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彼は自らの意思で、わたくしの国を最期の地に選んだのです。

期待に応えられなかったのでしょうか

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 シホ様の予選会の初戦を告げる銅鑼の音が響きます。お相手は予選会で三十勝の選手です。勝ち星は主に、自分より格下を相手に獲得したものでした。


 エリシア様は真剣な眼差しで、シホ様の動きを見ておられました。彼の動きは特筆して、精彩を放つものではありませんでした。どうやら相手の実力に合わせて、些か手を抜いているようでした。

 シホ様が垂直に構えるグラディウスに、対戦相手は必死の力を込めて何度も打ち合いますが、疲れで動きがバテてきたところで一瞬の隙を突きます。お互いの得物の刃が触れ合う一点から、相手が力を抜いた瞬間、一気に右側に薙ぐような動きで相手の刃物をどかして相手の懐に入り込みます。

 相手が体勢を整えるのを許さず、首を守る防具にグラディウスの横刃を水平に添わせます。剣闘場での勝利条件のひとつ、「首元の寸前に手持ちの武器を突きつける」を達成しました。シホ様の勝利が確定し、観客席からまばらな拍手が打ち鳴らされます。盛り上がりに欠ける予選会の試合では、勝利してもこのような反応は珍しくありません。


 シホ様の「特例」により、他の皆様の試合の合間に、彼は試合数を重ねます。これも、エリシア様が直々に告示を出されているため、観客は一切の不満も表明せず観戦しています。

 二戦目はシホ様と対等の実力の中堅選手だったため、先ほどよりは見応えのある打ち合いの末、シホ様が辛くも勝利されました。しかし、三戦目。先の試合の疲労の蓄積か、シホ様が敗北し、本日の彼の試合は打ち止めとなります。


「……なぁ~んだ。期待したほどじゃなかったわ。レナ、今後はいつも通りあんたが対応してくれる?」

 三試合、全てを見届けたエリシア様の感想です。彼女のお眼鏡に適わなかったようです。

 この日、エリシア様は「本戦出場の剣闘士になるまでは、シホ様の試合を特別に見守る必要はなし」と判断されたようです。これ以降は予選会の試合観戦をすることはなくなりました。

 元より、エリシア様が熱心に観戦されているのは剣闘場の本戦、正式な剣闘士同士の戦いです。ひと月かけて行われる勝ち抜き戦の優勝者には、エリシア様と直接に対戦出来る権利が与えられます。エリシア様自身も、剣闘士達の戦いぶりをつぶさに研究する必要があるのです……それは、残念ながら。エリシア様が全力で試合に取り組むためというよりは、圧倒的な戦力差によって対戦相手をうっかり殺めないためであり。それだけの実力差がありながらも、少しでも自分が試合を楽しむための下準備であるのでした。
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