必然ラヴァーズ

須藤慎弥

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 雨の日は嫌いだ。

 濡れるし、空はどんより暗いし、何より空気が嫌い。

 雨のにおいも。

 スタジオ入り口で林さんと合流して、一つ大きく深呼吸する。

 聖南との濃厚な時間はあっという間だった。

 今日に差し支えないようにって、バスルームでの一戦を終えた聖南は物凄く大急ぎでシーツを替えて水を飲ませてくれて、背中をトントンして寝かし付けてくれた。

 おかげで睡眠不足にはなってないけど、やっぱり三回もすると骨盤に若干の違和感がある。

 今も仕事前にこのスタジオまで送ってくれた聖南は、車内で俺の右手を握ると「がんばれよ」と微笑んで、緊張でガチガチな俺を励ましてくれた。

 その力強い労いを活力に、今日もがんばろうと思う。

 林さんと一緒にフィッティングルームに入ると、監督さんを始めとするスタッフさん達が五人居たから頭を下げて挨拶をした。


「おはようございます」
「お、来たか。 おはよう、ハル君」
「おはよ~! ハルくん、今日もスキンケアがバッチリだこと! 若いっていいね~」


 早速ベテランそうなメイクさんに背中を押されて大きな鏡面台の前に腰掛ける。

 隣にはすでにセットが完成間近の恭也が居た。


「おはよ、葉璃」
「恭也、おはよう」


 目を細めて微笑む恭也の笑みに、心の底からホッとする。


「今日も、がんばろうね」
「うん。 また足引っ張っちゃったらごめんね。 先に謝っとく」
「謝らなくていいよ。 俺も同じ、だから」


 昨日も二人で撮影の時、俺のみダメ出しって事が多かったから、昨日の聖南が来てくれて以降の流れを思い出して出来るだけミス無くやらなきゃ。

 恭也は優しいから俺が気にしないように言ってくれてるけど、いつも俺は恭也に甘えてばっかり……。

 弱気にはなるのは仕方ないと諦めついてるからって、迷惑をかけ続ける事はしたくないな。

 俺がミスると、恭也もだけどスタッフさん達にも相当迷惑かかってしまうもん。

 聖南が言ってたように、昨日で大体流れは掴めた。

 ただ俺の一番の大敵は「緊張」だから、無駄だって分かっててもそこだけは手のひらの人文字頼りにしてしまう。

 ヘアメイクを施されながら、昨日とは違う衣装の説明を林さんがしてくれてるけど、ちっとも頭に入ってこない。

 もう緊張で心臓がバクバクしてきた。


「君たち仲良いよね、学校が一緒なんだっけ?」


 鏡越しに、俺のヘアメイクを担当してくれてるサオリさんが微笑んできて、小さく頷いた。

 サオリさんは昨日から、俺の肌ツヤが良い事をべた褒めしてくれてる、小柄で可愛らしい女性だ。


「学校が一緒の二人がデビューなんだー! 芸能コースがある学校なの?」


 恭也のヘアメイクを担任するアカリさんは、すでに慣れ始めてるからか恭也を見ながら首を傾げている。

 茶髪の長い髪をポニーテールに結ってるのがアカリさんで、サオリさんより少しだけ背が高い。

 ……実は俺よりも。


「芸能コースは、ないです。 二人とも、普通科です」
「そうなの? 珍しいね! 同じ学校で、芸能コースじゃないのに同学年デビューなんて」
「そうなんですか? でも俺達も、ギリギリまでユニット組む事、知らなくて。 知った時は、とても驚きました」
「そうだろうねー! 友達、みんなビックリするんじゃない?」
「それは、どうでしょう」


 フッとほんの少し微笑んだ恭也が、今日もアカリさんとサオリさんの話し相手になってくれてる。

 俺はただ黙ってメイクされてるだけで申し訳ないなと思ってても、恭也が率先して会話してくれてるからそれには甘えておいた。

 俺が緊張しぃだって事は、昨日現場に居た大人達みんなにバレちゃってるから、アカリさんとサオリさんも俺にはあんまり話を振ってこない。

 そんなに顔が強張ってるかな…と思ってメイク中そっと目を開けてみたら、……表情がすごく固かった。

 顔の筋肉どこにいった!?ってくらい、もろに緊張が顔に出てる。

 これじゃあ気を使わせてしまうはずだ。


「あ、そうだ。 ハル君達はCROWNの後輩にあたるんだよね?」
「はい、そうです」
「セナさんの恋人ってどんな人か知らない?」
「え…………?」
「…………っっ」


 俺の髪をゆるく巻いてくれているサオリさんが思わず絶句してしまうような事を言うから、恭也も驚いて鏡越しにサオリさんを見ている。


「知らないですね。 ……セナさんは、公表するつもりないみたいですから、俺達にも明かさないと、思います」
「そっかー、残念」
「私達、Hottiでのセナさんの専属ヘアメイクしてるんだけど、毎回ノロケられちゃうの」


 ───え!! 二人、聖南のヘアメイクさんなの!?

 驚いて狼狽えないように、無言のままとにかく無表情を貫こうとしたけど、今俺の表情筋は死んでるからそこは大丈夫そうだ。

 恭也もさすがで、俺にほとんど視線を寄越さず淡々とフォローを入れてくれた。

 あんまり俺をチラチラ見てたら、怪しまれるもんね。


「惚気……そう、なんですか」
「そうよ~! とにかく、可愛いしか言わないから聞いてる私達まで照れるの!」
「どんな人なんですか?って聞いても、最高♡としか言わないしー! あのセナさんがデレデレしてるから私達も信じられない思いよ」
「デレデレ……」


 アカリさんとサオリさんはキャッキャとはしゃいで話してるけど、俺はもう穴があったら入りたい気分だった。

 聖南……現場でそんな事言ってるの……。

 ほら、恭也まで我慢出来ずに笑ってしまってる……!

 デレデレ、という単語を三回繰り返した恭也は、ヘアメイクを終えた二人がスタジオへ先に入って行ったのを見届けた後、俺を見てさらにクスクス笑っていた。

 「……デレデレしてるんだって」といつものゆっくりな調子で言う恭也に、俺は今日初めて、彼に向かってほっぺたを膨らませた。




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