ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

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ダンジョン攻略編

状況の急転

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 天然のダンジョンへ挑む二日目、中層への道を作るのが目的だ。
仮拠点にしたキャンプ地へ、盆地の上に残して置いた戦力の大半を呼び寄せる。上には監視だけを置いて仮拠点を中心に周辺のゴブリンを片付けて行く算段である。

とはいえ呼び寄せた戦力も拠点守備することで俺たちの背中を守る程度であり、本当の意味での攻略としては、甚だ温い使い方だろう。まあ居るかも判らないライバルを考慮したものなので仕方がない。他の家の監視も居ると考えて、連中から見て安全策で適当に戦って居ると思わせればそれだけで成功と言えた。

「今日の目標は周辺を蹴散らして入口への道を抑える」
「ゴブリンの大多数を倒し、少なくとも明日にはあそこの穴の前に拠点を置く」
「不測の事態が起きた場合、良い意味でなら今日中に拠点を前進」
「悪い意味でなら、急がず暫くはこの周辺で安全な戦いを繰り広げておく。まあ総数はだいたい把握しているから、起きるとしたら前者だけどな」
 盆地と言っても二・三日で全てを回れる場所ではない。
それゆえに今日の間はノンビリしているという演技込みで、明日以降に余力を残しておくわけだ。重要なのは明後日から中層に挑むことであり、『余力を残しているから少し本気を出してみました』と言い訳する為である。とはいえそんな目論見が都合よく行くとも考えてはいなかった。

周囲のゴブリンたちがどの程度動くか分からないからだ。
様子見して全く動かないならば、今日中に入り口に辿り着いてあそこに拠点を作れる。中層への出入り口を抑えられるし、明日から潜る事も出来るだろう。逆に周辺のゴブリンがすべて集まって来たら話は変わる、安全性を確保するために無理をすべきではないだろう。どのみちゴブリンの総数は把握しているので、数日以内に目的を果たせるだろう。

「それと昨日の反省点も踏まえて流れを修正します。確認ですが、ジャンさん。貴方は国元でもあのペースで動いているのですか?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
 意味を理解して居ない事が良く判った。
昨日、彼にはホムンクルスを盾にして、適当にゴブリンを倒して行ってくれれば良いと伝えたのだ。しかし彼は次々にゴブリンを倒して突き進み、ホムンクルスを盾にするどころか、自分のペースで延々と戦い続けた。疲れたら戻って来て、その間はホムンクルスに戦線を任せておくという感じである。どう考えても気力・体力を温存しているとか、周囲を見て陣形を確認しているとは思えなかった。

ここで傭兵だったら解雇をちらつかせるし、誰かの弟子ならばキツイ事を言って判らせるべきだろう。しかし彼は移民たちを率いてきたような物だし、ふてくされて任務を放棄されたら、戦力を急に補充出来ないから問題に成ってしまうだろう。

「そのペースが一番とおっしゃるのでしたら戦法を変えましょう。あなたが先頭に立って蹴散らしてください。トドメや横槍を狙う敵をホムンクルスに任せます」
「おう! その方が動き易いから構わぬぞ。話の分かる奴だな」
 ここは考え方を変える方が無難だろう。
腕利きの傭兵を雇って、その人物にアタッカーを任せたのだと思うしかない。明確な瑕疵が無ければ貴人を叱りつける訳にはいかないし、攻撃力は最大限に活かすべきである。これが中層に入ってから強敵と出逢うならば話は別だが、上層にはそこまで強い敵は居ないのだ。精々がゴブリンのロードくらいであろう。

その上でホムンクルスの役目は彼の補助に切り替える。
敵の戦意をジャンが崩した後で、その穴を拡げるために動くのだ。両脇に付けておけば左右をガードすることになるし、一歩遅れるホムンクルス特有の主体性の無さも、先行する人物を追い掛けるという形ならば何の問題も無い。

