ダンジョンのコンサルタント【完】

流水斎

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机上のコンサル編

学友との再会

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 旧知である女魔法使いの顔を見た時、俺の疑問は氷解した。
どうして面倒くさい注文をするのか? わざわざ基本条項から見直し、何度でも相談に訪れるのだと公言するのか? 性格を知って居ればそれほど難しい推測を必要とするまい。

「エレオノーラ。君がダンジョンマスターに成っていたとは知っていたが、もう中級になったんだな」
「ええ。お陰様で。旧交を温めても良いのだけれど、その前に片付けておきましょうよ」
 美人ではあっても捕食者を前にして冷静ではあまりいられない。
いや、夜のお付き合いと言う意味なら歓迎なのだが……。どう見ても『利用できるだけ利用してやろう』という相手に対して、微笑みより苦笑いを浮かべる以外の手はなかった。実際、アカデミー時代でもドレス姿よりは対術ローブや研究用の白服姿の方が圧倒的に多い。飲み会の艶姿よりも喫煙所での息抜きの方が記憶に多いのだから猶更である。

なお、彼女が中級者になったというのは、割りと簡単な判断で推論にもならない。
有名どころは何処かの大手と契約するなり、個人事務所を囲って通年で相談しているのが通例だ。初級のダンジョンマスターに至ってはひとまず管理できるところまで専念しているだろう。必然的に中小の事務所と相談を始めるのは、余裕が出来てお仕着せのダンジョン・ビルドでは飽き足らなくなった中級者と言う事になる。

「見知った仲だ。結論から先に言うぞ? 長期契約扱いで調整するなら可能だ」
「互いに忙しい時期は避けて処理、どちらかが合わせられない場合は代理人を立てる」
「知っての通り俺は大容量型で儀式魔法の方が得意だからな。ダンジョン設備やモンスターの間を入れ替える転移系の術式も可能ではある」
 俺の能力が一芸型だと簡単に説明したと思う。
呪文を唱えるスピードや威力などは苦手な部類だが……。覚えて置ける呪文の記憶量や、細部の把握などは得意なのだ。戦闘用に一々呪文を唱えて戦うのは向かないが、計画書に沿って予め定めた儀式魔法を用意するのならば多少複雑でも可能なタイプなのだ。だからこそ、この事務所に雇われているとも言えるのだが。

「それでいいけど……こっちも先に言っておくわね。少なくとも特約と保険は要らないわ」
「相変わらずの自信家だな。どっちも有用だから条項に組み込まれてるんだぞ。オマケも捨てがたいしな」
 エレオノーラが不要だと言った特約と保険は、ダンジョン開発の目玉であった。
この大陸でダンジョン・ビルドが一般的になり、様々な技術や呪文が開発された。しかしそういったモノはどこかで緩やかになり、やがて止まるものだ。そこで新開発の妨げになる大きな問題……ダンジョンの崩壊に関して、大きなフォローを行政主導で行ったのである。

それが免責特約と再起保険。
改造した影響などでダンジョンが滅亡したとしても責任を問わないという特約。その場合にも再起が可能な程度の支援を行うという保険である。この二つがあれば大胆な改造をしても問題が起き難くなるし、安全地帯だからと生産に特化したら対立組織に攻め込まれて滅びました……なんて時に補いがつくのだ。他にもこまごまとしたフォローがこの二大特典に付属しているのも大きい。

「監視業務や情報保護とかも要らないわよ。元もと私は別の目的の為にダンジョン育ててるしね」
「そういえば昔言ってたな。どんな目的かまでは聞いてないが……。経営権は売んのか」
 エレオノーラが優秀だったのには幾つか理由がある。
割りと有名な一族の後継者で積み重ねた血統や英才教育が優れていた事。一族の使命とやらの為に早くから自分磨きを始めたというのもあるだろう。俺が食っていくためにアカデミーで四苦八苦して自分に見合った魔法を覚えてたのと違って、多方面の才能を延ばす意識もその時間もあったわけだ。

そもダンジョンマスターは優秀な魔法使いが任命されることになっている。
そんな中でエレノーラみたいなタイプは大きく分けて二種類居る。一つは『腰掛け』で何処かの派閥に組み込まれるまでの実績稼ぎしているボンボンたち。もう一つはキリの良い所まで育て切った……魔力の満ち溢れるダンジョンの経営権を売りに出す実業家タイプである。てっきり前者かと思ったが、後者寄りであったわけだ。

「あなたには関係ないし文句はナシよ。それに有名どころはみんなやってんでしょ?」
「そりゃな。大手は自前でその辺を何とか出来るし、個人事務所は貴族の直下だから同系列なんだよな」
 こう言ってはなんだが特約も保険も全国的で、かゆい所に手が届かない内容だ。
滅亡する理由が殆どないダンジョンも存在するし、ボンボンがやる場合はレールが敷かれて居て脱線しない限りは失敗もまずない。免責されるようなことは基本的に起きないし、再起する時も自分ちの派閥がお膳立てしてくれるので真っ先に見直される項目なのである。

なお、エレオノーラが固執する理由も、大手経由でも解除する理由も割りと意味がある。
金銭が建設族と呼ばれる行政に吸われていくだけではなく、ダンジョン・ビルドそのものや中で行う魔法陣設営にも若干関わって来るのだ。四角四面のダンジョン構造がリアルになると言えば判るだろうか? 計算上無視される項目が使えるので普通の魔法使いが扱っても最大容量が5%くらい、俺たちみたいな専門家が時間を掛ければ7~8%くらいは浮くと言えば、手を出したくなる理由も判るだろう。

「聞きたいんだけどアジャストやリプレイって何?」
「その辺は用語メモでも渡してやるから家でゆっくり考えてろよ。細かい内容を精査するのと単語を理解するのは違うだろ? それにお前さんに聞かなきゃならないことがある」
 エレオノーラが重箱の隅をつつき始めたので話を一度切ることにした。
契約条項に関しては向こうが把握し、こっちと再度詰め直して決めれば良い。だが、そんなのは暇な時に飯でも食いながらやれば良い話だ。最初なのだから方々に声を掛けるためにも、大筋を聞いておくべきだろう。

ちなみにアジャストはダンジョンの構造材に掛ける魔法で、元の接続と違う場所に転移させても現地にフィットさせる儀式魔法。リプレイは部屋の入れ替え時の予測用で、極端な例えでいうと水棲の魔物を砂漠の上に住まわせたらどうなるかを計算してくれる魔法である。どっちも有用ではあるが、現地を専門家が見ながらやれば不要な魔法だったりする。こういった魔法が基本条項に含まれている為、数%の不要部分が出てしまうという訳だ。

「何よ? スリーサイズは教えないわよ」
「お前にとってもっと重要な話だよ。どんなダンジョンにしたいかってこと。それで方針がガラっと変わるだろ?」
 話の腰を居られてムカついたのか、つまらない冗談が飛んで来た。
しかしそんな物に興味はない……とは言わないが、少なくとも事務所で仕事中に尋ねるべき事ではない。ここは仕事に関わるべき事の中でも重要な事を聞くべきだし、今のうちに方針を聞いておきたいのもあった。俺のやる気から言っても、色々と未来を妄想する意味でも重要な事であろう。
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