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第2部『意識の魔道士』
第16話 幼馴染の落着きと葛藤
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「あれ? どうしたの疾斗? 自転車なんて珍しいじゃない」
無い体力を振り絞り、フラフラと坂道をどうにか登っている中途。部活帰りの逢沢弘美に涼しい顔で追い抜かれる。
───過酷な部活で酷使してる筈の女子から、ど、どうしてこうも気楽に僕は抜かれるのか? 増してやまだまだ暑い盛りだというのに。
せっかくの真新しい自転車も、僕のようなヘタレが乗車では全く以って冴えないだろう。練習が目的だから敢えて自分専用を準備せずとも良かったのだが。
僕にとっては新しい事始めなのだ。せっかくだから気分を新たにと思った。所詮、大型量販店の格安物に過ぎないけれど。
それにバイクの免許が取得出来たとしても、いきなり購入出来るとは到底思えないから、足は合った方が良いに決まっていた。
「ハァハァ…ハァハァ………」
僕の普段の行動範囲には、坂道なんて敵は存在しない。弘美にしてみれば、それも知った上での『珍しいじゃない………』って発言なのだろう。
ようやく登り切った所で、僕の脚がいう事を効かなくなる。あ、汗がヤバい………。情けないけど、気が遠くなりそうだ。
「はい、コレ飲みなよ。この季節なんだから、水分取らなきゃマジ危ないよ」
「あ、ありがと………」
坂の上でわざわざ待っててくれた弘美が、スポドリが入ってるらしいボトルを気軽に差し出す。朦朧とする意識の中で、それを受け取り突き出たストローを口に入れる。
───い、生き返る………。HP0寸前だった僕の身体に染み渡る万能薬……っておいっ、待てっ! このストローってばよっ!?
「あ、あ、ち、違う………た、ただ喉が渇いていただけなんだ」
「………? 判ってるよ、そんなこと」
僕の顔が朱色に染まり切っている理由は、急な登り坂を無理して上がり、血流量が増しているからではない。
弘美の頭に浮いている疑問符。僕の慌てふためきぶりの意味を、まるで判っていない口振りであった。
───何も塗っていない自然な赤みが差した健康的な唇を意識せずにはいられなかった。
「こ、コレ、コレ………」
今しがた口にしたばかりの物を僕が幾度も指差し、弘美へアピールする。すっかり首を傾げていたが、ようやく把握した様で、顔を緩ませ一気に吹き出す。
「アハハッ! おっかしいっ! そういうことぉ!? そんな小学生じゃあるまいし」
自分の膝を何度も叩く弘美の笑いが鳴り止まない。腹筋が痛いのか少々目が潤んですらいる。
「あーっ、えぇ………そうでござんしょうよ………。高校生の男子がそんなことを逐一意識してたら、恋愛なんて出来ねえよな………」
これは他の誰でもない僕自身の恋愛童貞が成した台詞だ。けれどサラリと、ただの友達には言わない余計な付属品が付いていた。
「………れ、恋愛ね」
登り坂の駆け上がりでも、間接キスですら、まるで響きやしない弘美の目の下に、自然のチークを入れてしまった。
「………そ、それはそれとして、どうして疾斗が自転車なんかでこんな所に居るの?」
自ら話を逸らしたかったのか、冒頭の質問へ戻る弘美。慌てた気持ちをまるで代弁してるかの様に揺れ動くポニーテールが次に僕の目を惹く。
───そ、それは間接キスより触れて欲しくない話題だ。弘美からの場合だと実に顕著だ。
「そ、それはだあな………う、運動不足っ! そうっ、運動不足解消のためさ。流石に家に閉じ籠ってばかりじゃ身体に良くな………」
「どうせ爵藍ちゃん絡みでしょう。アンタの顔に書いてあるわ」
最後まで告げようとした矢先に挫かれてしまった。恐る恐るゆっくりと弘美の顔へ視線を送る。
少しだけ剥れた頬がそこにはあった。
