75 / 139
◆ 好きな人 ◆ ─潤─
第七十五話
しおりを挟む恋に気付き、想いを噛み締めると、天の行動一つ一つから目が離せなくなった。
昼に抑制剤を飲むと必ずと言っていいほど副作用が出てしまい、強い眠気に負けた天は毎日可愛らしいお昼寝をする。
欲情とまではいかない淡いフェロモンを放ちながら、潤に抱き締められて眠る天は次第に深い眠りへと落ちていった。
ここへ来て一週間が経つ。
バイトも休みである今日は、好きなだけ天のお昼寝に付き合い、たっぷりと天を甘やかして疑似同棲気分を味わおうとしていた。
「俺も明日から出社する事になったから、ちょうどいいじゃん。 潤くんもやっと帰れるね。 面倒かけてほんとにごめんな」
洗濯物を畳む天はとても無邪気に、にこやかな笑顔で潤を奈落の底に突き落とす。
どういうわけか、天が一人で病院に行った日を境に夜中の発情がパタリと無くなった。
それは日中にも言える事で、射精後の残り香のようにふわふわとしたフェロモンだけは漂わせるものの、潤には違いが分かってしまう濃密な方はまったく香らない。
薬が変わった様子も無く、天が嘘を吐いていなければ病院でも何の処置も施されていないと言っていたのに、だ。
「いやでも、……っ」
確かに潤も、明日から新学期が始まる。
しかしいつまた発情期がぶり返すか分からないので、制服を取りに一度自宅へ帰りはしてもまた戻ってくるつもりだった。
「潤くんに迷惑かけちゃった事だけは、俺の心残りだなぁ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ。 もう会えないみたいな言い方しないで!」
「あ、そういうつもりじゃないんだけど……心残りは違ったか。 じゃあ……後悔?」
「後悔……? やめて。 少なくとも僕は楽しいよ。 天くんのそばに居られて、たくさん触らせてくれて、……」
「………………?」
まるでこのまま二度と会えないような言い方をされては、潤の気も収まらなかった。
キョトン顔の天のそばへ寄って行き、一番聞きたかった事を期待を込めて口に出す。
「天くん、僕のこと、……二番目に好きになってくれた?」
「…………ううん」
「え、───?」
少しの逡巡のあと、天は頭を振った。
間違いなく、否定された。
好きなだけ触れさせてくれていた天の瞳は、勘違いしてしまいそうなほどの熱を確かに含んでいた。
期待をしていたのだ。
二番目に好きになってもらえたら、あとは上がるだけ。 言葉だけを封じ、熱心に想いを伝え続ければいつか必ず天の気持ちを動かせる。
ただの添い寝のみでも、天は潤を嫌がることなく許してくれた。
触れたくても貫きたくても我慢していた潤の気持ちに寄り添うように、毎晩「ありがと」と照れたように言ってくれていた。
何に対しての「ありがと」なのか、その時の潤には意味を分かりかねていたけれど、「そばに居てくれてありがとう」という前向きな感謝だと思い込んでいた。
……違ったのだ。
天の気持ちは、あの感謝の言葉は、そうではなかったのだ。
潤の心に僅かな亀裂が入った。
「そんなわけないじゃん。 二番目なんて」
「………………!」
俯いた天の本音に、期待が絶望に変わる寸前で留まっていた亀裂が心を真っ二つに割いた。
突き放すような言い方ではなかった。
どちらかといえば重たいものに聞こえた。
カーテンの隙間から溢れる夕陽の色が、天の髪に温かな光を落としている。
潤の目に、それがひどく儚げに写った。
「そ、そう、……そうだよね」
「潤くんもそうだろ?」
「…………うん。 二番目なんて、……ねぇ?」
可笑しくなどない。 けれど微笑み返す事しか出来なかった。
潤を真っ直ぐに見詰める天の視線が何を訴えようとしているのか、分からなかった。
ただただ、お遊びのような戯れで終わらせた一週間を悔やんだ。
こんな事なら、ハッキリと告白してしまえば良かった。
都合のいい常套句を振りかざし、天の心を回りくどく捕らえようとなどしなければ良かった。
二番目ではない。
天と出会ったあの日から、潤の中では天が一番だ。
α性を嫌う天のために、性別を殺す覚悟もした。
どれだけ本能を揺さぶられても、番を望む牙がジュクジュクと疼いても、……決して噛まないと誓ってここを訪れた。
欲しいと思ったから。
天の心が欲しいと、思ったから。
「……潤くん、今日までほんとにありがとう。 俺ならもう大丈夫だから、ちゃんとお家に帰って勉強しな? 将来いい会社に入ってお給料いっぱい貰って、可愛いお嫁さん捕まえ……」
「分かった。 ……天くん、分かったよ」
突発的な発情期を乗り越えたらしい天は、頑なに自身の性別を受け入れないβ性に戻り、コートを羽織った潤を他人行儀な笑顔で見送ろうとしている。
天は、この一週間の事も、二度のヒートも、無かった事にしたいのかもしれない。
βとして生きたいと涙ながらに語っていた姿を思うと、彼に恋をする事さえ罪悪感を覚えた。
「バイバイだけは言わないで」
「……うん」
「天くんの言う通りにするから、……ぎゅってしていい?」
「……うん」
何故それは拒んでくれないのか。
狼狽えもしないで、ふわりと抱き締めた潤の背中に回ったこの腕は何なのか。
自覚すると、この体を離したくなくなる。
潤は、二十センチは違う天の体を抱き締めて、彼のにおいに包まれながら瞳を瞑って噛み締めた。
天の心ごと欲しいという想いをかき消さなければならない、恨めしい性別の壁を───。
41
あなたにおすすめの小説
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる