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8話 緊急措置特例第3項

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悪意のないタルパを囮にしたってことか。
なるほど、成仏する直前に謝罪を入れるわけだ。
でも、冒険者やマクレミーサが、何故それほどの数のタルパを見落とした?

「あいつらの目に宿るのは狂気と殺意、私もリノアも殺されると思って怯んじゃった。マクレミーサ様も、突然のことで動けなかった」

突然、大勢のタルパに囲まれたら、誰だって動揺する。タルパが長期間怨恨を抱えていると、魔物としての凶暴性と殺意に目覚めてしまい、目的を忘れ、見境なく人を殺すようになってしまう。そんなタルパが、何故旧ラリマンド邸の敷地内に留まっているのかが謎だ。

「マクレミーサ様だけがすぐに事態を察知して、私たちの周囲に小さな聖結界を敷いてくれたけど、タルパたちは怖がらず、私たちを一斉包囲して、結界を破ろうと攻撃し始めたの……逃げる隙間なんて何処にもなかった」

何故か、そこで押し黙る。そして、ルティナの目から涙が溢れてくる。

「どうしたの?」
「今でも、信じられないよ。マクレミーサ様が…あんな優しくて強いあの人が…あんな事するなんて」

そこで、何か起きたわけか。
タルパといっても、強弱がある。
強さの度合い次第で、マクレミーサの結界保持時間も変化してくる。

「あの中に、強いタルパはいなかったけど、私たちが結界内から攻撃魔法で蹴散らしていっても、何処からか湧き出てきて、数が減るどころか増えていってたの。そのせいで、攻撃の圧力が少しずつ増してきて、マクレミーサ様も攻撃を止めて、結界維持で手一杯になった。私とリノアは、まだ巫女としても半人前で、強力な攻撃魔法や結界魔法を教えてもらってないから、このままだと死んじゃうと思った」

状況が、どんどん悪化している。
どうやって切り抜けたんだ?

「気づけば、大量のタルパが結界の周囲を覆っていて、私もリノアも死を意識した時、マクレミーサ様が…『緊急措置特例第3項を発動させるわ』て言ったの。私は、一瞬何を言われたのかわからなかったけど、リノアはその意味をすぐに察して、顔色を悪くしてた」

緊急措置特例第3項?
宗教関係の雑誌で、その言葉を見たぞ。

創造神フォルテシアを崇めるフォルテシア教には、教皇・枢機卿・大司教・司教・司祭・神官(=シスター)という6つの身分がある。聖女は精霊に選ばれし者であるため、この中に含まれていないけど、身分としては大司教と同じと言われており、巫女はシスターと同レベルだったはずだ。

【緊急措置特例第3項】
突発的な魔物の襲来が発生し、命に危機に瀕した場合、身分の低い者は身を挺してでも、身分の高い者を護りぬくこと。その際、犠牲が生じたとしても、誰も罪に問わない。

たしか、こんな内容だったはずだ。
うん?

「おい、まさかマクレミーサは君らを囮にしたのか?」

ルティナは泣きながら頷いた。

「あの人は、私とリノアが理解したのを見計らい、結界を解いたの。あまりに突然だったから、タルパの方も驚いてた。その一瞬の間に、風魔法で周囲のタルパごと私とリノアを庭の方へ吹き飛ばした。『私が邸内で高位の聖魔法を準備している間、あなたたちが囮になりなさい』と言って、そのまま邸内へと入っていった」

人は追い詰められた時、本能的に自分の身を守ろうとするらしいけど、まさか幼い子供2人を囮にして、自分だけ助かる道を選ぶとはね。

「マクレミーサ様はスキルを使って、気配を消したの。そのせいで、タルパたちは私とリノアを標的にして、一斉に襲いかかってきた。必死に抵抗したけど、リノアが先に魔力枯渇で気絶したの」

もう、その時点で詰んでないか?
どうやって、生き残った?