「………大丈夫。私その程度で怒るほど短気じゃないつもりよ」
ふぅと軽い深呼吸をしてから笑顔へ返り、僕に視線を合わせてそう答えた。落着き払って魅せている感じではなさそうだ。
───何だろうこの笑顔………。今の弘美になら正直に接するべきではあるまいか。………勝手な思い込みかも知れないけど。
「………う、うん。実はそうなんだ。僕、まだバイクに乗れるか判らないけど、免許だけでも取るかもって颯希に話したんだ」
『颯希』……目の前に居るのは弘美だけ。だから颯希との約束の方は違えて爵藍って呼称しても問題ないし、寧ろ角が立たない気もする。
───だけど、それはそれで卑怯なやり口だと感じた。
後は颯希の勧めで免許を取る前に自転車で練習すべきだと言われたことを在りのままに話した。
僕の言葉にしっかりと耳を傾け、逐一頷きを返してくれる弘美がいる。何だかとても有難いと感じた。
「なるほどねぇ………。いや、爵藍ちゃんの言ってることは正論だと私も思うよ。正直疾斗は運動神経が足りないからねぇ」
しみじみと言われてしまった………。幼馴染の言葉は重みが違う。でも受け入れて貰えてやはり話して良かったと安堵した。
「疾斗がやりたいことに口出しするつもりはないし、良いアドバイスをしてくれた爵藍ちゃんには感謝だね。………ところでさ、まるで違う話を続けても良い?」
僕の話は全肯定してくれた弘美。けれど違う話題を切り出そうとした途端、雲行きが怪しさを帯びる。
「な、何だ。どうした? 帰りの時間だったら、特に気にしなくて良いよ」
「あ、ありがとう………じゃ、じゃあ話すね」
弘美の話したかった内容………。それはあのテニス大会の直後、彼女が自宅へ帰る時のことであった。
嘗ては親同士の仲良しから始まった筈の風祭疾斗と逢沢弘美の友人としての付き合い。これに待ったを掛けた弘美の父親………。やはりあの場にも顔を出していた。
そして僕の堂々と応援をした振舞いに、禁を破ったなどと勝手な言い分があったそうだ。
───せっかく勇気を持ってテニスに向き合おうと決め、勝利を残したのに何という言い草だろう………。僕の中の何者かが大いに弾ける。
「ちょい待ちっ! あれは俺が勝手こいただけろうがっ………。何でお前が怒られんだよっ! テメェが望んだ最高をくれてやったのに一体どういう了見だァッ!?」
火の国の第6皇子………フィアマンダ・パルメギアの傲慢なる怒りが炸裂した。
無い体力を振り絞り、フラフラと坂道をどうにか登っている中途。部活帰りの逢沢弘美に涼しい顔で追い抜かれる。
───過酷な部活で酷使してる筈の女子から、ど、どうしてこうも気楽に僕は抜かれるのか? 増してやまだまだ暑い盛りだというのに。
せっかくの真新しい自転車も、僕のようなヘタレが乗車では全く以って冴えないだろう。練習が目的だから敢えて自分専用を準備せずとも良かったのだが。
僕にとっては新しい事始めなのだ。せっかくだから気分を新たにと思った。所詮、大型量販店の格安物に過ぎないけれど。
それにバイクの免許が取得出来たとしても、いきなり購入出来るとは到底思えないから、足は合った方が良いに決まっていた。
「ハァハァ…ハァハァ………」
僕の普段の行動範囲には、坂道なんて敵は存在しない。弘美にしてみれば、それも知った上での『珍しいじゃない………』って発言なのだろう。
ようやく登り切った所で、僕の脚がいう事を効かなくなる。あ、汗がヤバい………。情けないけど、気が遠くなりそうだ。
「はい、コレ飲みなよ。この季節なんだから、水分取らなきゃマジ危ないよ」
「あ、ありがと………」
坂の上でわざわざ待っててくれた弘美が、スポドリが入ってるらしいボトルを気軽に差し出す。朦朧とする意識の中で、それを受け取り突き出たストローを口に入れる。
───い、生き返る………。HP0寸前だった僕の身体に染み渡る万能薬……っておいっ、待てっ! このストローってばよっ!?
