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第一章 ドラゴンの呪い

16 バニー『はやくきて……キララ様』

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 バニーは、信じています。
 ここは魔法学校フロースの噴水広場。
 美しい水のアート、風に揺れる夏草、ひぐらしの鳴き声が響きます。
 バニーは手を合わせ、夕日に向かってお祈り。
 
 ──ああ、日が沈むことがこんなに苦しいなんて……

 思い出します。
 キララ様と冒険に出た帰り道。楽しくて、楽しくて。
 でも、終わってほしくなくて、日が沈むことが苦しくて。
 夕日の光りに照らされた、キララ様の横顔。
 お母さんの笑顔と重なります。
 うっとりするほど、美しい。
 私は、生まれて初めて心から笑いましたし、友達ができて嬉しかった。
 この思い出は、一生の宝物だと、そう思いました。

 ──だから……。

 キララ様の憧れである聖騎士。
 その職業に私がなるなんて、とても考えられません。
 学校から選出されるのは、魔力測定で首席をとった一名のみ。
 このままいくと、私になってしまいます。
 ああ、キララ様、はやく帰ってきてください。

「……?」

 ふと、目をこらせば、茜色の空のなかに、箒に乗った女の子が飛んでいます。
 
「あれは、なんでしょう?」

 こんなときこそ、魔法です。
 無属性魔法で視力を強化します。

 ──テレスコープアイ望遠鏡の瞳

 バニーの黒い瞳は、いまは人の6倍ほど視力がある鳥と同等です。
 見つめてみると、あれは……。

「キララ様ぁ!」

 やっぱり、キララ様はすごい!
 ですが、なぜ箒に乗っているのでしょう?
 謎です。謎すぎます。魔力はちゃんと戻ったのでしょうか?
 っていうか、速い! あっというまにこっちに来ます。
 バニーの飛行速度より速そう。スピードならキララ様に負けてなかったのに。
 ちょっとだけ、ちょっとだけ、悔しい気持ちが芽生えます。
 
 ──あれ?

 これは仮説ですが、もしもキララ様がいなかったら。
 バニーは聖騎士になることを、ふつうに受け入れていたのではないでしょうか?
 そうですね……いじめにあっていたバニーは、悪いことをする者が嫌いです。
 よって、聖騎士になれるなら、なってもいいかな……なんて……。

「バニーちゃん! ただいまっ」

 すたっと大地に舞い降りるキララ様は、まるで天使です。
 身体能力、魔力のフルパワーは、バニーより上。
 さらに、魔獣によって戦闘スタイルを変える素晴らしいテクニックもあります。
 そんなキララ様のことがバニーは好きで、好きで……。
 ああんっ、もう身体がいうことを聞きませ~ん。抱きしめちゃいますぅ!

「おかえりなさーい! キララ様ぁぁぁ」
「ちょっと、バニーちゃん。痛い痛い、おっぱいで死んじゃう」
「あ、ごめんなさい。きつく抱きついてしまいました……いやん」
「嬉しいけど、すぐ行かなきゃ!」 
「はい! 急いで祭壇へ!」

 キララ様は、全速力で走り出す。あ、バニーも走ります!
 彼女の横顔は真剣で、風になびくピンク色の髪は、まるで炎のよう。
 バニーは黒髪なので、例えるなら黒い稲妻、といったところでしょうか。
 一足先に祭壇の部屋についたので、扉を開けといてあげます。
 
 ──無属性魔法、プリーズマッスル筋肉にお願い

 魔力を筋肉に注ぎこみ、キングオーク鬼の王なみの力を得ます。
 キャンディさんの専売特許ですが、実はバニーもキララ様だって使えます。
 バーン、と音をあげ、扉を開けた祭壇の部屋には、生徒たちが残っていました。
 おそらく、キララ様が戻ってくるのを待ち望んでいたのでしょう。
 魔力がなくなったとはいえ、キララ様は学校で一番強かったのです。
 みなさんが興味を持って学校に居残るのは、無理もないでしょう。
 バニーだって、キララ様の完全復活を見届けたいのですから。

