上 下
8 / 48
第二章

02

しおりを挟む
「まあブレンダ。綺麗になったわね」
アルマ・キューパー伯爵夫人はブレンダを見て目を細めた。
「お母様そっくりね。あの方も社交界では『幻の花』と讃えられるくらい美しかったわ」
「……幻の花、ですか」
「病弱だったから滅多に社交の場には出なかったのよね。たまに現れると皆が見惚れていたわ」
「そうなのですか」
母親が美人だったことは、使用人たちから聞かされいたが。
社交界でもそんな風に言われていたとは知らなかった。

「この子が娘のドロテーアよ」
夫人は隣に立つ似た少女を示した。
「初めまして。ドロテーア・キューパーですわ」
「ブレンダ・バルシュミーデです」
「本当に美人ね。それにその髪色、とっても綺麗だわ」
ドロテーアは大きな目を細めた。
「ありがとう……あなたの金髪もとても綺麗よ。それにお人形みたいで可愛らしいわ」
「うふふ、ありがとう」
綺麗に巻かれた髪を揺らしてドロテーアは満面の笑みを浮かべた。
「私、お人形みたいって言われるのが好きなの」
大きな目を宿した幼い顔立ちに、髪を結んだ大きなリボンやフリルをふんだんに使ったドレスなど、ドロテーアは本当に人形のようだった。

(わあ……漫画そっくり!)
ブレンダは内心歓声を上げた。
ドロテーアは、漫画でヒロインのクラスメイトとして登場する。
可愛いものが大好きで、可愛らしい見た目のヒロインのことも気に入り友人となるのだ。
(ここは……本当に漫画の世界だったのね)
これまで自分以外に漫画の登場人物と出会ったことがなかったので、少し疑っていたけれど。
こうして他の登場人物の存在を目の当たりにして、改めてここは漫画の世界なのだとブレンダは実感した。

「まったく、この子はいつまでも子供みたいなドレスを好むのよ」
夫人はドロテーアを見て眉をひそめた。
「なによ、可愛いじゃない」
そう答えて頬を膨らませる仕草も可愛らしかった。
「ねえ、ブレンダはどう思う?」
「……とても似合っているから、いいと思うわ」
ドロテーアに聞かれてブレンダは答えた。
年齢よりも似合うかの方が大事だと、ブレンダは思っている。

「ありがとう。ブレンダのドレスもとても似合っていて素敵よ」
ブレンダは紺色のドレスを着ていた。
流行のものよりも膨らみを抑えた、地味なシルエットだが、大人びた見た目のブレンダにはよく似合っていると仕立て屋が褒めてくれたし、自分でも気に入っている。
「ありがとう」
「ねえ、見せたいものがあるの。私の部屋に来てくれる?」
ドロテーアはブレンダの手を引いた。

「ドロテーア。もうすぐ他の方々も来るのだから……」
「すぐに戻るわ」
母親の声を遮って、ドロテーアは早足で歩き出した。


「もう、お母様は小言ばかり」
部屋に入るとドロテーアは頬を膨らませた。
「……心配なんじゃないかしら」
「もう十五歳よ、そんなに言わなくても分かるわよ。ブレンダのお母様は……」
言いかけて、ドロテーアはハッとしたように口をつぐんだ。
「あ……ええと」
「大丈夫、気にしないわ」
ブレンダは笑顔を向けた。
「私のお義母様は何も言わないの」

自分に母親がいないことを他人に変に気遣われることは、前世から経験している。
小中学生の頃はそれが嫌だったけれど、高校生になると相手には悪気がないのだし、気にしても仕方がないと思えるようになった。

「……ブレンダって、見た目だけじゃなくて中身も大人なのね」
ブレンダを見つめてドロテーアは言った。
「そうかしら」
「お母様がね、ブレンダは従姉妹だし同じ歳なんだから仲良くしなさいって言うんだけど、怖かったり嫌な人だったりしたらどうしようって思ってたの。でも綺麗で優しくて良かったわ」
「……ありがとう」
正直なドロテーアの言葉に、ブレンダは内心苦笑しながらも笑顔で頷いた。

