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第五章

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「子供たちも勉強が好きなようで、頑張って学んでいます」
教師の男性は笑顔でそう言った。

領地に戻って一ヶ月。
ブレンダは屋敷から馬車で一日かかる距離にある孤児院へ来ていた。
ここは農村部で、孤児だけでなく農民たちの中にも文字が読めない者が多い。
「それは良かったです」
「やはり文字が読めるようになると楽しいようです」
「そうですね、難しい内容になると嫌になる子も多いでしょうけれど。最低限の読み書きと計算はできる喜びの方が大きいでしょうから」
「はい。それでですね、最近は周辺の住民からも子供を学ばせたいという要求があるのですが……」

「それはいい傾向ですね」
ブレンダは大きく頷いた。
学問の必要性を理解する者が増えるのも大事なことだ。
「先生方の負担でなければ、ぜひ教えてあげていただきたいのですが」
「テキストを使えば大丈夫だと思います」
今この孤児院では二人の教師がいる。
年齢も能力もバラバラな子供たちに教えるのに、レベルごとに何種類かのテキストを作った。
これはブレンダが通っている孤児院で使っているものを改良したもので、この孤児院で使いながらさらに改良していってもらっている。

(この孤児院も順調そうね。さらに増やすとなると……問題は人件費ね)
教師たちは今、侯爵家から給与を出している。
今後他の孤児院に広げるために、さらに雇うことができるのだろうか。
(それに、教師を育成する必要もあるわよね……)
色々大変だなあ、とブレンダは内心ため息をついた。


「お帰りなさい。手紙が届いているわ」
翌日、屋敷へ帰ると義母に封筒の束を手渡された。
「ありがとうございます」
手紙は三通で、そのうち二通には王家の紋章が押されていた。
(クリストフかしら。もう一通は誰だろう)
部屋に入るとブレンダはまず花柄の封筒を開いた。
それはドロテーアからで、マーガレットや王都に残っている友人たちと、サーカスや観劇などに行っていると書かれてあった。
(楽しそうでいいなあ)
彼女たちと一緒に出かけられないのは残念だと思いながら、ブレンダは残りの封筒を開けた。

一通はクリストフからの近況で、来週行く予定の離宮が楽しみだという言葉で締めくくられていた。
夏休み中、王家の離宮へ生徒会の四人で行こうという話が出たのだ。
ブレンダのいるバルシュミーデ侯爵領からは汽車で二日、そこから馬車で二日の距離だ。
領地での孤児院視察はひと月くらいで終わると伝えると、その後に行こうということになった。
離宮のすぐ近くには温泉もあるという。

(ドロテーアたちとは遊べないけれど、私だって夏休みを満喫するもの)
そう思いながら最後の封筒を開くと、中から薄紅色の小さなものがひらりと落ちてきた。
「……花びら?」
それは押し花にしたのだろう、乾燥した花びらだった。
「これって……」
最初に署名を確認するとレアンドロと書かれてあった。

手紙には夏休み中、ダミアンと共に騎士団の訓練に参加しているということや、ブレンダに会えなくて寂しいと書かれてあった。
(どうして……花びら入りの手紙は、漫画でマーガレットに送られるものなのに)

レアンドロが騎士団の訓練に参加するのは、漫画では二年生の夏休みだ。
そうして訓練中の宿舎からマーガレットに手紙を送るのだ。
押し花は、訓練の合間に咲いている花を見てマーガレットのことを思い出し、レアンドロ自ら作るのだ。
(それが、どうして私へ……?)
首を傾げながら、ブレンダは手紙と花びらを封筒の中へ戻すと、返事を書くために便箋を用意しようと椅子から立ち上がった。

  *****

「人材の育成か……」
一週間後。
ブレンダが離宮へ到着すると他の三人は既に着いていた。
クリストフに孤児院対策の成果を聞かれたので、ブレンダは視察の結果と今後の対策を説明した。

「ええ。できれば平民の教師を増やしたくて」
「平民? どうして?」
クラウディアが尋ねた。
「今お願いしている教師は元貴族で、いい方々ばかりですが……これから数が増えていくと、平民に対しての態度が良くない人も出てくるかもしれませんし」
「ああ……そうね、それはあるかもしれないわね」
「侯爵には相談したのか」
「投資する価値があるか判断するには早いので、今行っている孤児院での経過や成果を引き続き観察すると言われたわ」
クリストフの問いにブレンダはそう答えた。

「投資する価値か。侯爵らしいな」
クリストフは笑みを浮かべた。
「だが、確かに領地にとって有益であると判断できれば金や人手を出す理由になるからな」
「……でも、一年二年で結果が出るようなものでもないし……」
読み書きができるようになった子供たちが孤児院の外に出てから、身につけた知識が役立つのだ。

「結果まで待たなくとも、予測で判断できるだろう。ブレンダは現状を把握して問題点があればそれを解決する方法を探していけばいい」
「……ええ」
「成果は出ているんだろう、自信を持って続ければいい」
くしゃりとクリストフはブレンダの頭を撫でた。


「……お前ら、ホント仲がいいな」
ブレンダとクリストフのやりとりを眺めていたベネディクトが言った。
「まあな」
クリストフは思い出したようにブレンダの頭を撫でる手を止めた。
「ところでブレンダ、手紙は届いたか」
「あ、ええ。ありがとう」
ブレンダは頷いた。
「他の人たちへは返事を出したけど、クリストフはここで会うから行き違いになるかと思って書かなかったの」
「それは構わないが。他の人たちとは?」
「友人のドロテーアと、レアンドロ殿下よ」

「レアンドロ?」
クリストフの声が低くなった。
「あいつから手紙が届いたのか」
「ええ」
「内容は」
「この夏休みは騎士団の訓練に参加しているって近況と……元気かって」
クリストフの雰囲気に、『会えなくて寂しい』とあったのは黙った方がいいような気がしてブレンダはそう答えた。

「何と返事をした」
「領地での近況と、怪我しないよう頑張ってくださいって」
「へえ。そうやって手紙を交わすほど親しい間柄とは思わなかったな」
「……親しくなったわけではないわ。手紙だって初めてもらったし」
「じゃあどうして手紙なんか送ってきたんだ?」
「さあ……皆で試験勉強をした時に、夏休みの話になって。領地へ手紙を送るねってドロテーアが言ったのを聞いていたから?」
首を傾げながらブレンダは答えた。

「試験勉強? レアンドロと?」
クリストフは顔を引き攣らせた。
「どうしてあいつと」
「ダミアンが連れてきたのよ」
「ダミアン? あの従兄弟か」
「殿下と友人らしくて」
「……二人まとめて粛清して」

「あーもう、クリストフ!」
ベネディクトはぼそりと呟いたクリストフの首に腕をかけると引き寄せた。
「嫉妬はみっともないぞ」
耳元で囁いた友人に、クリストフは暗い眼差しを向けた。

「ブレンダ、こいつと二人で話があるから。また夕食の時に」
「あ……はい」
ベネディクトは引きずるようにクリストフを連れて部屋を出て行った。


「……どうしてクリストフはあんなに怒っているんでしょう」
「そうね……そういうお年頃なのよ」
全く分かっていないブレンダに、クリストフへ同情しながらクラウディアはため息をついた。
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