「剣技で遅れを取るとも思えませんが、魔法には注意してください」
「魔法で軽く眠った所を毒の刃でブスリ。熟練者でも結構死にますから」
「エレオノーラは昨日と同じく様子見してから最適な魔法を放ってくれ」
「ただ変化としては足止め目的で攻撃魔法を叩き込むくらいだと思う。今のところは付与魔法とかは不要そうだからな」
 ジャンが突撃して雑魚を次々に倒す前提で行く。
その上で一番困るのが雑魚ばかりだと思って魔法を喰らってしまう事だ。眠りや麻痺の魔法を喰らってボケっとしてる所を、囲んでボコボコ……というのは無いにしても、毒の刃で刺されるというのは良くある話だ。

とはいえゴブリンの呪術師がそこまで考えるかは分からない。
さっさと逃げるなり、手下と共に隠れ潜んで奇襲する時に攻撃魔法を放つ程度ではないかと思われた。

「……ブーも同じように地形の把握を頼む。その後はおそらく昨日と同じ流れで済むと思うが、さっき言った通り不測の事態は起き得る。その時ばかりは面倒を頼むかもしれん、休むついでにこっちに詰めるようにしてくれ」
「構わないネ。楽ならその方が良いヨ」
 その上でブーの配置をむしろ奇襲対策から外す。
代わりに本隊と往復する形で偵察に出てもらう。重要なのは俺の元に地形情報が頻繁に入って来るという形式であった。放っておくとジャンが好き勝手に前に出るのであれば、静止するよりも方向性をこちらで握るべきだと思ったのだ。

昨日も流石に仲間とは別方向に行かなかった。
そこで『その先はあっちに行った方が良い』と指示する事で、進む先をコントロールすることにしたのだ。

「災難ね。計画の修正は効くの?」
「まだ強くて若い分だけ何とでもなるさ。野心家や弱いのに前に出たがる正義感よりは楽だね」
 自分本位な貴族など想定外だが最悪ではない。
地元ではうだつの上がらない三男・四男あたりが、領地を乗っ取りに来たというよりはまだマシだった。地元とのつながりを元に自己主張し、さらにここで戦った経験を発言力に変え、エレオノーラの婚約者に収まる。一番困るのはその辺りだろう。あるいは勝手に前に出るがちっとも強くないパターンだ。流石にその場合はブーが止める筈だが、あいつにも地元で断れない縁があるだろうしな。

貴族の義務を信じるお子様だが、十分に強い。
体が出来上がってないのでゴブリン以上の敵を一撃とはいくまい。だがそれでも俊敏で流れるような連続攻撃が可能なので、技量に関しては問題ない。最悪、威力に関しては付与魔法で何とかすれば良いだろう。

「ひとまずは彼が疲れて下がるまでは様子を見よう。先陣を任されて無理するタイプなのか、ポーションをねだって前に出ようとするなら厄介だな。足を止める成り休憩に戻るくらいなら可愛いくらいさ」
「そんなところかしらね。こっちは新手や交代時に攻撃するわ」
 所詮はゴブリン、格上を揃えて出している以上は負けはない。
数値的に言えば十段階で三以下なのがゴブリン、対してこちらは五以上だ。なので囲まれない限りは良い勝負ができるし、ジョンが切り込んで倒す間にホムンクルスが追いつくので、今の所は問題はなかった。先行したブーから簡易地図を貰ってるし、脇道の調査をしている間にどちらへ行けば良いのかを判断すれば良いのだ、ここまでで不安要素はない。

もう少ししたら脇道のゴブリンを退治して後方遮断。
後は安心できる状態で前に出るだけだと思った時、状況の変化が訪れたのである。それも考える限り、最悪の手前ごろである。最悪じゃないからまだマシとは言いたくない事態であった。

