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第2部『意識の魔道士』

第15話 風使いへの険しき道程

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 ───風を起こしたい? あの疾斗はやと………じゃなかったが?

 ついさっきを握られたから話を変えようとしてるだけなんじゃないの?

 ………いや、まさか本当ホントに『私、風祭かざまつり君にって呼ばれたのよぉ』などと言いふらす気なんてこれぽっちも考えてない。

 私はそれ程デリカシーのない女じゃ………そう思いたい。全く………。

「バイクに乗るつもりなの? 疾斗が?」

「いや、正直な処、未だフワッとした話だよ。この間のマスターの話が気になってさ」

 取り合えずおざなりなことを言って様子をうかがってみる。

 ───マスターの話………。ああ、珈琲コーヒーじゃなくて『バイク乗りってのは、風を創造つく』の方ね。何となく文学的なセンスを感じる君らしい興味だとは思う。

「で、でもこの間も言った通り、バイクって仮に原付だってそれなりにお金は掛かるし、何よりも危なかっしい乗り物だよ?」

 せっかくあの疾斗が私と同じ趣味舞台へ上がろうって話を切り出してるのに、何故だか突っぱねるようなことを言ってしまう。でも間違ってはいない。

「そ、それがさ………よくよく考えてみると、免許を取る位の蓄え残高が在りそうなんだよ。もっとも肝心かんじんのバイクまで買うには足りないと思うけどさ」

 ほぅ?………それは俄然がぜん興味が湧いて来る。身を乗り出して、しっかりと聞いてみたいなと、ベッドから身体を起こす。

 聞いたところによると風祭疾斗16歳。バイトはおろか、家の手伝いなどでお小遣こづかいの補充すらしたことはない。

 一応ネットで副収入………と言ってもアマプラのGIFTカード数百円分位を毎月かせぐ程度らしい。

 アマプラのギフト………何だか妙に引っ掛かるものがあるけど、まあいっか。

 とにかく親から貰う小遣こづかいと、学校でパンでも買うよう渡されるもの小銭位しか収入源がない。

 子供のボーナスとも取れるお年玉すら『将来のために……』と、いかにも親らしい理由で持ってゆかれる。

 それでもお金があるらしい。というのが、また理由だと思った。

「要はお金の掛かる趣味、僕ほとんどやってなくてさ。しかも他の連中男子みたく、休み時間の度に飲み食いだって滅多にしないんだ。おまけにコレで残高確認ネットバンキングすらしない」

 だからお金は貯まっているという実に当然シンプルかつ適当な回答だった。

 あと免許を取るにせよ、原付なのか? はたまその上か小型限定以上か? 真面目に調べた訳ではないと付け足してきた。

 ───なるほど………で、あれば。

「ねえ、疾斗ってさ。ちゃんと自転車乗れる?」

「ば、馬鹿にしないで頂き! こんなわたくしとて自転車位、しっかり乗れ!」

 別に馬鹿にした………つもりじゃないんだけど。またもさっき私をドギマギさせた執事の男の子みたいなのが、丁寧ていねいに、だけど耳が痛くなるほどの大声で文句を言ってきた。

 私は思わずスマホを耳から遠ざける。そしてほとぼりが冷めたところで再び切り出す。

「じゃあ聞くけど、両手離しとか、人が歩くよりも遅い速度で真っすぐを維持出来る?」

「手離しぃ!? そのようなあやうい運転を何故私めが、しなければならないのですかっ!」

 ───いちいちうるさい………。同じ敬語のきみでもまるで落着きが足らない。キャラ崩壊ほうかいはなはだしいよ。

「ちょっとは落着きなさいよ。まあ、両手離しは余計だけれど、でも後者くらい余裕で出来ないと教習所すら出らんないよ卒業すら出来ないよ

「え………またそんなおたわむれを………」

 そのキャラいつまで押し通す気なんだか………。自分で制御出来ないのかな? とにかく現実を伝えないといけない。バイク乗りの先輩として。

「それが全然戯れじゃないんだよなあ………。流石に徒歩より遅くは言い過ぎだけど、長さ15m、幅30㎝の平均台………通称一本橋っていうのが本当ホントにあるんだよ」

 そう……バイクの実技教習で『ハァ?』って言いたくなる内容の恐らく最右翼さいうよく。私自身、アレには私も随分ずいぶん泣かされた痛々しい思い出がある。

「そ、そんなまるでサーカスの真似事みたいな?」

 此処でようやくが帰ってきた。

「サーカスとはまた面白いことを言うけど、決してうそじゃないのよ。その平均台を落ちずに5秒間ほどかけてゆっくり抜けないといけないんだから」

「えぇ………」

 絶望に打ちひしがれる声が聞こえてくる。まあ、無理もないかも知れないけど。

「まあ、そういう訳だから疾斗の場合、いきなり教習所に行って要らない補習を受けるくらいなら、まずは自転車を練習した方が良いと思うよ」

「い、今さら自転車かあ………風使いへの道はけわしいなぁ………」

 ~~~

 ガクンッ……。

 颯希いぶきの忠告にすっかりうなだれてしまう僕。

 原付免許………原動機付っていう位だし、学校で良く見るスクーター連中も気軽に乗ってる感がある。

 何だったら自転車部の連中が乗ってる奴の方が、余程気難きむずかしい乗り物かと感じていた。

「ん………待ってくれ。原付50cc免許なら、筆記試験と簡単な講習だけじゃなかったか?」

 普段執筆しっぴつ使っている物ノートPCを叩き、検索を掛けながら颯希先生に質問を投げてみる。

「………そうね、ただの原付免許ならそれで正解よ。だけどそれは正直おすすめしないな。まとまったお金があるならなおのこと」

「えぇーっ、な、何でですか先生せんせぇー

 少し口をとがらせて教師に反論する如何にもクラスに居そうな生徒馬鹿を演じてみる。

「それは今、貴方が覗いてるPCのモニターに答えがあるよ。『原付50cc免許なら、筆記試験と』って自分で言ってたでしょ?」

「えっ、それってつまりどういう事ですかぁ?」

 引き続き小生意気な生徒阿呆を演じてみた処、「はぁ…………」という肩を落とした溜息が返ってきた。

「だぁかぁらぁぁ……ロクにバイクの乗り方を教えて貰えないってことだよ。先生の言ってること判るぅ?」

「あ………」

 ───判った………痛過ぎる程に。原付免許の制限速度は時速30km。それだって充分早いし、自転車ママチャリですら転びそうな自分が、そんな速度域次元の異なる領域で………。

 正に正に大惨事さんじ。猫背の背筋が凍りつくのを感じた。

「ようやくお寝坊な君にも判ったようね。自転車すらちゃんと乗れない人が、たかが原付50ccって公道に飛び出したらどうなるか想像して御覧ごらんなさい」

「も、もう充分判りました先生。ち、血の雨が降りそうです…………」

 血の雨………恐らくスマホ向こうの颯希先生は大袈裟おおげさだと苦笑いしているに違いない。でもそれ程の覚悟でのぞまないといけないのだと思い知った。
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