 明日の本番も、その後年末までのいくつかの仕事も、今まで通りこなせるのか不安になってきた。

 だって……俺の存在が、みんなの怒りを増長させてしまってるんじゃないかな。

 はじめと今の気持ちが変化してるのなら、もっともっと俺を煙たがって、顔も見たくないと思われてるんじゃないかな。

 ───すれ違ったまんまなんて俺は嫌なのに……そうならざるを得ないどうしようも出来ない状況が、自分の無力さが、とてもツラい。


「……ハルっぴ?」
「……え、?」


 聖南からのメッセージを開くのも忘れて歩き出した俺は、今ここに居るはずのない男から独特なあだ名で呼ばれた。

 振り返っても誰も居ない。

 声の主は、路肩に停められた黒い軽自動車内から顔を覗かせていた。


「ル、ルイさん。 どうしたんですか?」
「ハルっぴこそ何してんの」
「あっ、え、あっ……俺はその……散歩!」
「はぁ? 嘘やん」
「嘘じゃないです! 体力付けるために歩いてて……って、ルイさんはこんなとこで何してるんですか」


 まさか遭遇するとは思わない人と突然出くわしたから、頭の中が一瞬真っ白けになった。

 咄嗟に思い付いたのが「散歩」だなんて、嘘が吐けないのを露呈してるようなものだ。


「聞くまでもないやろ。 俺はヒナタちゃんの出待ちや」
「え!?」
「俺がヒナタちゃんに夢中なんは知ってるやろ?」
「あっ、まぁ、まぁ、……はい……」
「てか窓開けとると暑いわ。 ハルっぴ足無いなら送るから乗りぃや」
「あ、いえ、その……」


 ルイさんに手招きされてやっと、俺は聖南からのメッセージを見なきゃと慌てた。

 スマホを取り出しつつ、「早よう」と急かされてとりあえず助手席に落ち着く。

 もう七月だ。 夜も蒸し暑いのは当然で、ぐるぐるしてた俺もいつの間にか汗だくだった。

 ルイさんの香水の匂いが充満してる車内はキンキンに冷えていて、タオルで汗を拭ってる間にも体内の熱が冷めてくのが分かる。

 気付かなかったけど、考え過ぎて頭が沸騰しかけてたみたいだ。


「ヒナタちゃん表から出てしもたんかなぁ。 裏口張ってたのに会えんかったから、今日は諦めるわ」
「張ってたって……いつから居たんですか?」
「二時間くらい前やな」
「そんなに!? それってストーカー……」
「やめろや! 俺は純粋にヒナタちゃんを追っかけてるだけ!」
「その純粋さが危ないんですよ、たぶん」
「俺をストーカー扱いすんなやぁ……そう言われるとそうなんかなって思てしまうやん……」
「立派にストーカーの仲間入りです」
「うるっさいわ!」


 リハーサル終わりで事務所に立ち寄るという情報を仕入れていた事さえ怖いのに、二時間もヒナタを待ってたなんて恐ろし過ぎる。

 ルイさんもCROWNのバックダンサーをこなした後で、同じくリハーサル終わりなはずだ。

 その足でヒナタの出待ちにやって来たって事か……。

 この様子じゃ、俺がミナミさんと裏口から出て来たところは見られてないみたいだけど、ルイさんの「ヒナタちゃんに夢中」加減が前より白熱してるのはちょっと危険だ。

 今日会えなかったからって、明日の現場でどうしてもヒナタと接触したいと闘志でも燃やされてたら、めちゃくちゃマズイよ。

 俺は聖南からのメッセージを開きながら、「ヒナタちゃんに会いたかった」とうるさいルイさんを横目に見て、大きな溜め息を吐く。


 ───明日が思いやられるなぁ……。



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