「私も限界に近くて、もう駄目だと思った時、タルパたちが急に仲間割れを始めたの」
「は?」
「殺意に狂っている奴等は理性も飛んでて何を言っているのか不明だったけど、理性を残している奴等は、私とリノアに憑いて、この世に残りたいと言ってた」

殺すか、憑くかで同士討ちかよ。

「結局、憑きたい側のタルパが勝って、私に4体、リノアに3体憑かれた。私は魂を食われないよう必死に抵抗したけど、身体を操られちゃって、敷地外に出たところで、意識が途切れた。気づいたら、ここだった」

魂が清浄だったから、身体を操られながらも無意識にタルパと戦っていたところを僕に発見されたわけか。4体も身体の中に入ったことから、誰が魂を食べて、誰が身体を乗っ取るかで喧嘩でもしていたのかもしれない。

「リノアとマクレミーサの状況が気になるところだね」
「うん。お兄ちゃん、私を助けてくれてありがとう」

あれから相当な時間が経過しているから、多分もう決着がついている。

「早く神殿に戻って、ジェイコブ先生に報告しないと…あ…」

ベッドから起き上がり、立ち上がろうとした瞬間、目眩でよろけたので、僕がしっかりと抱きしめる。

「魔力枯渇を起こしているのだから、無理しちゃダメだよ」
「でも、リノアが…」

彼女を掌握したことで、僕のステータスを経由して状態を確認したけど、魔力枯渇と武器破損が問題だ。掌握した以上、僕も責任を持つか。

「僕の魔力を譲渡するよ。動かないでね……ほら、これで1/4程回復しただろ?」

ルティナの最大魔力量は2290、7歳でこの数値なのだから、末恐ろしい。
疲労困憊だったルティナの顔色が、幾分か回復している。

「凄…魔力が回復してるし、身体も軽くなった」

魔力譲渡、これを成功させるには、卓越した魔力制御能力が必要となる。譲渡量が相手の最大魔力量を超えると、身体に悪影響を与えてしまい、最悪の場合、死に至る。初の試みだったけど、掌握したおかげで上手くいったようだ。

「あとは、そのロッドだね」
「こっちは、無理だよ。魔石が割れてるもん」

魔法士の持つロッド、これは魔法を安定化させる効果がある。安定性が増すことで、威力も向上するのだけど、それは初心者レベルまでで、中級者ともなると、そういった補助具がなくても、魔法を安定的に放てる。

アイテムの掌握と加工に関しては、転生前に練習しているからコツを掴んでいる。

手始めに、掌握から始めるか。
僕はロッドを持ち、中身を魔力で満たしていく。
この行為が、意外に難しい。

物体によって、魔力の伝わりやすいものと伝わりにくいものがあるからだ。今回のロッドは良い材質を使っているようで、容易に成功した。

【オラクルロッドを掌握しました】

よし、加工対象物に、ロッドが追加されたぞ。
ここからが、本格的な加工だ。
わかりやすいよう、ルティナにも見える形で実行しよう。

まずは、僕の魔力を接着剤のように変化させて、割れた部分に付けていき、魔石を完全結合させ、安定するまで内部を魔力で循環させていく。

よし、僕のイメージ通りになった。
次は、ロッドの材質の修繕だ。

魔力を通してわかったけど、内部に破損箇所がいくつもあった。これを修繕しないと、ロッド自体がすぐに壊れてしまう。掌握することであらゆるものを加工できるのなら、破損箇所を僕の魔力で代用し具現化させればいい。

よ~し、これで完成だ。

【スキル[魔力具現化]を取得しました】

通常の修繕なら何工程も必要なのだろうけど、このギフトを使えば、あっという間だ。

「修繕完了」
「え…もう終わったの?」
「これが僕の持つギフト、【加工】の効果なのさ」
「直ってる…お兄ちゃんのギフトって凄いね」
「もうすぐ夕方になるから、お腹も減ったろう? 何処かの喫茶店で遅い昼食を摂った後、神殿入口まで送るよ」
「ありがと、お兄ちゃん!!」

やっと、笑顔を見せてくれた。
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