スタッグ・ナイト

須藤慎弥

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6.婚約指輪

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◇ ◇ ◇


 天はニ物を与えず、なんてことわざがあるけど、あんなの嘘っぱちだ。悟を見ているとつくづくそう思う。

 生きる上で有益なものをいくつも与えられていて、その対価すら支払わなくていい特別待遇。

 悟と共に成長するにつれ、世の中の不平等さを痛感した。かくいう俺も、羨望の眼差しを向けられる側だということに気付かぬまま──。


「お疲れさま、奏」
「悟もお疲れ様」


 連絡がきてすぐに鍵を開けていた部屋に、膨れたビニール袋を両手に持った悟が勝手知ったるで入ってきた。


「なんか……いつもより多くない?」
「あはっ、気が付いた?」
「そりゃあね」


 持ち込んだビニール袋を備え付けのテーブルに置くと、ゴトンっといかにも重量がありそうな音がした。

 早速シャンパングラスを探し始めた悟は放っといて、俺はビニール袋からアルコールを一本ずつ取り出して冷蔵庫にしまう。……が、入りきらない。

 ビール、酎ハイ、流行りのカクテル、日本酒の五合瓶、ワインボトルまで入っていて、一晩で飲むには多過ぎるアルコールの量だ。


「悟、冷蔵庫に全部入らないよ。なんでこんなに買ったの」
「飲みたい気分だから」
「ふーん……」


 いつも俺より先に潰れて寝ちゃうくせに? なんて意地悪は言わなかったが、すぐにピンときた。


「飲みたい気分って? 何かあった?」


 二本のグラスをウエイターのように指の間に挟んで戻って来た悟に、俺は何気なく問い掛けた。

 俺たちは毎週末、この〝お疲れ様会〟をするために同じホテルでそれぞれ部屋を取る。週代わりでお互いの部屋にコソコソと赴き、他愛もない会話をして、潰れた悟をひとしきり眺め、その場に置き去りにする。

 翌朝、悟から『また潰れちゃった。ごめんね』という謝罪文が毎度送られてくるのだが、いっそそれがないと〝お疲れ様会〟は締まらない。


「あったといえば……あったかな」
「よし、今日はそれをつまみにしよう」
「ヒドイな、奏」


 容赦ない俺の一言に、悟がやや傷付いた顔をした。

 本当に何かあったんだ。

 俺は悟の指からグラスを抜き取り、一番冷えてそうなビールを黄金比で注いで悟に手渡した。


「そういう意味じゃない。とことん話を聞いてあげるよってこと」
「あぁ……そうか。奏は優しいね」
「悟チョロすぎ」
「やっぱりヒドイじゃんーっ」


 大企業の御曹司様は、用心深いくせにすぐに他人を信用する傾向にある。

 胸に秘めた想いをさておけるほど、俺は悟の行く末が心配だった。

 いつかずる賢い奴に騙されてしまわないか。寝首をかかれやしないか。

 やっぱり俺がそばに居て見張っておかないと、Fun Toyの将来が危うくなってしまうよ──。

 俺の野望は、とうの昔に意味を変えた。

 Fun Toyも、花咲グループも、足並み揃えて現状維持でいいと大きく考えが変わった。

 だからこそ俺は、未だに悟と親友で居る。


「それで? 何があったの」


 「乾杯」と言いつつグラスをチンと鳴らし、一口目を頂く。第三のビールでなく生ビールを選んで買ってくる辺り、悟も一応は選り好みをしているらしいが、やはり美味い。

 だがしかし、普段なら我先にと口をつける悟を見ると、彼は固まっていた。

 表情も浮かない。


「……悟?」


 呼ぶと彼の視線は俺を捉えたが、反応は薄かった。

 マジでどうしたんだ、と悟の腕に触れようとした俺は、そこでまたピンときてしまった。

 悟は一年に一度、身の丈に合わないアルコールを買って来ることがあって、それは大体……。


「正式に決まったんだ」
「……」
「半年後、式を挙げる」


 ……だろうね。

 先週は無かったそこに、センスのいいシルバーリングが光っているもんね。

 でもどうして今さら、そんな顔をしているのか分からない。

 悟には許嫁が居た。俺と出会った頃には、すでに。

 政略結婚だと苦々しく語っていた悟は、一端に稼ぎ出すまでその女性と会わせてももらえなかった。

 社会人になり、一年に一度ほどのペースで飲みきれない量のアルコールを買ってくる日、決まって悟の身に大きな変化が起こった。

 初めて、婚約者を紹介された。

 初めて、婚約者と二人きりで食事に行った。

 初めて、婚約者から触れられた。

 初めて──婚約者とセックスした。

 そして今日、婚約者との結婚が正式に決まった。

 俺は悟の親友だから、逐一報告を受けた。

 一年ごとに心の痛みを強くしながら、それでも俺は前向きな言葉をかけ続けた。

 悟のことが──だから、今もなお、彼の幸せを一番に願っているフリをしている。


「良かったじゃん! おめでとう!」


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