狂愛サイリューム

須藤慎弥

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12♡緊急任務・生放送本番

12♡2

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 現在離脱しているアイさんの連帯責任を背負わされたメンバー達は、日に日にストレスが溜まっている。

 それはもう俺の予想をぐーんと超えちゃうくらい、物凄い勢いで。

 週に三、四回のレッスンに来るごとにLilyの雰囲気が悪くなっていて、巻き込まれたくないと気配を消して練習に参加してる俺は、毎回恐々と体を小さくした。

 もちろん俺の事も気に食わないんだろうけど、それと同じくらい、何も悪くない彼女達は活動を制限されている現状に苛立ってる。

 俺は期間限定のピンチヒッターで、「無」になる事で傷付かないように自衛する術を少しだけマスターしたからまだいい。 愚痴や弱音を曝け出しても受け止めてくれる、聖南という絶対的で心強い味方も居るし……。

 そう考えると、逃げ場がある俺は恵まれてる。

 ただでさえどんどんLilyのムードが悪くなってるのに、俺が火種になってこれ以上輪が乱れるのは絶対によくない。


「……いえ、大丈夫です。 何も言わないでください。 ミナミさんが俺を庇うともっとLilyがぐちゃぐちゃになります。 俺ならほんとに、大丈夫なんで」


 心配してくれてありがとうございます、とミナミさんの目を見て言うと、溜め息を吐いて困ったような笑顔を向けてくれた。

 時が経てばLilyから離れる俺と、理不尽に抑圧されたメンバーとじゃ温度差があって当然なんだし、俺を受け入れられないのもみんなの気持ちを考えれば理解は出来る。

 俺が我慢してればいいんだ。

 聖南にも、「もう逃げない」って約束したからがんばれる。

 今のは不意打ちだったからちょっと狼狽えただけ。


「まったく……こないだセナさんから叱られて少しは大人しくなったと思ってたのになぁ……」


 帰り支度をしながら、やれやれと呟くミナミさんの言葉に俺の耳がピクッと動く。

 レッスン着とシューズの入った鞄を肩に掛けて、ミナミさんに詰め寄った。


「え、……聖南さんが叱った? 誰をですか?」
「私達を、ね。 叱ったというか一言物申しに来たって感じかな」
「えっ!? い、いつですか?」
「前回の生放送の時よ。 CROWNとETOILE、Lilyの出演が被った日あったじゃない? あの日もリカ達がハルくんに色々キツい事言ってて、私が止める前にハルくんは飛び出して行っちゃって……。 あの後、セナさんが楽屋に来たのよ」
「そう、なんですね……」


 ……そんな事があったなんて……。

 逃げたいと縋り付いて泣いてしまった俺を楽屋に残し、メイクさんを連れてきてくれたあの日……聖南は我慢出来なかったのか……。

 静かに、穏やかに、湧き上がる怒りを隠して、たっぷりの愛情で俺を抱き締めてくれた聖南の胸中。

 俺の前では、抑えててくれたんだ。

 すぐにでもLilyの楽屋に乗り込んで「この件はナシで」と怒鳴り散らしてしまいたい衝動を、聖南なりに必死で隠してたんだ。

 ミナミさんの「一言物申しに来た」という言い方でも、聖南が俺の気持ちを尊重して言葉を選んだんだろうって事も何となく分かった。

 唖然とミナミさんの瞳を凝視していると、「知らなかったの?」と驚かれた。

 知らなかったよ。 だって聖南、一言もそんな事言ってなかったもん。

 思えばあの日、今となっては分かることだけど出番前もその後もみんなの様子が変だった。


『───良かったね、最強の味方居て』


 俺の背中に投げられたこの台詞も、聞き間違いじゃなかった。

 最強の味方……それはCROWNのセナの事だったんだ。


「ほら、バックダンサーの人と親しげに話してたの見て、リカ達がハルくんに失礼な事言ってたでしょ?」
「……あー、……まぁ……」
「ああいうのも、単なる嫉妬だと思うのよ。 私達は恋愛を制限されてて、アイみたいに隠れて付き合ってる子も中には居るんだろうけど基本的には許されてないじゃない? ハルくんが男の子だってみんな分かってるはずなのに、メイクしちゃうと完全に私達に溶け込むハルくんがイケメンと親しくしてるの見ちゃうとね……女は過敏に反応しちゃうっていうか」
「はぁ、……」


 間もなく二十一時を回る。 この会議室も退室を促される頃合いなのか、ミナミさんは扉を開けつつ苦笑を浮かべた。

 バックダンサー、イケメン、って、たぶんルイさんの事だよね?

 あの時はルイさんが「ヒナタ」に興奮して肩を組んできただけで、俺は親しくしたつもりはない。

 女の子の気持ちは分からない……でも思えば、その光景を見ていた聖南もヤキモチ焼いてたっけ。

 傍からそういう風に見えちゃってたのなら、複雑な状況下に居る彼女達が別の火種を見付けて口撃してきたのも頷けた。

 表立ってはいないけど、Lilyの現状は離脱メンバーの恋愛の縺れによるものだから、ミナミさんの言ってる事の筋は通ってる。

 俺は帽子を深く被り、マスクを装着して、階段を降りるミナミさんのあとに続いた。


「しかも大塚は大手事務所だし、ハルくんに何かあったらセナさんが黙ってないって事をあの時みんな思い知ったのよね。 最近大人しかったのも、セナさんや大塚芸能事務所の怒りを買いたくないからだよ」
「……はい……」
「でもね、私はちょっとだけみんなの変化を感じてるよ」
「変化……?」
「最初は、説明も相談も無くいきなりハルくんをLilyに加入させるって発表してきた事務所への不審感だった。 けど最近は、ハルくんへの嫉妬だけに見えるの」
「………………」
「何かあっても守ってもらえる状況にあって、明日も霧山美宇の代役するっていうじゃない? ハルくんの立場と実力に、みんなが嫉妬してる」
「……そんな……俺は……」


 嫉妬されるほどの人間じゃない。

 デビューする前も、今も、ずっと「俺なんかでいいのかな」ってまだ往生際悪く思ってるよ。

 聖南さんやみんなに守られてるのは確かだ。 盛大に甘えてる自覚はあるし、成長も出来てないし、……だからこそ与えられた仕事はがんばらなきゃって奮起してる。

 実力なんてものも俺には実感が無いから、もしミナミさんが言う事がほんとなら過大評価し過ぎだ。


「私もね、今は少しだけハルくんが羨ましい。 Lilyは崩壊寸前だもん」
「……ミナミさん……」


 また明日ね、と手を振って駅までの道を歩いて行くミナミさんの背中が、とても寂しそうだった。



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