スタッグ・ナイト

須藤慎弥

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7.祝福の言葉

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 喜ばしいことを、こんなにも鬱々と報告される方の身にもなってほしい。

 チラと俺を捉えたきり、悟の視線は床を這っている。

 俺の渾身の「おめでとう」を無視して、「ありがとう」さえ言わない。

 とてつもない哀愁を漂わせ、悟は思い詰めた表情で蝋人形のように固まった。


「もうマリッジブルー?」
「……」


 軽口を叩くと、ようやく反応があった。

 下唇を噛み締めながら睨まれはしたが、下を向いているよりずっといい。


「なんでそんなこと言うの」
「え、なんでって……」


 俺の言動が気に入らない悟は、『許嫁がいるんだって』と俺に報告した当時と同じ膨れっ面を浮かべていた。

 産まれた時からレールを敷かれている俺たちに自由がないことくらい悟も分かっていて、でも背く理由も無いから渋々とだが受け入れていたんじゃないの。

 確かに悟は、ずっと言っていた。

 『自分のお嫁さんくらい自分で決めたい』って。

 だけどそれが叶わないのは、悟が玩具業界最大手の〝Fun Toy〟の時期社長だからだ。


「俺がこの結婚に納得いってないこと、奏は誰よりも知ってるはずだよね? どうして「おめでとう」なんて言うの?」
「……」
「奏は何も分かってない。いや、分かっててそう言ってるのかもしれないけど、そうだとしたら奏は本当にヒドイ人だ」
「意味が分からない。なんでそんなに怒ってんの。結婚って、どんな形であれ幸せなことなんじゃないの?」
「これが……幸せな男の顔に見える?」


 ……見えないよ。とても、半年後に盛大な式を挙げる新郎の顔には見えない。

 だからって、そんなの今さらだ。

 俺がどんなに心を痛めているか、知りもしないで。

 悟の何もかもの初めてを奪い、左手の薬指を陣取ってる婚約者に、ムカついていないわけがないだろ。

 俺は、悟の親友を装うのがうまいだけだ。

 兄さんの一件で、俺は大学までエスカレーター式の私立中学校から別の進学校へ転校した。よりレベルの高い学校へ、だ。

 そこに悟も追いかけてきて、『奏のそばに居たかったから』と微笑まれた俺は、あれからいったい何年、片思いを拗らせていると思ってるの。

 悟の両親は、穏やかで優しい性格の彼を産み出したとは思えないほど厳格だ。

 学校を変わるなんて相当な大反発があったに違いないのに、悟は口達者に両親を説得したと聞いた。

 どうしてそんなに俺のそばに居たかったの? ──この問いが出来るくらいなら、俺は悟の親友で居ることを選ばなかった。

 彼が、蹴落としたいライバル会社の時期社長でなかったら容易だったのかもしれない。

 けれど俺は、悟に婚約者が居る居ないに関わらず彼を諦めざるを得なかった。

 俺は〝俺〟だから。


「……そんなに言うなら、悟はどうしたいの。相手は取引先の頭取令嬢だから、そう簡単に結婚をやめるなんて出来ないって話してたよね?」
「そうだよ。それに俺は、結婚をやめたいだなんて言ってない! やめたい、だなんて……!」
「結婚、やめたいの?」
「……っ」


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