「さあ、キララ様ぁ! 急いでくださーい!」
「はあ、はぁ、やっぱりバニーちゃんは速いね」
「そんなこといいですからっ」
「……ちょっと悔しいな。全速力で走っていたのに抜かされちゃった」
「キララ様?」
「なんでもない。じゃあ、魔力測定してくるね」

 はい! とバニーは答え、じっと見守ります。
 ですが……キララ様の後ろに、何やら白い影が浮いてるような……。
 
「あれは何でしょうか? ドラゴン?」 
 
 テレスコープをやりすぎたかな、と思い、ごしごし目を擦ります。
 見直してみると、白い影は消えていました。ほっ、よかった。

「よくぞ、戻ったキララよ」
「学長、もう一度、魔力測定をやらせてください」
「うむ、じゃが日没すれば水晶玉の通信が切れてしまう。なので、急ぐのじゃ」
「わかりました」

 不思議な水晶玉に、すっと手をかざすキララ様。
 その手は、踊るように、滑らかに、くゆらせています。
 ああ、なんて、美しい。
 全生徒たちが見守っています。
 学校でトップクラスの魔力を誇るキララ様。
 いったいどんな輝きの色を放つのでしょうか?

「……?」

 しかし、いくらまっても水晶玉の色は変わることはありません。
 しだいに暗くなる部屋。夜の帳が下りています。
 キララ様は、泣きながら水晶玉に手をかざしていましたが、とうとう……。

「わぁぁぁ!」

 泣き崩れてしまいました。膝をつき、拳を床に叩きつけ、

「なんで……なんで……呪われたままなの?」

 と自問自答しています。
 どうやらキララ様は、呪いによって魔法が使用できないようです。
  
 ──ああ、なんて可哀想に……。

 バニーは、居ても立ってもいられず、キララ様に駆け寄ります。
 ともに膝をつき、彼女の拳に手を添えました。

「キララ様、呪われていたんですね……」
「うん、ドラゴンに呪いをかけられちゃった……」
「ドラゴン……」
「どうしたの?」
「いえ、キララ様の背後に白いドラゴンの影をみたような気がしました。あれは、霊だったのですね」
「見えたの?」
「はい、おぼろげに……学長も見えましたか?」

 ひげもじゃを触る学長は、いいや、と言って首を振ります。
 
「キララよ、時間切れじゃ」
「……」

 沈黙するキララ様の瞳には、大粒の涙が溜まっています。
 ああ、こんなときどうすれば?
 バニーにはどうすることもできず、学長は、話を続けていく。
 
「キララの魔力はなし。よって、お仕事体験はとなる」
「学長! キララ様は呪われているようです。だから、魔法が一時的に使えないだけで!」
「ダメじゃ……これは公式な魔力測定、王都じゅうが見ておる」
「そ、そんなぁ……」
「バニーよ、そなたは聖騎士として、まずはお仕事体験に行くがよい」
「ちょっと待ってください、学長!」
「行ってくれバニーよ、魔法学校フロースの首席として聖騎士を務めてまいれ!」
「……」
「バニーよ、学校の名誉にも関わる、行ってくれるな?」

 はい、とバニーは、小さくうなずきました。
 ふと横をみると、キララ様は、驚くべきことに笑っていました。

「おめでとう、バニーちゃん」
「キララ様、ごめんなさい。バニーが聖騎士に……」
「ううん、いいよ、お仕事体験に行ってきて」
「……いいんですか?」
「もちろん、私の代わりに行ってきてよ! で、悪者をいっぱい退治してね」

 わかりました、とバニーは答えます。
 学園長は、フォフォフォと笑い、燭台についた炎を見つめながら言いました。

「これにて、魔力測定おわりじゃ」
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