「あ、あ、ち、違う………た、ただ喉が渇いていただけなんだ」
「………? 判ってるよ、そんなこと」
僕の顔が朱色に染まり切っている理由は、急な登り坂を無理して上がり、血流量が増しているからではない。
弘美の頭に浮いている疑問符。僕の慌てふためきぶりの意味を、まるで判っていない口振りであった。
───何も塗っていない自然な赤みが差した健康的な唇を意識せずにはいられなかった。
「こ、コレ、コレ………」
今しがた口にしたばかりの物を僕が幾度も指差し、弘美へアピールする。すっかり首を傾げていたが、ようやく把握した様で、顔を緩ませ一気に吹き出す。
「アハハッ! おっかしいっ! そういうことぉ!? そんな小学生じゃあるまいし」
自分の膝を何度も叩く弘美の笑いが鳴り止まない。腹筋が痛いのか少々目が潤んですらいる。
「あーっ、えぇ………そうでござんしょうよ………。高校生の男子がそんなことを逐一意識してたら、恋愛なんて出来ねえよな………」
これは他の誰でもない僕自身の恋愛童貞が成した台詞だ。けれどサラリと、ただの友達には言わない余計な付属品が付いていた。
「………れ、恋愛ね」
登り坂の駆け上がりでも、間接キスですら、まるで響きやしない弘美の目の下に、自然のチークを入れてしまった。
「………そ、それはそれとして、どうして疾斗が自転車なんかでこんな所に居るの?」
自ら話を逸らしたかったのか、冒頭の質問へ戻る弘美。慌てた気持ちをまるで代弁してるかの様に揺れ動くポニーテールが次に僕の目を惹く。
───そ、それは間接キスより触れて欲しくない話題だ。弘美からの場合だと実に顕著だ。
「そ、それはだあな………う、運動不足っ! そうっ、運動不足解消のためさ。流石に家に閉じ籠ってばかりじゃ身体に良くな………」
「どうせ爵藍ちゃん絡みでしょう。アンタの顔に書いてあるわ」
最後まで告げようとした矢先に挫かれてしまった。恐る恐るゆっくりと弘美の顔へ視線を送る。
少しだけ剥れた頬がそこにはあった。
「………大丈夫。私その程度で怒るほど短気じゃないつもりよ」
ふぅと軽い深呼吸をしてから笑顔へ返り、僕に視線を合わせてそう答えた。落着き払って魅せている感じではなさそうだ。
───何だろうこの笑顔………。今の弘美になら正直に接するべきではあるまいか。………勝手な思い込みかも知れないけど。
「………う、うん。実はそうなんだ。僕、まだバイクに乗れるか判らないけど、免許だけでも取るかもって颯希に話したんだ」
『颯希』……目の前に居るのは弘美だけ。だから颯希との約束の方は違えて爵藍って呼称しても問題ないし、寧ろ角が立たない気もする。
───だけど、それはそれで卑怯なやり口だと感じた。
後は颯希の勧めで免許を取る前に自転車で練習すべきだと言われたことを在りのままに話した。
僕の言葉にしっかりと耳を傾け、逐一頷きを返してくれる弘美がいる。何だかとても有難いと感じた。
「なるほどねぇ………。いや、爵藍ちゃんの言ってることは正論だと私も思うよ。正直疾斗は運動神経が足りないからねぇ」
しみじみと言われてしまった………。幼馴染の言葉は重みが違う。でも受け入れて貰えてやはり話して良かったと安堵した。
「疾斗がやりたいことに口出しするつもりはないし、良いアドバイスをしてくれた爵藍ちゃんには感謝だね。………ところでさ、まるで違う話を続けても良い?」
僕の話は全肯定してくれた弘美。けれど違う話題を切り出そうとした途端、雲行きが怪しさを帯びる。
「な、何だ。どうした? 帰りの時間だったら、特に気にしなくて良いよ」
「あ、ありがとう………じゃ、じゃあ話すね」
弘美の話したかった内容………。それはあのテニス大会の直後、彼女が自宅へ帰る時のことであった。
嘗ては親同士の仲良しから始まった筈の風祭疾斗と逢沢弘美の友人としての付き合い。これに待ったを掛けた弘美の父親………。やはりあの場にも顔を出していた。
そして僕の堂々と応援をした振舞いに、禁を破ったなどと勝手な言い分があったそうだ。
───せっかく勇気を持ってテニスに向き合おうと決め、勝利を残したのに何という言い草だろう………。僕の中の何者かが大いに弾ける。
「ちょい待ちっ! あれは俺が勝手こいただけろうがっ………。何でお前が怒られんだよっ! テメェが望んだ最高をくれてやったのに一体どういう了見だァッ!?」
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