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第二章

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(本当に……落札しちゃった)
古城の絵はそこそこいい価格で侯爵が落札した。
その後もいくつかの競売が行われた後オークションは終了し、落札者はそれぞれの作品の元へ向かいその作者と会うことになった。
これも、芸術家と落札者を会わせることでその芸術家への支援者を増やそうという意図なのだという。

「ありがとうございました」
絵の作者は三十代半ばくらいの男性だった。
「実はこの絵は、お嬢様の元に行ってくれたらと思っていたのです」
「……私に?」
「これはグランディ王国の景色を描いたものなんです」
絵を示しながら画家は言った。

(お祖母様の母国……)
ブレンダは改めて絵を見た。
グランディ王国の王女だったという祖母と会ったことはなく、王国への思い入れといったものも全くなかったが。
そう言われてみるとどこか懐かしさを感じるように思えた。
(だからこの絵が気になったのかしら……)
自分に流れる血がどこかでこの景色を記憶していたのだろうか。


「君はグランディ王国にいたのか」
侯爵が画家に尋ねた。
「はい、このアードルング王国へは六年前にやってきました。……今日お嬢様をお見かけして懐かしく思いました」
ブレンダの髪色はグランディ王家の血を引く証だ。
王国出身の画家もそれを知っていて、ブレンダに母国の絵を持ってもらいたいと思ったのだろう。
「向こうの風景画は他にもあるのか」
「いえ、手元にあるのはこれだけですが。スケッチしたものはたくさんあるのでこれから描くことは可能です」
画家は側のスケッチブックを取り出した。
パラパラとめくると様々な風景のスケッチが描かれている。
「これがあの絵の場所ですね」
落札した絵と同じ構図で、より遠くから描いたスケッチがあった。

「ここはカイドウの産地で有名なんです」
「カイドウ?」
「春にお嬢様の髪色と同じ花を咲かせる木で、グランディ王国の象徴とされています」
もう一枚めくると、そこには前世の桜によく似た薄紅色の花が描かれていた。
(綺麗……)
「確かにブレンダ嬢の髪と同じ色だな」
スケッチを覗き込んでいると背後から声が聞こえた。

「王太子殿下」
侯爵の声に振り返ると、いつの間にか王太子クリストフが立っていた。
「我が国では見かけない花だな」
「は、はい。グランディ王国固有の花でございます」
突然の王太子登場に、緊張しながら画家は答えた。
「この花が咲くと国中が花色に染まり、春が来たことを告げるのです」
「そうか、それはぜひ見てみたいものだな」
そう答えてクリストフは画家を見た。
「その景色を描いてもらおうか」

「は……あ、ありがとうございます!」
画家は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに深く頭を下げた。
「精一杯描かせていただきます!」
「侯爵も何か頼むのか?」
クリストフは侯爵を見た。
「――そうですな。ブレンダ、気に入ったスケッチはあるか」

「……この景色がいいと思いました」
ブレンダはスケッチブックの中の一枚を示した。
それは落札したのと同じ城を遠景にして描いたものだった。

「この城が気に入ったのか」
「はい」
「では殿下の絵が仕上がったらその次に……」
「ああ、いや。私は後でいい」
侯爵の言葉を遮るようにクリストフは言った。
「しかし」
「そなた達の会話に割り込んだのは私だ、そちらを優先してくれ」
「――ありがとうございます」
侯爵が頭を下げたので、ブレンダもクリストフに頭を下げた。

「ブレンダ嬢」
顔を上げるとクリストフと目が合った。
「君はドレスも似合うな」
小さく口元に笑みを浮かべてクリストフは言った。
「……え」
「邪魔をした」
手を振ると、クリストフは身を翻して立ち去っていった。


「ブレンダ。今の殿下の言葉はどういう意味だ」
侯爵が口を開いた。
「面識があったのか」
「……先日、孤児院を訪れた時に殿下をお見かけして……その時のことかと思います。その時は王太子殿下と知らなくて、ご挨拶もできませんでした」
孤児院に行く時は、子供達と遊ぶため動きやすいシンプルなワンピースを着ていく。
そのワンピース姿のブレンダと、今日の化粧もして着飾ったブレンダはかなり印象が異なるだろう。

「そうか」
「……ご挨拶すべきでしたでしょうか」
「分からなかったということは公式な訪問ではなかっただろう。気にしなくともよいが……」
(が?)
含みのある言い方に不安に思ったブレンダは侯爵を見上げが、何か思案をしている様子の侯爵はブレンダの視線に気づかなかった。

  *****

「聞きました? プレヒト伯爵の御令嬢が王太子殿下とお見合いしたのですって」
前回と同じメンバーでのお茶会の席でドロテーアが言った。

「まあ、アデーレ様?」
「とっても可愛らしい方よね」
「それで、どうしたの?」
ルイーズとアメリー、パトリツィアが身を乗り出した。
「それがね……途中でアデーレ様が泣き出してしまったんですって」
ドロテーアの言葉に二人は硬直した。

「……どうしてですの?」
「アデーレ様が色々話しかけても全然返してくれなくて、しかも睨まれてしまったの。その目がとても怖かったそうよ」
「まあ……じゃあやっぱり噂は本当なのね」
ルイーズが身を震わせた。

「でも……私のお兄様が王太子殿下と同級なのだけど、ご学友たちとは普通に接しているって聞いたわ」
アメリーが言った。
「近寄ってくる女生徒には態度が冷たいそうだけれど」
「……もしかして女性が嫌いなのかしら」
「言い寄られるのがお嫌とか?」

(……普通の態度だったけど)
ドロテーアたちの会話を聞きながら、ブレンダは先日のお茶会を思い出した。
王太子の方からブレンダに声をかけたし、その目も怖いとは思わなかった。
(女性の方から来るのが嫌なタイプなのかな)
ブレンダへの態度は普通だったので、女嫌いということもないだろう。

「そういえば先日、お父様がミュラー伯爵のお茶会の席でブレンダ様とお会いしたと聞きましたわ」
ブレンダを見てルイーズが言った。
「ええ」
「王太子殿下もいらしゃっていたとか」

「まあ、ブレンダは王太子殿下を見たの?」
ドロテーアは目を輝かせた。
「ええ……でも怖いという感じではなかったわ」
「じゃあどんな方なの?」
「……綺麗なお顔だったわ」
「あとは?」
「え? ……それくらいよ、オークションの時にいただけだったし」
少しでも会話をしたなどと言ったら格好の興味の的だ。
ブレンダは直接会話をしたことは伏せてそう答えた。

「そうなの。私もお会いしたいわ」
「でも睨まれたら怖いのでしょう」
ドロテーアの言葉にルイーズは首を振った。
「お顔を見るだけならいいじゃない」
「来年学園に入ればお会いできるでしょう?」
「学年が違うとお会いする機会があるのかしら」
アメリーの言葉にドロテーアは首を傾げた。
「それはあるでしょう、同じ敷地なのだし」
「まあ、入学が楽しみだわ。他にも素敵な方々がたくさんいたらいいわね」
うっとりとした顔つきでドロテーアは言った。
(確かに……王太子も第二王子も、お顔を見るだけなら眼福よね)
そう思いながらブレンダも頷いた。
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