「何? 倒しても倒してもまだ出て来るんだけど。そんなに居たかしら」
「これはマズイかもしれん。連中、おそらく中層から出てきやがるぞ。……こいつは『どっち』だ?」
 攻撃魔法を放たない分、俺の方には余裕がある。
戦場を観察し、盆地の上を眺める余裕があった。リシャールらしき姿がこっちの拠点へ矢を撃ち込もうとしているので、何かを見つけたのだろう。この場合は中層から戦力が吐き出されているのだ。そりゃ今まで居なかった奴らが出て来るんだから、敵が減るわけないよな。

とはいえこの事態を放置するわけにはいかない。
対応策を考えつつ、当初の目的を果たせるのか、全体像としての中層入りが可能なのかを確認せねばならなかったのだ。

「拠点まで撤収! エレオノーラは敵前面を魔法で薙ぎ払ってくれ! 俺は最悪に備える!」
「了解。でも、戻ってこない子はしらないわよ!」
 攻撃魔法を最前線より前に叩き込み、動きを止める。
その間に撤収を行うべきなのだが、ジャンが撤退指示を無視し、これはチャンスなのだからと前に出る可能性もあった。彼の気力は休息して多少は回復しており、剣技を出せるのも問題である。状況から言えばその余裕は撤退時と、拠点維持に使うべきなのだが……。

ジャンを助けるために二重遭難をすると、手前どころか最悪になる。
今ならば体勢を立て直して再び同じことをするだけで、数日後にはまた前進できるのだ。だが彼を助けるためにホムンクルスに重傷を負わせると、戦線の立て直しが出来なくなる可能性があった。

「二発目も同じ位置へ! 命令無視の場合は指揮官として処断が必要だからな!」
「はいはい。そういう事なら使う術を考えないと、ね!」
 ギスギスするのを覚悟で大声で処刑宣告をした。
聞こえなかったフリをされても困るし、そんな奴だったらいっそ攻撃魔法に巻き込む方が良いと口にしたのだ。それで恨まれても仕方がないし、指揮官は俺だと予め言ってある。貴族に平民が何を言ってるんだとか、そういうのは海の向こうの砂漠でやっててほしい。

エレノーラはそれを了解したのか、火球の呪文にアレンジを入れた。
大抵は脅しの意味も込めて、自分の頭上に用意してから目標地点へと飛ばす。それを相手の上に用意してから、落下させる方式に変えたのだ。対して違いはないが、この方式の良い所は用意している場所が見える事である。敵の頭上に出し続ければ、またそこへ落とすだろうと想像するのは難しくないだろう。

「アレを凌げば何とかなるのではないのか?」
「考えられるのは二つです。ゴブリンが巣分けをして、余った連中が出て来るのが最悪。次点で怯えた連中が上層へ避難して来るパターンですね。こっちはより必死ですが、数はこれ以上増えません」
 納得が行くような理由、聞かせてもらえるのだろうな? 
そう訴えるジャンに対して俺は肩をすくめてみせる。指揮官に不平を言う兵士というのはいただけないが、彼から見れば俺は平民での部隊長で、自分は客将くらいのつもりなのだろう。その辺を徹底しなかった俺のミスかもしれんが、簡単に説明して置いた。

中層から下層にモンスターが移動する理由は二つある。
数が増え過ぎコブリンキングも二体に増え、負けた方が自分の勢力を率いて上層に出て来るのが巣分け。この場合は中層の戦力が減っておらず、余った分だけがこっちに来ているので最悪だ。

「さっきまでの奴らよりは強かったぞ。そんな連中が逃げ出す?」
「中層で一番強いボス格が移動した可能性がありますね。ボスにとっては散歩のつもりでも、ゴブリンにとっては巻き込まれただけで死ぬような奴なら、話は別でしょう?」
 キーワードは、さきほどから敵が減って居ない事だ。
ただ数が増えて移動しただけならば、状況が変わってから出直せば良い。縄張りに何時までも残るのは許さないし、そうなると手下が逃げる可能性もある。だが、一日くらいは問題ないはずだ。ならば中層のボスが移動し、そいつから必死で逃げていると思えば納得がいく話だった。

そう、オールド・キメラが動いたのである。
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