「あのね、この本なんだけど」
ドロテーアは棚から一冊の本を取り出すとページをめくった。
「この絵、ブレンダにそっくりじゃない?」
そこには杖を持ち、後光を浴びて輝く、ブレンダに似た薄紅色の髪を持つ女性の姿があった。
「さっき会った瞬間に思ったの。この人は王子様を救ってくれる女神様なのよ。ね、似てるでしょう」
「……確かに髪色は似ているけれど……」
「顔も似てるわ。美人で優しくて気品があるもの」
「……ありがとう」
面と向かって褒められるのは恥ずかしい。
照れながらブレンダはお礼を言った。



お茶会には他に三人の令嬢が呼ばれていた。
皆来年学園に入学する予定で、キューパー伯爵家とは近い家柄の子たちだ。
おそらく夫人が、ブレンダも含めて娘の友人や味方にしたい子たちを選んで集めたのだろう。
参加者にとっても仲良くしておきたい相手なのは同じで、お茶会は和やかな雰囲気で進んだ。

「そういえば、王太子殿下の婚約者がお亡くなりになったのは聞きました?」
アメリー・バルテン子爵令嬢が声をひそめて言った。
「ええ、聞きましたわ」
「まだ十四歳なのに亡くなられるなんて……お可哀想に」
その話はブレンダも聞いていた。
婚約者である王女は長く患っていたが、回復することなく亡くなってしまったのだという。

「……それで、これから殿下たちの婚約者選びが始まるってお母様が言っていたの」
さらに声をひそめてアメリーは言った。
「うちは子爵だから関係ないけれど、伯爵以上の家は娘をお妃にさせるのに色々大変だって」
「まあ、本当に?」
おっとりとした雰囲気のルイーズ・アンシュッツ伯爵令嬢が目を丸くした。
「……でも、王太子殿下ってとても怖い方なのでしょう?」
「ええ。頭も良くて、まだ十六歳なのに宰相ですら反論できないほどだとか」
「正妃様のお子様がいるのに側妃様のお子様が王太子になったのも、とても優秀で恐ろしい方だからって」
「静粛された臣下がもう何人もいるとか……」
「自ら剣を振って血まみれになったこともあるって……」
アメリーと、パトリツィア・タイバー子爵令嬢が口々に言った。

(恐ろしく……はなかったと思うけど)
少女たちの噂話を聞きながら、ブレンダは前世の漫画に登場していた王太子を思い出した。
辺境伯の娘である側妃の産んだ第一王子と、王家の血を引く公爵家の娘である王妃の産んだ第二王子は半年違い。
王妃の子が王太子になる方が軋轢も起きにくいはずだが、優秀だという理由で第一王子が王太子に選ばれた。
漫画ではそれが第二王子のコンプレックスとなっており、その傷心をヒロインが癒すのだ。

漫画の王太子は「氷の王子」と呼んでいたくらい冷淡な性格だったが、それは彼が次期国王として冷静に物事を考えていたからであって、確かに愛想はないけれど、剣を振るうような、恐ろしいというものではなかった。
けれどブレンダも含め、まだ社交の場に出ていない令嬢たちは王子と接する機会がない。
だから噂を信じてしまうのも仕方がないのかもしれない。
「まあ、そんな方のお妃になるのは怖いわ」
「でも王妃になれるのでしょう」
「王妃なんて大変だわ」
パトリツィアの言葉にルイーズは大きく首を横に振った。

「でも……第二王子だったら、ブレンダがお妃になれそうね」
ドロテーアがブレンダを見て言った。
「……私?」
「そうですわね、ブレンダ様はとてもお美しいですし侯爵令嬢ですもの」
「第二王子のレアンドロ殿下は穏やかな方だと聞きますわ」
「……私がお妃なんて……そんな、無理だわ」
ブレンダは慌てて首を振った。
家出してまで婚約者にならなったのに、ここでまたそんな話を出されたくはない。

「そうかしら」
「ブレンダ様ならきっと素敵なお妃様になれるわ」
「いえ……本当に、私には向いていないの」
ブレンダの言葉に令嬢たちは納得していない顔を見せたが、この話題はひとまず終わりとなった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

花婿が差し替えられました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:242

江戸心理療法士(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:3

ストケシア

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:43

浅い法華経 改

weo
エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:200pt お気に入り:0

望んで離婚いたします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99,740pt お気に入り:897

愛人候補で終わったポチャ淫魔君、人間の花嫁になる。

BL / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:43

この異世界転生の結末は

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:315

雑魚テイマーな僕には美幼女モンスターしか仲間になってくれない件

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:120

処理中です...