297 / 541
46❥
46❥2
しおりを挟むとうとう仲居に襖を開けられた。
目に入ったのは、すぐに立ち上がって一礼してきた主管の渡辺と、奥には以前会社内で出くわしたあの父親が、座布団の上で胡座をかいている姿だった。
「こんばんは。 どうぞどうぞ、こちらへ」
渡辺に促されて、社長と聖南は並んで腰を落ち着かせた。
父親から視線が送られているのは分かっていたが、聖南は一切そちらを見ようとはしない。
物言いたげな視線と目が合えば、馴れ馴れしく語り掛けてくる可能性がある。
そんなもの御免だった。
「大塚芸能事務所の大塚です。 ……とは言っても君とは四十年の付き合いだがな。 今さら堅苦しい挨拶は抜きでいいか?」
「あぁ、構わない。 聖南も、よく来たね。 たくさん食べなさい」
聖南は渡辺にしか会釈をしなかったが、そんな態度に父親は気を悪くするでもなく、聖南の前の料理を掌で指した。
『食えるかっつーの』
やたらと気を遣ったような父親の態度に、聖南は困惑と苛立ちを同時に顕にした。
水を一口だけ飲むと、社長に言われた通り父親を無視して渡辺とツアーについての話を始める。
社長と父親は、そんな聖南の態度など全く気にした様子も無く昔話に花を咲かせているし、このままいけばあっという間に二時間が過ぎてしまうのではとやや肩の力が抜けた。
「……あ、失礼、会社から電話です」
各々仕事やプライベートな会話を続けて一時間ほどが経った頃、ツアーの細部やスタッフの面子など深い所まで話していた渡辺が電話を理由に席を立った。
『おいおい、今行かれちゃ困んじゃん……!』
救いの渡辺が目の前から居なくなり、急に話し相手が居なくなった聖南はおもむろに立ち上がろうとした。
うまくこの場を乗り切るためには、父親と関わらないことが一番の得策なのである。
しかし、席を立とうとした聖南に気遣いを見せたのは社長ではなく、……。
「聖南、全然食べていないじゃないか。 具合でも悪いのか?」
社長との会話をストップしてまで、聖南を引き留めにかかった。
渡辺は聖南と父親(副社長)の関係を知らないのだろう。
彼がいない隙を狙ってきたかのようなタイミングに、さすがに無視は出来なかった。
「…………いや、悪くねぇよ」
「腹の傷はどうなった」
「別に。 平気」
渡辺が席を外している今、聖南は敬語など使わなかった。
ひどく無愛想な返答と、相変わらず視線すら合わせない聖南にへこたれない父親は、さらに話し掛け続けた。
「今回のツアーは長丁場だから、体調には気を付けて」
「……分かってる」
「困った事があったら、どんな小さな事でも言いなさい」
「………………」
どの口がそんな事を言うんだ、と聖南は鼻で笑った。
何杯目か分からない水をガラス製のピッチャーから注いで飲む。
今さら文句など言う気はさらさら無いが、この父親は聖南を放任したという自覚があるのか甚だ疑問だった。
困った事ならあった。
まだ、親が恋しいと思っていた頃。
健気に父親の帰りを待っていた頃。
暗い部屋に一人ぼっちは寂しくて、涙を流していた頃。
……全て、遠い過去のことだ。
13
お気に入りに追加
320
あなたにおすすめの小説
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる