97 / 541
20❥
20❥6
しおりを挟むすぐにでも抱き締めてしまいたいと両腕がウズウズしたが、そこは死に物狂いで我慢した。
続けて恭也にも同じように挨拶をすると、彼は鬱陶しい前髪はそのままに、思いの外強めに手を握り返してきた。
「宮下恭也です。 よろしく、お願いします」
アキラとケイタも聖南の後に続いて挨拶をしていたので、先程の椅子に戻った聖南は遠目に恭也を観察する。
背は高そうだが猫背気味で、佇まいも何だかパッとしない。
前髪が長くてまともに顔が拝めないからか、根暗そうだという印象を持っても仕方がなかった。
『社長が見立てたって言ってたよな? 大丈夫か、こいつ』
本当に歌を歌ったり激しくダンスをしたり出来るのか、このような見てくれでは不安しかないと聖南は腕を組んだ。
そこへケイタが不機嫌丸出しで眉間に皺を寄せて戻ってきた。
聖南とアキラを交互に睨んでくるので、なんだ?と小声で問う。
「ハルが男だって何で教えてくんなかったんだよっ」
編曲チームが自己紹介を始めた奥で、ケイタはその話し声に紛れて小声で怒りをぶつけてきたが、アキラと聖南は顔を見合わせて吹き出してしまった。
「何だよ、知らなかったのか?」
「ヤバ、マジでウケる」
「ウケないって! ひどいじゃん! 今の今まで、ハルは女の人だって思ってたよ!」
滅多に怒る事のないケイタが、場の空気を読んで小声で怒りを顕にしてくる。
一人だけ知らなかった重大な事実を今頃知った事に怒りが治まらず、キレなければ気が済まなかったらしい。
「悪い悪い……、もう話の流れで知ってるもんだと思ってた」
あまりの剣幕と物珍しさに笑ってしまったが、そういえばケイタは大事な場面で度々席を外していた事を思い出し、ケイタに左手でごめんのポーズをしてやる。
アキラも納得がいかない様子のケイタの背中を、落ち着けよと言いながら撫でてやっていて、何とも可笑しかった。
「軽蔑する? 俺の相手が男だって知って」
「……するわけないじゃん。 ……めちゃくちゃ驚いたけどさ。 セナってやっぱ最先端いってるなって思っちゃったよ」
「だろ? 俺最先端いっちゃってんのよ」
「復活したな、セナ……」
アキラのやれやれな声を久々に聞いて、眼鏡の奥で聖南は笑った。
CROWN三人のヒソヒソ話と同時に自己紹介も終わり、マネージャーの成田が二人に今日の流れを説明しているのを確認すると、聖南はヘッドホンを装着し、仕事モードに早々と気持ちを切り替えた。
アキラと、まだ不貞腐れ気味だったケイタは挨拶を済ませてから舞台稽古へと向かって行った。
恭也と葉璃の二人は成田に促されボーカルブースに入っていき、それぞれマイクの前に立つ。
どうしても葉璃の方にばかり目がいってしまうが、社長達の手前きっちり仕事をしなくてはと自身を奮い立たせる事で精一杯だ。
舞い上がりそうな気持ちと、葉璃からの「待て」状態である聖南の胸中は忙しい。
「んと、じゃあ早速始めるな。 まず恭也から、渡してた課題曲メロディーラインで歌って。 葉璃はハモリな」
「はい」
「はい」
二人にはあらかじめ練習用にと既存の曲の詞と譜面を渡していたので、彼らはすぐに聖南の言葉を理解した。
曲が流れ始め、緊張の面持ちで恭也が歌い始めると、聖南はハッと息を呑む。
『…………これか、社長が言ってたのは』
長い前髪を後ろに結び、恭也の顔面が晒されている今、この歌声と容姿はどこのアイドルにも引けを取らない、むしろ歌声に伸びと安定感がある恭也はさらに周りを逸していた。
まだまだ若い歌声ではあるが、変声期を迎えてすぐから何年も訓練されたであろう喉の強さを感じる。 高音も軽々と出せているのは歌手として強みだ。
サビに入り、右耳から聴こえてくる葉璃の歌声にも凄まじい驚きを持って聖南は聞き入った。
『なんだよ、これ……』
もはや二人の歌かと錯覚してしまうほどのマッチング力に、スタジオ内に居た大人達はどよめいている。
「……OK。 次、葉璃がメロディーライン、恭也がハモリ。 続けてでいけるか?」
「はい、いけます」
「はい」
力強く二人が頷いたのを見て、曲のスイッチを押す。
葉璃の歌声は、話し声より少し高めだ。
その分音域が広くて耳馴染みが良く、綺麗で澄んでいた。
ビブラートも難なくこなし、軽々とサビの高音を出せる辺り、たくさんの練習量と努力を垣間見た。
もう少し喉と腹筋を鍛えると、さらに声に深みと厚みが増すだろう。
曲中、聖南はずっと瞳を閉じていた。
知られざる逸材二人に、長年この業界にいる社長とスカウトマンの目は侮ってはならないと思い知った。
「はい、完璧。 二人とも水飲んで休憩して。 十分後にもう一曲の方歌ってもらう」
成田とスーツの男が水を持って行くと、葉璃と恭也はペコペコっと遠慮しながら水を受け取り、飲んでいる。
この大人達の無言の圧力も意に介さず、あれだけの歌声を聴かされてしまっては、聖南も本腰を入れなければ失礼にあたると感じた。
仲睦まじそうな二人の様子を、聖南は眼鏡越しに何とも言えない心境で見詰める。
ヘッドホンを外し、僅かな動揺を落ち着かせようと自らも水を飲んだ。
45
あなたにおすすめの小説
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる