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第二章

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「――そうして、ドラゴンは仲間とともに仲良く暮らしました」
読み終えるとブレンダは本を閉じた。

「もう一回読んでー」
「よんでー」
「ええ? もう五回読んだわよ。もうおしまいに……」
「やだー」
「もっかいー」

「はいはい、休憩にするわよ!」
ブレンダに群がる幼い子供たちを剥がしながらリタが言った。
「お嬢様、飲み物をもらってきますね」
「……お願い」
「マリ、手伝って」
「うん」
勉強をしていたマリとリタが部屋から出ていくと、ブレンダはほうと息を吐いた。
「ブレンダ、読んでー」
「よんでー」
「そんなにこの本が好きなの?」
「好きー」
この本はミュラー伯爵夫人から寄贈されたものだ。
先日ブレンダも行ったオークションの売上の一部で買ったもので、本や文房具なとが贈られた。

幼い子供向けの本は何冊も貰ったのだが、皆一冊目に選んだ本を繰り返し読んで欲しいとせがむのだ。
(確かに面白いけど……)
ドラゴンが旅に出て、色々な障害を克服していきながら仲間を増やしていくこの話は、ブレンダが読んでも面白い。
けれどさすがに五回も読まされるのは正直飽きてしまう。

「ほら皆、おやつよー!」
さすがに絵本よりおやつの方がいいらしく、トレイを持ったリタとマリが戻ってくると子供たちはそちらへと駆け寄っていった。

「ふう」
「お疲れ様です」
リタがブレンダにコップを差し出した。
「ありがとう。あなたも休憩していいわよ」
「いえ、大丈夫です」
「今日は孤児院への里帰りでもあるんだから。少しは楽にしていいわよ」
「……ありがとうございます」
リタは笑顔を見せた。


「ブレンダ! ドラゴンの本読んで!」
一息つけると思ったのも束の間、あっという間におやつを食べ終えたラルフがブレンダの元へ戻ってきた。
「ええ? もう、じゃあこれで最後よ……」
ふと人の気配を感じてドアへと視線を送り、ブレンダは硬直した。

「失礼」
一人で入ってきた、それは間違いなく王太子クリストフその人だった。
(え、どうして殿下が⁉︎)
慌てて立ちあがろうとしたブレンダを手で制すると、クリストフはソファに座るブレンダの隣に座った。

「お兄ちゃん、誰?」
エルマーがクリストフを見て首を傾げた。
「私はクリストフ。ブレンダの友達だ」
「クリストフ?」
「ブレンダのお友達?」
わあっと子供たちが集まってきた。
「え、待って……」
「いいから」
知らないとはいえ王太子を呼び捨てにしたり、無防備に近づいたりするのは問題だ。
慌てたブレンダの肩にクリストフは手を乗せた。

「ですが……」
「非公式だ、構わない」
ブレンダの耳元でクリストフはそう言った。
「……はい……」
渋々頷いて、ブレンダはリタへと視線を送った。

「――問題が起きないよう注意していて」
ブレンダがクリストフをチラと見てそう言うと、リタは小さく頷いた。


「何をしているんだ?」
クリストフはブレンダの膝の上に乗ってきたラルフに尋ねた。
「本を読んでもらうの」
「――『ドラゴンの冒険』か。懐かしいな」
ラルフが手にしている本を見てクリストフは言った。

「お兄ちゃん知ってるの?」
「小さい時に読んだことがある」
「じゃあお兄ちゃん読んで!」
ラルフは本をクリストフの手に押し付けた。
「私が?」
「ちょっラルフ、それはダメ……」
「これを読めば良いのか」
制しようとしたブレンダに構わず、クリストフは本を開いた。

「昔々、ある深い森の中に一頭のドラゴンが住んでしました」
クリストフは本を読みはじめた。
「ある朝目覚めてドラゴンは思いました。『さむいなあ。ひとりぼっちでさびしいなあ』そうしてドラゴンは……」
「お兄ちゃん、下手」
ラルフは本を奪うと、それをブレンダに押し付けた。
「ブレンダが読んで」

(ひいっ!)
ブレンダは心の中で悲鳴を上げた。
いくら五歳の子供でクリストフの正体を知らなくとも、さすがにこれは失礼すぎる。
「そうか。私は本を声に出して読んだことがないんだ」
けれどクリストフは怒っているようにも、気にしているようにも見えなかった。
「ブレンダに見本を見せてもらおう」
「……はい……」
冷や汗をかきながら、ブレンダは本を開いた。



「申し訳ございませんでした!」
子供たちとの時間が終わり、院長室へ行くとブレンダはクリストフに向かって頭を下げた。
「知らないこととはいえ、ご無礼の数々……」
「謝る必要はない。面白い体験だった」
クリストフは顔を上げたブレンダに笑みを向けた。
「私の素性をバラさずにいてくれて感謝する」
「……いえ……」
「そうよ、突然現れたのは殿下の方ですもの。ブレンダさんも子供たちも悪くないわ」
院長もにこにこしながら言った。

「……そう言っていただけると、助かります」
ブレンダは胸を撫で下ろした。
「しかし、感情を込めて本を読むというのは難しいのだな」
クリストフが言った。
「ブレンダさんはとてもお上手でしょう」
「ああ。登場人物それぞれに声を変えるなど工夫も必要なのだな」
院長の言葉に、感心したようにクリストフは頷いた。

「ありがとうございます。……あの、ところで王太子殿下はどうしてこちらへ……」
「母上に聞いた。ブレンダは自ら孤児たちの中へ入り、自身にできることをしていると。それで実際に見てみようと思ったのだ」
「……そうでしたか」
(そんな理由で王太子が……わざわざ孤児院へ、子供たちと触れ合いに?)

ブレンダ自身は、ただ子供たちと遊んでいるだけの感覚なのだけれど。
(でも孤児や平民と同じ目線に立つというのは……王侯貴族はしないことなのかな)
特に王族が平民と私的に接するようなことは、まずないだろう。

「王太子殿下は勉強熱心なのですね」
ブレンダがそう言うと、クリストフは一瞬目を見開いて、すぐその目を細めた。
「その呼び方はおかしいな」
「え?」
「『クリストフ』だ。私たちは友達だろう? ブレンダ」
笑顔でクリストフはそう言った。



「それで、本当の目的は何かしら」
ブレンダが帰ると院長はクリストフに向かって言った。
「本当とは」
「わざわざ子供たちと遊ぶ時間などないでしょう? それに、王子二人の婚約者選びが最近の社交界で一番大きな話題だと耳にしましたわ」
院長は微笑んだ。
「女性嫌いのあなたが、あんなに親しく話しかけられるなんて」

「女性全てが嫌いではありません」
クリストフはため息をついた。
「確かに嫌いな者の方が多いですが」
「じゃあブレンダさんは希少な相手なのね。でも彼女は難しいわよ」
「……どういう意味ですか」
「彼女、前にレアンドロ殿下との婚約話があったそうなの」

「――レアンドロと?」
クリストフの目が鋭い光を帯びた。
「でもそれが嫌で家出したのよ。それがきっかけでこの孤児院に来るようになったの」

「家出?」
「お父様と仲が良くなくて、反発したのよ」
「……そんなに仲が悪くは見えませんでしたが」
ミュラー伯爵家でのオークションの様子を思い出してクリストフは言った。
「今は改善されてきているようよ。でもね、シスターになって孤児院で働くのが夢なのは変わらないわ」

「……シスターになりたい……?」
「彼女の価値観は他の貴族とは異なるの。だからあなたのお妃になるのは難しいと思うわ」
優しい眼差しでクリストフを見つめて、院長は言った。
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