7 / 10
7.祝福の言葉
しおりを挟む喜ばしいことを、こんなにも鬱々と報告される方の身にもなってほしい。
チラと俺を捉えたきり、悟の視線は床を這っている。
俺の渾身の「おめでとう」を無視して、「ありがとう」さえ言わない。
とてつもない哀愁を漂わせ、悟は思い詰めた表情で蝋人形のように固まった。
「もうマリッジブルー?」
「……」
軽口を叩くと、ようやく反応があった。
下唇を噛み締めながら睨まれはしたが、下を向いているよりずっといい。
「なんでそんなこと言うの」
「え、なんでって……」
俺の言動が気に入らない悟は、『許嫁がいるんだって』と俺に報告した当時と同じ膨れっ面を浮かべていた。
産まれた時からレールを敷かれている俺たちに自由がないことくらい悟も分かっていて、でも背く理由も無いから渋々とだが受け入れていたんじゃないの。
確かに悟は、ずっと言っていた。
『自分のお嫁さんくらい自分で決めたい』って。
だけどそれが叶わないのは、悟が玩具業界最大手の〝Fun Toy〟の時期社長だからだ。
「俺がこの結婚に納得いってないこと、奏は誰よりも知ってるはずだよね? どうして「おめでとう」なんて言うの?」
「……」
「奏は何も分かってない。いや、分かっててそう言ってるのかもしれないけど、そうだとしたら奏は本当にヒドイ人だ」
「意味が分からない。なんでそんなに怒ってんの。結婚って、どんな形であれ幸せなことなんじゃないの?」
「これが……幸せな男の顔に見える?」
……見えないよ。とても、半年後に盛大な式を挙げる新郎の顔には見えない。
だからって、そんなの今さらだ。
俺がどんなに心を痛めているか、知りもしないで。
悟の何もかもの初めてを奪い、左手の薬指を陣取ってる婚約者に、ムカついていないわけがないだろ。
俺は、悟の親友を装うのがうまいだけだ。
兄さんの一件で、俺は大学までエスカレーター式の私立中学校から別の進学校へ転校した。よりレベルの高い学校へ、だ。
そこに悟も追いかけてきて、『奏のそばに居たかったから』と微笑まれた俺は、あれからいったい何年、片思いを拗らせていると思ってるの。
悟の両親は、穏やかで優しい性格の彼を産み出したとは思えないほど厳格だ。
学校を変わるなんて相当な大反発があったに違いないのに、悟は口達者に両親を説得したと聞いた。
どうしてそんなに俺のそばに居たかったの? ──この問いが出来るくらいなら、俺は悟の親友で居ることを選ばなかった。
彼が、蹴落としたいライバル会社の時期社長でなかったら容易だったのかもしれない。
けれど俺は、悟に婚約者が居る居ないに関わらず彼を諦めざるを得なかった。
俺は〝俺〟だから。
「……そんなに言うなら、悟はどうしたいの。相手は取引先の頭取令嬢だから、そう簡単に結婚をやめるなんて出来ないって話してたよね?」
「そうだよ。それに俺は、結婚をやめたいだなんて言ってない! やめたい、だなんて……!」
「結婚、やめたいの?」
「……っ」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
幼馴染みの二人
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
三人兄弟の末っ子・三春は、小さい頃から幼馴染みでもある二番目の兄の親友に恋をしていた。ある日、片思いのその人が美容師として地元に戻って来たと兄から聞かされた三春。しかもその人に髪を切ってもらうことになって……。幼馴染みたちの日常と恋の物語。※他サイトにも掲載
[兄の親友×末っ子 / BL]
二度目の初恋
須藤慎弥
BL
《あらすじ》
空を眺めるのが好きだった。
とても平和だ。
少なくとも卯月(うづき)は、若干十八歳にして〝素晴らしい世に生まれた〟と思っている。
けれどどこか、何か大切なものを忘れている気がして、空に答えを探す日々。
そんな高校三年の春、中村 大和が転校して来た。
大和を見た瞬間、消えかけていた卯月の記憶が蘇る──。
※2022年fujossy様にて行われました
「5分で感じる『初恋』BL」コンテスト出品作
有馬先輩
須藤慎弥
BL
『──動物界において同性愛行為ってのは珍しいことじゃないんだぜ』
《あらすじ》
ツヤサラな黒髪だけが取り柄の俺、田中琉兎(たなかると)は平凡地味な新卒サラリーマン。
医療機器メーカーに就職が決まり、やっと研修が終わって気ままな外回りが始まると喜んでいたら、なんと二年先輩の有馬結弦(ありまゆづる)とペアで行動する事に!
有馬先輩は爽やかで優しげなイメージとはかけ離れたお喋りな性格のせいで、社内で若干浮いている。
何を語るのかと言えば、大好きな生き物の知識。
一年以上、ほぼ毎日同じ時を過ごして鬱陶しいはずなのに、彼を憎めない。
そんな得な才能を持つ有馬先輩に、俺はとうとうとんでもない提案をしてしまう。
※2022年fujossy様にて行われました
「5分で感じる『初恋』BL」コンテスト出品作
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》
市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。
男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。
(旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる